第三十三話 終幕を告げる夜の雪 参
□■影林律器
(やっぱり、強い!)
実際に剣を交えてみて、改めてわかった。
此奴は真面に戦って、勝てるような相手じゃない。
今は完全に油断していて、何とか殺されずに済んでいるが、少しでも本気を出されたら終わりだ。
(その前に何とか決着を付けねぇと……だが、俺にはもうこれしか)
律器は目の前で構える神剣に目を落とす。
【時操神剣:灰の九番】
律器が複製できる中でも、これ以上にない最強の武器だ。
お陰でこれを複製するために、力のほぼ全てを使っていると言ってもいい。他の複製品は全部おまけみたいなものだ。
だが逆に言えば、律器が出せる手札はもう一枚も残っていない。
正真正銘、今の律器は切り札も何もない、丸裸も同然だ。
(何か……何か手は……)
このままでは確実に、律器も他の生徒たちも殺される。
万理が相手になったとしても、恐らくこの皇帝には勝てない。
いくら彼女の魔法が多彩であっても、この速さの次元には追いつけないだろう。
今ではお馴染みになっている魔女の仮装を着込んだところでそれは変わらない。
(……いや)
だがそこで、律器はどうしてか、昔先生と話したことを思い出す。
『先生って、なんでわざわざ戦闘中に、そんな恰好をしてるんですか? 正直その……』
『べ、別に! 私も好き好んで着ているわけじゃないんですよ! ただですね。こうやって魔力を実体化させると、魔法の威力が上がるんです! どうしてなのかはわかりませんけど、力も固定できて便利なんですよ!』
『……そうですか』
あの時はそれっきりで、てっきり万理の魔法だけの話だと思っていた。
だけどもし、それが魔法とか関係なしに、誰にでもできる“技術”なんだとしたら……
「…………」
律器はもう一度、自分の手に持つ神剣へと目を落とす。
その刀身は、魔法で読み取った情報を基にして、律器の魔力で形作ったものだ。
だが神剣に宿っている魔法の根幹にある魔力は、実体ではなく霊体のまま刀身に宿っている。
もしこの魔力を実体化させ、神剣の魔法を強化することが出来るのだとしたら……
「やるしかない!」
律器は皇帝と何合目かを切り結んでから、後ろに飛んで距離を取る
これで一瞬だけ時間を稼げる。
《時間加速》を最大にして、さらに体感時間を引き延ばす。
その代償に、途方もない疲労感が襲って来るが、どの道ここで失敗すれば命がないんだ。
だったらこの瞬間に、全てを賭けるまでだ。
幸い、魔力を実体化させる感覚は覚えている。
自分の魔法の発動工程なのだから、あとはそれを神剣の魔力に応用するだけだ。
だが実際にやってみようとすると、そう簡単な話じゃなかった。
(ちょっと待て!?……此奴、どんな“形”で実体化させりゃあいいんだ!?)
この神剣の魔力に、どんな“形”を与えれば良いのかがわからない。
既に実体化されている刀身部分と違って、魔法に関する魔力には“形”の情報がない。
いくらこねくり回してしたところで、“形”がないものを実体化させることなんて出来ない。
だがだからと言って、適当な“形”を与えようとしても上手く実体化させることが出来ない。
(どうすれば!……)
もうあまり時間もない。
敵はもう、目の前にまで迫って来ている。
このままでは、全員が殺されてしまう。
そうなったら……
『大丈夫です!』
その時、何故か頭の中に万理の声が響き渡る。
『大丈夫です! まずは一歩一歩、ですよ! 焦る必要なんてありません。どんなに小さな一歩でも、ちゃんと前に進み続けてさえいれば、いつかその道は、あなたにとって大きな一歩となっているはずです。ですからまずは、あなたのその小さな一歩を踏み出してみて下さい。大丈夫です。そうすればきっと、あなたの大きな一歩だって、すぐに追い抜いてしまいますから!』
それはこの世界に来る前の、昔の記憶。
嘗て塞ぎ込んでいた自分を変えようとして、それでも上手くいかなくて……そんな時に、先生が言ってくれた言葉。
その言葉に、嘗ての律器は救われた。
そして今も、先生の言葉が、律器のやるべきことを示してくれる。
(やってやる!)
律器は目を閉じ、自分の神剣に意識を集中させる。
もう、後のことを考えるのは止めだ。
今はただ、この神剣の解析に全神経を集中させる。
律器の魔法は、相手の武器を知り、己が物へとする力。
その真髄は、全く同じ性能を実現させる解析能力。
その力を以ってすれば、武器に宿る真の姿を見つけ出すことなんて、今の律器になら容易にできるはずだ。
いつもよりもさらに深く、神剣に宿る魔力を覗き込んでいく。
深く、深くへと、魔力の一番深いところまで潜り込んでいく。
そして……
(見つけた!)
