第16話 学びとおどろき。
ナヤ姉が元旦那と離縁した──。
それを受け個室にあった元旦那の私物を領都にある戦闘ギルドへと預けに向かった父様達。
僕は部屋の窓際から馬車を眺めて嘆息する。
(売られてしまった黄銅のテーブルと椅子は戻ってこないけどね〜。あれも珍しいからか金貨三枚・三千万ルトになったっていうのがやりきれないよぉ。それだけでお小遣いになるなら僕が売りに行ったのに)
テーブルと椅子を買ったのは我が家に訪れる領都の御用商人だ。父様とどういう取引を行ったという話し合いにて買取金額が判明した。
金貨三枚・三千万ルト、金額だけを聞くと何に使えるか分からないけどね。
(価値観を学んでいないから別にいいけど)
金貨の上には大金貨と白金貨が存在するが、子爵家なら大金貨までが手元に入るという。
税として王宮に収めるのはこの貨幣らしい。
白金貨は辺境伯家を含む大公家が主に得るらしいが、今は女大公のみが一人居て、その領地も辺境伯家が代行管理しているという。
(大公領を含めた辺境伯様の領地は膨大だよね。北部を全て治めるって驚きだよぉ)
位置的には辺境伯家の内側にある草原らしいけどね。我が子爵領の隣、王都と伯爵領、侯爵領に挟まれた大きな草原が大公領との事だ。
大公領の都は我が子爵領と侯爵領の中間地点に存在し南北の街道を挟んだ城塞都市らしい。
(いつか向かう事があるなら行ってみたいよね。貴族の子女として興味があるし)
パッと見、僕自身は子女には見えないけど! 自分で言ってて凄い悲しい。
それはともかく今日からはナヤ姉がサヤ姉に代わって僕に魔法授業を行う事になった。
「錬成師だから出来る事は限られると思うけど、最低限の魔法だけは教えるわね」
最低限の魔法、錬成師って魔導師からすれば下に見られる職業なんだね。一応、書庫にある魔法書は全部読んでいて陰詠唱でなら魔法行使も可能になっている。魔力量も少しずつだが増えていき、今は八〇〇くらいは持っている。
これも日々の努力の結果だね。
ナヤ姉は僕の目前で茶色のローブを羽織る。そして長い魔杖を右手に添えてブツブツと詠唱を始めた。
(初級風魔法かな? 旋風を起こすだけの魔法、呪文でバレバレだよね)
小声だったのに韻と単語の選択で気づいた僕は陰詠唱で風壁を目前に設置した。魔杖の有無で制御出来る規模が変化するみたいだけど、魔力制御はその身一つで出来ないと意味ないよ?
(これに気づけるかな? サヤ姉と違って上から目線のナヤ姉の驚く姿が見物だよ)
それはいたずら的な行いだ。
ナヤ姉は僕を旋風の中に収めて尻餅をつかせようと思ったようだけど、風壁で反射して尻餅をついたのはナヤ姉だった。
「きゃあ!」
ローブの中の白い太股が眩しいね。
見えてはダメな部分も見えたけど。
そう思いつつも心配気に問いかける。
「ナヤ姉様、大丈夫ですか?」
「え、ええ、大丈夫よ。ん? 風壁が展開されてる?」
ナヤ姉はゴソゴソと白い太股を隠す。
妹とはいえ見られた事を恥じているようだ。
そして僕の風壁に気がついた。
これも魔導鑑定のお陰だよね。
全ての魔法鑑定が可能という恩恵だ。
本人が意識的に認識しない限り使えない制限もあるみたいだけど、詠唱中に目を瞑るからそうなるんだよ。目を瞑らなかったら即座に切り替えが出来たと思う。
その間の僕は静物錬成で白い指揮棒を造り出し、ナヤ姉の前で旋風を起こした。
「そうだよ。これとかもう使えるからね〜」
「! その杖は何処からって、使えるなら使えるって言いなさい! 大恥かいたじゃないの」
ナヤ姉はどやしつけながら真っ赤に染まる。
僕は悪びれもせず一枚の布きれを手渡した。
「そんなナヤ姉にはこれあげる」
「これは?」
