その4「名付けるなら、そう、『合成怪異』でしょうかね」
続きデス!
その4「名付けるなら、そう、『合成怪異』でしょうかね」
--あ~あ、退屈~。ニンゲンってどうしてこう会議好きなのかしら、こんなのテキトーでいいじゃん、テキトーで。
(勝手に付いてきたのはお前だろう。何なら「あちらの様子」を見に行ったらどうだ? ちょうど今頃は「戦いの真っ最中」だぞ?)
場面は三ツ矢学園の本館校舎1Fの会議室。そこでは明日の始業式、そして新学期を迎えるに当たっての、学園全体での教職員会議が行われていた。
--や~よ、あそこまで一人で戻るとか面倒くさいし。バニーちゃんたちに見つかってもコトだしね~
会議室に集まった教職員たちは皆、前方に立つ教務主任の説明事項に耳を傾けているが、誰もこの騒々しい女性の声に気付く様子は無い。それもそのはず、この声の主は、男の「白衣のポケットに」身を潜り込んだまま、あくまで「念波」によって会話を交わしていたからだ。
--でもさ~、そもそもの話、あの「縄」強いの? しょせん縄だよ? 縄??
(まぁそう思ってな。色々と強化はしておいたさ)
器用に思考を分けながら、教務主任の説明を聞きつつ、声の指摘にも男は応じてみせる。
そう、色々と試してみた。まず縄が剥き身では弱すぎるので、想像上の魔物「ローパー」を参考に、地学教室の標本にあった「鍾乳石」と融合させて「鎧」とした。縄の本体を攻撃するためには、あの「鎧」を壊さねばならず、しかも空洞状態の内側にはたっぷりと《妖気》(=「なりそこない」や「怪異」になる前の悪意や怨念といった負の《エナジー》のことを男はこう呼んでいる)を充満させておいたので、たとえ外に出ている部分を断ち切られようと、次々と新たな縄を生成できる。
そして極めつけはあの「毒針」だ。「ローパー」という魔物には色々解釈の違いがあり、「鍾乳石に縄」というスタイルとは別に、イソギンチャクのような触手持ちの軟体動物をイメージしたものもあるらしい。そこで生物教室の水槽で飼っていたものとも融合して、いざという時には先端から「毒針」を生成できるようにしたのだ。
--でも、「毒」ったってあくまで痺れさせるぐらいでしょ? どうせだったら「感度3000倍!」とかにすればいいのに~、悔しい!でも感じちゃう!ビクンビクン☆な~んて♪
(そんな都合のいい毒などあるか。あくまで獲物の動きを止められれば十分。何せあの「怪異」の目的はあくまで「女を縛ること」だけだからな)
--ホント、勿体無いわよね~。「変態」の考えることはわかんないっつーか。アタシなんかむしろ縛ってからが本番だって思うのにさ~。ほら、ムチとか~、蝋燭とか~、乳首に洗濯バサミとかも楽しそう♪
あっけらかんと笑う声に「どっちが『変態』だ」と返しながら、男は続ける。
(まぁ「シンプルな欲望」の方が強いからな。それに恐怖さえ与えられればそれで十分だ。バニー戦士どもはともかく、罪も無い生徒たちに怪我までさせるのは本意では無い)
--そういう時だけ「センセーヅラ」だよねぇ~。学園の平和を乱している「張本人」なくせにさ~♪
揶揄するようなその声に、男はさすがに不愉快そうに眉をひそめたが、まぁいつものことではあるので放っておく。そんなことより今の男の興味は、自分が生み出した「合成怪異」がどれぐらいの強さを見せられるかだ。
思いの外に大きくなりすぎ、一度実体化すると教室から出られないのは欠点だが、中に引きずり込んでしまえば別に問題は無い。地学教室にはカメラをセットしておいたから、勝つにせよ負けるにせよ、会議が終わった後でじっくり検分させてもらうとしよう--
「--それでは、その役目は〇〇先生にお願いしますね」
