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【第五章完結】世界を渡りし者たち  作者: 北織田流火
第二章 獣人解放編
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第八話 謎の少女

 ◇◆


 少女がその場にいたのは本当に偶然だった。

 執念深く自分に纏わりついてくる男から逃げる目的が主だったが、久々に違う町を散策してみたかったというのも、理由としては大きい。


 適当に町をぶらつきながら、買い食いなどをしていると、不意に大通りの先が何やら騒がしいことに気づいた。


 いったい何事だろうと、そちらに目を向けみて……少女は思わず眉をひそめた。


「…………」


 ここからでもわかるほどの強大な気配。

 それを感じ取った直後、群衆の中から一人の少女が姿を現した。


 真っ赤な髪色をなびかせて、その特徴的な耳と尻尾は、彼女が猫人族であるということを示していた。


 視界に入った彼女が、自分よりも魔力が多いことを()()()()()、少女は臨戦態勢に入る。

 自身の身の安全を考えれば、このまま何もせずに逃げることが最善なのかもしれない。


 だが彼女が浮かべる表情を見てしまえば、そうも言ってはいられない。

 彼女が浮かべるそれは、純粋な怒りの感情によるものだ。

 確実に、このまま行かせるのはマズいことだけは、少女にもすぐにわかった。


 他領の町とは言え、少女にとって自分の使命が変わるわけではない。


 故に、少女は自分が取るべき行動を決めた。

 自身の魔法を発動させて飛び上がり、()()()()()()()獣人を地面へと蹴り落す。


 身を捻って着地した彼女に、少女は「何者だ」と問う。


 だが彼女は、少女の質問には答えない。

 代わりに、少女に向かって、明確な敵意を持って迫って来る。


 だがその動きは、少女にしてみればあまりにも単調だった。

 技と呼べるものは一切なく、ただ身体能力に頼っただけのわかりやすい突進だ。

 ()()()()()()と比べれば、赤子と大人以上の差に思えてくる。


 速さだけは十二分にあるだろうが、ただ速いだけの相手に、少女が後れを取ることはない。

 目の前の獣人よりも速い存在を、少女は今まで見飽きるほど見てきたのだから。


 少女は獣人の動きを完全に見切って回避する。

 そのまま腕を掴み、突進してきた勢いそのままに、背負い投げの要領で宙を舞いらせて地面に叩きつけた。


「クハッ!…………ッ!」

「!」


 それなりに衝撃はあったはずだが、獣人は一瞬だけ硬直してすぐに、腕を振り上げて少女に反撃する。

 少女は後ろに下がって躱し、一旦獣人と距離を取る。

 反撃はしてきても、それなりに痛手だったのか、彼女は膝立ちの状態で少女のことを睨む。


 再び戦端が開かれようとしたその時、二人の戦場に一人の男が乱入して来た。


「椿さん!」


 男は獣人の少女の名前を叫ぶと、傍に立って彼女を抱きかかえる。


「逃げますよ!」


 男は抵抗しようとする獣人の少女を無視してそのまま町の中へと消えていった。


 残された少女はただじっと、その様子を眺めていた。

 追うことはもちろんできただろうが、彼女にそれを選択させるには時間が足りなかった。


 なぜなら彼女は、突然現れた男の実力が、()()()()()()()から。

 その圧倒的な力を前にして、一瞬だけでも体が硬直してしまうのは仕方がないだろう。


 だが次の瞬間には再起動して、少女は強い既視感に見舞われる。

 ほんの数日前に、全く似たようなことが起きたばかりではなかろうかと?


