第70話 仲良し姉妹にも見える。
それは入学式の前日の事だった──。
「姉様! また穿いてない!!」
「え? 穿いてないって一体何が?」
「下着です! 隙間から見えてます」
「ああ、忘れていたわ。ごめんなさい」
前日というより毎度の事だけど。
風呂上がりの姉様はミヤ作のキャミソールとショートパンツを着てくれるのは良いのだが必ずといっていいほど、下着を穿き忘れて出て行こうとする。これも一緒にお風呂に入ると毎度の如く私が注意を入れて脱がせて穿かせるまでが日常だ。
「穿き慣れていなくても新しい嗜みになったのですから慣れて下さい」
「そ、そうね。努力するわ」
「またルイスに直視されたいと? ショートパンツを脱がしますね。足上げて」
「うっ、うん」
「婚姻する前に示してどうするのです?」
「それはまぁそうだけど。でも、今までだってそれで通してきたし必要かしら?」
普段からの慣れで不要と思う姉様。
私も慣れるまでは同じだったけど姉様の事案以降は意識的に穿いていたりする。
そうしないと危険だから。
姉様に薄下着を穿かせる私は真剣な表情で姉様を見上げる。私が与えたお腹の火傷の数々は既に無く綺麗な肌が目前に見えていた。
「姉様には必要ですよ。こちらの下着は身体の表面に空間属性の防御結界を与えます。以前みたいな激痛に遭いたいなら脱がせますが」
「え? そ、そのような魔法がこれに?」
「この股布に別布が与えられていて着用を条件とした魔法陣が縫い付けてあります」
「そんなところに魔法陣が?」
「ミヤの発案ですね。魔法陣はシュウが用意した物ですが、これは特士校の制服に縫い付けられた魔法陣を解析して造った物だそうです。洗っても綻びすら起きない特殊な糸です」
叔母上の功績をさらりと超えてくるあたりは油断出来ない二人だけど、味方にするとどれほど頼もしいか理解は容易い。姉様も穿き終えた下着の表面に触れ、ようやくどういう代物か理解したらしい。だが、それだけでは理解出来ないと思った私は以前シュウからいただいた得物を剣帯ごと腰に装着して示した。
「試しに、これで」
「何処からそんな物騒な物を!?」
「収納術ですが、何か?」
「そういう意味じゃないの! 抜剣しないで」
「大丈夫です。これは刀という物でしてミスリルならあっさり両断出来る代物です」
とか言いつつ笑顔でサヤから習った初級剣術の型を流す。身を守る術とはいえ覚えるのは大変だった、シュウは上級を覚えたそうだけど。
私の笑顔を見た姉様は怯えながら後退る。
「ミ、ミスリルならって、ひ、人なら?」
「一瞬で解体ですね〜。大丈夫ですよ、今の姉様なら怪我すらしませんから」
今の姉様なら怪我はしないだろう。
姉様は私が乱心したと思ってそうだ。
現に毒物で何度も殺そうとした相手だし。
下着を穿かなかっただけで刃傷沙汰だ。
穿かない恐怖として刻まれるなら本望かな?
