第45話 無知が怖いと思う日、
それは衛兵が全てを片付けた後──。
ポロ珍君から難癖を付けられてしまった。
「おい、田舎貴族。さっきのは何だったんだ」
「教師の暴動が起きただけでしょ」
「そうじゃねぇよ! 授業の邪魔しやがって」
「教師に言ってくれ、俺に火球を飛ばすとか」
「別にいいだろ、役立たずが火傷して教室から消えるだけだからな。そのまま燃えて消えてくれたらどれだけ良かったか」
ガキの文句ほど自分勝手な物言いは無いな。
しかも他の騎士爵子息達まで俺を囲む始末。
だから俺は溜息を吐きつつ、
「騎士爵が最上位と認識している大変お偉い騎士爵子息様の言うとおりですね。それはそうと未だに頭上の火球が消えてませんけど、どうするおつもりで?」
「は? 何を言って、ヒッ!?」
「実はそれ、俺が行使した火魔法でして、同じく火傷にして差し上げますよ、どーん!」
「や、や、やめろぉ!?」
あげるだけあげて落としてやった。
やめろと言われてやめる者は居ない。
落とされた直後、全身に炎を纏う騎士爵令息達。やり過ぎにも見える迎撃に周囲は更に冷え込む視線を俺に送る。騎士爵子息が正しいという嫌な視線だ。
「本物の炎なら消し炭だけどな、ほらよっと」
その視線を面倒と思いつつ指を鳴らす。
途端に炎は消え制服は何故か無事だった。
炎に塗れた騎士爵令息達は呆然とし周囲の生徒達も茫然自失の表情だ。
「幻覚魔法だ。ばぁか! その程度の魔法に気づけない時点でどちらが無能だか」
「げ、幻覚? ね、熱があったのに?」
「そういう錯覚を与えただけだ。そもそも魔力が奪われた教師に魔法行使なんて出来ねぇよ」
「あ」
誰もがその事実に気がついた。
あれも結局は俺が邪魔した事に変わりない。
だからお詫びとして黒板に呪文を記した。
「とりあえず幻覚魔法の呪文だ。勝手に覚えて勝手に潰えろ、最上級だから気をつけろよ」
「ご、ご、五十節だとぉ!?」
最上級だから五十節詠唱の呪文だ。
熱を感じさせる幻覚魔法だからな。
それをその程度と言える俺がおかしいのか、教室に残る生徒は呆然と黒板を見つめていた。
俺とサーシャとミヤは教室を出て休憩する。
「このままだと魔力不足で潰えそうですね」
「平均が三〇〇前後だからな、四桁は欲しい」
「次は算数だから僕も寝てていいよね?」
「俺は当てられたらわざと間違えて答える」
「そこまで無能を演じなくてもいいのでは?」
「あえて用意された土俵に乗ってやるだけだ」
「あれも誰が策を練ったんだろうね?」
「どうせあの人達でしょ、今朝の件といい」
サーシャが溜息を吐きたくなる相手。
帝国の傀儡に成り果てた双子兄妹。
俺が正式に王位継承権・第四位を得た。
無能云々は調べても情報が出てこなかったからだろう、功績は綺麗な人形を造った事だけ。
シャルという自立型人形を造った事だけだ。
シャルの件も母親の七光りで用意したと思っていても不思議ではない。
だから、それを良しとしない言葉を吐いた。
その言葉は提出した証拠にきっちり残り、やつは刑に処されるのを待つばかりだ。あの手錠も目覚めさせると自白魔法が発動するから、あれよあれよという間に証拠が出揃うだろう。
あの手錠も見本がそのまま献上品となった。
危険と思われている犯罪者が赤子同然に早変わりだ。牢に入れている各種犯罪者、その全てが一瞬の内に無害な犯罪者に早変わりだから。
流石に恩恵までは剥奪出来なかったけど。
するとミヤが疑問気な顔で俺に質問する。
「それはそうと、あの録音は何?」
「あれは言質取りに最適だろ?」
だから俺はあっけらかんと答えた。
隣のサーシャと背後のシャル達はきょとんとしたまま黙り、俺達の会話を聞いている。
「ま、まぁ最適ではあるけど」
ミヤもそれには同意を示した。
