第三話 異世界での日課
□■神楽零
夕日が部屋を彩る夕食時、零と天眼家一同は、一緒に食事の席を囲んでいた。
誕生日席に当たる席に心悟が座り、その右側には夫人である天眼小夜子が、さらにその隣に美咲が座り、心悟の左側に、零、彰の順番で座っている。
基本的に、この世界の住人の夜は早い。
電気という半ば無尽蔵の光源がないため、日が沈めばすぐに寝るという家庭が多いらしい。
そのため夕食も早く、まだ日が出ている間に済ませるのだそうだ。
(やっぱり、基本的には和食だな)
零は目の前に並べられた料理を口に運びながら、心の中で呟く。
ごはんと汁物を基本に、色とりどりの料理が並べられている。
それら一つ一つが、食材の味を十全に引き出しており、料理人の手間暇がわかるというものだ。
(それで……なんでさっきからこっちを見ているのかね?)
零は先ほどからじっとこちらを見ている美咲の視線に、どこか居心地の悪さを感じる。
別に食事の作法が間違っているわけではないはずなのだが……
「どうかしたか?」
零は水の入った湯呑を手にして、美咲に尋ねる。
「お主、妾の恋人になるつもりはないかのぅ?」
「むっ!?」
美咲の思わぬ告白に、喉に流れていた水が肺の方へと流れる。
思わず咽て首元に手を当てながら、零は何とか顔を上げる。
「あらまぁ、この子ったら」
「! あ! いや! その、じゃな……」
美咲の母である小夜子は、娘のド直球な告白に微笑みを浮かべるが、美咲は自分の言ったことになぜかあたふたとしている。
するとそこで、零はなぜか寒気を感じて視線を向けると、心悟が目だけ笑っていない優しい笑顔を向けていた。
「…………」
零は静かに心悟から目を逸らして前を見る。
美咲の方は考えがまとまったのか、早口に弁明を口にする。
「あれじゃ! あの小太り息子がいつまでもしつこいからのぅ。それを躱すための恋人役にどうかという話じゃ!」
「……はぁ」
取り敢えず、零は美咲が何を言いたかったことを理解する。
要するに、その小太り息子なる人物から逃れるために、零に当て馬になってくれないかということなのだろう。
「まぁ、俺としては恩もあるから、その程度引き受けることは構わないが……」
そこで零は、隣にいる心悟へと視線を向ける。
「美咲。それは彼も一緒に宴に連れて行くということでいいのかい?」
「ん? そうじゃが……ダメかのぅ……」
「ダメだね」
美咲の切実な要望に対して、心悟はバッサリと切り捨てる。
「彼の存在はまだ、王国に認められていないからね。君について行かせて、私が隠し持っていた戦力だとでも思われれば、最悪、国家反逆罪に問われかねない」
「…………」
(……まぁ、確かにそうなるのかねぇ?)
要は日本で言えば、どこかの大臣が密かに核兵器を隠し持っていたということになるのだから、国家反逆罪を疑われても仕方がないだろう。
「むぅ……なら仕方がないのじゃが…………」
「まぁ、あそこは我が家に次いで力をもっているからね。流石に出ないわけにもいかないさ。だから頼んだよ」
「……うむ。わかったのじゃ」
美咲は本当に嫌そうな表情を浮かべるが、決して断るようなことはしない。
これが貴族というものなのだろうと、零は感心しながら美咲のことを見つめる。
(それにしても、今日の剣術もそれなりに収穫があったねぇ)
零はここ最近で自分が検証してきたことを振り返る。
天眼家で厄介になり始めてからというもの、零は基本的に魔法の研鑽にほとんどの時間を使っていた。
速風との戦闘を通して自分の魔法の粗さが浮き彫りになったということが、理由としては大きい。
生まれてこの方、零は生来の性分なのか、自分の体の動きを極限まで磨き続けてきた。
限りなく無駄のない動きを追求してきた零にとって、自分の体の一部とも言える魔法が粗削りな現実は、はっきり言って気持ち悪くて、我慢ならなかったのだ。
それもあって、零は事件の事後処理が終わると真っ先に森へと入り、自分の魔法の研鑽を積んだ。
《時間加速》を使って自分の時間を引き延ばし、荒い部分を削り取っていき、気づけば三、四日ほどの時間を過ごしていたような気がする。
もちろん途中で何度も《時間加速》を切って休んではいたが、それでも不眠でやり続けたおかげで、それなりのものにはなったと自負している。
その中で零が、自身の魔法に下した評価は「《時空操作》は攻撃よりも補助に向いている」である。
もちろん攻撃手段が乏しいという意味ではない。
寧ろどれもがオーバーキルなのだ。
よく漫画やアニメなどで出て来る《空間切断》やら、《ブラックホール》などという技も、できることにはできる。
できるのだが……そんなことをしなくても、ただ近づいて吹っ飛ばすだけ決着がつくのだから、それで十分だし、そちらの方が楽なのだ。
