第四話 精霊の姉妹
□■神楽零
「…………」
一度状況を整理してみよう。
目の前には見知らぬ女が一人……
一緒に同じ寝台で横になっている……
どこからどう見ても怪しいこの状況に、零は強制的に意識を覚醒させる。
「ッ!」
「うわっあ!」
掛けていた布団を女に被せ、寝ていた寝台から飛び退く。
布団の下敷きとなった女は、もぞもぞと顔を出して零の方を見る。
「プハー! もう、いきなり何するん!」
(いや、それはこっちの台詞だろ)
女の反応に、零は心の中でツッコミを入れる。
いきなり隣に現れておいて、「何をする!」ではない。
突然目の前に見知らぬ女が現れれば、反撃して距離を取るのは定石だろう。
「……それで、お前はいったい何者なのかね?」
零は肝心なことを女に尋ねる。
すると女は、これまた「待ってました!」とでも言うように満面の笑みを浮かべる。
「ふっふーん。なんやと思う?」
じれったくも質問で返してくる女に対して、零は特に何も思うことなく観察を続ける。
見た目の年齢は、零とそこまで変わらない。
服は十二単に似た和服で、色合いは赤茶色を基本にしている。
その整った容姿は、間違いなく美人に入る部類だろう。
総合すれば、どこかのお嬢様にしか見えない外見だ。
だが零は、その内側にある異質な何かを感じ取っていた。
(この気配……魔法が相当できる感じだけど……どうにもそれだけじゃないような気がするんだよなぁ)
まるで人間ではない何かが、人の形をしているかのような――
それこそ、本当に人を超えた超常の何かであるかのような――
「……精霊か?」
零は自分の直感が告げる最も可能性の高い答えを口にする。
「正解! さっすがれいやん! うちの正体を見破るなんて流石やなぁ」
どうやら本当に、彼女は精霊であったらしい。
昨日は会うこともないだろうと考えていた存在が、まさか目の前に現れたという現実に少しだけ驚く。
だがそれとは別に、一つだけ気になることがある。
「なんで俺の名前を知っている?」
彼女は確かに今、自分のことを「れいやん」と言った。
まだこちらからは名乗っていないはずなのに、なぜ知っているのかが疑問だった。
「ん? そりゃ、今までずっと近くに居ったんやから、当然やろ」
「ずっと?」
「せや。れいやんは見ていて楽しいからなぁ。でも何度か気づかれそうになった時はひやひやしたわー」
「?」
一瞬何を言っているのかわからなかったが、少し考えてすぐに心当たりを思い着く。
「あれはお前か」
それは通算五回にも渡る謎の気配。
その正体が、霊体化した精霊であったのなら、いくら探っても見つからないのも納得だった。
「うーん? 正確には内らやなー。妹も一緒に居るんよー。今も隣に――」
「ッ!」
「あ、痛ぁぁぁ!」
「姉さんの馬鹿!」
突然布団の上で女の子座りになっている彼女の頭上に小さな拳骨が降って来る。
気づけば彼女の隣には、彼女と瓜二つのもう一人の女が立っていた。
「何いきなり実体化しているのよ! 一歩間違えていたらこの男に殺されていたかもしれないのよ!」
「うぅぅ。つくよんは大袈裟やよー。ちょっと驚かせようとしただけやし……」
「だからって! いきなり寝起きに現れたりしたら、勘違いされて殺されても仕方がないでしょう。普通!」
「うぅぅ……」
(……妹はしっかりしているなぁ)
零はいきなり始まった姉妹喧嘩を一歩下がった位置から静かに眺める。
新たに現れた妹の方は、姉と容姿はほとんど変わらない。
髪は焦げ茶色で、瞳は澄んだように青く、纏っている和服は青と白を基調としている程度の違いで、それ以外はまさに瓜二つと言っても良かった。
(そういえば、今頃彼奴はどうしているのかねぇ)
零は二人の様子を眺めながら、ふと地球に残してしまった妹のことを思い出す。
まるで無口な猫のように、ただ後ろについて歩いていた妹が、今頃どうしているのか、少しだけ気がかりではある。
だが彼女も、伊達に零の妹でもないため、心配はいらないだろうと結論付ける。
「まったく……姉が迷惑をかけたわね」
するとちょうど、妹の方が零の方へと振り返る。
「まぁ、確かに紛らわしくはあったな」
もしあと少しでも零の近くに現れていたのなら、危うくそれなりの反撃をしていたかもしれない。
「それで、結局何をしに現れたのかね?」
さっき姉の方は、今までずっと零の傍にいたと言っていた。
ただ零を見ているだけなら、わざわざ目の前に現れる必要などない。
「そうやった! 内、れいやんにお願いがあって来たんよー」
そう言うと、姉の方は少しだけ寝台の上で居住まいを正す。
「あのな。昨日どこかで宴があるような話をしていたやろ。それでな。れいやんにそこへ連れて行ってほしんよー」
「? なんでわざわざ俺に?」
「行きたければ自分の脚で行けばいいのでは?」と、零は心の中で呟く。
「なんでってー。内らだけだとその場所ようわからんし。それにそこまで歩いていくのも大変なんよー。だけどれいやんやったら、空を飛んでちょちょいのちょいやろ」
「……は?」
確かに零であれば、《重力操作》に使って町を行き来することなど造作もない。
だがただ町へ行くだけなら、わざわざ零が連れていく必要などない。
「それなら今日、美咲がそこへ向かはずだからからそっちに頼め」
そもそも零は、他の町に行くことが許されていないのだから、まず連れていくこと自体が不可能である。
だが姉の方は、どういうわけか執念に零に対して食い下がってくる。
