第十一話 誰か一人でも
□■神楽零
零の今の心境は複雑だった。
美咲からこれからどうするのかと問われて、目の前に広がる惨状を見た時にふと思ったのだ。
『あぁ。この世界にはもう、俺の居場所はないんだな』と。
倒壊した建物も、響き渡る悲鳴も、全て零が引き起こしたことには変わらない。
だがそれ以前に、零がそうせざるを得なくなったのは、ひとえに零がこの世界から拒絶されたからに他ならない。
例えこの世界で、零がどのように振舞おうとも、所詮この世界ではただの“異物”。
こことは異なる世界からやって来た、決して交わることのない不穏分子。
それこそが零であり、例えこの世界のどこに居ようとも、その事実が変わることはないのだろう。
そんな世界でたった一人。
本当の意味での孤独を実感した時に、零は無性に胸を締め付けられたような気がした。
(……結局俺は……孤高にはなれなかったってことか)
零はとっくに失くしたと思っていた、自分の人間味のある感情に思わず苦笑を浮かべてしまう。
今の今までずっと、零は必要以上に他人と関わることなく過ごしてきた。
高校でも大学でも、友達と呼べる者はほとんど作らず、ただ我が道を行くだけの人生を過ごしてきたつもりだった。
その方が気楽だったし、自分にはそれが性に合っていると思っていた。
だがそれでも、零は孤高にはなり切れなかった。
どれだけ他人に興味を持たなかったとしても、どれだけ他人を気にしなかったとしても、それでも零は、心のどこかでは誰かを求めて、すがっていたのだ。
人間らしく、自分が誰かに認められて、受け入れられることを望んでいたのだ。
(……失って気づくとは、まさにこのことだねぇ)
だからなのだろう。
美咲が放った言葉には、ほんの少しだけ救われたような気がした。
何も知らない世界の中で、たった一人でも、自分の存在を認めてくれたことが何よりも嬉しかったのだ。
だがそれでも、たった一人の少女が認めてくれたとしても、世界の大半が零を受け入れないことには変わらない。
ならばその現実は、甘んじて受け入れることにしよう。
どれだけ力を得ようとも、零に出来るのは、たったそれだけしかないのだから。
(……じゃあ、行くかねぇ)
もうこの町には来ることは、二度とないのだろう。
そう思って《重力操作》を使って飛び立とうとした時、再び美咲の声が零の耳に届いた
「待つのじゃ! お主は……本当はどうしたいのじゃ!?」
その言葉を聞いて、零は美咲の方へと振り返る。
「……どういう意味かね?」
「……そのままの意味じゃ。お主は本当は、この世界でどう生きたいのじゃ。お主の本当の望みは何なのじゃ!」
「……そうだねぇ……」
問われた零は、少しだけ考える素振りをするが、既にその答えは決まっている。
失って初めて気づいた、零が密かに望んでいたささやかな願い。
それは……
「まぁ強いて言えば……誰か一人でもいいから、俺の傍にいてくれることかなぁ」
誰か一人でいい。
自分を認めて、受け入れて、支えになってくれる存在。
それだけが、今の零が望むたった一つの願いだった。
(まぁでも、もう望むべくもないけれど)
仮に正体を隠し続けることができれば、あるいはそういった存在に巡り合うことはできるかもしれない。
だが正体がばれて見限られ、再び孤独を味わうことになるくらいなら、初めからそんなものを望まない方が幸せなのだ。
そう思っていたのだが……
「妾ではダメか?」
その言葉が聞こえた瞬間、零は自分の耳を疑った。
目の前の少女が、いったい何を言っているのか、すぐに理解することはできなかった。
「……?……」
そんな零の様子には構うことなく、美咲はさらに言葉を続ける。
「確かに今回の一件は、妾たちが先走ったことが原因じゃ。何の関係もなかったお主には、謝罪してもしきれぬが、妾たちの方も、お主の正体がわからずに必死だったのじゃ。それはどうか理解してほしいのじゃ。その上でもし、お主が妾たちを許してくれるというのなら、妾のところに来ぬか。妾なら、お主の傍にいてやれる。もしお主に牙を向く者がおれば、妾も一緒に戦ってやる。妾はもう、お主を一人にはさせぬ!」
「…………何を言っている?」
まるで好きな人へのプロポーズのような台詞に、零は少しの間思考を停止させる。
「じゃから! 妾がお主の傍にいてやると言うておるのだ。二度も言わせるでない!」
もう一度同じことを言われたことで、零はようやく、美咲の言っている内容を理解した。
だが理解できたところで、それを信じられるかどうかはまた別の話だ。
「本当に何を言っているのかねぇ? 俺がここで何をしたのか知らないわけがないだろう?」
零は少し強めの口調で、美咲に向かって言い放つ。
実際、零はほんの少しだけ苛立っている。
零がこの町でしてきたことは、決してそんな簡単に割り切れるようなものではないのだから。
「むろん知っておる。目の前に広がっておるからなぁ。じゃがそれは、決してお主だけの罪ではない、お主の戦力を見誤った妾たちの罪じゃ。お主はただ生きたいと願って抗ったに過ぎぬ。その人としての行いを、妾は攻めたりなどせぬ」
「……綺麗事だな。人の感情っていうのは、そう簡単に割り切れるものじゃない」
「確かにそうかもしれぬ。じゃがもし、お主を非難する者がいるというのなら、妾も一緒に背負ってやる。言ったじゃろ、妾はもうお主を一人にはせぬと」
「…………なぜ俺にそこまでする」
今日初めて会ったばかりだというのに、なぜそこまで自分に尽くすのか、零には美咲の心情が全く理解できなかった。
「なぜじゃろうな……妾に宿ったこの魔法がそうさせるのかもしれぬが……じゃが一つ言えるのは、妾はただ、お主が悲しく笑う姿を見たくなかった。それだけじゃ!」
美咲はそう言うと、まるで屈託のない笑顔で、零に向かって笑いかけた。
その笑顔からは、何の邪気も感じることはなかった。
「…………」
零は美咲のその姿勢に、どうすればいいのかわからなくなる。
仮にここで美咲の手を取れば、一時であっても、零は救われるのかもしれない。
だがもしも裏切られることになったら?
今まで真面に人付き合いもせず、一度完全な孤独を味わった零は、無性にそのことを恐れているのだと気づいた。
だから零は、最後の確認をすることにした。
零は《時間加速》を発動させて、一気に美咲の前へと現れる。
「!…………」
突然目の前に現れた零に対して、美咲は当然のように驚いてはいるが、決して後ろに下がろうとはしなかった。
その目も、一瞬だけ驚いた後は、静かに零のことを見据えている。
その確認が取れただけで、零にとっては十分だった。
「本気なんだな」
零は若干呆れを含ませながらポツリと呟く。
「何度も言わせるでない。お主こそ、一体いつまでうじうじしておるつもりじゃ。まったく気の小さい男じゃな」
「…………はぁ……わかった。お前の提案を受ける……だからまぁ……これからよろしく頼む」
零がそう言うと、美咲は嬉しそうに笑い返す。
「うむ! こちらこそ、よろしく頼むぞ!……そういえば、まだお主の名は聞いておらんかったなぁ。名は何というのじゃ?」
「……神楽零だ」
「零か……良き名じゃな。改めて、よろしく頼むぞ。零!」
美咲はそう言うと、その右手を零の前に差し出す。
「……あぁ」
零はもう何も迷うことなく、その美咲の手を掴み取る。
そして、その手を嬉しそうに見つめる美咲の姿を見て、零はこの瞬間、本当の意味で救われたような気がした。
次回、第一章最終話です。




