第65話 虎穴に入らずんば、
叔母上と王宮の一角に移動した──。
結果だけ話すと、アウトォ!
大丈夫か、この国?
「はぁ〜」
「どうしたんだい? 溜息なんて吐いて」
「機能してないです」
「はい?」
「取り潰しだけでは甘かったかもしれないですね」
「どういう意味だい?」
叔母上は俺の言う言葉の意味に気づいているがあえて問うてきた。あれは殿下の事だけでなく帝国の犬が消しにかかったとも取れるよな。
そうでなければ取り潰しと同時に捕縛なんて行わない。絶対、教会裏には帝国が隠れていると思う。現状を鑑みるに王宮外に別組織を立ち上げた方が早いだろう。
「右左を見回しても状態異常者しか居ません。亡命者を取り込んだ時点で汚染者が多数ですね。幸い、陛下達の御座します後宮までは侵入されておりませんが、傀儡に直結するような勢力が形成されているのは確かです」
「そ、そんなに酷い状況に?」
「軍部を始め執政部も同様に。母様への無理難題も帝国の思惑が作用しているようですね。人形を差し出せと言わず」
「諜報員を侵入させて奪い取る算段と?」
「ええ、各大臣だけは陛下の近くでお仕事をされておりますので汚染の影響範囲外に居ましたが、他の役人達は総じて終わっています」
「なんてことだ、確かにそれなら」
「各地へと噂を拡げる事も有り得ない冤罪を作り出す事も可能でしょう。亡命者を取り込んだ時から全てが始まって終わった」
「ということか」
一先ずの俺は解決するかどうか分からないが王宮全体に対して闇魔法を行使する事にした。
「全て片付けます」
「なにをするっていうんだい?」
「闇魔法ですよ」
「ああ、そういう事か」
影響範囲が広いから王宮内に居る者しか対処が出来そうにないが、勢力を削るくらいは出来るだろう。母様へと命令を下した将軍は東部の小競り合いに参戦しているから後で報告だな、あれは害悪だ。
(金銭享受とか、かなり前から繋がりがあったみたいだな。必然的に技術力が高まったから必要悪だったのだろうが。この国には不要なタイプの将兵だな。帝国製の弾丸はまだあるから空間接続経由で殺処分が確定っと)
監視魔法を並列行使しつつ王宮内を複合的にマーキングしていく。およそ三〇〇〇人が働いているようで酩酊感が湧いてきた。
(久方ぶりの大量消費だ、回復が一瞬でも子供の身体には負担が大きいな、これは)
マーキングが終わると該当者達に洗脳完全除去と魅了消滅を同時展開した。叔母上は対象外だけどな、この人は精神が強靱過ぎて汚染されるよりも前に自分の色に染めそうな人だから。それは後宮にて過ごす王家の方々も同様に。例外は王子殿下という精神が育っていない子供だけだろう。サーシャは書庫の虫だったから影響外だが。
「将軍が叛逆者ですがどうします?」
「え、将軍がだと?」
「信じられないのは分かりますが事実ですよ」
「流したのは部下ではないのか?」
「現在は東部近郊の平野部で帝国兵と密会中です。会話の流れでは『諜報員の人形がもうすぐ出来上がる。そのまま流すから好きにすればいい。出来としては最高の部類だから好きなだけ解体して技術を盗むといいさ、その代わり一生を困らない額の金はいただくがな?』との事です。こちらが音声記録となりますが、聞きますか?」
「あ、ああ、聞かせていただこう」
疑惑の目を向けられていない叔母上には監視魔法経由で拾った会話の音声を手渡した。これも後で設置する監視機能の一つである。
「これは酷い、普段から支払っている給金を軽く超える金額だ。賭け事好きが悪い形で現れたということか。そういえば特士校の講師が見つからなかった原因も奴にあったな、そんな学校は必要ないとか騒いで命令権を使ってまで人員移動を拒んだ。幸い出張っている側妃が了承を示したから命令権は事実上皆無になったが」
