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第4話 夢心地は何れ終わる。


 目覚めは浮遊感と共に──。

 途方もない悲しみから願った再会、過去の過ちを悪夢と捉え、私の意識はゆらりゆらりと浮上する。段階的に身体の感覚が鋭敏となり、不可思議な弾力と得体の知れない空気が鼻と口に入り込み体内を駆け巡る。それを認識した瞬間、私の歓喜は一瞬ののちに動揺に変わった。


(うにゅ? ここは何処?)


 不意に目覚めた。周囲には白いエプロンドレスを着た女性が沢山いて、目線の先にもニコニコ笑顔のシスター風のおばさんが、ほんのり暖かい濡れタオルを持って身体を拭っていた。


(この感覚?)


 初めて味わった感覚なのに見覚えがあった。

 一通り身体を拭われた私は軽々と持ち上げられ、とても綺麗な布に包まれる。今は何故か裸だ。否、裸なのは仕方ないのかもしれない。


(生まれてすぐってことだよね? 私、今は赤ちゃんなんだ)


 目覚めて自分の状況を正確に理解する。

 赤ちゃんとして異常過ぎると思うけれど。

 運ばれた先に居たのは大量の汗を掻いた綺麗な女性の元だった。金髪碧瞳で西洋人のような見た目の女性。隣には茶髪茶瞳の厳つい男性も居て、人目見て夫婦であると分かった。

 そして私は二人の子、何人目の子供か分からないが子供であるのは確かだった。

 だって両親は私を慈しむように優しく見つめてくれているのだから。


「お前に似て綺麗な金色の髪だな」

「そうね、神父様から名前は聞いた?」

「ああ、ミヤと名付けられた」


 名前も何故か過去と同じもの。

 過去もはっきりと覚えている。

 亡くなる直前の悲しみと激痛、駆け寄る父の泣き顔は意識が消えかける寸前の事だから、あんまり覚えていないけど。


「この子に幸があらんことを」

「そして我が子爵家に繁栄を」

「で、その前に本日の公務はいいの?」

「お、おう。だが、この子も見ていたい」

「一体何人目の女の子だと思っているの」

「うぐぅ」

「それはいいから、公務に戻りなさい!」

「は、はいぃ!」

「全く、もう!」

「伯爵様、よろしかったので?」

「悪癖が出ていたから追い返しただけよ」

「あ、悪癖?」

「怠け癖という悪癖よ」

「なるほど」


 西洋人の時点でもしやと思ったら、どういうわけか貴族家の子供として生まれたらしい。


(子爵って位的に下の方だよね? 私の未来、どうなるんだろう? というか母親の爵位が上って、かかあ天下ってどの世界にもあるんだね)


 赤子心に考えるのは家格的なあり得ないものだった。願っても生まれる場所まではどうあっても選べないらしい。



  §



 それから時は進み──、


(僕の家は辺境の地、ド田舎の領地貴族だって事、僕の立場は六女だから家を継ぐ事はあり得ない。ナヤ姉の旦那さんが次期領主だから僕達姉妹はそのまま何処かの家に嫁いで子を成して一生を終える事になるのか。母様の爵位は空席のままなんだよね)


 僕は無事に二歳になった。子供ながらすくすくと育ち立ち、歩きもスッと熟し、暇を持て余しては家の書庫に入り浸り、絵本という名目の書物を開いて読んでいた。それは今もだけど。


(王家に認められた母様の爵位が継げるなら話は変わるけど、身分的にディナイト子爵家はディライト辺境伯家の寄子にあたるから、このまま嫁ぐとなると本来の目的が叶えられない可能性が高いよね)


 両親は六人目ともあって生まれた翌日には僕の面倒を四女と五女の姉達に委ね、公務と称した視察を頻繁に行っている。我が子爵家は錬成師を多く輩出した家系との事で父様も母様もやり手の錬成師として民達から慕われているらしい。ただまぁ母様が日に日に体調不良に見舞われているのは何故だろうとは思うけど。


(僕としてはこのまま出奔したいけど、二歳児に何が出来るかって話だし、末っ子だから大事にされそう? あ、それは無いか)


 なお、私の一人称が僕に変化した理由は上の姉達が弟が欲しかったと願ったからだ。

 ただそれだけで格好まで男の子っぽくされるのは心にクルものがあるが、胸が育っていない身体では、どうする事も出来ないだろう。

 心まで男の子になるつもりはないけどね!

