第32話 救われた王女様の憂鬱。
私の名はサーシャ・リィ・オルトン──。
オールトン王国の現第二王女だ。
この地位は洗礼を受けるまで私に無かった。
洗礼を受けるまでは興味の向くまま魔法書を読み、興味の向くまま人形書を読み漁った。
最初に覚えたのは光属性を使った照明だ。
(綺麗だな、何度見ても心が安らぐというか)
その魔法は神々しく、光の下に居ると心に溜まった仄暗い感情が洗われていくのを感じた。
実際に浄化作用を持っているとの事で魔力が続く限りは光の下で過ごす事の方が多かった。
そうして洗礼日を過ぎ、第二王女という地位が私に与えられた。それまでは何も無いただの幼子だった。純粋無垢といえばいいだろうか。
この地位と共に人形師という職業を与えられてから私の生活は一変した、良くも悪くも。
(正直、捨てられるなら捨ててしまいたい)
良い方面では専属人形師・トゥリオ辺境伯夫人こと元第二王女の叔母上、シエル・リィ・トゥリオ/年齢不詳が私の師匠になってくれた。
叔母上は金髪碧瞳の身なりだが気品に溢れ尊敬に値する人物だった。だった、うん、だったね。人形を作る時の狂乱的な姿を見るまでは。叔母上は普段、王立学校の学長を務めており公務の傍ら王宮へと訪れては私を指導してくれた。
(姉妹でこんなに差があるとはね)
指導は見て覚えろ的な、実践式であり手伝うなんて事はもっての外だった。それこそ居ない時に自分であれこれ作る事が多かった。
そして悪いほうは、
(捨てられないから嫁ぐしかないんだけど)
私を排除しようとする王宮内の動きである。
洗礼までは健やかに過ごせた。多少、性格に問題のある双子兄妹ことカイナ兄様とカミナ姉様も洗礼日まではそれなりに優しかった。
それなり、今思えば上下関係を植え付けるような物腰だったかも。お前は俺達の下に居ればいいんだとか側室の娘なんだから正室の私達につべこべ言うなとか、人形書を盗られて破かれた事もあった。破いた途端、叔母上が現れて双子兄妹を王宮の尖塔から縄一本でぶら下げる事もあった、泣きわめく双子兄妹を見た時は何故かスッキリした。父上もお前達が悪いと溜息を吐いていたほどだ。
(人形師と分かった途端、何度死にかけたか)
洗礼日、結果が発布された直後、私に王位継承権・第四位が降って湧いた。
第一位は父上、第二位は伯母上、第三位は叔母上、私という順位だった。
(後からシュウと弟のアルクが生まれて一気に下がったけど。表向きは五位、本命は六位、それでも王宮に住まう以上は逃れられないよね、困った事に)
この国は人形師に選ばれた者に王位を継がせるしきたりがある。これは王国憲章に記されており王国法でも認められているのだ。
例外は王位継承権を持つ誰かが不意の事故で亡くなった際、限定的に他の職業でも王位に就けるとあった。それは次に生まれる者が人形師であるという条件付きだ。
そんな曖昧な条件を付けるような出来事が過去にあったらしい。兄弟間の争いで王位継承権を持つ者が暗殺され錬成師が王位に就いたとある。その後、何とか人形師を生むまでに至り、この国は生き延びたという。
(絶対、それと同じ事を願っていると思う)
洗礼日の翌日、連絡魔導具を授かった直後のパーティーで軽度の毒を盛られ、お手洗いに駆け込んだのは記憶に新しい。その日は銀バケツが憎いと思ったほど辛い状況に追い込まれた。
毒を盛られる日々は連日のように続き、回復して戻ってくると、口卑しいとか何とか言われて辛かった。ニヤニヤした笑顔でバカにする双子兄妹、カミナ姉様の嫁ぎ先は絶対に無い!
