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【第五章完結】世界を渡りし者たち  作者: 北織田流火
第二章 獣人解放編
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第二話 姉としての嫉妬

今日は早めに投稿しました。

 □■天眼美咲


 この世界は公平ではない。

 そして人もまた平等ではない。


 平民がいれば、貴族もいるし、貧しい者がいれば、裕福な者もいるし、魔法に劣った者がいれば、魔法に優れた者もいる。

 そして凡人がいれば、また天才も存在する。

 そんな世界にとっては当たり前の摂理を、美咲は改めて実感させられる。


 木刀を杖にして立ち上がり、汗をぬぐいながら目の前の人物を見つめる。

 夜を思わせる髪色に、白と黒の混ざった灰色の瞳。

 どちらかと言えば美形な顔立ちをしたその青年に、美咲は恨みがましく言い放つ。


「お主! 絶対向こうでも剣術やっておったじゃろ!」


 美咲はどこ吹く風と突っ立っているこの男――神楽零を、それはもう恨みがましく睨みつけた。



 △▼



 事の始まりは、あの事件から二日が経った昨日、零が不意に剣術を習いたいと言って来たことだ。

 なぜかその時に、目の下に隈を作っていたのだが……


 零はその日、魔法の検証がしたいと言って町の外に出ていたはずなのだが、なぜか帰ってきてすぐにそれを言ってきたのだ。


 零には圧倒的な戦闘向きの魔法があるのだから、今更剣術を習う必要などないような気がするのだが……

 しかも零が外出している間に、何度か轟音が町にまで届いており、その力の大きさは言うまでもない。

 途中気になって監視につかせていた蒼鳥に、どんな様子か聞いてみようかとも思ったのだが、彼の青白くなった顔を見て、何となく聞くのを止めた。


 いったい彼は、何を見せられていたのか?


 とは言え、頼まれた以上、剣術指南程度であれば、美咲にとっては叶えてやるにやぶさかではない。

 ちょうど速風も〈聖教会〉での治療を終えて、翌日は肩慣らしついでに美咲への稽古を再開させる予定だったのでちょうどよかったのもある。


 そして今日になって、零と一緒に速風の稽古を受けたのだが……


 稽古が始まってすぐに、美咲は自分の目を疑った。

 と言うのも、さりげなく隣にいた零を見た時に、その素振りがあまりにも綺麗だったのだ。

 稽古を始める前、美咲は零から剣術は全くやったことがないと聞いていた。

 だというのに、零の動きがあまりにも洗練され過ぎていたのだ。


 だが同時に、零からは格闘術をずっとやってきたという話を聞いていたので、体はできているのだろうと、その時はそれで納得した。


 ……そう、その時まではそれで納得できていたのだ。


 だがいざ零と打ち合いを始めると、もうそれ以上は自分を納得させるのも限界だった。


 魔力量の違いから、基本的に零の方が身体能力は高い。

 それでただ押し切られただけだというなら、美咲が零に膝を屈するのもわかる。


 だが木刀を打ち合う零の剣筋は、決して力任せのものではなかった。

 最小限の力で木刀を振り、間合いを見切りながら的確に攻めてくる。

 美咲が最近できるようになった小手先は使ってこないが、それでも十分に攻め切られるほどに、零の剣術の腕は美咲を凌駕していた。


 そして見事に一本を取られて、今に至る。



 △▼



「お主のそれは、もはや素人の域を超えておるわ!」


 美咲は自分の計画が見事に崩れ去ったことに、心の中で地団駄を踏む。


(せっかくこ奴にいい顔ができると思っておったのに!)