突然、教務主任から話を振られて、すっかり研究者モードになっていた男は「は、はい!」と慌てて返事を返す。周りの同僚たちからは、(きっとまた研究のこと考えてたのね)と言った感じでクスクス笑われたが、ある意味「事実」なので仕方無い。
--あ~あ、恥ずかしー。も~しっかりしてよね、セ・ン・セ・イ♪
ここぞとからかってくる声を聞き流しながらも、男は己の失態を反省する。研究はもちろん大切だが、そのためにも「教員」という立場を崩すわけにはいかない。そうでなくても危ない橋を渡っているのだ。誰からも怪しまれないよう、「擬態」は完璧にしておかなくては……
「では、続いて『対面式』についてですが……」
会議はちょうど話題が変わり、始業式の後に開かれる新入生と在校生の「対面式」の内容へと移ったところだ。それを機に男は完全に「教員」の顔に切り替わると、さも真面目そうな表情で打ち合わせの輪へと加わっていった--
※ ※
「……あっ……くっ……」
半開きになったあかりの唇から、言葉にならない呻きが漏れる。
「あ、あかりさん!? だ、大丈夫ですかッ!?」
必死に呼びかける宗春にも、あかりは返事を返さない。それどころか、あかりの様子は明らかにおかしく、身体はブルブルと痙攣を続け、目は大きく見開かれたままだ。
「ナワァアアアアン♪」
そんなあかりをいよいよ本格的に縛ってやろうと、針を引っ込めた怪異の縄がふるふると楽しそうに揺れながら伸びていく。だが、あかりはといえば抵抗もできず、足を少し浮かせた状態で宙吊りにされたまま、身体をヒクつかせているだけで--!
「あ……あかりさぁぁぁぁん!!」
これ以上はとても見ておれず、宗春は急いで千景を床に下ろすと、恐怖も忘れて教卓の上に乗り上がろうとした--そのときだった!
シュバッ! シュバシュバシュバッ!!
突如として閃く刃の鋭光! 砕け散った外窓から飛来した複数の苦無が、今にもあかりを縛ろうとしていたローバーめがけて襲いかかる!
「ナワッ!?」
カキン、カキカキーン! 見事胴体に命中した苦無は、しかし岩石の鎧に弾かれ空しく床へと散らばっていく。が、それはあくまで誘導にすぎない!
「ハアッ!!」
続いて投げられたのは、青の《神気》を纏った二本の渾身の苦無! 宙を裂いて飛ぶ超速の苦無は、あかりを捕らえていた左右の縄へと命中すると、スパッ!と真っ二つに断ち切った!
「あかりさんッ!」
束縛が解けたあかりの身体がフラッと倒れそうになるのを、ちょうど教卓に上がったタイミングの宗春が慌てて胸に受け止める。
針に刺された場所も含め、特に外傷などは見当たらないが、あかりの状態はと言えば、相変わらず「あ……う……」とうわごとのようにつぶやきながら、身体をヒクヒクさせるのみ。
(こ、これはもしかしなくてもヤバいんじゃ……)
明らかに異常なあかりの様子に、ギュッと心臓が握りつぶされるような気持ちがして、思わず泣き出しそうになる宗春だったが……
「--泣いてる場合かッ! このバカ春ッ!」
ズシャアアアアアッ!
そんな宗春を叱咤するかのような叫びと共に、窓から教室に突入してきたのは、青のバニー戦士・小早川碧衣だ! 碧衣は窓際に押し集められてできた机の島に着地すると、素早く教卓上の宗春に命令する。
「バカ春ッ、あんたはあかりを連れて廊下に逃げてッ!」
「で……でもッ!」
そう言われた宗春だが、あまりにも状況が目まぐるしすぎて、正直判断が追いつかない。碧衣の参戦は頼もしいが、かと言ってここで逃げていいものなのか? 教卓の下には千景や知由美もいるし、男の自分だけ逃げ出すだなんて! とはいえ、あかりの状態も心配だし……ああ、一体僕はどうしたら……!!
