第69話 かかあ天下の気がある、
数日後、俺達は新たな制服を着て──。
新設された特士校への入学を果たした。
入学式と施設案内、教室移動とカリキュラム確認などのオリエンテーションを一通り終えると、俺達を指導する講師陣の紹介が始まった。
始まる前に軍務大臣とか新たに任命された将軍とかの長口上があるのだけど。
すると暇を持て余した右隣のサーシャが、
「姉様を寮で一人にして大丈夫かな? 姉様が昼食を用意するとか無理だと思うんだけど。私達の寮にはシェフやらコックが居ないからさ」
こそこそと小声で問いかけてきた。
俺達の寮はシャルとリーシャが交代で料理を行っている。室内の掃除も照明効果で不要のため必要以上に侍女を配置していない。元々の設備も最新鋭ということもあり防犯面でも最上級となっている。洗脳されて数年間おかしくなっていた殿下を一人にさせると何をするか不明という不安は分からない事もない。
「その点は大丈夫だ。赤髪碧瞳の教師兼護衛侍女を追加しておいたから、今は魔法文字の基礎知識を教えられている頃だろうさ」
書き順から読みの意味までの初歩の初歩を。
懇切丁寧に教えられているはずだ。
その分、サーシャがきょとんとなったが。
「ふぇ? つ、追加っていつの間に?」
「昨晩造った。名はライラだ。殿下の身の回りの世話は全てライラが行ってくれる」
「い、言ってくれたら手伝ったのにぃ」
「ライラは試験人形で頭の造りが複雑でな。サーシャには荷が重いと思ったんだ」
「し、試験って?」
「今回は教師兼任だから教え込む知識を随時更新出来る物としているんだ。特殊な文字情報を見て知識を思考魔核に刷り込めば自動で学習するんだよ。まだ改良の余地ありだけどな」
「はい? そ、それって、画期的では?」
人手不足を解消するにも丁度良いだろう。
ただ、経験という各種動作で覚えさせる更新魔導具は開発中だったりするが。
学習知識くらいなら俺とミヤとマリアの覚えている範囲で書き出せば済む話だ。
更新用の特殊文字もこの世界の魔法文字を書き換えた合理的な物だ。読書術を用いたうえで短時間で理解出来るというメリットがある。
その分、情報整理と製本化という造る側に負担がかかるので追々自動化の予定だ。
これは専用人形以外は読めない特殊仕様だから普通に読ませると太い線と細い線の符号にしか見えない。手伝ったシャル達もきょとんだ。
「殿下の学習度合いで結果が良ければ報告だろうな。結果が悪ければ報告はしない」
「次から次へと、私にも相談してよぉ」
「はいはい、今度からはそうするよ」
「絶対だよ、罰は分かってる?」
「市場巡りだよな」
「分かってるならいいわ」
サーシャは隣でご機嫌斜めだが自重しろと騒ぎそうで黙っていただけだ。俺も自重してもいいと思うが、それをするともっとも自重しないバカが更に面倒な攻撃を仕掛けてくるからな。
ミヤ達は理解しているので黙認したけど。
(他は除く条件付きだが、他ってなんだ?)
