第10話 隠し部屋の隠れ本。
あれから一年が経った──。
数日で私の洗礼日が訪れる。辺境伯様の子息はサヤ姉の言葉では人形師に選ばれたという。
それを聞いた奥様は大いに喜び、書庫にて過ごしている子息を自分の職場へと連れて行くまでになったという。当然、侍女であるサヤ姉も一緒に連れて行ってるけどね。
(人形師は錬成師の上位職、父様達も時々呼ばれては手伝っているみたいだけど、有機的な物は扱えないから、人形の骨格を造る時に手伝っているって言ってたっけ?)
奥様は人形師として国随一の腕前を持つとの話だ。領地で細々と視察に回る我が両親とは違い過ぎるって思うよね。
しかも聞くところによれば子息は三つの恩恵を得ているらしい。詳細は不明だけど神に選ばれた神童とか言われている。これもサヤ姉の口伝えでしかないから、本当か分からないけど。
(やっぱり自分で見て理解したいよね。それが出来るのもあと二年先、デビュタントを終えるまでは屋敷から出られないって辛いね)
実質、生まれてからずっと軟禁状態だ。
出られても屋敷の中庭まで。幼子で出歩くのは平民の子息子女のみで貴族の子は洗礼日を終えるまでは極力大事にされるという。それもこれも人さらい対策だとサヤ姉が言ってたっけ。
幼い貴族の子女は狙われ易いから。
(僕なら子女というより子息に見えると思うけど、女子ではないって自分で言ってて悲しい)
何はともあれ、そんな話を聞いた後も僕の私生活に変化は無かった。唯一の変化は食事が離乳食から少し硬いパンになったくらいだ。
異世界に生まれてきて、母乳と乳母の乳、麦粥が来てようやく硬いパンが出てきた。
(子爵家だから裕福と思ったけど、そこまでではないんだね。平民達よりは裕福でも)
白いパンまでは流石に作られてなくて、ボソボソとした硬いパンを濃いめの味付けをしたスープに浸して食べるというものだった。
同じ濃いめなら塩っ辛いスープよりトウモロコシとかジャガイモで作って欲しいと思うのは欲深いって事なのかな?
一応、ジャガイモはあるらしいけど、飼料とされていて人々の食べる物ではないらしい。
その原因の一つは毒なんだろうけどね。
(それを思い出すとフライドポテトが食べたくなってきた。蒸しジャガイモもいいなぁ〜)
読書中に余計な事を考えてしまい、お腹が鳴ってしまった。お昼時にはまだ遠い。けれどお腹が空いた以上は待ちきれない僕だった。
僕は書庫を後にして厨房へと向かう。
厨房ではシェフとコック達がせっせと料理を作っていた。近づくだけで空腹が酷くなる。
(ああ、はしたないとか言われそうだな)
貴族の子女にあるまじき行為だもんね。
流石の僕も貴族の面子が生まれていたため、コックに気づかれる前に厨房から離れた。
(はしたないより恥ずかしいってナヤ姉の旦那から皮肉を言われると思う。ナヤ姉はそこまでじゃないけど、あの義兄って愚兄っぽいんだよな。無能っていうか信頼出来ないっていうか)
実際に鑑定で見ると善人よりも悪人に近い偽善者とあった。近寄るのは危険、そう思えるような人物なんだよね。一見すると優しそうなだけで、裏では皮肉たっぷりのゲス男ときた。
両親とナヤ姉の前だけは猫を被る類いのね。
(彼はともかく、身内男性の男運の無さよ)
そんなこんなで書庫へと戻ってきた僕は書庫の裏側に回り、何か面白い本が無いか漁った。
空腹を誤魔化すには集中するしかないよね。
すると僕の目の前に、
「ん? この本は」
妙に古くさい錬金術の本が見つかった。
その本に書かれているのは無毒な薬品という代物だった。僕は胡散臭いと思いつつ中を読み進める。
「薬品で無毒? どういうものって、え!?」
読み進めた結果、大変有用な薬品が書かれていた。確かに錬金術でなら用意出来そうだ。
