表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第五章完結】世界を渡りし者たち  作者: 北織田流火
第五章 帝国進撃編
102/106

第三十四話 終幕を告げる夜の雪 肆

 □■神楽零


 零には一つだけ、昔から決めていることがある。

 それは実の妹――万衣の期待だけは、絶対に裏切らないということだ。


 基本的に零は、自分が他人にどう思われようが知ったことではない。

 好かれようが嫌われようが、それで零の何かが変わるわけでもない。

 言いたい奴らに好きに言わせておけばいい……少なくとも零は昔からずっと、そう思って生きて来た。


 だがそれでも、せめて兄として、妹の前でくらいは、頼られる存在であろうと決めていた。

 今までにその誓いを破ったことはない。

 だから今回も、それを破るつもりはない。


『お願い……助けて』


 そう妹に乞われ、今ここで分の悪い戦いに挑む理由としては、それだけでもう十分だ。


(さて、始めようか)


 そう心の中で気合を入れ、零は眼前に立つ敵の姿を見つめる。


 とは言え、別に勝算がないわけでもない。

 今の奇襲で倒せるのが一番良かったが、そう上手くはいかないらしい。

 目の前では、皇帝が何事もなかったかのように剣を構えて立っている。


 王国からここまで、最速で飛行した運動エネルギーの全てを拳に乗せて殴ったのだが、時間を加速させた上で、後ろに飛んで威力を殺された。

 《未来視》でこの結末が見えてはいたとは言え、これ以外の最善手は見つからなかった。


 お陰で、城壁の穴から皇帝を外へ追い出すことには成功した。

 これで周りに気兼ねなく、思う存分に戦うことが出来る。

 だが今の零では、そこまで自由に魔法は使えない。


(天照、魔法は?)

『もう全力で掛けとる。せやけどもう、今の内にはこれが精一杯や』


 内側から聞こえて来る天照の声に、零もまた、そうだろうなと思うしかない。

 実体化していない今の彼女たちでは、魂が不安定なせいで、三級魔法程度の力しか発揮できていない。

 それでも、天照はかなり無茶をして強化を掛けてくれている

 流石にこれ以上は、彼女に負担を掛けるわけにはいかない。


(月詠はどうだ?)

『……正直、あまり意味がないと思うわよ。少しは効くでしょうけれど、あれほどの魔力を弱体化させるのに、いったいどれ程の時間が掛かるのかしらね』


 月詠の魔法は、相手の魔力を弱体化させる一種の毒だ。

 彼女の魔法である“夜”に取り込まれた魂は、その領域内に居続ける限り、その魂の力を弱めていく。

 だが元々の魔力が強い相手には、その効果が表れるのにも時間が掛かってしまう。

 この世界最高峰の特級魔戦士に、神剣と呼ばれる特級魔装具。

 さらにはその二つの魔力が干渉しあうことで、さらにその総量を増やしている。


 確かに月詠の言う通り、そんな相手に今の月詠の力で、どれほど通用するのかわからない。


(なるほどねぇ……了解……月詠はそのまま、天照を補佐してやってくれ)

『ええ。わかったわ』

(…………それにしても、まだ全力じゃないとはいえ、ここまで使わせるか)