そうこうしている内に長口上が終わり、本題の紹介となった。紹介された主任講師はサーシャの母様こと側妃様のアイシャ・リィ・オルトン、年齢不詳となった。
一応、年齢は見えているが言葉に出そうとすると側妃様から強烈な殺気が飛んでくるのでミヤも沈黙を守っている。
「母上が講師、実戦向きの授業を行いそうね」
サーシャは実母が主任講師と知って呆気に取られているが納得もしていた。容姿はルイスと同じく青髪碧瞳の綺麗な女性だった。
その胸と尻はまぁまぁかもしれない。
騎士服の奥にある腹筋は気になるけどな。
「何処を見ているの?」
「なんでもないでーす」
あまりに見過ぎてサーシャから睨まれた。
そして副講師は側仕えの護衛侍女だった。
こちらは平民出身の侍女で姓は無かった。
その代わり護衛侍女だけあって隙が無い姿は印象的だった。たちまちの一年間はこの二人が交代で授業を行う事になり来期からは軍部の講師を入れていくとの話だ。
側妃様がドゥリシア王国の国境線から戻った経緯も帝国が内戦に入ったからだ。
ただ、先の大軍勢が押し寄せた時は皮肉な事にドゥリシア王国の晩餐会に出席する事になり戦地を離れていたらしい。
(それを聞くとドゥリシア王国にも多数の間諜が入り込んで引き剥がした風にも見えるよな)
空気というかタイミングが良すぎるし。
横やり対策で追い出して一気に攻めてきた。
よく分からない魔法で迎撃されたから撤退してしまったが、あれも奴の事だから対策したうえで再戦があるかもしれない。
それと内戦開始から教会登録は控えている。
敵対しているから安全とは言い難いからだ。
教会内にも帝国に与する者達が居るだろう。
そこから情報が漏れ出る恐れがあるからだ。
(登録情報の防御対策も徹底させてもらったから抜き取る事は出来ないしな。前世が平面女だった奴の反応が見物だわ)
その代わり登録情報管理は特士校設備の一部を借り受け、専用魔導具で一元管理している。随時更新のバックアップも寮の人形倉庫に隠蔽中なので紛失の恐れはない。
新規登録は借り受けた一室で行う事になり登録後は自動暗号化と符号処理される。
登録用紙は粉砕されて繊維に戻される。
(書式を奪っても理解出来る物ではないしな。鉛筆とマークシート方式を採用して正解だったわ。書き方例を示したうえで用途やら何やらを転記する必要があっても抜かれる心配がないから。字の汚い者が相手でも失敗しないしな)
閲覧時は登録室の脇に設けた専用魔導具でしか閲覧が出来ないので持ち出す事も不可だ。
取消や更新も随時行えるので必要があればマークシートの再発行も可能だ。
ライラの更新機能は符号を用いた物だが人が読んだだけでは何が何やらの記号でしかない。
暗号解読も王家の紋章という特殊鍵を用いているため仮に盗み出して複合化しても全ての文字が『断崖絶壁』の四文字に変換されるのだ。
(入学前日に依頼されて用意する俺もどうかと思うが、普通に小学生やっていたい)
何処から何処までが普通なのか?
今の時点ではサーシャから突っ込まれるだけなので口には出さなかった。話を聞き流しながら思案していたから脇腹を小突かれたけれど。
「外に移動するわよ。ボケッとしないで」
「お、おう。今日から授業だっけか?」
小突かれて右腕を掴まれて引っ張られた。
「話を聞いてなかったの? 今日は各自の特技披露を行う事になったのよ」
「特技披露?」
既に他の生徒達は移動していて俺達が最後らしい。ミヤとマリアもルイスと共に移動したあとだった。呆けている間に業を煮やしたサーシャが俺を呼びに来たようだ。
「母上、コホン! アイシャ先生の発案でね。特技を知らない事には誰に何を教える方がいいか分からないそうよ。大半の生徒は顔見知りでもアイシャ先生からすれば初対面だからね」
「それはサーシャも含む?」
「初対面では無いにせよ、私が何処まで出来るのかアイシャ先生は知らないわ。戦地に出突っ張りだったし」
「で、後衛職の人形師に何を求めているのか」
「身を守る術なんじゃない。狙われ易いから」
「俺、剣術も体術も人並みには出来るけど?」
「その人並みっていうのが曲者よね?」
「酷い言い草だな、おい」
「そうでもないわよ」
サーシャのジト目が辛い。
大人達から見て人並みだよ。
子供からすれば出来すぎるだけだ。
マリアも出来すぎる部類に入るから手加減するとか言っていたっけ。今世はともかく前世ではそれなりの格闘術を会得していたから。
正妻の遠慮が無くなってる件。