がんばってはいても、しょせん宗春はただの入学したての高校生である。歴戦の戦士のような、瞬時の状況判断などできるわけがない。どうしたらいいのか分からず、あかりを抱き留めたまま棒立ちになる宗春に、碧衣はチッ!と苛立たしげに舌打ちする。
そしてもちろん、怪異とてせっかく動きを止めた獲物を逃すつもりはない。早くも再生を遂げた左右の縄を蠢かせ、碧衣を右の縄で牽制しつつ、左の縄を宗春の腕の中のあかりへと伸ばして--!
「……ねぇ、怪異さん」
そのとき、そんな怪異を呼び止めるように、横から碧衣が声をかける。それも何て言うか、宗春が聞いたことも無い、「しなだれかかるような甘い口調」で!?
「その子よりもさ、私の方が『縛り甲斐』があるって思わない?」
(…………へっ?)
突然の言葉に、碧衣さん何を言い出すの!?と宗春は驚愕する。それは怪異も同様だったらしく、意外そうに単眼をパチクリさせつつ右斜め前に立つ碧衣に視線を向ける。
「自分で言うのもアレだけどさ、私って『そういうの』似合うって思うんだよね。ねぇ、あなたならきっと分かるでしょ?」
戸惑う怪異に碧衣はパチリ☆とウインクすると、黒髪を両手でかき上げながら、バニースーツに包まれた身体を誘うかのようにくねらせる。な、何というか宗春まで思わずドキッとさせられてしまうような、とっても扇情的な仕草であった!
--確かに……碧衣は流れるような黒髪ロングの和風美人。しかも高身長で身体付きもスレンダーとくれば、アレは縄が「映える」わい! やはり定番の亀甲縛りか菱縄縛り、蟹縛りや座禅縛りも良いな、ぐひゃひゃ、夢が広がるのぉ!
(だから何「共感」してるんですか! もう完全に悪役側のセリフだし!)
頭を抱える宗春に、不意に碧衣がギロリとした視線を送ってくる。そう、「何グズグズしてんだバカ春ッ! この隙に早く行けッ!」とでも言いたげな感じで--
(あっ……!)
遅まきながら碧衣の意図に気付いた宗春が、今度こそ強く意志を固めて、ぐったりとしたままのあかりを腕に一気に教室の入り口へと向かう。脱力した人間の身体は重いが(しかもあかりの方が背が高い)、ここは「火事場の馬鹿力」だ!
「ナワッ!?」
それまで完全に碧衣に視線を釘付けにされていた怪異が、ハッ!?と我に返って縄を伸ばすも、すかさず碧衣が間に飛び込み、ズパッ!とそれを切断する!
「ダメよ、よそ見なんかしちゃ☆ あなたの相手はこのわ・た・し♪」
そして宗春たちが無事に教室を出、入り口の戸を閉めたとこまで見届けると、碧衣はゆっくりと怪異に向かって振り返った。
「……ナワッ!?」
その途端、怪異がたじろいだのも無理は無い。何故なら碧衣の表情は、それまでの甘く誘うようなものから一変、震えがきそうな程の冷ややかなものへと切り替わっていたのだ!
「よくも私のあかりを縛ったりなんかしてくれたわね。絶対に……絶対に許さない……」
呪いをかけるかのようにつぶやきながら、ゆっくりと碧衣は苦無を構える。そしてその切れ長の目が正面から怪異をにらみ据えたその瞬間、碧衣の瞳に鬼火のような青い炎が燃え上がった!
「私だってまだ……一回も縛ったことは無いのにッ!!」
「ナワァァアアア!?(訳:怒るとこゾコ!?)」
さすがにツッコみを入れる怪異に、しかし聞く耳など持たぬ碧衣は、猛然とダッシュで襲いかかる!
かくして、《縄の怪異》と怒りの碧衣の、選手交代しての第2Rが幕を開けた!
碧衣参戦での第2R! 激闘の行方は8/10(木)に更新します!