 既に魔法力の大半を、《時間加速》の行使に回されている。

 万全の力ではないとはいえ、天照の強化が乗っていてようやく互角と言ったところか。

 それでもまだ、向こうは神剣の奥の手を切っていないのだから、尚のこと質が悪い。


 やはり《時間操作》だけなら、あの神剣は零よりも出力としては上だ。

 本格的な戦闘が始まれば、零でもあの皇帝の速さに追いつけない。

 だが、それでも……


「やるしかないね」


 ここまで来た以上、もう後戻りなんて出来ない。

 この世界に来てから一番の、全身全霊を以って相手にするまでだ。

 腰に着けた鞘から刀を抜き出し、最も自然な所作で構えを取る。


「…………」

「…………」


 零も皇帝も、一応は剣士だ。

 相手の一挙手一投足から、その力量や真意を読み取ることは出来る。


 言うなればこれは、武を極めた者同士の対話だ。

 皇帝が少しでもその所作を変えるたびに、零は頭の中で何度も何度も、その皇帝との戦いを思い描いて行く。

 時には斬り、時には斬られ、そしてもう十分に語り尽くしたその果てに、零と皇帝は同時に前へと踏み込んだ。


 やっぱり、今の全力を出した皇帝の方が僅かに速い。

 だがそれでも、まだ劣勢になるような差ではない。


 皇帝が上段から振り下ろすよりも早く、零は切っ先を制して皇帝の斬撃を受け流す。

 返す刀で胴体を狙い、皇帝は後ろに飛んで距離を取る。

 これで良い。


 上手く躱せたように思うかもしれないが、皇帝が着地した瞬間、その胸元が一文字に引き裂かれ、そこから血飛沫が舞う。


「!」


 そのことに驚いた表情を浮かべる皇帝に、零はさらに追撃を仕掛けるために前へと出る。


 さっきの斬撃と同じように《空間操作》を発動。

 皇帝との空間的距離を短縮させ、一気に皇帝の前へと躍り出る。


 やっていることは単純だが、剣の間合いを測らせないことは、近接戦をやる上で有効な一手だ。

 今の零でも、多少の空間を弄るだけなら、残していた余力だけで十分に可能だ。


 加えて、零には常時発動している《未来視》がある。

 見えるのは精々十秒先までだが、それでも相手に先手を取らせない分には十分だ。


 一応、あの神剣にも似たような能力があるのではないかと警戒していたが、どうやらその様子もない。

 あれは完全に、時間を操作することだけに特化した神剣なのだろう。


 ならばこのまま、切り札を出される前に、一気に決着を付けるまでだ。


 僅かに反応が遅れた皇帝に、零は今出せる最速の突きを放つ。

 狙うのは、首と見せかけて眼球だ。

 《空間操作》で刀の軌道を歪め、無理やりその矛先を右目へと向けさせる。


 だが咄嗟に首だけではなく、心臓までもを、氷で防御したのは流石と言うべきだろう。

 しかもその氷は、時間を停止させ、世界に運動を固定化させた氷だ。

 零の《時間停止》の障壁と同じく、通常の物理攻撃では突破することは叶わない、鉄壁の防御だ。


 だがそれでも、流石に皇帝も目までは、意識が行き届かなかったらしい。

 《未来視》で氷の防御が見えていなければ、迷わず零も心臓を狙っていただろう。

 だがこうなってしまっては仕方がない。


 恐らく《空間操作》を使った技は、もう今までのようには通用しないだろう。

 だからこそ、確実に――


(ここで仕留める!)


 狙うのは眼球の奥にある脳。

 目を潰してから、そのまま一気に急所を突く。


「はっ!」

「っ!――ガッ!」


 刀は狙い立たずに、皇帝の右目を貫き、赤い血を滴らせる。

 確実に零の刀は、皇帝の眼球を潰して、彼に深手を負わせた。

 それは間違いない。

 だが……


(浅い!)


 眼球は貫いても、まだ脳までには届いていない。

 剣先が固い何かに阻まれて、どんなに力を込めても、これ以上前には貫けない。


 それでも、何か手を考えるよりも早く、《未来視》が零に警告を発する。

 それは数秒後にやって来る、皇帝からの大規模な氷結攻撃。

 流石の零でも、それを食らうのは少々マズい。

 零は回避に移ろうと、刀を皇帝から引き抜こうと動くが……


 今回ばかりは、それがいけなかった。


「!」


 未来を見てから違う動きをしたせいで、《未来視》で見えていた未来が変わる。

 それと同時に、皇帝に突き刺さっていた刀が、丸ごと凍りついていく。


 咄嗟に刀から手を放したが、当然これだけでは終わらない。

 そこから伝播するように、激しい冷気の波動が、万物全てを凍らせていく。


 零が《未来視》で見た、皇帝の大規模な氷結攻撃そのままだ。

 まだ数秒先の未来だったはずだが、零が刀を引き抜こうとしたせいで、その攻撃が早まったのだ。

 だがそれでも、何とか今の全力で《重力操作》を発動させ、後方へと回避する。


『零』

(……しくじった)


 得物を失くした手を軽く握って、零は氷樹と氷塊で覆われた先をじっと見つめる。

 そこから現れたのは、五体満足に右目さえも治っている皇帝の姿だった。

 そしてその手には、今までとは装飾が異なる灰色の大剣が握られている。


 《未来視》でこの先の未来が見えてはいるが、少しの動作でその未来が変化していく。

 未来が一つに定まらないせいで、上手く次の攻撃に備えられない。

 そして無情にも、刻限というのは、あっという間にやって来る。


 一瞬だけ、皇帝が姿を消したと思った次の瞬間――


「!」


 皇帝の神剣が、まるでさっきのお返しだとでも言わんばかりに、零の右目の眼球を貫いた。


「――ガッ!」

『『っ!? 零!』れいやん!』


 悲痛に叫ぶ天照と月詠の悲鳴が、零の中で響き渡った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