あんな腹黒な姉が嫁ぐのは同類だと思う。
(それこそ帝国に売国しても不思議ではない)
王妃様の性格は全然悪くないのにどういうわけか双子兄妹だけは悪辣な性格になっていた。
(結局、これも教育した者が原因なのかも)
原因を作った者は帝国から亡命してきた技官だった。元々はドゥリシア王国の商人だったが魔法の腕を買われて技術士官に抜擢された。
そこまでは良かった、後が地獄だったと彼は語っていた。連日のように魔導具研究をさせられ食事すら与えられなかったとの話だ。
魔法が使える者を人として見ていない国が帝国だとよく分かる話だった。そんな人物が先の戦争の前に亡命してきて双子兄妹に教えた。
どのような経緯があったか不明だが私が生まれたあとに人格が捻じ曲がっていたのだろう。
(そう考えると私とアルクは幸せね。その事案のせいで教育者が与えられなかったもの)
アルクも人形師として名乗りを上げられるよう西部のトゥリオ辺境伯の元に隠れて勉強中との事だ。再来年の入学までにどんな成長を見せてくれるか楽しみだった。トゥリオ辺境伯の元にはドゥリシア王国の魔導具が多く集められていると聞くし勉強にもなっていると思う。
時々、連絡魔導具越しにあれこれしたとの報告が上がってくるから、私も負けてられないんだよね。とはいえ、目と鼻の先で自重無しに造り出されるとへこむけど。
「魔力感知かぁ、羨ましいな」
無いもの強請りしても仕方ないけどね。
私の従弟は玄関先でゴソゴソしているが、思い立ったように走っていき、この寮を住み心地の良いものへと変えていってる。
(私が出来る事は補助と助言だけなんだよね)
師匠違いでこんなに差が出るんだね。
叔母上には悪いけど伯母上の方がより実践的だったよ。触らせて貰って、造らせて貰って。
時には構造も教えていただいた。
(シュウの造る人形は更に精密だったけど)
リーシャの内部はこうって図面を示された時は唖然となった。伯母上の造る骨格よりも人のそれに近い物だったから。伯母上曰く『神童よねぇ。我が息子ながら惚れてしまうわ』と、あり得ない事を言ってしまうほどだった。
直後、
「ん、物音が厨房からした? あ、ガチャガチャいってる?」
厨房の裏口から『開かないぞ』という苛立ちある声音が聞こえ、『魔石を取れば開くって嘘だったのか?』とか『供給停止は確認した』とか『停止したのに施錠されたままだ!』とかなんとか、裏口の外で口喧嘩を始めていた。
するとシュウが呆れ顔でダイニングに戻ってきた。理由を問えば、先ほど話し合った変換核を建物の施錠魔法陣に追記してきたという。
追記というか経路途中に当てはめたらしい。
シュウは辟易とした様子で椅子に座りつつ、
「王宮ってホント魔窟だな」
語りかけたので、私はお腹を押さえたまま過去の行いを思い出してしまった。
「嫌になるくらいには魔窟ね」
でも、そのお陰で私のお腹はシュウによって護られた。この寮のお手洗いがいくら快適でも長時間は座りたくないものね。
何はともあれ、外のガチャガチャは未だ続いているので、私は連絡魔導具を起動させて叔母上に不審者が来たことを報告しておいた。
すると衛兵が駆けつけ不審者は捕縛された。
不審者達が懐に持つ毒が証拠品として提出され、不審者達はカミナ姉様の命令を受けて、即日処刑されたという。口封じとしてね。
(隠せているようで隠せてないよ、姉様?)
それを知った叔母上は『所詮は子供の浅知恵』と、深い溜息を吐いていた。
それと施錠魔法陣を改造したと報告したら、
「説明していただこうか! 甥っ子君?」
その日の内に寮へと顔を出し、満面の笑みでシュウを脅していた。
「う、迂回路を設けただけですよ?」
「迂回路? まさか君は見えているの?」
「お、叔母上も魔力が見えるのですか?」
「見えなきゃ施工が出来ないだろう」
ミヤはしばらくお休みです。




