第80話 ご送付致しました。
シュウ様とサーシャ様が市場巡りから──。
帰られた直後、シュウ様からそこそこの物量の麻袋を大広間で示されて頬が引きつった。
「これはサーシャが欲した木実だ。あれを甘くてとろける、高級洋菓子にしてやってくれ。作り方は実家が洋菓子店だったマリアが詳しかったと思うから、手分けして頑張ってくれ」
それは香りの段階から何なのか分かった。
隣に立っていたマリアは苦笑しつつも頷いていたので普通に手伝ってくれると思う。
とはいえこれだけ渡されても困るので、
「う、うん。それはいいけど他の材料は?」
「砂糖は厨房のやつを使っていいぞ。全粉乳も新鮮な牛乳を使って分離した物をミヤの収納術に送ったから、それを使ってくれ」
問うたところ、かなりの物量の全粉乳が僕の収納術の中に届いた事を知った。
(これは洋菓子店を開けというお達しかな?)
その間のマリアは一人で厨房に移動してエプロンドレスに着替えていた。やる気十分だね。
「で、でも、あれは何処まで処理してるの?」
「あれ自体はロースト後の物だったから、俺の方で中身を分離させておいた。あとは砕いて磨り潰す工程が入るかな。その辺は似たような魔導具を造っていたから、代用は可能だろう?」
「そ、そうだね」
「あちらと同程度の品質にならなくていいから、気に入る程度の品物を作ってやってくれ」
シュウ様は言うだけ言って、シャルと共に談話室へと向かっていった。確か、この後の予定は奥様達との会談だとか言ってたっけ。
シュウ様を見送った後の僕は麻袋の中身を確認しつつ収納術へと片付け、必要な分量だけを移動した厨房内に取り出した。
「いきなりこれがくるかぁ」
「これは腕の見せどころだね、マリア」
「何年も作ってないからねぇ。勘が戻るかな」
「材料は沢山あるから失敗前提じゃない?」
「材料の無駄は出来ないから必要な分量だけ練りますか。そうなると業務用攪拌機を作ってて正解だったね」
「うん、磨り潰し魔導具も焼き菓子用のアーモンドペーストを作る時に造った物だし」
幸か不幸か、似たような魔導具をサーシャ様にお願いして造ってもらっていたのだ。
僕が出来るのは図面を引いて小さな試作品を造る所までだけど本番だけはサーシャ様にお願いするしかなかった。
シュウ様なら一人で全て造ってしまうが僕が望んでもいない余剰機能を付け加えるので極力お願いしない事にしている。
僕自身の嬉しさと甘さが出て、つい受け入れてしまう部分もあったりするけどね。好きな人から造ってもらったっていう絶大なる甘さだ。
そんなこんなで分離済みの材料を取り出した僕は磨り潰し魔導具に全て放り込み、マリアと共に油分とペーストを取り出す作業を行った。
「割と重労働だけど」
「出来上がりの風味が味わえるなら」
「頑張っちゃうよね」
「私達は女の子だもの」
一方のサーシャ様は徒歩移動で汗を掻いたのかリーシャと共にお風呂に移動していた。
それから数時間の作業ののち、
「「出来たぁ!」」
僕達の試作品が完成した。
時間がかかる部分は魔法で全て短縮した。
「配合が分からないから、最初は少し苦みが」
「あるね。でも嫌いじゃない風味だよ」
「私達にとってはね。サーシャってお子様舌だから、流石にこれは受け入れないと思う」
「お子様舌というよりお子様だよ?」
「それを言ったら私達だってそうじゃない」
試作品の各種配合はその都度メモを残したが、それだけに出来上がりは相当数あった。
「この配合率はどう?」
「これならいけるかな? 私にとっては甘すぎるけど」
「上品な甘さだよね、ホワイトは?」
「こちらは申し分ないね」
「苦い物が好きなのにホワイトは好きと」
「別に良いでしょ?」
それでも満足のいく物が出来たのは確かだ。
