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第1話 恋は麻薬のようでいて、


 異性から好かれる──。

 それは幸福感に浸れる麻薬のような物だ。

 好かれて付き合う、互いの肌に触れる、時に同じ空間内で過ごす、効果が切れる頃合いに複合的な肉体的接触と、粘液摂取を同時に行う。

 まさにそれのものだと、宙を舞う俺は実感した。恋は麻薬、一時的な痛みなどを忘れさせてしまうほどの劇薬。それと同時に切れた時の激痛が相当な物だと知った時、俺の意識は激痛から暗闇の奥深くに飲まれていった。



  §



 それは一年前の放課後、


「好きです、つ、付き合って下さい!」

「はい?」


 俺の背後から唐突に行われた告白だった。

 俺には一生涯、縁の無い告白が行われた。

 住宅街の一角、俺と背後の女子以外は誰も居ない道路のド真ん中。

 告白された直後の俺は(いぶか)しみながら周囲を見回し、クラスメイト達が面白半分で隠れているのでは、と疑ってしまった。

 絶対に罰ゲームか何かだと思うよな?

 その声音を聞いた俺は怖ず怖ずと振り返り、歓喜に打ち震える女子と目が合う。


「私と付き合って下さるのですか!?」

「はい?」


 俺こと月読(ツクヨミ)(シュウ)・十五歳は何処にでもいるラノベオタクだ。

 容姿は平々凡々な普通顔であり、何の取り柄もないカースト底辺の男子生徒Sの一人だ。

 唯一の趣味が一眼レフカメラ片手に写真撮影を行う事、フィギュアを自作する事などだ。

 インドア派な割にアウトドアまで熟す、至って普通の男子である。普通の定義は曖昧だが。


「あの? お相手を間違えてないですか?」

「私が間違えるはずは御座いません! 用意周到に御自宅を洗い出し、ようやく人目のつかない場所を見つけ、頃合いをみて勇気を出して告白したのですから!」


 告白してきた相手はクラスでもカースト上位に君臨する(トバリ)魅夜(ミヤ)・十五歳。腰までの長い黒髪を靡かせ白いセーラー服を唯一着熟しているお嬢様として有名だ。

 しかも周囲のド派手系女子と対をなす美少女で、カースト底辺の俺とは関わる事すら許されない相手でもあった。

 それがどういうわけか、少々危険な空気を纏い、吐息を荒くして背後に佇んでいる。


「あ、あの? 面識の無い相手を好きという冗談はやめていただけますか? こちらには好まれる理由も関係も無いはずですので」

「冗談ではありません! 私は(シュウ)さんを慕ってこの場に居るのです!」


 理解不能。あえて理解する事すらも無視する告白。一方的に告白された者にとってはどう反応してよいのか分からない。そもそもの話、一方的な好意を寄せる相手を理解しろという方が難しい。友達から始める選択肢すらないよな?

 すると帷さんは俺との距離を一瞬で詰め、


「そ、それで、お付き合いして下さいますか」


 綺麗な顔が夕焼けよりも真っ赤に染まり俺の顔をジッと見据える。彼女の鼓動がドキドキと聞こえてきそうなほどの距離感だ。制服越しでは気づけない柔らかな感触まで伝わってくる。

 若干、黒い瞳が濁っているのが気がかりだったが、一生に一度とでもいうような、勢いのある気配に飲まれた俺は頷くしか出来なかった。


「あ、ああ」

「やったぁ!」


 その時の帷さんの喜びようはいつまで経っても忘れようがない光景だった。全身で喜びを表し、切れ長の瞳には嬉涙が溢れていた。

 見えてはならない紫のパンツが見えていたりと周囲の住人が顔を出してしまうほどの喜びようだった。ただ、その日の翌日、彼女の両親に紹介され結婚を前提としたお付き合いになろうとは、この時の俺は理解していなかった。