 少女は騒ぎを聞きつけてやって来たで青い鳥を腕に止まらせ、その時と同じ命令をその召喚者に伝えた。






 □■上条進


 手傷を負った椿を抱えながら、進は屋根伝えに町の中を駆ける。

 急いでいたため、お姫様抱っこの状態になってしまったが、こればっかりは許してもらいたいと思う。


 ある程度離れたところで、進は人気のない路地裏へと降り立った。


「大丈夫ですか?」

「……大丈夫」


 椿はそう答えると、ゆっくりと進の腕から降りる。

 まだ少し痛みはありそうだが、立って歩く分には問題はなさそうだった。


「ごめん」


 ふと、椿がそんなことを呟く。

 いきなり突っ込んでしまったことを言っているのだろうが、進は特に気にしてはいない。


「……気にしないでください。あなたの気持ちもわかりますから…………しかし、少々困りましたね」


 進は建物の間から見える中央の城を眺める。


「椿さん。確認ですが、匂いはどこに続いているかわかりましたか?」

「うんうん。最後まではわからなかった。だけど多分……」


 椿は進と一緒に、城の方に目を向ける。

 どうやら彼女の考えも同じようだ。


「もしそうなら、方法は考えないといけませんね」


 現状で把握できる町の作りからして、あの城にいるのが、この町を治めている人間であることは間違いない。

 そうであるならば、椿の仲間の救出は一筋縄ではいかないだろう。


(明らかに私たちだけでどうにかできる相手ではありません。だから言って、他に協力者がいるわけでもありませんし……)


 もしも進か椿に、他の協力者がいれば話は変わるのだが、生憎と二人とも、そういった伝手はこの町にはない。


(どうしましょうか……!)


「!」


 そこで不意に、進たちのいる路地裏に一人分の足音が響いた。

 進と椿はそれぞれ身構えて、音の正体が現れるのを待つ。


「……やっと追いついたのじゃ」


 そこに現れたのは、先ほど椿と対峙していた幼い少女だった。

 予期せぬ早すぎる追手に、特に椿の緊張が高まるのが伝わってくる。


「待つのじゃ。今はお主らと争うつもりはない。妾はそこのお主に聞きたいことがあって来たのじゃ」

「……私ですか」


 どうやら少女の目的は、椿ではなく進の方にあるらしい。

 心当たりはないが、一先ず進はいきり立つ椿の手を優しく押さえながら、少女の前へと出る。


「うむ、お主じゃ。単刀直入に聞くがのぅ。お主、こことは違う世界から来たのではないか?」

「!…………なぜそれを?」


 進は内心で動揺しながらも、平静を装って少女に問い返す。


「やはりそうじゃったか……その右手じゃよ。その模様は、世界を渡って来た者としての証じゃ。まさかこの短い間に二人も見るとは思わなかったがのぅ」


 進は右手に刻まれた黄色く照っている模様を見る。

 何か特別な意味があるような気はしていたが、どうやらその予想は正しかったらしい。


「?」


 そこでふと、進は少女が言った最後の言葉に引っかかりを覚える。


「二人?」


 少女は確かにそう言った。

 それではまるで、自分以外にも同じような存在を知っているようではないか?


「? あぁ、他にも居るんじゃよ。お主の同胞がのぅ」

「!……そうですか」


 そのことが聞けて、進は少しだけホッとした気分になる。

 そもそも進がこの町に来た目的は、この世界にやって来た原因と、自分と同じ境遇の者がいないかを調べるためだ。

 その手掛かりが今目の前にあるのなら、進にとっては逃さない手はない。


(ですが、今は後回しですね)