 それはともかく、


(本来の目的、この世界に彼が居るかどうか分かればいいんだけど。魔法がある事は知っている。魔力を限界まで使い続ける事で量が増える事も姉達の会話から理解したし、詠唱呪文を唱えれば自然と魔力が練られて、発動する事も確認した。初っぱなから突っ伏したけど)


 僕の目的は一貫して転生前と同じだ。

 嫌な別れ方をした彼に会う事。可能ならば彼の元に嫁ぐ事。初めてを貰ってもらう事。

 ただ、平民だった場合は叙爵してもらう事まで考えないといけないけどね。

 今は何処に居るか分からないから、出来る限りで自身のスキルアップを優先したかった。


(サヤ姉が言うには三歳で洗礼を受け、神からの恩恵と呼ばれる力を授かるとある。恩恵は最小が一つ、最大が三つ、それまでの間に取れる技能もあるって聞いたから、取っておく方がいいよね。今の段階で取れる技能は、書庫にある錬金術のレシピを読み解くしかないけど)


 よく分からない異世界に転生して、不安に押しつぶされながらも耐えてきたのだ。

 赤ちゃんの頃からその不安があった。

 身体は赤子、心は女子高生のままだ。

 動き辛い身体を、どうにか動かせるようにもっていき、自然と理解出来た言葉を自分の口から発する事も覚えた。今はまだ拙いからはっきりと伝える事は出来ないけれど。


「ミ、ミヤ・リィ・ディナイト。それが、ぼ、僕の名前、ミドルネームは男性か女性かで変わるんだ、っけ」


 時には独り言のように発音の練習も行う。

 誰も聞いていないから出来る事でもある。

 姉達は僕が書庫に籠もるようになってからは自分達の遊びに邁進している。姉達の名前は最後にヤが付くという不可思議な法則があった。

 上は五歳のムヤ、八歳のマヤ。

 十二歳のカヤ、十五歳のサヤ。

 十八歳のナヤという姉達が居る。

 長女の名前を聞いた瞬間、可愛そうと思ったのは内緒だけど、ナヤって納屋だからね?

 この世界の成人は十五歳からということらしく、上二人のうち一人は辺境伯様の屋敷で僕と同じ歳の御子息の侍女を行っているらしい。

 今日は久方ぶりのお休みとの事で妹達の面倒を見ているという。寄親の屋敷でも子供の面倒を、家でも子供の面倒だ。よほどの子供好きでないと相手をするのは無理だと思う。

 本を読み終えた僕は唐突に催してきたので、


(お花摘みに行こうかな)


 書物を本棚に戻しつつ書庫から廊下に出た。

 するとサヤ姉が大慌てで廊下を駆けていく。


(どうしたんだろう? 血相を変えてるけど)


 僕は気にせずトイレのある個室へと向かう。

 この世界のトイレは悲しいかなトイレとは呼ばず個室に置いた銀バケツに座って以下略だ。

 乙女としてそれはどうなのかと思うが、そういう文化なのだから仕方ない。拭うのは横に置いた大きな葉っぱの草だ。片付けた後はそのまま発酵させて畑に撒くという。

 トイレの後、魔法で水を生成した僕は簡単に手を洗い、個室の外に出た。

 その瞬間、不可思議かつ懐かしい名前をサヤ姉の口から聞いた。


「シュウ様が倒れたとの一報を受けたので」

「それは一大事だ、すぐに御屋敷まで送ろう」


 聞いたのだけど、父様とサヤ姉は血相を変えて玄関へと向かっていった。


(え? 倒れた? え? 御子息が?)


 何故だろう? 名前を聞いた瞬間、途轍もない不安が僕の中に芽生えた。名前が似ているだけでこの反応だ。不可思議な事に僕の彼への愛情は転生した今でも変化はないらしい。




 愛情に勝るものなし。

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