  §



 俺達が付き合いだして半年が過ぎた。

 校内では極力関係を絶っている俺達だが、校外に出た途端、魅夜は驚くくらい甘えてくる。

 待ち合わせ場所に着くと周囲をキョロキョロと見回して冷ややかな顔が破顔する。

 それも欲求不満を解消するかのようにな。


「今日は蒐のお家に連れていって」

「は? な、何でまた?」


 高二に進級してもその関係は継続してて、


「えっとねぇ。蒐の趣味に興味があって!」

「俺の趣味? ああ、フィギュア作りか?」


 俺の事を知ろうと躍起になっていた。

 その雰囲気はオタク仲間の病子(ヤミコ)を彷彿とさせ俺は次第に魅夜へと惹かれていった。

 魅夜とは別人なはずなのに不思議な気分だ。

 彼女の笑顔も何処か似ているが胸だけは悲しいかな、似ていなかった。魅夜の方が小さい。


「実際に近くで見てみたくて、ダメ?」

「ダメって事はないが、以前、見せたよな?」

「あれはそういう物ではないし」

「う〜ん、どうするかな?」

「いいじゃん、行こうよ!」

「わ、分かったから。少し汚れてるけど我慢してくれよ?」

「うん!」


 今日も小さい胸を俺の左腕に押しつけ良い匂いを感じさせてくれている。これが普段の魅夜ならツンケンしているようなものだが、これが世に言う、ギャップ萌えなのかもしれない。

 付き合った当初はこんな風になるとは思ってもいなかった。半年も付き合うと魅夜との関係が意外と居心地の良い場所だと思えてならなかった。直接的な関係には至ってないものの、近しい事までは自ら示して、我慢中の俺をタジタジさせてくれている魅夜だった。



  §



 魅夜と付き合いだして一年後の今日。

 交際を始めて一回目の記念日。

 魅夜の提案で数度目のデートを行った帰り道、送り届けた魅夜の家の前で告げられた。


「ごめんなさい、蒐。別れましょう」

「え?」


 魅夜の言っている意味が分からない。

 魅夜の顔は冷たく冷ややかなものだった。

 デート中は楽しそうに何度も俺にキスをしてきたのに尻に手をあてがってきたのに。

 今はその時の表情が嘘と思えるほどの冷たいものになっていた。

 

「私ね、もう貴方の事が好きではないの」

「え?」

「私には新しい彼が出来たの。中々手を出してこなかった貴方と比べて、彼の方がワイルドで格好よくて好みになってしまったの」


 えっと、これはつまり、大々的に浮気を宣言された? 手を出す云々は御両親から結婚が出来る年齢になるまでは手出しするなと脅されたから護っていただけだが、その例えようのない我慢が、彼女にとっては不満だったらしい。

 そのうえ──、


「そういうことだ。大体、お前のような男は魅夜とは不釣り合いだったんだ。さっさと消えてくれるか、目障りなんだ」


 彼女の背後から茶髪に染めた、如何にも軽薄そうな男が現れ、偉そうにご高説を垂れた。

 ショックを受けた俺は反論する事も出来ないまま涙を浮かべ彼女達の前から遅い足取りで離れた。離れ際にも酷い一言を告げられたしな。


「二度と私の前に現れないでね、さよなら」


 学校が同じである以上は現れないなんて無理だ。それは体よく死ねと言ってる事と同じだ。

 魅夜は俺との関係を一年を目処に遊んだだけ、金持ちお嬢様の暇つぶしとされただけ、両親に紹介した段階で嘘とは思えなくなったが、所詮はその程度の認識だったと知った。男に抱かれたいがため、相手は誰でも良かったのだ。


「馬鹿みてぇ。結局、好きとかどうとか嘘ばっかりじゃねーか」


 キモオタを絶望に落とすため、面白半分で告白して一年もの間、あれこれ付き合わせて、頃合いを見てお払い箱としたかった。俺の反応を見て楽しんで、興味が薄れたから別れただけ。


「これだから実在する女って奴は」


 そう、呟いた直後、俺の身体は宙を舞った。

 いつの間にか赤信号の横断歩道を歩いていたようで、横から勢いよく来たトレーラーによって思いっきり跳ね飛ばされたらしい。

 宙を舞う俺は遠方で向き合う男女を横目で眺め、数秒後に地面へと落ちた。


(お前の願った通りになって良かったな)


 とても不穏なスタート。

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