第9話 隠れ家の隠し部屋、
訓練を始めてから一年の月日が流れた──。
俺の魔力量は相変わらず無制限のままだが、魔力制御値だけは一万に達し、隠せているようで隠せていない状態に早変わりした。それと共に技能として錬金術が生え、前世の知識にある元素周期表からチタンを生み出し、魔石生成の恩恵技能を用いつつ簡単な金属杖を創った。
(錬金術とあるがこれって単純に周期表に即した物質錬成なんだな。この世界の元素も地球と同様の周期番号で管理されているって事か?)
まぁ小難しい話は置いといて、二歳児が自分で魔石付きの杖を作った。これを知られるとかなり面倒なため、屋敷の書庫にあった属性魔法と無属性魔法を全て覚え、その中にあった空間属性の亜空間魔法を魔法解析で調べ、呪文創作で分かりやすい呪文と鍵言を創作してみた。
この世界の魔法は誰であれ属性魔法を使えるからな。無属性魔法は使い手を選ぶそうだが。
(上の方の書物が取れないからって、真っ先に浮遊魔法を使ってしまった。というか魔導書庫に類似する魔法が既にあるやんけ。俺の創った収納魔法は存在しないから、って追記されてる)
ゲーム的な名称なら〈インベントリ〉が妥当だと思う。実際に目録みたいに見えるし、俺の魔力量だと結構な物量が収まる事が分かった。
(世の狭間、目録記す箱の中、我、シュウ・ヴィ・ディライトなり、願う場に収めの穴よ顕現せよ、【インベントリ】)
その中に一本の杖を収める。少々空間的にもったいないが、これも追々役立つと思う。
閉じる時間は一分後を指定してある。
杖を使う際には視界内にある一覧から選ぶ。
良く使う物はお気に入りで登録しつつ〈杖〉などの鍵言で取り出せるようにし片付ける時は陰詠唱ならびに無詠唱で空間の穴を開け、そこに収めるように放り込むだけだ。それと共に亜空間というだけあって中身の時間は止まっていて劣化しない事も分かった。試しに魔石を入れてみると魔力拡散が起きなかったからな。鑑定したら入れた時と同じ魔力量のままだった。
生物も可能かどうか解析してみたら生物自体は不可能となっていた。有機物でも植物を除く生命の無い物に限られていて、屋敷の敷地内を歩かされていた適当な罪人を見つけて放り込もうとしたら、出来ませんと警告が現れた。
これが死人ならどうなるのか分からないが気分的に良くないので魔物の死骸で我慢しようと思う。魔物や魔獣も一応居るみたいだからな。
ともあれ、今日も今日とて平和な一日だ。
「誕生日、洗礼日まであと数日か。一応、暇を見て書庫に潜り込んでは錬金術の本を漁ってみたが完全に日本語でやんの。こんなもん、チートどころの話ではないよな、分かって当然だわ」
それでも体力面は少し元気になった程度の五〇〇だった。これも年齢の割に大きいようで、外で遊ぶ平民の子供を屋敷から見下ろすと一五〇〜二〇〇前後と出ていた。この世界は平民であれ魔力を持ち貴族との差は大して感じられないように思えた。基準は一体何なんだろうな?
