第十二話 落し所
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もうすっかりと夜も更け、空から降り注ぐ月明りだけが、淡く月下に広がる地上を照らしている。
そんな月明りに照らされたとある城の一室では、これから今宵に起きた騒動の主犯たちによる話し合いが行われようとしていた。
「やぁ。まずは初めましてかな。私がこの町を治める、領主の天眼心悟だ。君が、この町に来たという一級魔戦士で間違いないね」
まずはその主犯の一人――天眼心悟が、一人の青年の方を見ながら自己紹介を述べる。
「えぇ、こちらこそ初めまして。神楽零と申します」
心悟の視線の先にいた青年――神楽零もまた、心悟に挨拶を返しながら、同じく自己紹介を述べる。
一見すれば何の変哲もない、普通のやり取りに見えるかもしれないが、実際にはその二人の目は、表情に反して決して笑ってなどいない。
心悟は文字通りに、零の内側にあるものすべてを見透かすようにその目を光らせ、零は探偵の父から学んだその観察眼を持って、心悟のことを見極めようとしている。
そうしてしばらくの間、互いに互いの探り合いをし合ったところで、ようやく心悟の方が部屋の中にいる三人目の人物へと視線を向ける。
「それで美咲。これはいったいどういう状況なんだい?」
心悟は今の状況を作り出した張本人――天眼美咲に詳しい状況説明を求める。
実のところ、心悟は全くと言っていいほど現状に理解が追い付いていなかった。
速風たちによる襲撃が失敗し、この町も終わりかと覚悟を決めた直後に、なぜか現場に現れた美咲から、蒼鳥を通して戦いの終結が伝えられたのだ。
さらに詳しい説明は戻ってからするとも伝えられ、そして今に至るというわけだ。
心悟からしてみれば、今目の前にいる零は間違いなく敵なのだ。
今こうして会っているのも、愛する娘が人質に取られている可能性を考慮しての措置に他ならない。
万が一のために、傍には蒼鳥の召喚獣を置き、残っている騎士団員たちに状況が伝わるようにしている。
だが心悟が持つ最高戦力である速風と結城が倒された今、もし万が一がありえたのなら、彼にとっては、状況は最悪だと言ってもよかった。
「うむ。まぁ、見ての通りじゃ。こ奴のことについて父上に話があって来たのじゃ。そもそも妾たちは、初めからこ奴と戦う必要などなかったのじゃ」
「……どういうことだい?」
「簡単な話じゃ。こ奴はどこぞの国の一級魔戦士などではない。こ奴は妾たちの祖先、天眼頼子と同じ、こことは違う世界から来た人間じゃ」
美咲がそう言った瞬間、心悟は驚いたように目を丸くして、改めて零の方を見る。
「まぁ、すぐには信じられぬじゃろうが……父上も見たじゃろ。あの天にまで上る光の柱を。恐らく、その中に入っておったのがこ奴じゃ」
「…………」
美咲の流れるような説明に、心悟は一度額に手を当てながら、落ち着いて思考を巡らせる。
心悟もまた天眼家の人間であり、美咲がおとぎ話に出てくる光の柱のことを言っているのだということはすぐにわかった。
天眼家の正式な記録にも、おとぎ話に出てくる内容がしっかりと記述されているため、今更自分たちの祖先を疑うようなことはしない。
だがだからと言って、今目の前にいる青年もまた、祖先と同じ存在だと信じるには、少しだけ根拠が足りなかった。
「……となると……その近くで見つかったという風切狼の死体は、君が殺ったということでいいのかい?」
心悟は半信半疑ではあるが、少し前に上がって来た調査隊からの報告を思い出して、そのことを零に尋ねる。
風切狼の戦闘力は四級。
群れで行動することもあり、一人で相手をするのなら、二級以上の魔戦士でなければありえない。
しかも光の柱の調査に出した騎士団の報告によれば、一体だけ稀に見る強化個体もいたという話だった。
だが例え、群れの中に一体の強化個体がいたとしても、相手が零であれば何の問題はない。
「そういう名前なのかは知りませんが、確かに何頭かは倒しましたねぇ」
零の答えを聞いて、心悟はそれが嘘ではないだろうと考える。
長年の経験から来る直観みたいなものもあるが、何より心悟には、零があまり噓をつくような性格ではないということがはっきりと見えていた。
