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【第五章完結】世界を渡りし者たち  作者: 北織田流火
第一章 異世界漂着編
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第十話 ふざけるでない

 □■天眼美咲


「まぁ、その話はいいな……それで、俺の正体の確認が終わったところで、次はどうするつもりだ?」


 話の続きを促されて、美咲はここでもう一度、気合を入れ直す。

 ここから先が、美咲にとっての正念場なのだ。


「お主は、これからどうするつもりなのじゃ?」


 美咲はもう一度、あの路地裏で最後にした問いを投げかける。


「? あの時も聞いたよな? それ」

「……うむ、そうじゃな……して、今はどうなのじゃ?」

「…………そうだねぇ…………」


 青年は少し考える素振りを見せながら、美咲の後ろへと視線を向ける。

 そこには未だに瀕死で倒れている速風がおり、美咲は固唾を飲んで、青年の答えを待つ。


「……まぁ一先ず、この町からは出ていくことになるだろうなぁ。我ながらこれだけのことをしたわけだし……できれば、近くの町がどこにあるのか知りたいところだけど……まぁ、その後のことはその時に考えるさ」


 青年は周りを見回しながら、まるで自分が行った結果を自虐するように苦笑する。

 その姿を見て、美咲はついさっきまでの青年の殺意の無さに困惑する。


「……妾たちを……殺さぬのか?」


 美咲は確かめるように、青年に尋ねる。


「ん? あぁ、後ろにいる爺さんは、いろいろと世話になったからなぁ。ひと思いに逝かせようと思っただけだ。そのままだと苦しむだけだろ?」


 理由はそれだけだと言う青年に対して、美咲はさらに困惑を募らせていく。


「……妾のことは……殺さぬのか?」

「? なんでそんなことをする必要がある?」

「なんでじゃと!? 妾たちはお主を殺そうとしたのじゃぞ!」


 青年の反応に、美咲は思わず声を上げる。

 この状況で、自分を殺そうとした相手に情けを掛けることが、美咲には理解できなかった。


「……まぁ、そうだねぇ……とは言え、お前が直接、俺を殺しに来たわけでもないし……何より、俺はこの世界にとっては“異物”みたいだからな」

「“異物”?」


 その不可解な言葉に、美咲は青年に問い返す。


「あぁ。知っての通り、俺はこの世界の人間じゃない。ただ少し力を持っただけの、この世界にとってはただの“異物”でしかない。そんな奴が、世界と関わろうとした時に何が起きたのか……お前はもう知っているだろ?」


 そう言うと、青年はゆっくりと後ろへと振り返る。

 美咲も釣られて青年の後ろにあるものを見る。


 そこにあったのは、青年と速風との戦闘で倒壊した建物の残骸だった。


(…………)


 その光景を見て、美咲は青年が何を言いたいのかを理解した。

 青年の言う、『“異物”が世界と関わった時に起きた出来事』というのは、今まさに、美咲たちが体験している状況そのものなのだと。


 そして同時に、美咲は今更ながら自覚させられる。

 今のこの状況を作り出す引き金を引いたのは、他の誰でもない、美咲自身であるということを。


「…………」


 美咲は、自分が引き起こした光景を眺めながら、しばしの間押し黙る。

 青年の話を聞き、目の前の光景を眺めた時に、美咲はどうしても思ってしまった。


 もしも自分が領主である父に、この青年のことを知らせなければ、こんなことにはならなかったのではないかと。


 だが同時に、それを否定して首を振る自分がいる。

 そんな美咲の内面に気づいたわけではないのだろうが、青年は美咲に向き直って言葉を続ける。


「別にこの状況は、お前がいたから起きたわけではないだろ? 俺がどこにいたとしても、遅かれ早かれこうなっていた。違うか?」


 青年の言葉に、美咲は肯定も否定もせずにただ黙り込む。

 実際、例え青年の力に気づいたのが美咲でなかったとしても、今と同じ状況になっていた可能性の方が高い。

 さらに言えば、彼が異世界からの来訪者だと気づいたとしても、だからこそ、未知の存在――それこそ世界の“異物”として排除に乗り出す結末すら有り得た。


「今はこの程度で済んでいる。……だがもし、ここでお前を殺せば、間違いなくこの程度では済まなくなる。流石にそれは俺でも御免だからな」


 その推察も、美咲は内心で正しいと思う。

 美咲はこれでも、王国では力のある貴族のご令嬢なのだ。

 それがたった一人の人間に殺されたとなれば、国の威信にかけて、その討伐に乗り出すだろう。

 それこそ、王国が管理している神剣すらも使って……


「できれば相互不干渉が望ましいところだがなぁ……まぁそれでも、向かってくるというのなら容赦はしない。降りかかって来た火の粉は払い続ける。俺だって死なずに済むのなら、死にたくはないからな」