もっとも、広範囲での殲滅戦となればまた話は変わるのだが……
そしてそこまで考えて思いついたのが、新しく剣術を習得することだったわけである。
もちろん今のままでも十分に戦うことはできる。
だが速風との戦闘のように、接戦となれば、得物の有無で取れる選択肢も大きく変わってくるだろう。
魔法の向上もあって、今なら素手で速風を瞬殺できる自身はあるが、また自分と同じ速さの土俵で戦う相手が出るかもしれないのだから、対策は必須である。
今日の稽古で一通り剣の振り方を習得したため、後はいつも通り研磨していけば、実戦で使えるものにはなるだろう。
(まぁ、ちょっと美咲には悪かったかもしれないが……)
つい剣の振り方に集中し過ぎて、美咲との打ち合いで容赦がなかったことを思い出しながら、零は天眼家一同と食事を共にした。
△▼
夕食後、零はちょっと寄り道をしてから、与えられた自室へと戻る。
魔法の訓練も兼ねて、浮かせながら運んでいた“それ”を、ゆっくりと机の上へと乗せる。
水が張った皿の上に、氷光石と呼ばれる結晶を乗せて、部屋を明るく照らす。
「さて、今日も読むとするかね」
零は机の上で山のように積まれた本の中から、一冊を取って表紙をめくる。
零がこの世界に来てから、魔法の研鑽以外にもう一つやっていたことがある。
それが、知識の集積だ。
知識は力という言葉があるように、知っていれば対処できることがあれば、知らなければ対処できないことがある。
特にこの世界には、魔法や魔獣など未知の存在が多くあるため、零にとってそれらの確認は必須事項だった。
昼間は外で魔法などの訓練を行い、日が沈んでからは部屋に籠って、蔵書庫から借りてきた本を読むというのが、ここ最近の零の日課である。
《時間加速》を発動させて時間を引き延ばし、パラパラとめくりながら次々と本を読破していく。
ちなみに、今も部屋を明るく照らしているこの氷光石に関する知識も、この読書の時間で得た知識の一つだ。
水に溶ける際に光を発する性質を持っており、地球で言うところのロウソクと同じ役割を果たしている。
しかもロウソクよりも光量があり、再結晶させれば再利用もできるため、氷光石の方が優秀だったりもする。
こうしてあっという間に今日最後の本までたどり着き、手に取って表紙を捲る。
「精霊、ねぇ」
零が最後に手を取った本は、精霊と呼ばれる存在について書かれたものだった。
精霊。
それは太古の昔より存在する、魔法の存在するこの世界においても超常とされる存在。
人の姿をしており、その姿を人前に現すことは滅多にないらしい。
過去に顕現した例もそこまで多くなく、一般人にとってはおとぎ話の存在とまで言われているのだそうだ。
だが実在することは確かに証明されており、中には実際に力を借り受けた者もいるのだとか。
人はそのような存在を“精霊の愛し子”と呼び、その借り受けた絶大な力から、英雄とまで言われたのだそうだ。
「まぁ、実際に会うことはないだろうけど」
零は最後にそんなことを呟きながら、そっと本を閉じる。
「じゃあ、そろそろ……!」
そこで不意に、零は誰かの気配を感じて部屋の隅へと視線を向ける。
だが部屋の中にいるのは零一人であり、当然のことながら、視線を向けた先には誰もいない。
《空間把握》を使って慎重に調べてみても、やはり何も見つけることはできなかった。
「……またか」
実のことを言えば、奇妙な気配を感じたのはこれが初めてではない。
昨日の魔法検証の時から度々感じており、これで通算五回目。
その全てで、結局今と同じような勘違いで終わっている。
だが流石に五回も続けば、ただの勘違いで済ませるには無理があるというものだ。
「とはいえ、何の手掛かりもないからねぇ……今のところ害もないし、今日は寝るか」
零は氷光石を水から出して、布団の中へと入る。
暖かくて、フカフカの布団に包まりながら、零は静かに目を閉じた。
△▼
翌朝。
この世界では夜が早ければ、当然朝も早い。
まだ日も出ていない時間から目を覚まして活動を始めるのが普通であり、零も当然それに合わせて目を覚ます。
薄暗い部屋の天井が目に入り、もう少し布団のぬくもりに浸るために、寝返りを打って横になる。
そしてもう一度目を見開いた時――
「?」
――零は目の前にいた見知らぬ女と目が合った。
薄い茶髪に、明るい橙色の瞳。
零の顔を覗き込むように、一緒に横になって寝ているその姿は、彼女の綺麗な顔と合わせて、寝起きの零を一瞬でも魅了するのには十分だった。
「おはようさん。やっと起きたようやなぁ」
まるで悪戯が成功した子供のように微笑むその姿は、まるで一輪の花のように見えた。




