その2「小早川碧衣はここんとこずっとイラついている」
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その2「小早川碧衣はここんとこずっとイラついている」
ザブン!と音を立てて着水すると、程よく冷たいプールの水が碧衣の身体を包み込む。
その心地良さを全身で味わいつつ、10mほど水中を進んだ後、水面に浮上した碧衣はそのままゆっくりとストロークを開始した。
(ああ、気持ちいい……やっぱり泳ぐとスッとする……)
元々は身体が弱かった幼少期に体力作りのために始めた水泳だったが、今では特技の書道とともに、碧衣にとっては貴重な息抜き的趣味だ。書道が好きなのは雑念を払って集中できるからだが、水泳についてもそれと同じで、心地よい水の感触に包まれる中、ひたすら泳ぎに集中することで、溜まったストレスを解消できる。
何せここのところ--より正確に言えば、4月になってあの「清水宗春」という「害虫」が碧衣のテリトリーに侵入してきて以来、とにかく日々イラッとすることの連続であったのだ!
例えばこんなことがあった。あれは数日前の昼休憩のこと、天気が良いから外で食べようと、隣のクラスのあかりを誘って木漏れ日の差す中庭のベンチで昼食を取っていたとき--
「ん?」
不意に横に座っていたあかりから髪を触られ、苺くりーむパンをかじっていた碧衣が振り向く。
「どうしたの、あかり?」
珍しい従姉妹からのスキンシップに、ちょっぴりときめきながら碧衣が問いかけると、どうやら無意識の内に手を伸ばしていたらしいあかりは、ハッ!?と我に返った様子で、恥ずかしそうに弁解する。
「いや、その、碧衣の髪って長くて女の子らしくていいな……って。キラキラ光って、すっごく綺麗だし」
「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない♪」
そこは自分でも自信があるし、何よりあかりに褒めてもらえたことが嬉しくて、ぱあっと笑顔がこぼれた碧衣に、だがあかりは、どこか遠くを見るような目で続けた。
「……私ももっと髪とか伸ばしたら、女の子として意識してもらえて、振り向いてくれたりするのかなぁ……」
(そういうことかい!)
碧衣の笑顔がピシッと固まり、激しい苛立ちが込み上げてくる。だって、その言葉が何を意味するのかなんて、そんなの碧衣には、と言うか事情を知る者なら誰が聞いても丸わかりだからだ!
(私だったらさっきから既に振り向いてますけど!? 意識だってしまくりですけど!?)
どうにか笑顔は維持したものの、気が付けばくりーむパンはぐちゃぐちゃに潰れて、すでに原型を止めていない。しかも何が腹立つかと言って、そんな碧衣の苛立ちにあかりが全く気付いてさえいないことでッ!!
そしてまた先日はこんなことがあった。
「あれ? あかり、何やってるの?」
その日は高1にオリエンテーションがある関係で、高2・高3は早めの下校となったのだが、生徒会の書類仕事を終えて宿坊に戻ってみると、先に帰っていたあかりが厨房に立って、何やら一生懸命にかき混ぜている。
「もしかして今晩はお好み焼きかな? 良いわね♪ 私、あかりの作ってくれるお好み焼き、大好きよ☆」
ほとんど料理はしない……というか苦手なあかりだが「お好み焼き」だけは別で、気が向いたときにたまに作ってくれる。実際、お店顔負けの出来映えなのだけど、こういうコメントは作る方としては嬉しいものだ。フフ、こうした機会を逃さず、積極的に好感度を上げにいくのって大切なことよね--
「え、違うよ? 今さ、『吉備団子』作ってるの」
「………………は?」
予想外の返事に一瞬反応が遅れてしまった碧衣に、一生懸命お鍋をかき混ぜながらあかりが続ける。
「意外と作り方簡単なんだよ! まずは手鍋にもち粉と水を入れて火をかけたら、粘り気が出るまでかき混ぜるの! その後は砂糖と水飴を加えて、焦げないように注意しながらツヤが出るまでかき混ぜて……と」
「…………それはそうと、何でまた急にそんなの作ってんのよ?」
言われてみれば、重ね焼きである「広島焼き」はそんなに混ぜ混ぜしないわけで。でも、何で吉備団子なの? 鬼退治にでも行くわけ??