これは見ただけでは分からない内容だけに密かに隠されていたのだろう。
「というか分からないから奥にやった的な?」
書庫を管理しているのは家令だけど、本を選ぶのは父様達だ。錬成師として勉強するために選んだが、難解過ぎて手出し出来なかった。
「炭酸水素ナトリウムの化学式は分からないよね。この化学式だけ載ってても元素が分からない事には造り出せないし」
著者を見ると帝国の誰かとしか載ってなかった。機械文明だから最低限の化学知識があるのかもしれないね。読める者が少ないのが厄介だけど。他にも色々載ってたが僕の関心はそれだけだった。
「小麦と卵、バターもある、山羊のミルクもある、だったら出来るよね。蜂蜜もあるから」
それはパンケーキの材料だ。
本来の砂糖は高級品だけどうちは貴族だから常備されてある。それは蜂蜜も同様に。あまり甘すぎない物を作る予定だから気にするだけ損だろう。うちの家族も甘い物が大好きだしね。
「善は急げとも言うし重曹を作ったらシェフと相談だ! 待ってなさいよ、ふっくらもちもちパンケーキ! 女子高生の食欲を舐めないで」
既に女子高生ではないけれど。
精神年齢的に女子大生だよね。
昼食の準備を終えた厨房に移動した僕はシェフを手招きで呼び出した。
「ミヤお嬢様、なにかご用ですか?」
「提案があるのだけど、聞いて貰える?」
「提案ですか?」
僕の一言を聞いたシェフはきょとんとした。
二歳児から提案されるって事自体があり得ないからね。義兄に見つかると面倒だから、耳打ちでシェフにお願いしてみる。ダメならダメでいいの。舐めてみて苦いって思えたし錬金術と共に得た毒鑑定で毒無しって出たし。
するとシェフは難しそうな顔で思案する。
「生地が膨らむ」
信じられないって感じかな。
パンとは違って焼いてる間に膨らむからね。
僕は作り方を書いたメモを示して願い出た。
「試しに作ってみてよ。あまり入れすぎたら苦くなるけど、出来たらモッチリすると思う」
「そうですね。試してみましょうか」
それはきっちり書いたレシピだ。
彼に何度も食べさせた僕特製のレシピ。
おいしいのは当たり前、無毒な重曹が見つかったお陰で異世界のお菓子が食べられるのだから。メレンゲを使う方法もあるけどそれは追々かな。この世界のお菓子は硬い砂糖菓子がほとんどだから。
上品な和三盆ではなくザ・砂糖の塊ね。
しばらく待つと予想通りの焼き菓子が出来上がった。生クリームもあったから混ぜてもらい、パンケーキの上に載せてもらった。
味見は僕とシェフが行い、
「(この味だぁ〜、懐かしい!)」
「ほどよい甘み、口の中にふっくらとした食感と、小麦の風味が広がりますね」
「わ、私達も味見しても?」
「ああ、食べてみるといい」
「どうぞ」
コック達も同じように一切れずつ口に放り込む。それは今まで食べた事のない風味だったのだろう。自然な甘さというか、凄い甘ったるく口の中を暴れ回る砂糖菓子とは大違いだった。
「!!?」
全員が目を見開いて何度も頷いている。
子爵家の料理を作る者達が認める菓子だ。
シェフは手渡した重曹を見つめて問いかける。
「こちらは何処で手に入れた物ですか?」
「レシピが書庫にあったから錬金術で作った」
「錬金術で? お嬢様が」
「うん、毒鑑定も生えたから無毒でもあるよ」
「毒鑑定、それも生えたのですか」
「危険物も扱うからね。生えないと後々困るし」
僕があっけらかんと返すと戦慄していたシェフだった。
「そ、そうなのですか」
どういう意味での戦慄だろう?
二歳児に錬金術が生えたから?
書物を読み解いているうちに生えた以上はしょうがないよね、使わないともったいないし。
洗礼前にやらかす者、二人目。