もしも零が本当に、どこかの国の一級魔戦士であるのなら、風切狼の名前を知らないわけはないのだから。
「なるほど……となると君は、本当にこことは違う世界から来たのだというんだね?」
心悟は、最後に念を押すように零に尋ねる。
「まぁ、そうなりますね」
零のあっけらかんとした答えを聞いて、心悟は静かにその目を閉じる。
「……わかった。君の意見は理解した」
心悟は一先ず、個人としては零のことを信じてみることにした。
だがそれは、領主としての心悟が零のことを認めたということとイコールではない。
「だが私はこれでも、この町を治める領主でね。何かしらの確証がない限り、君を信用することはできない」
それが、心悟が譲歩できる限界だった。
いくら心悟自身の直感が信じると言っても、民の命を預かる領主としては、零を信じるには何かしらの客観的な根拠が必要だった。
「何か、君が違う世界から来たのだと証明できるものはないのかい?」
「……そうですねぇ……」
心悟の質問に対して、零は難しい顔をしながら、頭を捻らせる。
最も手っ取り早い手段は、地球にしかない物品を見せてしまうことなのだが、生憎と、零はそういったものを全てこちらの世界に来る時に失くしてしまっている。
物品以外での証明手段となると、流石の零でもすぐには思いつけなかった。
だがしばらく零が悩んだところで、不意に思わぬところから助け船がやってくる。
「そういえばお主、体のどこかに聖痕があったりはせぬのか」
「聖痕?」
美咲の放った聞きなれない言葉に、零はオウム返しに尋ねる。
「うむ。確か頼子には、両手の部分に奇妙な模様が刻まれておったという話じゃ。お主にはそういったものはないのかのぅ?」
「あぁっ!」
零は一色頼子の日記にそれらしい記述があったことを思い出し、同時に自分にも同じようなものがあったことを思い出した。
「これのことか?」
零は着ていた服の襟元部分を下げて、その下にあった刺青のような黒い模様を美咲に見せる。
「多分そうじゃろう。これなら、お主が違う世界から来たのだという証明になるのではないか?」
美咲は嬉しそうに笑いながら、心悟の方へと視線を向ける。
「確かに、それなら確証としては十分だね」
心悟もまた、その聖痕の信憑性に同意する。
天眼家に残る記録にも、聖痕が世界を渡った際にできる特別なものなのではないのかという見解は残されている。
しかもそこには、「聖痕はまるで、魔力によって焼き付けられたようものだった」という記述もあり、実際に魔眼を通して見てみた心悟は、まさにその通りだとも納得する。
「ならば……」
「あぁ。そこにいる彼が、こことは違う世界から来たのだということは認めよう」
「おぉ! よかったなぁ、零! これで第一の関門は突破じゃ!」
「あ、あぁ……」
美咲は嬉しそうに笑いながら、零の背を叩く。
だが零の方は美咲と違って、まだ気を緩めるようなことはしない。
美咲が今言ったように、これは第一の関門でしかないのだから。
「それで、君はこれからどうするつもりなんだい?」
心悟は改めて居住まいを正しながら、零に向かって話の内容を切り出す。
「そうですねぇ。できればここに置いてもらおうと思っています」
零は迷うことなく、自身の希望を口にする。
「ここに、というのは……私の下に、ということかな?」
「えぇ、まぁ。彼女に誘われましたので。あなたが認めてくれるというのなら、俺は彼女の言葉に甘えようと思っています」
その言葉を聞いた心悟は、美咲の方へと視線を向ける。
「うむ。こ奴の面倒は妾が見ようと思っておる。約束したのでな。こ奴を一人にはせぬと」
美咲の言葉に対して、心悟は僅かにその目を細める。
「……本気なのかい? 彼の力は強大だ。その力に対して、君は自ら責任を持つと言っているんだよ」
「無論、そんなことはわかっておる。そうでなければ、妾は父上の前に立ってなどおらぬ」
美咲は真っすぐと心悟の目を見ながら、自らの覚悟を口にする。
それに対して心悟は、小さく溜息を吐きながら、今度は零に対して言葉を紡ぐ。
「今回の一件において、我々はそれなりに大きな被害を被った。騎士団長を含めた騎士団員、及び、騎士団剣術指南役の活動停止。加えて、器物、建造物への大規模破壊……君にもそれなりの事情があったにせよ、我々はこれだけの被害を被った」