「一年目の講師って側妃様でしたか?」
「サーシャには内緒だぞ? 驚かせたいと話していたからな」
「承知しました、では?」
「構わない。私の一存だが証拠があれば軍務大臣も理解を示すだろう、様々な思惑と暗躍、素行から察する事も可能だ。だが、発布された命令は取り消し出来ないぞ?」
「それは継続で構わないでしょう」
「いいのか?」
「危険を負わねば情報は得られません」
「利用されているフリ、か」
ともあれ、国内のゴミ処理は俺の一存では出来ないので叔母上からの許可が得られた事で全てが終わった後にでも片付ける事になった。
王女殿下も同じ魔法で影響は消えたが、まだ予断を許せない状況には変わらない。
彼女には追々だが反射するような魔導具を与えるしかないだろう。それは俺を含む関係者にも与える必要がある物だが、どの世代が一番効くか分からないため、まだ用意は出来ないでいた。
(子供か大人か誰が効きやすいのか? 触媒が異なると面倒だが、ああ、共通か)
洗脳術は術者の縮れ毛が触媒となっていた。それを砕いて飲ませていた事が要因だったらしい。汚ぇな、おい、何処の毛だ? 飲まされた王女殿下も可哀想に。
練り上げる分量は過去最高、魔力隠蔽していても漏れ出るからか叔母上が仰け反っていた。
その後、展開された魔法は一瞬で王宮内を駆け抜け、異常そのものを消し飛ばしていく。
消失後の効果は全ての術陣が術者に戻っていく。それは牢獄で放置されているクリア準騎士爵の脳髄へと浸透するように膨大な量の術返しが送り込まれていった。
(頭が膨れて弾け飛んだ。技能が消えても術者という扱いは変わらないのな)
クリア準騎士爵の頭部は上顎から上が肉片となって消滅し、大量の血液と共に下顎から下が残った。洗脳術は冗談抜きてやるものではないな、お返しでとんでもない事になる。
(洗脳術で脳を殲滅されていれば世話無いわ)
まさに洗脳術の返却は殲脳術だな。
面白くないけど。一先ず、王宮内の影響は完全に除去された。外に出ている者は追々だが除去陣にて排除するしかないだろう。
そうして俺は最後の仕上げとして、
(収納術の中の小銃弾に空間迷彩を与えて着弾直前に魔法要素を消し去る。小銃は隠密魔法で隠して帝国兵の影に浮かせ、サプレッサーは無いから遮音魔法と発射光隠蔽魔法で)
最後に発射して金を受け取って下品な笑いを浮かべる将軍をこの世から消し去った。それは何処からともなく飛んできた弾丸だ。帝国兵達は協力者が至近距離で殺された事に疑心暗鬼となり、仲間同士で殺し合いを始めてしまった。
(下劣な民族だわ。どれだけ善人でも染められれば悪に変わる、か。身を守る術とはいえ気づかぬ内に俺も国家の犬になっているな)
とはいえそれが唯一の生き残る術でもあった。今はまだ幼子の身、一人で生計を立てて行くには保障面でも不安は残る。少なからず、母様の名義で作っていただいているギルド口座への入金がある内は困る事も無いだろうが。
「さて、当面の情報流出は無いと思いますが、出入り口に洗脳除去陣を付与しておきますね。出入り口はこの一カ所だけですか?」
「あ、ああ、そうだな」
叔母上は周囲の文官達がきょとんとしている姿を見て唖然となったが、設置許可は簡単に下してくれた。文官や武官達の過ごす執務室はこの一角だけに集中している。
おそらく出入りするときに汚茶を用意して配ったのだろう、名前を覚えていただくついでに『私の奢りです』とか言いながら。善意による配膳を喜ばない者などいないからな、特に元商人が無償で品物を配るのはそういう事だから。
人知れず行うゴミ処理、五歳児だよね?