 美咲は今回の稽古で、零にちょっとだけ、姉弟子として偉く振舞えるのではないかと期待していた。


 と言うのも、零の方が年上だし、魔法の実力など言うまでもない。

 貴族令嬢という立場も、一級魔戦士となる零に対しては、偉ぶれる要素にはならない。

 だが積み重ねがものを言う剣術であれば、少しは上に立っていい顔ができるのではないかと考えていたのだが……

 蓋を開けてみれば、美咲の剣では全く零の相手にはなれず、寧ろ美咲の方が零との実力の差を見せつけられてしまった。

 護身用にそれなりに長くやってきたのだが、これでは美咲が思い描いていたことすべてがご破算である。


「まぁ、自分が異常だっていう自覚はある。俺にしてみれば、ただ最適な動きをなぞっているだけなんだけどなぁ」

「…………」


 返された言葉に対して、美咲はただ何も言えずに黙り込む。


(……これが天才というものかのぅ)


 恐らく、零の言ったことは嘘ではないのだろう。

 零にしてみれば、今見せられたことすべてが、本当に取るに足ることではないのかもしれない。

 圧倒的な魔法にも恵まれ、それに頼らない圧倒的な武術の才能も持ち合わせている。

 これを天才と呼ばずして何と呼ぶのだろうか?


 美咲がそんなことを考えていると、どうやら他にも似たようなことを考えている者がいたらしい。


「すごいです!」


 不意に無邪気な少年の声が美咲の耳に入る。

 そちらを見てみると、一人の少年が羨望の眼差しで零のことを見つめていた。


(忘れておった!)


 そのよく知った少年の顔を見て、美咲はハッと我に返る。

 つい零との激しい打ち合いで失念していたが、美咲は今の打ち合いで、零に負けるわけにはいかなかったのだ。

 なぜならその少年というのは他でもない、美咲のただ一人の弟である、天眼(てんがん)(あきら)その人なのだから。


「神楽様は剣術の腕もすごいのですね!」

「まぁ、そうなるのかねぇ」


 彰の惜しみない賞賛に、零の方も満更ではない様子で返す。

 そんな弟の関心を一身に受けている零を見て、美咲は両の頬を膨らませる。


(なんじゃ、彰の奴。妾というものがありながら)


 別に彰が零のことを慕っていることは、決して悪いことではない。

 悪いことではないのだが……一人の姉としては面白くない。

 この有能な姉というものがありながら、弟の関心が自分ではない誰かに注がれてしまうのは、決して面白いことではないのだ。


 今回美咲が、零にいい顔をしたかったのも、実を言うと、彰に姉としての威厳をもう一度見せたかったということが大きい。


(初めはあんなにも怯えておったのにのぅ)


 領主である心悟が零を城に置いておくことを決めたあの後、当然のことながら、母と彰にも零のことを紹介した。

 その時に、父と同じ《魔魂解析》の魔法を持つ彰は、零の強大な力を目にすると、母の後ろに隠れて、それはもう真っ青な顔をしていた。

 美咲と心悟のとりなしもあって、何とかその時は受け入れられて良かったのだが……その後の彰の変わりようはすごかった。

 本当に何も危険がないとわかったとたん、今度は零への興味でいっぱいになってしまったのだ。

 実際に魔法を見せてほしいという彰の要望に、零が応えてしまったことも、それに拍車をかけた。

 特に零が空を飛んで見せた時なんかは、目をキラキラさせて自分も飛んでみたいと言い出す始末だ。

 それからというもの、彰は零にべったりなのだ。


 ちなみに、彰が零と一緒に空へ飛ぶ時に、美咲は決して、決して一緒に飛びたかったわけではないのだが、零がどうしてもと言うので一緒に飛んでやった。


 空から見渡す町の景色は、いつもと違っていてそれはもう新鮮で、楽しかったとだけは言っておく。


「今度は僕にもご指導をお願いします!」


 彰の申し出に対して、零は速風の方へと視線は向ける。

 速風は軽くそれを了承し、二人は打ち合いを始める。

 普段の稽古で相手になるのは、美咲か速風のどちらかなので、どこか彰の様子も楽しそうだ。

 零の方も、彰に合わせてくれているようで、それもまたいいのだろう。


 だが一つ解せないのは、自分には厳しく打って来たくせに、弟の彰には手を抜いていることだ。

 成人を迎えた淑女である自分には容赦がなく、憧れの眼差しを向けて来る彰には甘々なのは、どうにも納得がいかない。


(そういえば……)


 美咲は成人という単語で、明日から他領で開かれる成人の宴に向かうことを思い出す。

 同時に、その成人を迎える貴族の子息の顔が頭に浮かんで、表情を歪める。


(あの小太り息子に会わねばならぬのか……)


