第十話 決行
□■天眼美咲
氷光石によって照らされた大広間。
その窓際で、夕日の光に当てられながら、美咲はだらしなく広間の壁に寄りかかっていた。
「はぁ……ようやく一息つけるのじゃ」
宴が始まってすぐに、美咲は参列していた他の貴族たちによって囲まれてしまっていた。
最初からわかっていたこととはいえ、慣れないことには変わらない。
今回美咲は、天眼家当主である父の名代として、この宴に出席しているのだ。
しかもこの辺り一帯を統括している辺境伯家当主の名代である。
自分たちの上司がやって来ておいて、何の挨拶もしないというわけにはいかない。
だから美咲が他の貴族にもみくちゃにされるのは必然なのだが、疲れるものは疲れるのだ。
「あ奴が来ていて助かったのぅ」
美咲は会場の隅で、そこにいるのかすらわからなくなっている一人の貴族に視線を向ける。
彼の魔法は、自分の気配を希薄にする力があり、美咲は《魔法再現》によってその魔法を再現せてもらっていた。
「これであの小太り息子からも逃げ切れるじゃろう」
美咲は会場の中で自分を探しているのだろう石壁家令息の方を見る。
歩くたびに盛大に揺れるその脂肪は、彼の欲深さの結晶であるかのように思えてくる。
その中に自分も含まれているのだと思うと、鳥肌が立ってしまっても仕方がないだろう。
「まぁ、この宴ももう少しで終いなのじゃがな…………?」
美咲は小太り息子の方を見ていて、彼の視線がある一点に向けられていることに気づく。
また目ぼしい令嬢でも見定めたのかと思って、美咲もそちらの方に視線を向けてみる。
「!」
するとそこにいたのは、一見すればただの令嬢にしか見えない一組の姉妹だ。
容姿が瓜二つなところを見るに、おそらく双子なのだろう。
その端整な姿は、小太り息子同様、彼女たちに気づいた男性たちを魅了するには十分だった。
だが美咲が目を止めたのは、そんな外見的な部分ではない。
「……いや、ちょっと待つのじゃ……」
美咲は眉間に手を当てながら目を閉じる。
もう一度目を見開いて彼女たちを見てみるが、美咲の瞳に映る結果は変わらない。
(……妾の感覚がおかしいのじゃろうか? なぜ一級戦力がこうもいるのじゃ?)
美咲は眉間に手を当てたままそんなことを思う。
《魔法解析》を通して見えた彼女たちの姿は、零や進と同じ、一級魔戦士の姿そのものだ。
本来一級の魔力を持つ存在は、一つの国に十人にもいれば多い方なのだ。
それが今日一日だけ三人も目にしてしまえば、流石に愚痴の一つもこぼしたくもなる。
(妾が知らぬということは、あ奴らも零や上条殿と同じなのじゃろうか?…………?)
そこでふと、美咲は彼女たちを見ていて違和感に気づく。
魂は確かにそこにあるはずなのに、その器である肉体がしっかりと感じ取れないのだ。
まるで、今目の前に見える肉体さえも、魂の一部であるかのように。
(あの感じ……もしや、あれが精霊というものではなかろうか?)
美咲は自分の立てた可能性に思わず納得する。
精霊は美咲にとってもおとぎ話の存在だが、文献で知識だけはそれなりに持っている。
曰く、それは器なき超常の存在。
曰く、それは人の形となって人々の前に現れる。
曰く、それは人々の澄んだ心を好む。
曰く、それが顕現せし時、人々に祝福が与えられる。
などなど、精霊について語られていることは多い。
実際にそれが事実かどうかは別の話ではあるのだが。
(まさか、あの小太り息子に祝福を?……いや、流石にそれはないじゃろう。あ奴に限って、それはない)
もしも彼の行いで、精霊の祝福を受けられるのだとすれば、この世界の半分以上の人々が、祝福を受けてしかるべきだろう。
それだけ、彼の行っている行為は目に余る。
(じゃが、だとすれば何故彼女らはここに居るのじゃ?)
