第8話 勉強前の自主規制。
辺境伯家の子息が倒れた日から数日後──。
お休みをいただいたサヤ姉が戻ってきた。
昨日までは様子見で御屋敷に残っていたようだが元気になったとの事で先日の休みに加え、二日ほど多めに休みをいただいたとの話だ。
僕は玄関から入ってくるサヤ姉の様子を、
(大事は無かったんだ、良かった〜)
気配隠蔽を行使しつつ廊下の端から静かに見つめて安堵した。サヤ姉の口の動きを見る限り急に立った事による疲労とあった。それを知ると子息は何気に暴れん坊なのかもしれない。
(え? 魔法を使いたいって?)
しかも幼いながら魔法を求めたという。
それを家族達に諭され、苛立ち気に自室へと籠もったとの話だ。サヤ姉は御当主様から様子見を命じられ、付かず離れずの距離感で子息の動きに注視していたらしい。
(普通、二歳児で魔法を求めないよね? 僕という例外は除いて)
時々来る姉達の友達、男爵家とか伯爵家の御令嬢の話を聞く限り、二歳児の幼子は家の中の壺とか外に興味を持ち、魔法やら書物に興味を持つ事は無いらしい。それは自分達自身がそうであったと、両親から聞いていたとの話だ。
(僕と同じような例外なのかな? それを知ると会ってみたくなるよね。でも、身分差があるから僕が出会えるとすれば、五歳の時に行われるデビュタントだけになるよね? 洗礼も各家に神父様が訪れて行うとあるし)
それを知った僕は今まで以上に子息に興味を持ってしまった。それは意気投合した時の蒐のように。
(懐かしいな。転生前の出来事、僕が私だった時、おっぱいが大きかった時、隠れFカップだって知られていなかった時の思い出。最後の最後まで下半身以外は見せる事は無かったけれど)
サヤ姉が廊下を進んでこちらに来たので、僕は気配を隠したまま書庫へと移動した。その移動の最中、僕が思い出すのは前世の事だ。
§
それは僕が私だった頃、中学一年の冬、米国人ハーフの女友達に連れられてコスプレを行っていた時の話だ。当時の僕は恥ずかしいと思いながら、アニメキャラの衣装を着て願われた通りのポーズを取っていた。
そんなある日、僕の目と鼻の先でパンツだけを撮そうとする眼鏡豚が居た。しかも彼の真横に陣取って。僕は彼から頼まれた通りポーズを取るが、その眼鏡豚は彼が願ったポーズを無視して接写してきた。真下からズイッとってね。
蹴り上げても良かったけど眼鏡豚が持つカメラが高額過ぎて弁償出来ないと思い我慢を続けた。
直後、邪魔をされたと思った彼が眼鏡豚の首を掴んだのち、引っ張って外へと連れていった。
(ルールを無視するなって怒鳴りながらね)
流石にそんな事で惚れたわけではないよ?
常識的に考えて眼鏡豚はルール違反を犯していたから。その後、戻ってきた彼にお礼したのち撮してもらった。
そんな一幕があった後、年に数回のイベント会場でも彼と出くわし、意気投合して趣味の一つを知った。それは撮った写真をどうするのかと聞いたところフィギュアにすると返された。
だから、見てみたいと問うとゴソゴソとデイパックを漁って、見せてくれた。
それはいつぞやの僕だった。
眼鏡豚を伸した後に撮ったもの。
精巧に作られたそのフィギュアに惚れた。
そして、それを作り出した彼に惚れたのだ。
楽しげにどこどこが大変だったとか、苦労した場所を語る彼。僕自身も造詣があったから時には助言したりもした。
以降はイベント以外でも関わるようになり高校に上がったあとも関係を深めていった。そのうえ女友達の趣味にもはまっていったよね。真剣な横顔を示して何度も僕だけが濡れたっけ、ペイント弾で。
女友達が見惚れた僕に乱射してきてね。一緒にお風呂に入って揉みくちゃにされてって百合の気は無いからね!
