第34話 心域
心域
不意の消失。
突然の事態に心みだされているうちに、僕は世界から掻き消えた。
そして、気が付いたら、心地の良い陽光に照らされる庭園に立っている状態。
周囲にはたくさんの花畑。
近くには噴水がある。
張り巡らされた水路からは、心地の良い水音が聞こえてくる。
「ここは……」
直前まで僕は、グロリアの通りにいたはず。
未利達を探して、人形店があった場所にいたんだけど。
それが、別の場所に移動しているという事は……。
この状況を理解するための知識を、習得する。
「心域?」
判明したのは、僕が心域にいるという状態。
「どうして?」
何もわからずに突っ立っていると、そこに黒髪の少女が現れた。
紫のワンピースを着た少女だ。
彼女は、たびたびこちらの前に出てきて、僕を手助けしてくれる不思議な少女。
「アジスティア」
「久しぶりですね」
名前を呼ぶと、彼女はにっこりとほほ笑んだ。
その笑顔からは敵意は感じられない。
「あちらでお話ししましょう」
噴水の内にこちかけた僕、隣に座るアジスティア。
彼女は、この状況を説明する。
「ここは心域です。貴方は、氷裏の攻撃を受けて消えてしまうところだった。けれど、私が無事だったので、心域に避難させました」
「氷裏……」
彼女の口から放たれる名前。
その言葉に思い出すのは、つい数時間前のできごと。
人形店の前で誰かにぶつかったような気がしたが、まさかあの時に?
「彼は存在を奪う力を持っています。だから……」
「それでかー。やっぱり、先手をとられてた」
そのような力がある事は、未利がお城のベッドで眠りこけて時に分かっていたけど。
警戒はしてるつもりだった。
だけど、トラブルが起きて動揺していたんだろう。
わずかな意識の隙、あの瞬間に消失のトラップが仕組まれてしまっていたのだ。
「でも、君はえっと、うめ吉に宿ってた……んだよね? 後夜祭の船と共に海の底に沈んだんじゃ?」
「そうです。けれど未利の記憶を改ざんするために氷裏に回収されて、持ちだされれたので」
「ああ、やりそうな事」
あの時の詳しい状況はよくわかっていないんだよね。
色々ばたばたしてたから。
船が沈む前は未利が大変だったし。
どたばたしていたあの時、氷裏はどこまで先を読んでいたのか、恐ろしい敵だと思う。
そんな人間に僕達は挑んでいたのだ。
敵の強大さが改めてわかった。
「けれど、つい先ほど氷裏が未利を回収するために動いたので、私は隙を見て逃げ出したんです」
「となると、やっぱり氷裏が仕組んでたんだ」
執着しすぎなストーカーがやっかいすぎて、もう嫌いというレベルではなくなってくるが、感情はできるだけ排除。
冷静に思考をまわすように努める。
「そういう事を教えてくれるって事はやっぱり君は僕の味方なんだよね」
「ええ、私はあなたの味方です。何せ私はあなたの本心ですから。未利で言う所のエムですね」
「え」
衝撃の事実を述べられたので、彼女の様子をまじまじと見つめる。
どこからどう見ても目の前にいる子は女の子だ。
よく見てると、鏡でみた僕の顔に似てる気がするのが分かったけど、まぎれもなく女の子の顔。
質問がしたかったけど、言葉の選定にこれほど悩む時が他にあるだろうか。
「えっと……」
「女の子ですよ」
脳裏に浮かんだ可能性を否定される。
さすが本心。こっとの事はお見通し。
女装好きな男の娘でもないらしい。
「えー……、ちょっとこれどういう事かなー」
本心担当の人格がいたことに関しては、未利のケースがあるので驚かないが、まさかそれが女の子だったとは。
自分の本心が女の子って、それってつまりどういう……?
くすくすと笑うアジスティアははぐらかす姿勢で、教えてくれそうにない。
まあ、そこらへんはいいか。
気になるけど。
今知るべき事じゃない。
「僕は、戻れるのかな」
戻るのは当然、現実。
現在進行形で困っている姫ちゃん達を助けなければならない。
「分かりません。方法があるのかどうか。けれど、姫乃さん達の様子を見る事はできますよ」
「本当?」
いうと、アジスティアが水鏡の魔法を使用した。
自分の本心なのに、魔法の適正が違うのが驚きだ。
それとも、そういうものなのだろか。
「見てみますか?」
「それは、もちろん」
僕はアジスティアが用意してくれた水鏡を覗き込んだ。
水鏡に映し出されたのは、赤い髪の女の子。
一度聖堂教会に戻ったようだ。
それで、休憩をとることにしたのだろう。
心配げな表情のまま、護衛組の人たちと話したりチャットの様子を眺めたりしていた。
僕の事は、おそらく忘れてしまっているのだろう。
室内には、僕のいた痕跡がきれさっぱりなくなっていたし。
それについて違和感を覚えた様子がない。
睡眠時間をとるために横になった姫ちゃん、そしてなあちゃん、エアロも、僕がいなくなっていることにはまるで思い至っていないようだ。