それはただの事実確認であり、零も静かに黙って心悟の話に耳を傾ける。
「そして君にしてみれば、我々は君を殺そうとした敵であったはずだ。実際に君は一度、速風にその首を刎ねられているだろ」
言外に、一度殺されたのだろうという心悟の言葉に、美咲は驚いたように零のことを見る。
「それでも君は、私の下に来ると言うのかい?」
心悟は真っすぐと零のことを見据えながら、彼の本心に問いかける。
それに対して零もまた、その姿勢を改めて答える。
「そちらの事情については、既に彼女から聞いています。今こうして生きている以上、殺されそうになったことについて、とやかく言うつもりはありません……俺が出した被害については、ここに置いてもらえるのなら、それなりの形で返させていただきます……それでいかがですか」
「…………」
零からの提案に、心悟は少しの間熟考する。
今回のこの会話を通して、心悟は零の考えを概ね理解することができた。
そして、その人柄についてもまた同様だ。
心悟の魔法《魔魂解析》は、視界に入った生命の魂を読み解き、その者の性格や魔法を知ることができるのだ。
そしてその魔眼を通して見えた零の人柄は、決して悪人のそれではなく、寧ろ善人に分類されるようなものだった。
ならば心悟にとっては、これ以上被害が出ないことを考えれば、零を傍に置いておくことに何の問題もなかった。
「……わかった。君の身柄はしばらくの間、私が預かることにしよう。幸い、死者は一人も出ていないことだしね」
心悟が言った言葉の通り、今宵に起きた騒動の中では、幸運にも死者は一人も出ていなかった。
騎士団があらかじめ行っていた避難誘導のおかげで、一般人の被害者はほとんどおらず、零が吹き飛ばした騎士団の方も、死者は一人も出ていなかった。
美咲と零との和解がなった後、二人は負傷した騎士たちを〈聖教会〉と呼ばれる施設に運んでいた。
そこはこの世界における治療院の側面を持ち、そこにいる司教と司祭は例外なく、他者の傷を魔法によって癒すことができるのだ。
特に司教においては、瀕死の状態だった速風の傷をも治せるというのだから驚きだ。
それでも重症であることには変わらず、治療して回復するまでにはそれなりの期間が必要だった。
だが例えそうであったとしても、零がこの町に留まることに大きな禍根を残すようなことはなかった。
「? しばらく?」
零は心悟の放ったその一語に、些か引っ掛かりを覚える。
「あぁ、しばらくだ。残念ながら、君をずっとこの領地に留めておくことはできない」
「! なぜじゃ!」
心悟の言葉に対して、美咲は思わず声を上げるが、心悟はそのまま話を続ける。
「君が持つ力は、私が持つには余りあるものになっているということだ。この国では、貴族が一級以上の戦力を持つことが許されていない。君の力は、本来なら既に王の管轄になっているべきものだ」
その心悟の説明に、零はすぐに納得する。
要は王政を取っているこの国において、王位を揺るがしかねない力を、王でない者が持つことは面白くないのだろう、と。
「私が君の後見人となって、近衛騎士団に推薦状を出す。それであちらの受け入れが整えば、君には王都へと移ってもらうことになる。私にできるのはここまでだ」
心悟は内心で、零の希望に添えなかったことに、些か冷や汗を流しながら答え待つ。
だが零の方はというと、内心で心悟の対応に十分過ぎると思っていた。
彼にしてみれば、自分を異世界から来たよくわからない存在として討伐されないだけまだましなのだ。
さらに後見人にもなってくれるというのなら、これほど十分なことはなかった。
「……十分です。ならそれまでの間、ここでお世話になります」
零は心悟の前に進み出て、その右手を心悟の前に差し出す。
心悟もまた、その右手を前に出し、零の差し出した手を掴みとる。
こうして二人は握手を交わし、今宵の騒動はこれで完全に幕を閉じたのだった。
これにて第一章は完結です。
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次章第一話の投稿は、明日21時台を予定しております。




