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【第五章完結】世界を渡りし者たち  作者: 北織田流火
第五章 帝国進撃編
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第三十三話 終幕を告げる夜の雪 参

 □■影林律器


(やっぱり、強い!)


 実際に剣を交えてみて、改めてわかった。

 此奴は真面に戦って、勝てるような相手じゃない。

 今は完全に油断していて、何とか殺されずに済んでいるが、少しでも本気を出されたら終わりだ。


(その前に何とか決着を付けねぇと……だが、俺にはもうこれしか)


 律器は目の前で構える神剣に目を落とす。


 【時操神剣:灰の九番】

 律器が複製できる中でも、これ以上にない最強の武器だ。

 お陰でこれを複製するために、力のほぼ全てを使っていると言ってもいい。他の複製品は全部おまけみたいなものだ。


 だが逆に言えば、律器が出せる手札はもう一枚も残っていない。

 正真正銘、今の律器は切り札も何もない、丸裸も同然だ。


(何か……何か手は……)


 このままでは確実に、律器も他の生徒たちも殺される。

 万理が相手になったとしても、恐らくこの皇帝には勝てない。

 いくら彼女の魔法が多彩であっても、この速さの次元には追いつけないだろう。

 今ではお馴染みになっている魔女の仮装(戦闘服)を着込んだところでそれは変わらない。


(……いや)


 だがそこで、律器はどうしてか、昔先生と話したことを思い出す。


『先生って、なんでわざわざ戦闘中に、そんな恰好をしてるんですか? 正直その……』

『べ、別に! 私も好き好んで着ているわけじゃないんですよ! ただですね。こうやって魔力を実体化させると、魔法の威力が上がるんです! どうしてなのかはわかりませんけど、力も固定できて便利なんですよ!』

『……そうですか』


 あの時はそれっきりで、てっきり万理の魔法だけの話だと思っていた。

 だけどもし、それが魔法とか関係なしに、誰にでもできる“技術”なんだとしたら……


「…………」


 律器はもう一度、自分の手に持つ神剣へと目を落とす。

 その刀身は、魔法で読み取った情報を基にして、律器の魔力で形作ったものだ。

 だが神剣に宿っている魔法の根幹にある魔力は、実体ではなく霊体のまま刀身に宿っている。

 もしこの魔力を実体化させ、神剣の魔法を強化することが出来るのだとしたら……


「やるしかない!」


 律器は皇帝と何合目かを切り結んでから、後ろに飛んで距離を取る


 これで一瞬だけ時間を稼げる。

 《時間加速》を最大にして、さらに体感時間を引き延ばす。

 その代償に、途方もない疲労感が襲って来るが、どの道ここで失敗すれば命がないんだ。

 だったらこの瞬間に、全てを賭けるまでだ。


 幸い、魔力を実体化させる感覚は覚えている。

 自分の魔法の発動工程なのだから、あとはそれを神剣の魔力に応用するだけだ。

 だが実際にやってみようとすると、そう簡単な話じゃなかった。


(ちょっと待て!?……此奴、どんな“形”で実体化させりゃあいいんだ!?)


 この神剣の魔力に、どんな“形”を与えれば良いのかがわからない。

 既に実体化されている刀身部分と違って、魔法に関する魔力には“形”の情報がない。

 いくらこねくり回してしたところで、“形”がないものを実体化させることなんて出来ない。

 だがだからと言って、適当な“形”を与えようとしても上手く実体化させることが出来ない。


(どうすれば!……)


 もうあまり時間もない。

 敵はもう、目の前にまで迫って来ている。

 このままでは、全員が殺されてしまう。

 そうなったら……


『大丈夫です!』


 その時、何故か頭の中に万理の声が響き渡る。


『大丈夫です! まずは一歩一歩、ですよ! 焦る必要なんてありません。どんなに小さな一歩でも、ちゃんと前に進み続けてさえいれば、いつかその道は、あなたにとって大きな一歩となっているはずです。ですからまずは、あなたのその小さな一歩を踏み出してみて下さい。大丈夫です。そうすればきっと、あなたの大きな一歩だって、すぐに追い抜いてしまいますから!』


 それはこの世界に来る前の、昔の記憶。

 嘗て塞ぎ込んでいた自分を変えようとして、それでも上手くいかなくて……そんな時に、先生が言ってくれた言葉。


 その言葉に、嘗ての律器は救われた。

 そして今も、先生の言葉が、律器のやるべきことを示してくれる。


(やってやる!)


 律器は目を閉じ、自分の神剣に意識を集中させる。

 もう、後のことを考えるのは止めだ。

 今はただ、この神剣の解析に全神経を集中させる。


 律器の魔法は、相手の武器を知り、己が物へとする力。

 その真髄は、全く同じ性能を実現させる解析能力。

 その力を以ってすれば、武器に宿る真の姿を見つけ出すことなんて、今の律器になら容易にできるはずだ。


 いつもよりもさらに深く、神剣に宿る魔力を覗き込んでいく。

 深く、深くへと、魔力の一番深いところまで潜り込んでいく。

 そして……


(見つけた!)