 それは紛れもなく、青年の覚悟の表れだった。

 例え世界から拒絶されようとも、ただ生きたいという意思を貫き通す。

 美咲はそんな青年の在り方がどこか眩しく、そしてどこか痛ましく思えた。


 己を殺し、世界から外れ、ただ無害な存在として生き続ける。

 それはあまりにも寂しくて、あまりにも悲しい生き方に思えた。


「……お主は……それがわかっていて、なおも生き続けるというのか。世界の意志に刃向かうこともせず、ただ従順に、この世界で生き続けると!」


 美咲は堪らず、自分の中で湧き起こる感情の言葉を漏らす。


「まぁ、それがお互いにとっての最善だからな。刃向かうことはしないが、抵抗はする。その程度の権利は俺にもあるからな」


 青年は淡々と、ただ淡々と言葉を吐き出す。

 口から出てくるのは、「それが最善」「お互いのため」「権利がある」。


 思わず聞いているだけで虫唾が走る。

 その言葉の全てに、青年の生きること以外への、望みや願いがなかった。


 まるでそれら全ては、生きるためにもう捨てたとでも言うかのように。

 生きてさえいれば、他の全てはいらないとでも言うかのように。


 そのことが何よりも許せなかったし、我慢ならなかった。


「……ふざけるでない……」

「?」

「ふざけるでないぞ! お主は……お主はそれだけの力があるというのに、何も望まぬと言うのか! ただ生きていれば満足で、それ以外は捨てても構わぬと、そう言うのか! そんなの……そんな己を殺して、ただ生き続ける生き方など……死んでいるのと変わらぬじゃろうが!」


 美咲は自分の中で溜まっていた青年への感情を爆発させる。


「だいたいお主は、この世界の人間ではないのじゃろ! ならばなぜ、この世界に従う必要があるというのじゃ! お主は、お主の望むまま、この世界で好きに生きればよいじゃろう! なに、この世界に遠慮しておるのじゃ! この大馬鹿者が!」


 美咲は喉が嗄れるほど声を張り上げて、青年が送ろうとしている生き方を否定する。


 そんな美咲の姿に面食らったのか、青年は面白いほど間抜けな表情を浮かべていた。


「…………お前は随分と、他人思いな奴なんだな」

「…………」


 青年は、まるで仕方のない奴だとでも言うように、美咲のことを見る。

 そして美咲の目に映った彼の表情は、僅かに微笑みを浮かべながら、今までの中で一番綻んでいるように見えた。


「まぁでも、その言葉はありがたく受け取っておくよ。実際にそうするかどうかは別だがな」


 一時の微笑みは消え、青年は再びその表情に影を落とす。

 美咲はその様子を、ただじっと何も言えずに見ていた。


 美咲も内心では、自分の言ったことが到底叶わないことであることはわかっている。


 だがそれでも、美咲は伝えたかったのだ。

 決して世界のためなんかに、自分を殺す必要などないということを。

 世界で自由に振舞っていてこそ、真に生きるという意味なのだということを。


「じゃあ、俺はもう行くよ。いろいろ世話になったな」


 青年はそう言うと、踵を返して美咲に背を向ける。

 これでもう二度と会うことはないのだろう。


 これでこの騒動も終わり。

 そう思って、ただじっとその青年の背中を眺めていると、美咲はそこで、最初に青年と別れた時のことが頭を過った。


 そして気づいた。


 今とあの時とで、何も変わってなどいないということに。


(……違うじゃろ!)


 美咲は心の中で、これで終わりにしようとした自分を殴り飛ばす。


 自分は最初、何のためにここまで来たというのか。

 何のために、今まで悩んで、危険を承知で彼の前に立ったというのか。

 それは決して、このまま彼を行かせるためではない。


 美咲が今ここに立っているのは、突然この世界に連れてこられ、誰も頼れる者もおらず、帰る場所も失ってしまった一人の青年を、もうあんな顔で、一人にさせないためだ。


 美咲は腕を前に出し、立ち去ろうとする青年に向かって手を伸ばす。


 あの時の美咲は、彼を引き留めることができなかった。

 それは無意識に、彼の持つ力を恐れ、拒絶し、受け入れようとしなかったから。


 そしてなによりも、美咲に、その覚悟が足りなかったから。


 だが、今は違う。

 彼が持つ強大な力も、彼がここにいる経緯も、その全てを知り、向き合った上で、美咲は今ここにいるのだ。


「待つのじゃ! お主は……本当はどうしたいのじゃ!?」


 美咲の放ったその言葉は、青年の耳へと届き、彼の立ち去ろうとした歩みを止めた。


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