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【第五章完結】世界を渡りし者たち  作者: 北織田流火
第五章 帝国進撃編
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第三十八話 動き出す者たち

 ◇◆


 彼女にとって、氷華天真こそが世界の全てだった。

 天真のために生き、天真のために死ぬ。

 それこそが彼女の生きる意味であり、この世界に残るたった一つの希望だった。


 だから彼女は――雫は、自分の前から天真が居なくなってしまうなど、考えてすらいなかった。

 誰よりも強者であることに苦悩していた天真が、この世の誰かに負けることなど有り得ないのだと、雫は信じて疑わなかった。

 だが今、そんな雫の目の前には、顔が潰れた天真の亡骸が、ヒンヤリと氷の上に横たわっていた。


「陛下……」


 膝を曲げ、両手を地面に付けながら、雫は氷の台に乗る天真の姿を見つめる。

 心から天真に崇拝と忠誠を誓う彼女には、天真の姿を高いところから見下ろすことなど、出来るはずがなかった。


「まさか、陛下が敗れるとは……」


 彼女の後ろでは、空門が文字通り信じられないものでも見るかのように言葉を口にする。


 今この場には、雫と空門の二人しかいない。

 他の者に見せるには、この事実はあまりにも衝撃が強すぎるものだった。


「これは、帝国が荒れるでしょうね」


 いや、荒れるなんていう生易しいものではないだろう。

 最悪、と言うよりも、十中八九、帝国は内部で亀裂が生じることになる。

 今までの帝国は、氷華天真による一強の独裁政治を敷いていたと言ってもいい。


 当然、抑え込んでいた頭がいなくなれば、抑圧されていた連中が反旗を翻すことは必定。

 内乱は避けられないし、帝国に氷華の名が残れば、まだマシな方だとも言えるだろう。

 だが、そんな未来に皺を寄せる空門とは裏腹に、雫は立ち上がると、天真に背を向けて、どこかへと立ち去ろうとする。


「どちらへ」


 空門が呼び止めると、雫はその場で振り返らずに立ち止まる。


「決まっています。このまま野放しにしておくわけにはいかないでしょう?」


 「何を?」とは空門は聞かない。

 それだけで、雫が概ね何をしようとしているのかを、彼は察していた。


「敵討ち、ですか」


 お互い、皇帝の耳と足として、天真のすぐ傍で仕えていた身の上だ。

 それくらいのことを察し合えるくらいには、二人の関係もそれなりに長い付き合いになっていた。


「止めますか?」


 だからこそ、空門は背を向けたままの雫に、首を横に振って否定する。


「いいえ。私が止めたところで、あなたは決して止まらないでしょうから」

「…………」


 雫はそのまま、何も答えることなく歩き始める。

 目指すのは天真を殺した存在――神楽零が向かう明護王国。

 彼女の魔法――《目印追跡》がその本領を発揮し、地獄の底まで追いかける復讐者として、雫は血みどろな戦いへと身を投じて行くのだった。


「…………」


 そんな彼女の背中が、十分離れて行くのを見送って、空門はもう一度、顔が潰れた天真の亡骸へと目を戻す。


「ですがきっと、陛下は最後には笑っていたのでしょうね」


 誰よりも戦いに恋焦がれながらも、誰よりも戦いに恵まれなかった主が、最後は死闘の末に死ぬことが出来たのだ。

 潰れてしまった顔の奥では、きっと笑っているのだろうと、空門は、最後に主の願いが叶えられたことを、少しだけ、喜ばしくも思うのだった。



 △▼



 同時刻、氷華帝国の帝都にある館の一室で、一人の男が、図面に描かれた幾何学模様を相手に睨めっこを繰り広げていた。


「これをこう……いや。それではこの術式を邪魔してしまう……ならばこう……」


 彼の名は聖印和人。

 長らく帝国に仕える聖印家の当主であり、代々受け継がれてきた《万象刻印》の魔法によって、“渡り人”を召喚する術式を完成させた天才だ。

 歴代随一と謳われた彼は今、皇帝――天真の命により、昼夜問わず、寝る間も惜しんで“渡り人”召喚における、術式の改良に明け暮れていた。


 皇帝から与えられた猶予は三ヶ月。

 長いようで短いその期限は、聖印ならやり遂げるという、皇帝からの信頼の証でもある。

 その信頼に報いるためにも、聖印はただひたすらに、要である術式の試行錯誤にのめり込んでいく。


 だがそんな時、彼のいる部屋の扉が徐に開き始め、そこから人影が部屋へと入り込んでくる。


「ん? いったい何の用だい。今ちょうど良い案が浮かんだんだ。話ならまた後で――」


 使用人か何かだと思い、声を掛けた聖印だが、直後に首を何かで絞められ、そのまま後方にあった壁へと叩きつけられる。


「ガハッ!」


 それを成したのは無色透明な“虚空の手”。

 その“手”は首だけでなく、聖印の四肢さえも押さえて壁に張りつける。


「ヒッヒッヒッ! ちと、邪魔させてもらうぞい」

「……誰だ……お前らは……」


 そこで初めて、聖印は部屋へと入って来た侵入者へと目を向ける。

 口調が似合わぬほどに若い一人の男と、覆面で顔を隠した複数の黒装束たち。

 そして聖印の質問に答える形で、唯一顔を隠していない男が言葉を続ける。


「ヒッヒッヒッ! なーに。儂はただのしがない老人にすぎんわい。ちとお主に聞きたいことがあってのぅ」


 そう言って、男はその紫の瞳で、聖印の魂を射抜く。


「お主、その魔法で“渡り人”をこちらに呼び寄せたのじゃな?」

「…………何の話だ」


 男の発言に、聖印は一瞬だけ頬をピクッと動かしたが、すぐに取り繕って返答を誤魔化す。

 だが男は、そんな聖印の反応を目ざとく見つけて、今日一番の笑みを深くする。


「そーか、そーか。それならば良いのじゃ。お主を“標本”にすれば、儂も“渡り人”を自由に呼び寄せることが出来るというわけじゃな。ヒッヒッヒッ! 今から楽しみじゃわい」