「え、その……み、宮島さんに相談したら、意中の相手を振り向かせるなら、そりゃ胃袋を掴まなきゃ!って言われて……」
言いながら恥ずかしくなったらしく、かぁぁ……と頬を紅くするあかりに、(可愛い……☆)と萌えを感じながらも、碧衣の心にはモヤモヤと黒い霧が広がっていく。聞くまでも無いことだが、要するにこの場合の「意中の相手」ってのは--
「でも、何作ったらいいかわかんなかったし、楓楽さんみたいな凝った料理を作るなんて無理だから、大三島さんに聞いてみたんだけど、そしたら、『吉備団子嫌いな岡山人なんかいないよ』って……」
(また鼎ちゃんがいい加減なことを……)
三ツ矢神社の巫女さんズの一人である大三島鼎の、いかにも有能そうに見えて実は適当な性格を昔から良く知ってるだけに、碧衣は思わずげんなりする。
そんな「もみまん大好き宮島さん」じゃあるまいに、何て安直な……そりゃ確かに自分だってヤッサ饅頭は大好きだけど、でもああいうのは普通お店で買う物であって、自作するようなもんじゃないでしょ。絶対鼎ちゃん、真面目に答える気なかったよね? もしくは遊んでるのか……(そっちの方がありそう)
「ね、ね! 春くん、喜んでくれるかな!? 『ありがとうございます。お礼に一生あなたにお供します!』とか言ってくれちゃったりして! きゃあ~~!!」
(いや、それホントに『桃太郎』じゃん。確かに犬っぽいけどさ、アイツ)
忠犬よろしくあかりのお尻についていく宗春の姿が思い浮かんで(もちろんあかりは桃のはちまき&陣羽織、宗春は犬耳&犬尻尾着用)、碧衣はまたもやイライラする。しかも、想像の中の二人がすごく仲良さそうなのだから尚更だ!
……ということで碧衣は、浮かれて手元が疎かになっていたあかりが、材料を盛大に焦がしていたことは教えてあげなかったのであった。「うわあぁぁぁん、あたしの吉備団子ぉぉ!!(涙)」(byあかり)
(………………ホント、毎日「春くん春くん春くん春くん」って、ムカつくったらありゃしない!)
色々と思い出すだにますますイライラが募って、碧衣のストロークに力が入る。
そうだ! とにかく全てあのバカが悪い! アイツさえいなければ、私とあかりはラブラブで、きっと今頃は婚約目前だったハズなのにッ!!(注:碧衣の主観です)
しかも意味が分からないのが、腹いせに宿坊はもちろん学園でもかなり虐げてやってるつもりなのに、さっきの朋代みたいに「仲良しだね」って言われてしまうことだ! どうしてそんな風に見られちゃうのよ!? 更には「本当の姉弟みたい」ってどういうこと!? 世の中の「リアル姉弟」ってそんな感じなの??
(ああ……もう、腹立つ腹立つ腹立つ腹立つ腹立つ~~~~ッッッ!!!)
考えれば考えるほど気持ちが昂ぶり、碧衣の泳ぎは更にスピードを増していく。それと同時に高速稼働する脳内では、次々と湧き出す宗春のビジョンを苦無でズタズタに切り裂き続けて--
(ふぅ……とりあえずこれぐらいにしとこうかしら……)
結局、コースを往復すること10回あまり、数にして20体近くのビジョンを始末したところでようやく気持ちも落ち着いてきて、同時にさすがに少し疲れを覚えた碧衣は、復路を終えたところで泳ぐのを切り上げ、タラップに向かって進んでいく。
(でも少しスッとしたかも。ああ、やっぱり泳ぐのはいいわね。少し休憩したら、もうちょっとだけ、今度はゆったりと泳ごうかな……)
火照りを帯びた身体に、水の冷たさが気持ちいい。心地良い疲労を全身に感じながら、少し機嫌を直した碧衣はタラップに手をかけ、ゆっくりと身体を水から引き起こした--
そのとき!