その瞬間、律器は神剣の魔力を、理想の“形”へと練り上げていく。
現世に現れた魔力の粒子が、刀身を包み込むようにその姿を変えていく。
目を開けた先にはもう、神剣を掲げた皇帝が迫ってきている。
だが神剣が振り下ろされるよりも早く、こちらの準備が整う方が早い。
魔力の奔流が収まったそこには、一際異彩を放つ神剣が握られていた。
「!」
律器の握る神剣をその目で見て、皇帝が初めて驚きの表情を見せる。
その顔が見られただけでも、儲けものだが、本番はこれからだ。
限界にまで達していた時間の流れをさらに加速させる。
実体化によって底上げされた魔法が、さらに皇帝との時間を引き離す。
さっきまでよりも動きが緩慢になった皇帝に、律器は剣を振り上げる。
恐らくこれが、最初で最後の好機だ。
全身全霊の力を以って、律器は剣を振り下ろす。
(そんな氷で!)
剣を振り下ろしている最中、上段から斬りつけようとした皇帝の肩口が、氷の膜で覆われる。
苦し紛れの防御のつもりかもしれないが、その程度で防げるようなものじゃない。
ご自慢の氷ごと叩き斬ってやる。
「はああぁぁぁあぁぁぁっ!」
――――カキンッ!
「…………え?」
その瞬間、律器には何が起きたのかわからなかった。
気づけば後ろに仰け反っていて、まるで万歳でもするかのように腕を上げている。
鉄の棒で壁を殴ったみたいな痛みが腕を襲い、握っていたはずの神剣が手の中から消えている。
そして……
「!?」
次第に動き出しいく景色の中で、皇帝の神剣が顔の前を横切っていく。
直後に不思議な感覚が腕を襲い、ベチャリという音とガキンという音を同時に聞きながら、律器は腕があった場所へと目を落とす。
「え?」
だがそこにはもう、律器の肘から先は何処にもなかった。
あるのはただ、身に覚えのない断面と、そこから噴き出るおびただしい量の赤い血だけだった。
「あ……あぁ!?……あああぁぁぁぁ!」
まるで焼けるような痛みが腕を襲う。
想像を絶する激痛に、その場でうずくまりながら歯を食いしばる。
「! 律器!」
「影林君!」
流れる時間が戻ったせいか、律器を呼ぶ地奈津と万理の声が聞こえて来る。
だが、その返事が出来る程、今の律器には余裕がなかった。
いったい何が起きたというのだ。
「ふむ……不完全だったとはいえ、よもや《神装具現》まで使おうとはな。やはり殺すには惜しいが……!」
不意に言葉が途切れ、真横にあった城壁が爆散する。
外からの衝撃波が皇帝を襲うが、皇帝はそれをただの一太刀で襲撃する。
「律器! 無事か!」
「……彗……」
崩れた城壁の穴から、数日ぶりに再会する彗の姿が現れる。
無事かと言われれば、全く無事ではないのだが、それでもこの場に親友が来てくれたことに、少しだけ安心感を覚える。
だが例えここで彗が登場したところで、今の状況は何も変わらない。
「ニャー!」
「!」
すると今度は突然、周りにいた黒猫たちが一斉に皇帝に向かって襲い掛かっていく。
一匹二匹と斬り捨てていった皇帝は、次の瞬間、周りにいた全ての猫を氷漬けにする。
「召喚獣?……そうか。この者らを手引きしたのは貴様だな」
「うん……そう」
氷の上に飛び乗った一匹の黒猫は、ただ淡々と皇帝の言葉を肯定する。
「ここからは……選手交代」
「……ふっ」
皇帝が嘲笑った瞬間、氷の上にいた黒猫も、そこから現れようとした黒猫も全て氷漬けになる。
「貴様如きが、余の相手になるものか」
確かに、いくら召喚獣が出てきたところで、一体一体が強くなければ意味がない。
個の絶対的な強者を前にして、数の力では相手にすらならない。
対抗するためには、同じだけの個の力が必要だ。
だが、あの皇帝に匹敵するだけの強者なんて、ここにはもう……
「大丈夫……間に合った」
「え?」
いつの間にか、隣に現れた黒猫が妙なことを口にする。
それと同時に、別の黒猫が皇帝の近くに現れて告げる。
「うん……だから……あなたの相手は、私じゃない」
「!」
次の瞬間、皇帝の立っていたその場所に、高速で飛来する何かが着弾し、辺り一帯から土煙が舞い上がった。




