第52話 気づけば壁面ってマジ。
転学手続きが無事に終わった私は──。
一度寮に戻り、ミヤの制服と私の制服を回収して共に訪れた事務員へと返却した。
それは特士校の制服と王立学校の制服が異なるためだ。
「お預かり致しました」
「数日間だけでしたがお世話になりました」
「殿下のご健勝をお祈り致します。では」
「(心にも無いことをペラペラと)」
社交辞令だと思いつつ皮肉で受け取った。これは王位継承権を持つ者に対して言う言葉ではないからね。彼は兄様達の派閥に所属する妨害人員だ。これで追い落とされたと思っている下品な笑いが見えたもの。
「古臭い伝統に縛られたエリート意識と生活していたら、発展するものも発展しないわよ」
遠ざかる事務員の背中を眺めた私は寮内へと舞い戻る。追い落とされたなら寮での生活も終わりになるはずだ。それが終わらない事にいい加減、気づけばいいのだが。
寮の管理は王立学校ではなく王宮の管理下にあり、所属に関わらず敷地内に住んだ以上は退学とならぬ限り住み続ける事が可能だ。
退学になるはずだったシュウの学籍が寮の鍵に残っているのもその証拠である。
「何しているんだろう? 早く戻ってこないとミヤに根っこが生えて動けなくなるんだけど」
根っこが生えて動けない、正確に言うと連日のように黄銅を造っては魔力不足で突っ伏して動けないだけね。
新規で黄銅の需要が高まり唯一造り出せる者に依頼が殺到した。送り届けられる場所が伯母上の領地となっているため王宮以外で必要としている事が分かった。
大広間から三階に上った私は、
「四つん這いで突っ伏してる」
錬成工房と名付けた一室の扉を開け、中を覗き込んだ。そして収納術からモノクルを取り出し下着姿で突っ伏すミヤの可愛いお尻を見た。
「魔力残量は一ね。魔力回復薬を飲みすぎてお腹もタプタプだし、まるで妊婦さんみたい」
このモノクルはシュウ特製の鑑定魔導具だ。
鑑定技能を持たない私でも判別出来る代物となっている。魔力感知が必須との事だけどね。
私の言った妊婦さんの一言でミヤは唸った。
「うぅ」
「聞こえたのね」
五歳児が妊娠などするわけがないという口の動きが見えた。ふーん、しないのか、残念。
「それはそうと汗臭いわよ。シュウが戻ってきたら嫌われるんじゃない?」
「うっ。お、お風呂入ってくる」
「そうしなさい。黄銅塊は私が外に運んでおくから」
「うん、行ってくる」
ミヤはフラフラとなりながら下着姿のまま一階に降りた。その姿は男の子を演じる普段のミヤではなく完全な女の子と分かる姿だった。
「あのままシュウに出くわさないわよね?」
そう、呟いたがシュウの戻りはしばらく先と聞いていたので有り得ない事とした私だった。
黄銅塊を収納術に片付ける私は不意に思う。
(まぁ、仮に出くわしても婚約が早まるだけまだマシかしら?)