プール入り口のスライドドアを開け、キョロキョロしながら中に入ってきた宗春と、ばったり!とばかりに目が合った。
「なっ……なあ~~~~~~っっ!?」
ちょっと裏話ですが、ボクと共同制作者のタマネギーニョさんは色々とネタ合わせをしながら本作を書いているのですが、今回の碧衣の回想に出てきた二つのエピはどちらもタマネギーニョさんが「こんなのどう?」と書かれたSSをボクがリメイクして組み込んだ形になっています。以下、特別にご紹介☆
↓
春の若葉が夏の色濃い緑へと変わりつつあった梅雨の晴れ間。
久々の陽光に輝く碧衣の長い黒髪にあかりは思わず手を伸ばした。
「ん?」
碧衣が振り向くと、そこにいたのは赤みを帯びたショートヘアの見慣れた顔。
突然髪を触るのは女性にとってはあまり行儀の良い行為ではないが、その相手が愛する従姉妹となると話は別だ。
「どうしたの、あかり?」
珍しい従姉妹からのスキンシップに碧衣は爽やかな笑顔で語りかける。
「ううん…ごめん。碧衣の髪って長くて女の子らしいな…と思って。」
ようやくこの従姉妹にも女の子同士の良さがわかってきたらしい。
碧衣は熱烈な恋の予感にときめくものを感じでふっと目をつぶった。
だが、その続きがいけない。
「私ももっと髪を伸ばしたら、女の子らしくなって、振り向いてもらえるのかな…」
私だったらさっきから既に振り向いてますが?
碧衣の顔から笑顔が消え、怒りを誤魔化すためのポーカーフェイスになる。
てことは、アイツのことだよね…
この学校で女の子を誑かすやつなんて一人しかいないもの。
碧衣は自分のことは棚に上げて、この場にいないあの男を殺す方法を検討するため、脳内で高速シミュレーションを繰り返しはじめた。
「碧衣?なんか不穏なこと考えてない?」
「んん?…そんなこと考えて…ないわよ…?」
碧衣は脳内で三人目の宗春を始末しながら、ポーカーフェイスでそう答えた。
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「粘り気が出たら、焦げ付かないように混ぜて加熱ですね?」
まだ夕食の準備時間でない宿坊の厨房で、あかりはお菓子作りに挑戦していた。
厨房にいるのはあかりの他に小さな巫女の大三島。今は中等部のジャージ姿だが。
意中の男の子を振り向かせるなら、そりゃ胃袋を掴まなきゃ!という提案をされてお菓子作りの指導中である。
「で、大三島さん、これで何ができるんですか?」
「きびだんご。」
とたんにあかりの表情は微妙なものとなる。
そりゃ春くんは岡山県民だけどさ…
「…ええと、それで春くん、喜んでくれますかね…?」
「ん~?あかりさんが作るものなら何でも喜ぶと思うし、広島県民の風楽ちゃんがもみじ饅頭大好きだし、岡山県民の清水くんなら間違いなく好きだと思うけどなあ。」
「…なるほど?」
宮島さんのアレは将来糖尿になるんじゃないかと心配だが、カープとお好み焼きが大好きなあかりは地元民ご当地グルメ大好き説に反論できない。
あかりは大三島の指示通り火を止めて、中で光沢が出るぐらいに煮詰まったきびだんごの元をへらですくい取る。
ほどほどに冷えた団子の元になる塊を団子サイズにカットして片栗をまぶして手の中で転がすと、食べやすそうなきびだんごまでもうすぐだ。
これを春くんにあげたら、どんな顔をしてくれるだろうか?喜んでくれるかな?
あかりの想像の中に春くんが嬉しそうに語りかけてくる姿が浮かぶ。
あれ?でもなんか犬の耳ついてない?
「一つ、わたしにくださいな♪」
鬼退治に行くんじゃないんだよ…。
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それにしてもタマネギーニョさん版は詩的でもっと情感あふれる感じだったのに、ボクが書くとギャグ寄りになるなぁ(笑)
それではまた明日!