「尊い血筋か、魔力量か、功績の有無か、よく分からん」
そう呟きつつ新しい書物が入ったとサヤから聞いたので本日も書庫にて読書中の俺である。
その際に苦笑気味のサヤ曰く、
『シュウ様は妹と同じ事をしてますよね、まだ文字も読めないはずなのに。誕生日も近いですし何らかのご縁めいたものがありそうですね』
俺がきょとんとなるような一言を書庫に向かう前に語っていた。俺からすれば、たまたまとしか思えない。サヤの妹がどのような人物かは知らないからな。それはさぞ読書虫という感じにしか思えない、俺も似たり寄ったりだけど。
(確か、サヤの妹ってミヤだよな。ん? ミヤ? 気のせいか、うん、気のせいだな)
ただ、その名前を思い出すと悪寒がするというか、不可思議な既視感を感じたので、思い出すのを止めた。思い出したらダメ的な認識というか、例えようのない、何かがある気がする。
それに妹というより弟という方がしっくりくるとサヤも言っていたしな。たまたま女の子っぽく見える男の子ってだけかもしれないし。
かくいう俺も女顔だったから鏡魔法で姿を見て、四つん這いになったのは言うまでもない。
(母譲りが別の意味で男らしさを消してたな)
俺自身が兄達と同じ男に見えない。
いや、幼子ながら大きなアレがあるから男だと思う。顔立ちだけ女の子って誰得なんだろ。
前世の印象がすっかり消えているのは仕方ないとしても、もう少し男の子っぽい顔が良かったかも。ま、実在女には興味が無いからモテようとは思わないが、強がりではなく!
そうして俺は書庫の手前に置かれた真新しい書物に手を付けた。
「入ってる書物は機械的な物か。えっと」
先ほどまでは錬金術の残りを読んでいた。
上級まで読み込んだからこれ以上見る物は無かったんだよな。新しい書物は人造兵に関する物だった。仕組みは魔石を核とした心臓部と各所で動く有機的な臓器、それを制御するミスリル線の神経組織等が描かれていた。
その著者はなんと──、
「母様が自分の書物を書庫に置く?」
まさか息子に読ませようと思って置いてないよな? 普通なら難解過ぎて頭がパニックになるような物だが、人体構造を最低限理解している俺からすればそこまででは無かった。
「制御部と魔力供給部を分けて各関節を人造筋肉で動かす、有機的なのはあえて人っぽく造るって事にあるのか。ああ、見てくれだけか。えっと、帝国への諜報員向け、マジか?」
こういう物は禁書庫ではないですかね!?
当人の居ない書庫でツッコミを入れようとも伝わるものではないが、流石に物が物なので前々から見つけていた危険物と共に、書庫の奥地に設けた亜空間禁書庫に放り込んだ。
禁書庫の管理は親族であれば誰でも使える仕組みとし、欲しい本の一覧が壁面に記されるので、それを選ぶと手元に出てくる仕組みだ。
戻す時は壁面にあてがうだけで内部に収められる。今のところ俺しか知らない書庫だけど。
書庫に収めて元の場所に戻りつつ呟くと、
「それなら食物から魔力を取り入れる仕組みを設ければいいのにな。トイレに出ない諜報員とか怪しまれると思うけど」
「確かにそうね」
「排泄機能くらいはあった方が、ん?」
「その案、買ったわ! やっぱり私の息子ね」
入口前で佇む笑顔の銀髪碧瞳とご対面した。
母様、今日もお美しい、って朝も見たわ。
年齢は三十九歳なんだが胸の大きさに変化が見られず相も変わらず綺麗な銀髪なんだよな。
ロングヘアが似合うというか色っぽいというか、実の母親をそういう目で見るのは良くないけれど気品溢れるっていうの? 立ち姿自体が凄い貴族を超えた何かに見えるんだよな。黒いワンピース・ドレスが絵になるというか。
俺は突然の来訪にきょとんとなった。
「い、いつからそこに?」
「貴方が壁際に書物を収めたあたりから?」
「うっ、み、見てました?」
「ええ、それはもうバッチリと」
もうね、満面の笑みなんだよ。
お怒りというものではなくて天才児を見つけた的なね。なので、申し訳程度だけど、ご説明させていただきました。建物に魔法付与した事自体驚かれたけどな。そこまで覚えたの? という母の疑問は魔力量が増えていた事であっさり氷解したわけだが。幼子ながらに一万あれば驚かれるわな、実際は無制限だけど。
「これは洗礼日が楽しみね」
「そうですね、母様」
洗礼前にやらかす者、一人目。
シュウは母に抱かれたまま本を読む。
収納魔法もこの時点で教えたみたいね。