今しがた声を掛けて来た小太り息子を嫌悪感丸出しであしらったところを見るに、彼のために現れたようではないことはわかる。
だがそれでも、これから美咲たちが行おうとしていることの不確定要素であることには変わらない。
(もう少しで時間なのじゃがなぁ)
もうすぐで完全に沈む夕日を眺めながら、美咲は作戦決行の是非を思案する。
進たちとの食事をした後、美咲たちは椿の先導で、彼女の仲間の匂いが行き着く先を調べた。
すると予想通りと言うべきか、匂いは美咲のいるこの城の中に続いていることがわかった。
正直に言えば、進たちからの話を聞いた時点で、美咲はこうなるのではないかと半ば確信していた。
父である心悟から、連合国で起きた出来事について聞いていたこともあるが、何より石壁家ならやりかねないというのが大きかった。
石壁家はこれまでにも、違法や不正などの疑いが何度も掛けられてきていた。
だがそのただの一つも、疑いの証拠が出てくることはなかった。
疑う余地は確かにあるのに、明確な証拠が何一つ出てこない。
そんなことが何度も続いて、次第にそういった疑いが調べられることもなくなったのだと、美咲は心悟から聞いていた。
(じゃが、それも今日までじゃ)
美咲は意を決して、会場に備えつけられた庭園へと出る。
魔法を解除して気配を元に戻すと、美咲の下に蒼鳥の使い魔が下りて来る。
それを腕に止まらせて、夕日が完全に沈み切ったのを確認して――
「決行じゃ」
美咲はただ一言呟いた。
その直後、城のいたるところで一斉に火の手が上がった。
□■上条進
「合図ですね」
「うん。行こう」
城のいたるところから煙が上がり、進と椿は迷うことなくその中に飛び込んでいく。
周りからは突然の火事で、かなり混乱していることが窺い知れる。
「入り口付近にいるのは天眼さんの騎士たちのはずですから、そのまま通してくれるはずです」
「わかってる」
二人は目の前にいる騎士たちのことは無視して、そのまま城の中へと突っ込んでいく。
騎士たちの方も、特に何かすることもなく通してくれる。
途中雷炎とも目が合い、陽動を見事やってくれた彼に感謝しつつ、椿の後を追った。
今回の作戦において、美咲たちは二つのことをやってくれた。
一つは、警備の配置換え。
今夜開かれている宴には、多くの貴族たちが招かれており、当然、それに付き従う騎士たちもまた相当数来ている。
彼らも持ち場を分担して警備に当たることで、宴の間の警備を万全にしているのである。
だが美咲はそれを逆手に取り、進たちが突入する経路の警備を買って出て、城への侵入をスムーズにしてくれたのだ。
「クソ! 何でいきなり火の手が!」
そしてもう一つが、この火事だ。
どういう理屈かはわからないが、雷炎が魔法を使って、この火事を引き起こしてくれたらしい。
本人としては大したことはないらしいが、その効果は抜群だ。
「速く水を持ってこい!」
騎士たちは火事に気を取られて、進たちの侵入に気づいていない。
それどころか、例え気づいたとしても、十全に対処することはできないだろう。
おかげで進たちは、ほんの少しの抵抗を受けるだけで、城の奥深くへと侵入することができていた。
(それにしても、本当に私たちはこの世界では強いのですね)
ここまでの道中、進は椿の無双っぷりに、相手の騎士たちに同情すら覚える。
美咲の話によれば、椿は二級、進は一級に分類される強さがあるらしい。
だが自分が、国に数人程しかいない程の力を持っているのだと言われても、どうにもすぐには実感することはできない。
だが目の前で暴れる椿の姿を見ると、それよりも強いとされる自分は美咲の言う通りかもしれないと思えて来る。
そんなことを考えていると、前を走っていた椿がふと立ち止まった。
「どうかしましたか?」
椿の視線を辿ってみると、そこには地下へと続く階段があった。
その先を、椿は険しいまなざしで見つめている。
「たぶんこの下にみんながいる」
「…………何かあるのですか?」
言葉の内容とは裏腹に、やはり椿の表情は優れない。
だがその理由は、次の彼女の言葉を聞いて納得する。
「この下から強い気配を感じる。たぶん、今までの中で一番強い」
「!」
進には何も感じないが、どうやらこの先が、一番の関門であるらしい。
進はもう一度気を引き締め、地下へ続く階段を睨む。
「……行きましょう」
進と椿は周りに最大限の注意を払いながら、一段ずつ地下へ続く階段を下りて行った。




