第6話 忘れた何かを思い出す。
不安から思い出す──。
それは元世界で死亡した直後の記憶だった。
記憶を呼び起こす切っ掛けは名前を聞く事。
その名を聞いた時、僕の認識が変化した。
今まで見えていなかった物が視界内に見え、その情報量に目眩を起こす。
サヤ姉と父を見送った僕は不安気なまま、玄関先が見える窓辺へと移動した。二人の乗る馬車は凄い勢いで、遙か遠方に見える御屋敷へと向かっていく。御屋敷は我が家よりも大きく、一見すると、お城のような様相だった。
その際に不可解な記憶が蘇り、
(あれ? この記憶、あっ!)
僕はフラフラと窓際の床へとズボンのまま尻餅をついた。その記憶は何もない青い空間での出来事だ。空間内で誰かに話しかけられ、僕が願う者達のところに案内すると言われた。
その際に洗礼の後に与えられる恩恵の一つだけを先に授けられた。それは願った人に限らず全ての人間の人となりを知る術を持つ〈人物鑑定〉なる恩恵だった。
使い方は意識的に見るだけ。それだけで善悪や状態、相手の情報を事細かく知る事が出来るという。そして視界あるいは脳内にイメージとして示され、必要な情報のみを選択する事も可能らしい。
何故この恩恵を僕に与えたのか理由は分からない。だがこれも、案内するとあった通り、そこから先、探し出すのは僕自身であると示されたようなものだった。
それ以外の情報は一切示される事なく僕は転生し、今に至る。おおよその知識は書庫やら家族の会話から知ったから、それを踏まえての事だったのかもしれない。
(と、とりあえず、立ち上がらないと)
一先ずの僕は自力で立ち上がり、お尻に付いた埃をパンパンと叩く。そして周囲を見回し、
「ミヤちゃん大丈夫?」
「う、うん。だいじょぶ」
「そう、良かった」
背後にマヤ姉が居る事に気がついた。
直後、恩恵が自動発動し、僕の左右の視界内に文字列が溢れた。左はマヤ姉のステータス。
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名前:マヤ・リィ・ディナイト
家格:ディナイト子爵家・四女
年齢:八歳
性別:女
職業:剣士/なし
恩恵:気配察知
技能:剣術
魔力:五〇〇/五〇〇
体力:三八九/四〇〇
知力:八/一〇〇
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右はマヤ姉のステータスの詳細だ。
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婚姻:なし
爵位:なし
装備:ワンピース、銀の髪飾り
髪色:茶髪/セミロング
瞳色:碧瞳
善悪:善人
気配察知:任意の気配を自動的に察知する
剣術:ディライト流剣術/初級
耐性:痛覚耐性(一六/一〇〇)
状態:正常(心配)
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それを見た時、マヤ姉の全てが丸裸にされたも同然で、目眩と同時に悪い事をしたと認識してしまった。それと同時に情報を削ろうと思いつつ意識すると視界内の情報が思った通りに消えていった。不意打ちで見てしまったあとに罪悪感というのも不可解な話だけど。
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名前:マヤ・リィ・ディナイト
年齢:八歳
性別:女
職業:剣士/なし
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───────────────────
装備:ワンピース、銀の髪飾り
髪色:茶髪/セミロング
善悪:善人
状態:正常(心配)
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不要と思える物を消し必要な物だけ残した。
完全に見えなくするには意識的に消すと思う必要があった。便利ではあるけど情報に酔う。
今回は初回発動だったから無意識で動いたようだが、今後は意識的に見ようとすれば先ほどと同じ状態で視認出来た。マヤ姉からは僕がきょとんとしたまま見つめているように見えているみたいだ。この文字列は僕しか読めないのか。これの魔力消費がどの程度か分からないけれど。
(人に出来るのなら僕はどうなるのかな?)
マヤ姉を見たままきょとんの僕は、
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名前:ミヤ・リィ・ディナイト
家格:ディナイト子爵家・六女
年齢:二歳
性別:女
職業:なし/なし
恩恵:人物鑑定
技能:読書術、算術、気配隠蔽
魔力:三九五/四〇〇
体力:二八〇/三〇〇
知力:一〇〇/一〇〇
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詳細表示状態で自分自身を鑑定してみた。
チラッと自分の右手を見つめる感じかな。
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婚姻:なし
爵位:なし
装備:長袖シャツ、半ズボン
髪色:金髪/ベリーショート
瞳色:碧瞳
善悪:善人
人物鑑定:各種人物情報を得る事が可能
意識的に自情報の偽装隠蔽も可
読書術:速読・一度読んだ書物は忘れない
算術:四則演算を暗算で行える
気配隠蔽:察知され難い・但し、物音厳禁
耐性:痛覚耐性(一〇〇/一〇〇)
状態:正常(好奇心)
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そこに書かれていたのは驚くような内容だ。
(技能が生えてるぅ!? マヤ姉に気づかれたのは尻餅をついたからなんだ。痛みが無かったのは痛覚耐性が最大だから、かぁ。体よく鈍感って言われてる気がする。読書術と算術は前世の技能だよね、明らかに。知力も最大だから、幼児なのに無駄な理解力があるって事か)
知力が下がるということはあり得ないだろうが、数値として出ているなら隠す方がいいかもしれない。詳細に書かれてある通り意識した場所に偽装を試してみると、知力の数値がシュルシュルと減りだし二へと変化した。
(マヤ姉は八と出ていたから年齢イコールと見た方がいいかもしれない。算術の技能も隠蔽しておこうかな。同じような技能持ちに見られると面倒だし、神童だとか言われたくないし)
絶対とは言い切れないが、そういう子供に限って豪商の目に留まり、余計な婚約を持ち込まれてしまうからね。うちの家格的に認識されるかどうかは別物だけど。
するとマヤ姉が心配そうに声をかける。
「ホントに大丈夫?」
僕がボケッとしたままだったから?
視界内にある文字列を意識的に消した僕は首を横に振りつつマヤ姉に応じた。
「うん。だいじょぶ」
舌足らずになるのはどうしようもない。
まだ発音に慣れてないからね。
とはいえ、
(名前を聞いたから思い出すって、もしかするともしかする? こればかりは会ってみない事には分からないかも)
僕はマヤ姉から視線をそらし、遙か遠くにそびえ立つ、辺境伯家の御屋敷に意識を割いた。
僕の愛する人が居るかもしれない。
今はまだ面識が無いからなんとも言えないけど、再会出来たら告白してもいいよね?
付き合えるかどうかは分からないけど。
僕の前世の行いを考えると、ね。
(地雷女は今世では卒業出来るといいな)
叶わない夢でも魔法ひとつで叶いそうな気がするし。魔法でも出来る事と出来ない事があるから残りは技能と知恵で賄うしかないだろう。
今の私に出来る事なんてたかが知れている。
愚兄の思惑で全て潰された前世と異なり叶えようと思えば何だって叶えられると思うから。
(それよりも残りの恩恵は何がいただけるのだろう)
その後は空気となってしまったマヤ姉に背中を押され、
「今からお昼ご飯だけど行かないの?」
「たべゆ」
噛んでしまったがマヤ姉と共にダイニングに移動した。ただね、私の兄運は相当なまでに悪いらしい。ダイニングに着くと下品な笑いを浮かべる青髪短髪で碧瞳の優男こと、義兄のライク・ヴィ・ディナイトが私をジッと見つめていたのだから。前世の愚兄とは関係ないはずなのに、凄い気持ち悪い。
(逃げた矢先に同類が居た件!?)
突然のおませさん発動!