 進はちらりと椿の方を見る。

 その顔にはどこか不安そうな表情が見て取れる。


 進は優しく椿に微笑むと、少女の方へと向き直る。


「それで、私の確認が取れたところで、あなたはどうするのですか?」

「? いや、特に考えてはおらんかったが……そもそもお主らはここで何をしておるのじゃ。こんなところに獣人が居るというのも珍しいがのぅ」

「キッ!」

「!」


 少女の言葉に我慢できなかったのか、椿は少女に向かって襲い掛かる。

 彼女にしてみれば、今ここにいる現況が無自覚でいることが我慢ならなかったのかもしれない。

 襲い掛かられた少女の方は、咄嗟ではあるが椿の攻撃を何とか受け止めている。


「椿さん!」

「あなたたち人間が、私たちをこんなところまで連れて来たんだろ! 今すぐみんなを返せ!」

「クッ!」


 椿はそのまま少女を押しつぶそうと、さらに力を入れる。

 力勝負では分が悪いのか、少女の顔が次第に苦渋の表情に歪んでいく。

 このまま行けば、間違いなく少女は、椿に押し負けてしまうだろう。


 進はなんとか椿を羽交い絞めにして、少女から引き剥がす。


「離せ!」

「落ち着いてください。今ここで彼女をどうにかしても、仲間の皆さんが返ってくるわけではありません」

「でも!……」


 椿の力が次第に抜けていくのがわかる。

 きっと彼女の中では、理性と感情がごっちゃになってしまっているのだろう。


「……どうにも穏やかではないようじゃが。いったい何があったのじゃ」

「……実は——」


 進は一瞬だけ迷ったが、少女にこれまでの経緯を話すことにした。


 本来ならこんな幼い子供に話すべきではないのかもしれないが、椿が手を出してしまった以上、事情を離さないのは不誠実というものだろう。


 進は、自分が馬車で運ばれていた椿を助けたこと、道に残った僅かな匂いを辿って、この町までやってきたことなどを話した。


「なるほどのぅ……その行き着く先があの城かもしれぬということじゃな」

「えぇ。そうなります」


 進がそう返すと、少女はどこか真剣そうな眼差しで城の方を睨む。


「……まさか、()()()()手を出していようとはな」

「? 何か?」


 うまく聞き取ることができず、進は少女に聞き返す。


「いや、こっちの話じゃ……じゃがそうか。そういうことなら、妾も手を貸そう! いい機会じゃ! このままあの家を潰してしまうとしよう!」

「……いえ、流石にそこまでさせるわけには……」


 突然とんでもないことを言い始めた少女に、進はどうしたものかと思案する。

 隣にいる椿は、まだ少女に対して懐疑的な視線を向けたままだ。


「なに。妾もあそこの小太り息子には、いろいろ迷惑しておったのじゃ。家ごと潰してしまえば、もうあ奴ともおさらばじゃ!」

「……そのお気持ちはありがたいのですが……」


 だがやはりと言うべきか、こんな幼い少女を危険に晒してしまうのは、流石に良心が痛む。

 いくら戦力が足りないと言っても、ここで彼女を巻き込むのは違うような気がした。


「言っておくが、妾はこれでも十五の乙女じゃからな。もう立派な大人なのじゃ…………だからそんな意外そうな目で見るでない!」


 まだ十二、三ほどにしか見えない少女が、実はもう十五だったということに少しだけ驚く。

 だがそれでも、日本で言えば中学を卒業しているか、していないかの年齢であることには変わらない。

 やはり関わらせるべきではないだろうと決意する。


「それにこう見えて妾は……!」

「「!」」


 そこで不意に、数人分の足音が三人の耳へと届く。

 声もいくらか聞こえており、どうやら進たちを探しに来たようだった。


「もう追ってきたようじゃな。一先ずここを離れるとしようかのぅ。蒼鳥!」


 少女が上に向かって呼びかけると、空から一羽の青い鳥が下りて来る。


「案内を頼むぞ」


 青い鳥は少女の言葉を受けると、路地裏の奥へと飛んでいく。


「こっちじゃ!」


 少女は進たちの方を見ると、そのまま鳥の後を追って走っていく。

 椿はまだ少女のことを疑っているようだが、進が見た限り、彼女が自分たちを罠にかけようとしているようには見えない。


「行きましょう」


 進はただ一言椿に伝えると、少女の後を追いかけて走る。

 不本意ではあるのだろうが、どの道ここで捕まるわけにはいかないことはわかっているのだろう。

 嫌そうにしながらも、椿も進の後を追ってついてくる。


「あ、そうじゃ! お主ら、昼はまだ食べていないかのぅ?」


 少女は後ろへと振り返りながら、進たちにそんなことを聞いてきた。


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