 まるで孫を可愛がるようにほくそ笑みながら、男は配下の“覆面”たちに部屋にある資料の全てを持ち出すように指示を出す。


「触るな!――ぐっ!」


 それを止めようと聖印は叫ぶが、直後に首を絞める“虚空の手”の力が強くなる。

 この部屋にある資料の全ては、代々聖印家が自らの魔法を研究して培ってきた粋の結晶だ。

 《万象刻印》の使い手でもなければ、無用の長物でしかないものだが、だからこそ、聖印家以外の者が、粗末に扱うことを、聖印はただただ許せなかった。


 だが虚しくも、部屋にあった資料の全ては、まるで掃除機にでも吸われるかのように、“覆面”の出した亜空間の中へと消えていった。


「ふむ。では行こうかのぅ」


 目当ての魔法使いも手に入れ、《万象刻印》を使う上で必要不可欠な資料も手に入れた。

 もうここに用はないと、男は“覆面”の一人が使う転移魔法を発動させようとしたが……


「ん?」


 何故か空間転移は失敗し、同時に部屋の窓から、純白の鎧を着込んだ複数の人影が中へと突入する。


「見つけたぞ! 山井改一郎!」


 その内の一人、一際ガタイのいい男が、部屋にいた若い男を睨みつけ、嘗て獣王連合国で零が倒したはずの女の名を叫ぶ。


「ヒッヒッヒッ! なるほどのぅ。儂と同じく、嗅ぎ回っておる者がおるとは思っておったが……やはりお主らじゃったか――」


 それが男の――山井改一郎の発した最後の言葉だった。

 ガタイのいい男は、構えた剣で改一郎を斬りつけ、その内にある魂さえも斬り裂いてみせた。


 だがこれで、山井改一郎という存在が、この世界から消滅したわけじゃない。

 そのこと恨めしく思いながら、男は改一郎の亡骸をただじっと見下ろしていた。


「ゴホッ! ゲホゲホッ!――」

「無事か?」


 改一郎の配下である“覆面”もまた、純白の騎士たちによって倒され、拘束されていた聖印は地面に転がる。


「あぁ……何とかねぇ……その紋章……お前ら、〈聖騎士団〉だな」


 騎士たちの羽織る外套にあしらわれた紋章を見て、聖印は改一郎を倒した男に尋ねる。


 〈聖騎士団〉。

 それは、暁大陸のほぼ全ての都市に拠点を持ち、世界に多大な影響力を持つ〈聖教会〉、それが誇る精鋭部隊。

 その力は大国と比べれば小規模なれど、一国を相手にするには余りある力を秘めている。


 その男――第三聖騎士団団長――破霊(はれい)貴彦(たかひこ)は、聖印のその質問に対して肯定する。


「如何にも。我らは、教皇様直属の〈聖騎士団〉である。すまないが、奴まで動き出した以上は、貴殿の身柄は我らが預からせてもらう」

「……拒否権はなさそうだねぇ……従わなければ殺すと?」

「あぁ。貴殿の力は、この世界の均衡を崩すには余りある。故に、我々が動いた」


 〈聖騎士団〉の活動内容は、〈聖教会〉の本拠地である聖教国を守護すること。

 並びに、世界の均衡を崩しうる存在や事象へと対処すること。


 そして今回の事例は、当然後者に当たる。

 “渡り人”をこの世界に召喚する行為は、こちらの世界だけでなく、あちらの世界に対しても、多大な影響を及ぼしかねない。