「下着っていう服だよ。転けても大丈夫になる優れもの。僕もほら、穿いてるし」
「白い色合いも綺麗だし、肌触りがいいわね」
「うん、肌に優しい物をってね、特別な生地を錬成したの」
それはナイロンを使った合成シルクだ。
僕の静物錬成では無機物しか造り出せない。
本当なら有機物のシルクが欲しかったけど。
今は無い物ねだりしても仕方ないしね。
「錬成って布まで造り出せたのね」
「うん、それで穿き方は面積の大きい方を後ろに向けて、両足から持ち上げるだけでいいよ。ぴったりしているから慣れるまで時間が掛かるけど」
「え、ええ、分かったわ」
ナヤ姉は立ち上がりつつローブを脱ぎ、赤いワンピース・ドレス越しでパンツを穿いた。
最初はぎこちないけど締め付け感は極力無くしているから大丈夫だと思う。
体型も鑑定で調べあげたし。
ナヤ姉を見上げる僕は表情を見て察した。
(安心したかな? 布きれ一枚で隠せるってだけでも違うよね。なんだかんだでナヤ姉も生娘のままだし)
その後のナヤ姉は急いでローブを着直し、
「これは売れる! ミヤ、手伝って!」
「はい?」
きょとんの僕を抱きかかえ家の裏手に走っていった。まさかお米様抱っこをされるとは。
裏手に着くと、父様達の工房があった。
「これと同じ布を大きく造り出せない?」
「大きくというと、反物的な?」
「ええ、それでいいわ」
その後の僕はナヤ姉の言う通りに合成シルクの反物を魔力の続く限り造り出す。複製魔法を覚えたから複製術も生えたしね。
反物は五十メル×三十セルの白い生地が十五本、僕の魔力が六〇〇しか無かったから一本あたり四〇は使っている事になるかな。魔力の数値だとMPとした方がいいのだけど何故か数値的な単位は無かった。
造り終えるとナヤ姉が魔力回復薬を手渡してきた。労いって事ね。
風味のない魔力回復薬を少しずつ飲む僕は生地に触れてうっとりするナヤ姉に問いかける。
「ナヤ姉様、これをどうするの?」
「仕立屋に渡して似た物を作ってもらうのよ。腰回りの大きさが分からない事には作れないでしょう。寸法魔法で測ろうと思えば出来るけど、こういう代物は専門に任せた方がいいの」
餅は餅屋って事ね。
魔力回復薬を飲み終えた僕はナヤ姉の意図に気づきつつゴソゴソと準備する。
「なるほど。それなら型紙を作って渡すね。あとは糸も一緒に用意して」
するとナヤ姉はきょとんとしつつ質問した。
「型紙って?」
近くにあった羊皮紙を手に取った僕は定規と筆を使ってスルスルと形状を記していく。
記す大きさはナヤ姉の腰回りだけどね。
何処の長さなのか説明書きを残しつつ。
腰のイラスト付きだから分かり易いと思う。
「仕立屋でも使っていると思うけど、下着をバラした時の形状を記した物なの。それを裁断して組み立てて、縫い上げた物が」
「この下着という服になるの?」
「うん。一応、裏側には股布が存在するからこれも重要って記しておくよ」
「ふむふむ。大事な部分を護る布なのね」
「この部分だけは綿でもいいと思うよ。人によって肌に合う合わないがあるからね」
「そうなのねぇ」
ナヤ姉の視線が尊敬の眼差しになっているのは何でだろう? 長女と六女という関係だけかと思ったけど、今はそれ以上の関係に思える。
何はともあれ、翌日からディナイト子爵家の下着販売が領都から始まった。どうもこの世界は男女とも洋服の下に何も身につけていないらしい。始まった時の事をナヤ姉に聞くと生活魔法の〈清浄〉で都度綺麗にするという。
それでも下手すればドレスに血が付く事もあり、白いドレスはあまり好まれないとの話だ。
それは教会のシスター達でも同じらしい。
白いエプロンドレスの下には黒い服を着ているそうだから。確かにそれならバレないね。
勉強そっちのけで商いを興す。