(僕が一方的に惚れただけだ)
偶然か必然か分からないが同じ高校の生徒だと知った。まぁイベント時では病子って名前で活動していたから普段とのギャップが出ていたと思う。学校では良いところのお嬢様を演じていたから。
(告白時は色々と恥ずかしかったけど。勝負下着の紐パンが脱げて、紐パンで転けて──)
お陰で四つん這いのお尻を見られてしまい、結婚を前提とした交際になった。
グッジョブ、紐パン!
(見てないって誤魔化していたの可愛かった)
交際を始めてからは何度もキスをした、薄らとおっぱいにも触らせた、お尻も触れてもらった、好きな人だから出来る事でもあったしね。
触れて感じて撮してもらって僕自身のフィギュアも作ってくれた。それが一番嬉しかった。
デートもイベントがある日以外は僕が主導して予定を組んだ。イベント日に重なる事は僕自身も望んでいなかったから。
その日だけは病子として彼の前に現れる。
デート以外でも時々現れていたけどね。
(回数で言えば、おっぱいを晒した病子で会った時の方が少ないかもしれない)
本音を言えば病子の事も教えたかった。
それこそあのクソ愚兄が現れる前に、ね。
でも、あの一件があって、それすらも叶わなくなった。気がつけば、死してこの世界。
(僕が好きなのは前世でも今世でも彼だけだ。もし他の縁談があったとしても彼以外に抱かれたいとは思わない。叶うなら早く会いたいな)
二歳で始めてしまうのは少し躊躇ったけど。
§
トイレを経由して書庫へと移動した僕は錬金術と魔法の書物を読み解く。今できる事は技能を一つでも多く生やす事だけ。この世界の文字は姉達に教えられずとも不思議と理解出来た。
「理解出来たというか日本語だよね、これ」
日本語と少々違うのは全て平仮名と片仮名だけだった。数字は漢数字だけ。漢字なんて物は存在していなかった。仮に存在しているとすれば魔法陣的な物だけだと思う。
「って、魔法陣に漢字が描かれてるじゃん」
これは一種の魔法文字のようだ。
普通の書物には絶対に記されていない単語。
「日本からの転生者って勝ち組では?」
そう、呟いても仕方ないと思う。
現に文字列を読み解くと理解出来たから。
ただ中には間違いもあったりするから、書いた著者に一言文句を言いたくなるけれど。
「水流と水粒を間違えてる。流れでる方を願ってるのに、水の粒が出るっておかしいでしょ。鍵言が水縛って事は水の縄って事だもんね。このままだと普通に失敗しそうな気がするもん」
案の定、失敗したと書かれている。
(何故その失敗例を載せるのか?)
思いつつ表紙を見ると、なるほどと思った。
「領内分校の問題集、これってナヤ姉のお古なんだね。うちの家で魔導師なのはカヤ姉を含めて二人だけだし、カヤ姉は在学中だから、この手の本は無いはずだもん」
それは領内に存在する高等学校の問題集だった。この領内には六歳から八歳の初等学校、八歳から十歳の中等学校、十歳から十二歳の高等学校、成人前までの残り三年は希望者のみが通う専門学校が存在する。
「うちの姉妹ならマヤ姉とムヤ姉がギリギリ初等学校に通ってるって事か。朝と夕方以外で静かなのはそれもあるかもね。僕も日中は寝てるだけだし乳母とか侍女が相手してくれるし」
一応、国王が住まうとされる王都にも似たような学校があり、領内学校と王都の学校は本校と分校の関係らしい。
どちらも王立って意味でね。他領にも同じような学校が存在していて、本校に通える者がエリート的な扱いを受けるという。
僕としては分校でも構わない。エリート意識があるって事は選民思想の塊だと思うから。
(貴族の子女の言う言葉ではない、かな?)
ヤンデレに歴史あり。