これもあとで知った事だがドゥリシア王国の商店で売られていたカカオ豆はココアバターを用いた基剤向けに販売されていたらしい。
それがどういうわけか僕達の手によって高級菓子に作り替えられてしまい、後々の大公領での特産品となってしまうのは言うまでもない。
「当面は私達だけで食べるお菓子としましょうか。手間暇がかかるし売れるとも言い難いし」
「そうだね。この寮を訪れる来客向けで出してもいいし、それと出来た品物はシュウ様にも送っておく?」
「それがいいわね。お待ちかねの品ですって」
「どんな反応になるのか楽しみだけどね」
こうして出来上がった試作品の十セットを収納術を経由してシュウ様に送りつけた。好みは人それぞれだけど惚れ込むかどうかはその人次第だと思うな。なお、カカオ豆を欲したサーシャ様とカミナ様はいたく気に入ったけれど。
「な、なにこの甘くてとろけるお菓子は!」
「ん、え? 一瞬だった! あと甘い!」
「ざ、在庫が空なんだけど?」
「ま、まじで?」
「す、少し多めに作ってたのに」
「う、うそでしょ?」
そして保冷庫にあった在庫が全て消えた。
来客用に取ってあった高級菓子が王家の腹に消えたのだ。元々はサーシャ様の求めで買ったものとはいえ、作ったその日に消え失せた。
頬が引きつった僕はマリアと共に、
「材料はまだあるしさ」
「来月また作ろうかな」
「それがいいね、消費されても困るし」
「ありがたみが無くなるのも困るし」
月一でのみ用意する事を決定した。
あったらあったで消費されるのも作り手冥利に尽きるけど、カロリーが高いからあまり食べ過ぎも良くないんだよね。多分、今は若いから別にいいけど体型を気にする年齢になると嘆くのはサーシャ様達だけだと思う。
§
とはいえ消えてしまった物に対して嘆いても仕方が無いので、失敗作となった品物を回収した僕はマリアと共に錬成工房へと持ち込んだ。
失敗作とはいえ食べられない事はないから。
少々苦みが強いだけで眠気覚ましには丁度良いのだ。それと共に僕がこの場で作るのは、
「抜き型ねぇ。カチカチの兵糧でも作るの?」
「それも考えたけどね。でも、まだクッキー的な物が無かったから簡単な型でもってね?」
「ああ、手軽に食べられるお菓子って事か」
「うん、チョコケーキもいいけどね。ただ、今回作ったチョコレートを砕いて混ぜ込めば」
「なるほど、チョコチップクッキーと。確かに焼き菓子向けにはなってたね。分量的に」
「でしょ? 甘さの中の苦みってね」
今までに無い焼き菓子の試作品だ。
厨房でも作ろうと思えば作り出せるのだけど匂いに釣られて出てくる王女殿下が現れるので僕とリーシャ専用で用意されているこの一室ならば影響も少ないと思ったのだ。一応、シュウ様からオーブンレンジとか冷温庫を用意してもらっているからね。しかも雷魔石と例の変換核をこれでもかと使った過剰生活魔導具として。
この部屋の換気も端に作ってもらったキッチンで行えて、各種調理道具まで完備している。
この時点で工房ではなく厨房と思っても仕方ないが趣味を思っての事なので素直に受け入れた僕である。これがお願い出来ない理由だね。
ただそれも今の時点では嬉しい誤算だけど。
「冷温庫に先日のバターの残りがあるし」
「それなら砂糖を持ってくる?」
「大丈夫だよ。右上の棚に余ってるから」
「小麦粉は?」
「左上の棚にあるよ」
「りょーかい」
そうしてマリアと共に別のお菓子作りを始める僕だった。クッキーが焼き上がり二人で試食してみると納得の出来となった。
これも遅れてシュウ様に送りつけた。
結果、しょんぼり顔のシュウ様が、
「一つを除いて母様達に食われた」
シャルと共に戻ってきた。
反響は良かった模様。