「なるほど。だが、もし僕の身に何かあれば、陛下が黙っていないと思うけど?」

「それについては後日、正式な交渉の場を設けることになるだろう。事後承諾の形にはなるが、貴殿らが召喚した“渡り人”たちと合わせ、こちらに引き渡してもらうことになる」


 基本的に、〈聖教会〉は戦争を行うことを良しとはしていない

 より正確には、戦争によって多くの人々が犠牲になることを良しとはしていないのだ。


 だがそれでも、国同士の争いというのは、そう簡単に無くなるようなものじゃない。

 〈聖教会〉に出来ることも、戦地へ治癒魔法が使える司教や司祭たちを派遣せずに、戦争の長期化や、戦争が起きる一因となることを避けることくらいだ。


 国の兵士たちが、祖国のために戦地で戦うことは避けられない。

 だがだからこそ、戦争とはまるで関係のなかった“渡り人”たちを召喚し、無理やり戦わせたことは、流石の〈聖教会〉でも看過することは出来なかった。


「なるほど、よくわかった…………一つ条件がある」

「聞こう」

「妻と娘たちも一緒に保護してもらう。彼女たちには、僕が丹精込めて作った護符を渡してある。恐らくまだ死んじゃいないはずだ」


 既に改一郎の襲撃を受けてから、数分の時が過ぎているが、未だに使用人の誰かが様子を見に来る様子もない。

 恐らく、多くの使用人たちが、改一郎によって殺されたのだろうと、聖印が想像することは難しくなかった。

 だがそれでも、聖印自らが魔法で作った護符を持っている、妻や娘たちなら、まだ生きているはずだという確信が聖印にはあった。


「良かろう。貴殿らの命、我らが預かる」

「助かる」


 聖印は破霊の手を取って立ち上がり、家族がいるであろう館の一室へと向かう。


「それにしても、貴殿は愛妻家なのだな」

「あぁ。べた惚れだよ」


 その後、聖印は家族と生き残った使用人たちを引き連れ、一度帝都内にある〈聖教会〉へと避難してから、〈聖騎士団〉の護衛の下、帝都を脱出する。

 破霊たち――第三聖騎士団のほとんどは、帝都に留まり、皇帝――天真との交渉に向けての準備を進めていった。


 そんな彼らが、皇帝の崩御と、召喚された“渡り人”の失踪を知るのは、それから間もなくのことだった。


これにて第五章は完結です。


ここまで『世界を渡りし者たち』をお読み下さりありがとうございます。


初めてこういう場所で投稿してみた作品ですが、初投稿してから一年以上もの間、今までお付き合いいただけたことは本当に嬉しく思います。


まだまだ物語としては続いて行くのですが、一旦この第五章の完結を以って、『世界を渡りし者たち』の投稿をお休みしたいと思います。


代わりに今度は近い内に、別サイトで新しい作品を投稿していきたいと考えています。


本作の続きは今まで書いてきた部分を修正してから、折りを見て再開していきたいと思います。


ここまで『世界を渡りし者たち』をお読みくださり、本当にありがとうございました。


それでは皆様、よいお年を~。

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