「いーやーやー。内はれいやんに連れて行ってほしいんよー」
「……なんでそこまで俺にこだわる?」
「なんでってー……あんまりれいやんから目ー離したくないしー。それに……もっとれいやんのこと知りたいと思うとるしー」
「…………」
姉の方はそう言うと、恥ずかしそうに袖で口元を隠しながら目を逸らす。
その反応にどう返せばいいものかと、零は妹の方に視線を向ける。
すると妹の方も、まさにお手上げとでも言うように肩をすくめる。
「なるほど……まぁどのみち、連れて行くのは無理だな。この家に迷惑をかけるわけにはいかない」
「そこを何とかできひん? おいしいごはん。着飾った服。賑やかな談笑。絶対宴って楽しいところやろ! なぁなぁれいやん、送り迎えだけでもできひん?」
「無理だ。というか、宴に出たいなら尚更美咲に頼めよ。第一、招待もされていないのに出られるわけないだろ」
「あぁ、それは問題あらへんよ。内らは精霊やからなぁ。潜り込むのはお手の物やし。それに知らん人が一人二人紛れ込んでおっても、誰も気にせぇへんって。それにあの子に付いて行ったら、その間れいやんに会えへんやないかー」
「なら宴は諦めろ。どのみち俺は行けない」
「いーやーやー! 内はれいやんと一緒に行きたいんよー!」
「だから無理だ」
「うぅぅ…………行きたい!」
「だからむ――」
「行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい――」
「ガキか!」
突如始まった「行きたい」コールに零は思わず声を上げる。
するとコールが綺麗に止み、代わりに姉があからさまに寝台の上で拗ねてしまう。
「…………れいやんの馬鹿」
まるで自分が悪いみたいな空気に、零は「どうするんだ?」と妹の方を見る。
「はぁぁ。やっぱりこうなったわね」
妹の方は、初めからわかっていたような口調で溜息をこぼす。
「一応念のため聞くけれど、どうしても無理なのよね?」
「無理だな。バレた時のリスクが高すぎる」
「リスク?」
「あぁ、俺が向こうに行って天眼家との繋がりが明るみになった場合、いろいろ面倒なことになりそうだからな」
「? つまりバレなければどうにかなるのかしら?」
「まぁ、バレなければやりようはいくらでもある。だがそこまでのリスクを負うメリットがない。そもそもお前らの願いを聞く義理もないだろ」
「……確かにそうね。だけど、もしも今回のお願いを聞いてくれたら、私たちがあなたに力を貸してあげると言ったらどうかしら?」
「…………」
妹の提案に、零は訝しげ眉をひそめる。
「どういうことだ?」
「そのままの意味よ。この通り、今の姉さんはあなたにご執心。これは相当気に入っちゃっているのよね。だから今後しばらくは、あなたから離れることはないし、それは監督役の私も同じ。ならお互いに良好な関係を築くべきではないかしら?」
「つまりお前らは、これからずっと俺の傍にいて、たまにお前たちの願いを叶える代わりに、俺に精霊としての力を貸すと?」
「その通りよ。今回はその前金みたいなものかしら。何よりも力を欲しているあなたにとっては、悪くない話だと思うのだけれど」
「ふむ」
確かに、地球よりも遥かに個人の力量差に左右されやすいこの世界において、零は何よりも力を伸ばすことを優先してきた。
力さえあれば、自分に降りかかってくる理不尽を払いのけることができるし、それは地球でもこの世界でも変わらない。
そこに英雄にまで至らせるという精霊の力が加わるのであれば、これ以上に零が求めるものはなかった。
「確かに悪くはないな。だがそっちはいいとして、お前はそれでいいのかよ?」
零はうずくまっている姉の方を指しながら、妹の方に問いかける。
「構わないわ。私もあなたに興味がないわけではないし。それにこうなった姉さんを慰めるのって、結構大変なのよ。そのことに比べれば、大したことはないわ」
妹はそう言うと、未だに不貞腐れている姉の方を見る。
「…………わかった。送り迎えだけはしてやる」
零がそう言った瞬間、今までうずくまっていた姉が零の方へと振り返る。
「ほんま?」
「あぁ。だがその分の力は借りるけどな」
「……そーか。ほんなら、その時は任しときー。内がいれば百人力やからな!」
今までの陰気さはどこへ行ったのやら、姉は元の活発な姿へと戻る。
「つくよんもありがとうなー。さっすがは内の可愛い妹や」
「ちょっと姉さん、離れて」
姉の方が妹へと抱きつき、姉妹二人の間でほのぼのとした空気が流れる。
「そういえば、まだ俺はお前たちの名前を聞いていないのだが」
いつの間にか話が進んでいて、気が付けば、まだ彼女たちの名前を聞いていないことを思い出す。
「あぁ。そういえばそうやったなー。内らはれいやんの名前を知っておったから、すっかり忘れてもうてたわー」
姉は寝台から降りると、妹の隣に立って零を見る。
「じゃあ、改めて。内の名前は天照。で、こっちが――」
「月詠よ」
「これからよろしゅうな。れーいやん」
「……あぁ」
なぜだかとんとん拍子に話が進んでしまったが、結果として悪くないだろう。
打算ではあるが、二人もの精霊の協力を取り付けることができた。
父から習得した観察眼を通して見ても、二人の表裏の差はほとんど見られない。
姉の方は特にだ。
別に裏の顔を否定するつもりはないが、人付き合いをするのなら、表裏がない方が好ましい。
(なんだか騒がしくなりそうだな)
零は、目の前ではしゃぐ二人の様子を眺めながら、ふとそんなことを思った。