 はっきり言って、美咲はその子息のことが苦手だ。

 何度か宴で顔を合わせたことはあるが、その度によくわからない求婚作法をしてくるのだ。

 本人に自覚があるのかどうかはわからないが、肥満の体でそれを執念にやられるのは、流石にちょっと気持ち悪い。

 さらに言えば、そこの貴族は鉱山採掘によって爵位も伯爵であり、実際に婚約者にさせられる可能性がある点で質が悪い。


(まぁ、今回も父上と一緒に行くのじゃから、問題はないじゃろう)


 もう十五歳で一人前の成人となり、美咲も一応は一人で家名を代表して公式の場に主席することはできる。

 そのため今回の宴も、美咲一人で出席することもできるのだ。

 だが他の貴族の挨拶回りもしながら、あの小太り息子を躱すのは、想像するだけでげんなりとした気分になる。


 美咲は首を振って、嫌な気分を一蹴すると、再び剣術の稽古に打ち込んだ。


 いい汗を流した後は湯掛けをしてさっぱりとし、明日からの準備をしたところで夕食となる。

 家族全員と、客人扱いの零と一緒に食事を始める。

 するとそこで、何やら心悟が徐に美咲に話しかけて来る。


「すまないね、美咲。私は成人の宴には出られなくなってしまった」

「…………え?」


 その言葉を聞いた瞬間、美咲は箸で持っていた食べ物を、皿の上へと落とす。

 まさか昼間に考えていたことがそのまま現実になるとは思わず、すぐに理解することはできなかった。


「……するとなんじゃ? 妾は他の貴族の相手もしながら、あの小太り息子の相手をせねばならぬのか?」


 美咲は確かめるように、心悟に問い返す。


「すまない。急な要請が入ってしまってね。今すぐにでも動かなくてはならなくなってしまった」

「…………」


 心悟の言葉で、美咲はようやく自分が置かれた状況を理解する。

 だがそうなると、一つだけ美咲にはわからないことがあった。


「父上がそんなにも急を要するとは……いったい何があったのじゃ?」


 美咲の質問に、心悟は改まったように居住まいを正す。


「……少し長い話になるけれど……先日、隣の連合国内で人族の盗賊団が現れたのだそうだ。その盗賊団は国境付近の村々を焼き、そこの住人をどこかへと連れ去ったらしい」

「…………」


 自分が想定していたよりも遥かに深刻そうな事態に、美咲は些か眉をひそめる。


「獅子王は盗賊団のアジトを特定できたみたいなんだけど、そこでちょっと厄介な問題が出てきてね」

「……そのアジトが国境に近すぎるということかのぅ?」

「そう。それで今日、獅子王からの使いが来てね。軍を国境付近に動かせるように手はずを整えてほしいのだそうだ」


 要するに、そちらとの国境近くで虫が出たから、その討伐のために武装した兵を行かせるけど、そちらに攻め込むつもりはないから誤解しないでね、という準備をしてほしいということだ。


「だからとても宴に出席できるような状態ではなくなってしまったというわけさ。まったく、ただでさえ厄介な問題が、舞い込んで来たばかりだというのに。本当に困ったものだよ」


 心悟はそう言うと、零の方へと視線を向ける。

 零は一瞬動きを止めるが、すぐに自分には関係ないとでも言うように食事に戻る。


(……いや、お主のことじゃからな……)


 零の態度に、心の中で突っ込みを入れるが、それとは別に、心悟が自分とは行けないということにも納得する。


「……まぁ、なら仕方がないかのぅ」


 確かにそれなら仕方ない……仕方がないのだが、だからと言って面倒なことには変わらない。


(せめて妾にいい男でもおれば、楽なのじゃが……)


 そこでふと、美咲は視界の端で黙々と食事を続ける零の姿が目に入る。


 容姿は決して悪くない、どころかどちらかと言えば美形だ。

 これから一級魔戦士となるのだから地位や身分も問題ない。

 さらに年も美咲と大して変わらないと来たものだ。


 果たしてこれほどいい条件の男が、他にいるのだろうか?


「…………」


 美咲はしばらくの間、じーっと零のことを見つめた。


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