 その瞬間、律器は神剣の魔力を、理想の“形”へと練り上げていく。

 現世に現れた魔力の粒子が、刀身を包み込むようにその姿を変えていく。


 目を開けた先にはもう、神剣を掲げた皇帝が迫ってきている。

 だが神剣が振り下ろされるよりも早く、こちらの準備が整う方が早い。


 魔力の奔流が収まったそこには、一際異彩を放つ神剣が握られていた。


「!」


 律器の握る神剣をその目で見て、皇帝が初めて驚きの表情を見せる。

 その顔が見られただけでも、儲けものだが、本番はこれからだ。


 限界にまで達していた時間の流れをさらに加速させる。

 実体化によって底上げされた魔法が、さらに皇帝との時間を引き離す。


 さっきまでよりも動きが緩慢になった皇帝に、律器は剣を振り上げる。

 恐らくこれが、最初で最後の好機だ。

 全身全霊の力を以って、律器は剣を振り下ろす。


(そんな氷で!)


 剣を振り下ろしている最中、上段から斬りつけようとした皇帝の肩口が、氷の膜で覆われる。

 苦し紛れの防御のつもりかもしれないが、その程度で防げるようなものじゃない。

 ご自慢の氷ごと叩き斬ってやる。


「はああぁぁぁあぁぁぁっ!」


 ――――カキンッ!


「…………え?」


 その瞬間、律器には何が起きたのかわからなかった。

 気づけば後ろに仰け反っていて、まるで万歳でもするかのように腕を上げている。

 鉄の棒で壁を殴ったみたいな痛みが腕を襲い、握っていたはずの神剣が手の中から消えている。

 そして……


「!?」


 次第に動き出しいく景色の中で、皇帝の神剣が顔の前を横切っていく。

 直後に不思議な感覚が腕を襲い、ベチャリという音とガキンという音を同時に聞きながら、律器は腕があった場所へと目を落とす。


「え?」


 だがそこにはもう、律器の肘から先は何処にもなかった。

 あるのはただ、身に覚えのない断面と、そこから噴き出るおびただしい量の赤い血だけだった。


「あ……あぁ!?……あああぁぁぁぁ!」


 まるで焼けるような痛みが腕を襲う。

 想像を絶する激痛に、その場でうずくまりながら歯を食いしばる。


「! 律器!」

「影林君!」


 流れる時間が戻ったせいか、律器を呼ぶ地奈津と万理の声が聞こえて来る。

 だが、その返事が出来る程、今の律器には余裕がなかった。

 いったい何が起きたというのだ。


「ふむ……不完全だったとはいえ、よもや《神装具現》まで使おうとはな。やはり殺すには惜しいが……!」


 不意に言葉が途切れ、真横にあった城壁が爆散する。

 外からの衝撃波が皇帝を襲うが、皇帝はそれをただの一太刀で襲撃する。


「律器! 無事か!」

「……彗……」


 崩れた城壁の穴から、数日ぶりに再会する彗の姿が現れる。


 無事かと言われれば、全く無事ではないのだが、それでもこの場に親友が来てくれたことに、少しだけ安心感を覚える。

 だが例えここで彗が登場したところで、今の状況は何も変わらない。


「ニャー!」

「!」


 すると今度は突然、周りにいた黒猫たちが一斉に皇帝に向かって襲い掛かっていく。

 一匹二匹と斬り捨てていった皇帝は、次の瞬間、周りにいた全ての猫を氷漬けにする。


「召喚獣?……そうか。この者らを手引きしたのは貴様だな」

「うん……そう」


 氷の上に飛び乗った一匹の黒猫は、ただ淡々と皇帝の言葉を肯定する。


「ここからは……選手交代」

「……ふっ」


 皇帝が嘲笑った瞬間、氷の上にいた黒猫も、そこから現れようとした黒猫も全て氷漬けになる。


「貴様如きが、余の相手になるものか」


 確かに、いくら召喚獣が出てきたところで、一体一体が強くなければ意味がない。

 個の絶対的な強者を前にして、数の力では相手にすらならない。

 対抗するためには、同じだけの個の力が必要だ。

 だが、あの皇帝に匹敵するだけの強者なんて、ここにはもう……


「大丈夫……間に合った」

「え?」


 いつの間にか、隣に現れた黒猫が妙なことを口にする。

 それと同時に、別の黒猫が皇帝の近くに現れて告げる。


「うん……だから……あなたの相手は、私じゃない」

「!」


 次の瞬間、皇帝の立っていたその場所に、高速で飛来する何かが着弾し、辺り一帯から土煙が舞い上がった。


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