入学して既に三十日以上が経過している。
私達の使う収納魔法が収納術に変化するくらいには日にちが過ぎているのだ。
入学初日から三日が過ぎたあたりで大騒ぎとなり、私と叔母上が責を問う教師陣と騎士爵共に公務の全てを潰された。
叔母上は私が決闘を示唆した事を伏せ、シュウに対して無期限停学を命じた。父上も護る必要があるとして領地への蟄居を命じた。必要があれば退学を視野に入れている事も提示した。
(やきもきするよね、ミヤが男の子だと思われ続けるのって。生き存えたのなら、子供だけでも残して貰いたいわね、国のために)
これも後で知った事だが暗殺者が校内に居た事を踏まえての話らしい。兄様達が寄越した暗殺者、王位継承権を簒奪するには邪魔だから。
蟄居が決まった日から移送されるシュウの乗る馬車が辺境伯領に到着するまで二十五日が必要だ。移送には転移禁止を言い渡されていたため、それを見越してか知らないが到着した日の午後に軍勢が襲いかかった。
(内通者も居るよね? 判定具の設置がもう少し早ければ影響が、後悔しても仕方ないかぁ)
しかしシュウはそれをものの見事に打ち破り、その日の内に蟄居の命令が極秘裏に取り消された。取り消されたが今度は別件で忙殺される事になり、屋敷の工房で人形以外の製造を行っているとの話である。シャルも手伝っているとは思うけどね。
私が黄銅塊を片付け大広間に降りると、
「うわぁ!?」
脱衣所の方角からシュウの叫びが響いた。
「え? なんでそこに居るの?」
玄関の外へと移動する前に聞こえた大声。
私は不意に嫌な予感がしたため玄関扉に鍵をかけ脱衣所へ向かう。脱衣所に到着するとリーシャが先に居て困り顔のシャルと共に頭を抱えていた。
「あらら、これはまた」
脱衣所では裸のミヤが四つん這いのまま突っ伏していた。頭には大きな布を被せているからか、顔までは見えていないが。
するとシュウは引きつりながら私に気づく。
「あ、サーシャか。脱衣所に痴女の幼女が居てびっくりした!」
「痴女って、というより何でここに居るの?」
痴女の幼女、ミヤだって気づいていない。
まぁ顔が見えないから仕方ないけどね。
私に問われたシュウはミヤのお尻から視線をそらし、シャルが立つ壁際へと視線を向ける。
「ああ、人の居ない屋敷の脱衣所で試験したらここに繋がったんだよ」
「はい?」
人の居ない場所が屋敷の脱衣所なのは分かるけど、試験して繋がった意味が分からない。
シュウの右手には拳銃と呼ばれる黒い塊が。
床には綺麗な土玉が落ちているだけだった。
見られたはずのミヤは体重計と呼ばれる魔導具の前で気絶しているから、シュウに見られている事までは理解していないらしい。モノクルを再度かけると魔力がゼロになっていた。
体重計に乗って残りの魔力を吸い出されてしまったようだ。これは完全に自業自得だわ。
一先ずの私はミヤの下半身に棚から出した大きな布を被せる。そしてリーシャに命じ、
「とりあえずこの痴女を客間に連れていって」
「承知しました」
名前をあえて呼ばず変態扱いしてあげた。
こればかりは擁護のしようがないもの。
シュウは運ばれていくミヤを静かに見つめつつ私に問いかける。一応、客間行きだものね。
「知り合いなのか?」
「ええ、私の友達よ」
唯一の友達なのは間違いない。
正しい事を言っているしね。
困り顔の私はジッとシュウを見つめた。
するとシュウはバツの悪い顔になり、
「そうだったのか、悪い事をしたな」
「まさか見たから責任を取るって?」
「不本意ながら興味は無いが責務があるから」
意味深な言葉を呟いた。
どういう意味で興味ないのだろう?
責務と言っているから私と同じかもね。
ミヤにとっては不幸な出来事だ。
「まぁいいわ、この件は保留としましょう」
保留は言質を取った事を隠す意味がある。
シュウが認めた相手は女子としてのミヤだ。
だが、今はまだ隠さねばならない関係だ。
そうして私は改めてシュウに問う。
「先ほどの回答なんだけど、どういう事?」
問われたシュウは拳銃の弾を覗き込む。
「ああ、戻りの一発があったはず」
そして不意に壁に向かって撃ち込み、弾を床に落とした。落ちた弾は床で跳ねた途端に土玉に変化した。はい? どういう仕組みなのぉ!
私の驚きをよそにシャルが壁に向かって飛び込んだ。え? 壁をすり抜けている?
「これはこういう弾だよ。撃った場所に不可視の転移門を造る弾丸だ。とりあえず報告があるから戻るな。一分程度で閉じるから」
シュウは言うだけ言って壁へと入っていき、私が気づいた時には何もない壁になっていた。
「ど、どういう事?」
朴念仁、極まれり。