俺はひと呼吸を置き、遠い目で語る。
「あれも奴の罪歴を見て思ったんだ──我が国は捜査能力が皆無だから、ああいう輩を野放しにして助長させているってな。自分は捕まらないし何をやっても許されるって。サーシャに毒を盛る事もそうだ、水銀は何処から得たのかって話だな。体よく見れば母様の話に繋がるが、だがこれも、証拠が見つからない以上は裁けない。今朝の叔母上のように決定的な証拠を見つけない限り裁けないんだ。だからあえて煽ってやれば」
「いいように言葉を発したと?」
「自分が一番と思っているから単純になるんだよ、気をつける事をしない、当たり前と思う」
「だから足下をすくわれたと」
「言質ほど有用な証拠は無いしな。得ようと奪いに来たのもそうだ。その前に奴の技能と魔力を奪ってやったけど」
「あ! それだよ、それ! びっくりしたんだから。魅了術と洗脳術がさっぱり消えていて」
「そういう特殊魔法を使ったって事だ。俺だってミヤだって魅了の耐性は持ってない。何が起きるか分からないのに使わせるわけないだろ」
「ああ、それで?」
危険な技能は封じるに限る。
その前に害意鑑定でビンビンと感じたからなこいつは危険だって。俺の害意鑑定は五歳になった段階で、悪意ある者の記憶とか経緯が見えるようになった。以前は見えなかったけどな。
だから人物鑑定で暴き、裁く方に誘導した。
ミヤは安堵の表情を浮かべ、ようやく会話の流れを理解したサーシャと顔を見合わせた。
休憩所に着いた俺達はベンチに座り、
「それがあったから兄妹を操る事が出来たってことだろうな。全ての指示を国外から受けて」
「ああ、だから人格が歪んだと」
先ほどの件を続けて話し合う。
王位継承権を狙う兄妹が敵だから。
身を守る事に尽力してもいいはずだ。
「覚えがあるみたいだな?」
「ええ、ではやはり原因は」
「思った通り、帝国にある」
ドゥリシア王国に戦争をふっかけて水面下でオールトン王国も奪おうとする。国力差がどうしてもあるから内面から切り崩す算段だろう。
そこで俺はふと思い、サーシャに質問した。
「ところで他国からの入国審査ってどうなっているんだ?」
今回のような凶悪犯がいないとも限らないからな。それこそ知っておいて損は無いと思う。
ミヤは何処から取り出したのか、ペットボトルの水を口に含んでいた、俺も造ろうかな?
ただな、
「え? 審査、何ですそれ?」
得られた回答はミヤが吹き出す物だった。
「ぶっ!? 水、吐いちゃった」
きょとんのサーシャとの対比がすげぇ。
「俺の顔にぶっかけるなよ」
「ご、ごめん。ご褒美ってことで」
「は?」
「なんでもありません」
あまりの事に避けきれなかったわ。
顔を浄化魔法で浄めて乾かす俺を見たサーシャは困り顔になりつつ続きを語る。
「我が国は基本、入国税さえいただければ誰でも入国可能ですが?」
「「マジで!?」」
根本から性善説じゃねーか、この国ぃ!?
そら間諜が跋扈するわけだ。
馬鹿正直な善人しかいないから。
疑う事すらしない言われたらそれを信じる。
俺が無能だと田舎貴族だと信じ切る。
善意のままに敵だと決めつける。
質が悪いなんてものじゃない。
ポロ珍君も自分が正しいと振りかざす。
それは悪意ではなく純粋な善意から現れる心情だ。それを悪意に誘導されたら堪らない。
「これは判定魔導具を設けるしかなくね?」
「僕もそれは思った。自由に行き来出来るからこそ、王国法は遵守して貰わないと」
「その、判定魔導具とは何ですか?」
「「悪人を出入国させない魔導具!」」
「ふぇ? そ、それってどういう?」
この反応を見るに密輸も跋扈してるな。
建国王よ、何故それを除外した?
前世が坊さんかなんかだったのかね。
予想外に危険がいっぱいな国家ですね。




