天上の音楽がきこえる(短編版)
とびらの様主催『あらすじだけ企画』参加作品。
下級天使リア・リインは、今まで何度か人間に転生し、上級天使ケインから与えられた課題にチャレンジしてきた。
ただ前々回人間に転生した際、魔に堕ちた精霊との間に出来てしまった魂の因縁がある。
それを解決しながら今回ケインが与える課題『人として誠実に生きる』に、自分なりの答えを見つけるよう命じられる。
現代日本に、ひとりの女の子としてリア・リインは生まれる。
今生の課題の性格上、天使としての能力を封じて生まれ、育つことに。『人間』として生き、『誠実』をどう解釈して自分なりの答えを出すのかが課題だからだ。
リア・リインに執着している魔に堕ちた精霊ダルフは、幼児の彼女をさらおうと目論む。
『天使の能力』は彼女の前生である青年司祭の人格で守護霊のような存在になっていて、辛くもダルフの手からリア・リインを守り、退けることができた。
『お前を決してあきらめない』
不吉な叫びを残し、ダルフは封じられる。
十数年後。彼女は高校生。
何故か『恋をしてはいけない』と強く思っていて、男子から告白されても怖いように断っていた。友人たちからは変人扱いされている。
しかし高校三年生の秋、ひょんなきっかけでOBである浪人生の若者と出会う。
何故か初めて会ったとは思えない気がする彼と、自然と恋が始まった。
お互い受験生なので頻繁には会えないが、クリスマスイブの夕方に彼と一緒にレストランで食事をする約束――つまり初めてのデートの約束をする。
さり気なく彼女に近付き、その心を射止めたOBの若者。
実は彼は、司祭が施した封印を必死の思いで破り、魔力で人間に化けたダルフだった。
リア・リインはかつて、小さな島で神と崇められていた土地の精霊・ダルフに仕える巫女だった。
歴代でも突出した能力を持つ彼女に、ダルフは次第に恋着し始める。
ある日ダルフは彼女へ、我と共に在って欲しいという事実上のプロポーズをした。
まだ幼かった彼女は、ダルフの真意をちゃんと理解しないまま承諾する。
その数年後。
嵐に巻き込まれ船が難破した異国の青年が、島へと漂着した。
初めて出会った瞬間から強く惹かれ合う、青年と巫女。恋心を抑えられず、青年は巫女を盗み出して島から逃げることに。
ダルフは怒り狂う。
人間に姿を変え、我に勝てば巫女をやると青年へ勝負を挑む。
だが相手は神と崇められてきた精霊、人間が敵う訳がない。青年はなぶり殺される。
リア・リインである巫女は、そのショックで心臓を止めてしまう。
人間としての生を終えた巫女の魂を、ダルフはさっそく抱きとめようとする。が、魔に堕ちた精霊に天使の位相にある魂は触れられない。
臍を噛むダルフの目の前から、巫女……リア・リインは昇天してゆく。
その次の転生でリア・リインは男性に生まれ、カトリックの司祭として天使の能力を使い、人々を癒した。
天使の能力をふるうリア・リインへは、ダルフも近付きたくとも近付けず苛立っていた。
しかし今生のリア・リインは天使の能力を封じている。
おまけにかつて愛した巫女とどこか似ていた。
彼女を手に入れるべく、ダルフは慎重に動き始める。
クリスマスイブの宵。
自宅に帰った彼女は、母の置手紙に気付く。父が事故に巻き込まれ、病院へ運ばれた、と。
慌てて彼女は、先輩(彼氏)との約束をキャンセルする為スマホを取り上げるが、連絡先がどうしても見つからない。
頻繁に電話したりメールのやり取りをしていた筈……と思い、ふと我に返るように気付く。
連絡を取り合ったことも、二人きり以外で会ったこともない!
異常に気付き愕然とした時、彼が迎えに来た。
いつもと同じ優しいほほ笑み。だが何故か背が冷えた。
刹那、返り血を浴びて哄笑する魔に堕ちた精霊の姿が、彼女の脳裏に鮮やかによみがえった。
悲鳴を吞み、意識を手放す彼女。
会心の笑みを浮かべ、彼女を抱きかかえるダルフ。
恋への罪悪感。信じていた者の豹変。
リア・リインの中にある深いトラウマだ。
天使としての能力――司祭は、自らの奥底へ逃げようとする自分自身を必死に追いかける。
ダルフを封じるのに能力の大半を使った司祭は、そろそろ『人格』を保てなくなっていた。
最後の力を振り絞り、彼は、自分自身でもあるまだ幼さの残る少女を説得し続ける。
『能力が使えることと魂が気高くあることは違う!天上の音楽は変わらない!目を、耳を背けるな!』
司祭の必死の言葉が届き、彼女はようやく顔を上げる。
意識を取り戻し、ダルフの腕の中から抜け出す彼女。
触れようとするダルフ。が、指は虚しく空を切るだけ。
「望みには応えられない。貴方を愛していないから」
すでに天使の位相に魂が在る彼女にそう言い切られ、絶望したダルフは断末魔の悲鳴と共に消える。
宵の空を見上げ、リア・リインとして覚醒した彼女は、全身が冴えわたるような心地の中、つぶやく。
「……天上の音楽がきこえる」
そしてこれは、今回の課題に相応しい行動だったのだろうかと自問しながら。