「では、下着に向かって刺しますね」
「治ったばかりでそれはないからぁ!」
後退り、最後は壁へとぶつかる姉様。
気にせず下腹に向かって刺突する。
「つっ!」
「姉様、目を瞑ってないで下を見て、下」
「はい? あっ」
「切っ先が当たってないですよね」
「う、うん」
「そのまま、お腹に移しても」
「あ、切れない?」
「普通だったら切っ先の刃でスパッと切れてお腹の中身が溢れますからね。これも罪人達で試したので間違いないです」
「そ、そうなのね」
この得物は部分的に両刃なのでそれが可能だった。
怯えて腰が抜けた姉様を見つめた私は納刀しつつ収納術に剣帯と得物を片付けた。
「ということですので、絶対穿いて下さいね」
「う、うん、絶対穿く!」
「これを穿いていればシュウの魔導杖で発した高速魔法でも貫通しないそうですよ」
「!? 絶対に穿く!」
本当は銃だけど姉様は魔導杖と名付けて呼んでいるので私もそれで呼んでいる。
シュウからすれば帝国の弾も使えると言っていたがそれは伏せた。だって帝国製であれ魔法弾であれ貫通しないなら些事だから。
(命の危険が回避出来るなら穿かないわけにはいかないよね。これは王家の下着だから間諜の長であるカイナ兄様に渡らないよう、収納魔法を教えて個別に管理してもらわないと。まだ数が数だから全員分は用意出来ないけど)
ちなみに、本日の寮生達は別行動中だ。
シュウとミヤは叔母上に呼び出されて何処ぞに向かった。人形師の仕事とか言ってたけど。
マリアは相変わらず地下施設で訓練中だ。
侍女のシャルとリーシャは厨房で料理中。
ルイスは屋上で剣術の型を流している。
一先ずの私は収納術から一枚の植物紙を取り出した。そうして鑑定魔導具のモノクルをかけつつ姉様に植物紙を示す。
「さて、姉様にはこれに触れてもらいます」
「こ、これは?」
「例外魔法を記した魔法陣、真ん中に姉様の髪の毛を一本置いていただけますか?」
「髪? ええ、抜いって、置く」
「では魔力を練りながら魔法陣に触れて一定量与えて下さい。最後は私が指示した時に〈インベントリ〉を発して下さい」
「え、ええ」
これは呪文を教える事なく誰でも簡単に覚えさせる特殊魔法陣だ。魔法陣に描かれている文字は従来の魔法文字ではない。ミヤが書いてマリアが読んでいた異世界言語を各種組み合わせて造り出した例外魔法という代物だ。
見ただけではどれがどの効果を発揮するのか分からない。呪文中の名前を発する部分だけは術者の髪の毛で代用する仕様となっている。
呪文を覚えず鍵言のみで使える例外魔法だ。
姉様と兄様は双子だけど、この魔法陣では男女の違いを示す模様が描かれているので兄様に与えられる事はない。これ自体は女性用魔法陣と言えばいいかもね。男性用はシュウとミヤが所持しているので、私とマリアが代行する必要はない。ミヤも一応は女の子なんだけどね。
魔力感知で全体の量を把握した私は、
「発して下さい」
「【インベントリ】」
魔法陣が最大効果を発揮する頃合いで指示を出す。中途半端に指示を出すと失敗する可能性が高いから。これで姉様も鍵言を発するだけで収納魔法が使えるようになった。
「え? この目に映る文字列はなに?」
「今は空ですので。そうですね、魔法陣の消えた植物紙を持って、姉様にしか見えない特殊穴に収めて下さい。どこかに穴があるので」
「えっと、右にあった。ここに紙を、あっ!」
「吸い込まれるように消えましたよね」
「目にも植物紙一枚と書かれてる?」
「取り出す時は文字列を意識して下さい」
「え、ええ。植物紙しかないけど」
「それを右手に取り出すと意識して」
「えっと、あ! 出てきた」
「あとは陰詠唱で鍵言だけ発すればいつでも使えます。但し、制限時間があるので素早く行って下さいね。容量も総魔力量の半分、姉様なら四〇〇なので二トルが上限です」
私は出てきた紙を一瞬で燃やしたのち姉様のショートパンツを穿かせた。その際に興奮した姉様から質問が飛んだけど簡単に受け流した。
「じゅ、呪文は?」
「呪文は必要ないですよ。先ほどの魔法陣で詠唱短縮ののち覚えさせたも同然ですから」
「え? あ、あれだけで?」
「あれだけです。分類上禁書魔法に含まれていて帝国に狙われている魔法そのものですから余計な呪文を漏らさせない措置と思って下さい」
「そ、そうなのね。だから魔法陣も消えたと」
「魔法陣も特殊文字を使っているので簡単には理解出来る物でもないですしね。私も簡単な仕様しか示されていません」
「よ、用心深いのね」
「戦乱の火種そのものですから」
「た、確かに」
数年ぶりの姉妹の時間。




