07 ウルトラ安直サービスシーンを喰らえッ!
結婚宣言で野次馬達がざわめきだすが気にしない。順番がめちゃくちゃになったが、未来の王妃に名前は? と聞くと、なぜか女の子は首を傾げた。
「なまえ。ない、です。たぶん」
「無い?」
王権じゃあるまいし。名前が無いなんて事はないだろ。
女の子は身振り手振りを交えて一生懸命教えてくれる。
「みんな、わたし、ちがうよびかた、する。です。よく、ディス、よばれるます」
「ディス……」
それは確かに名前ではない。
なんか微妙に不穏な香りがしてきたぞ。
この子、何者だ?
「家族は?」
「いない、です」
「家は?」
「ごしゅじんさまの、そうこ。です」
「御主人様……メイドなのか?」
「メイドのひと、ディスを、どれい、いいます」
「奴隷か。年齢は? 何歳?」
尋ねると右手の小指だけ折り曲げた両手を突き出した。
あらー……
俺は彼女を抱き上げ、立ち上がってトリシャに言った。
「トリシャ」
「はい」
「結婚中止。未成年はダメだ」
「では成人年齢を九歳に変更しますね」
「おい待て! そういう問題じゃないッ! ……はぁ。成人年齢は十五歳のままにしておけ」
「かしこまりました」
トリシャは一礼して後ろに下がった。無茶苦茶やる奴だが素直で助かる。
しかし小柄だ小柄だとは思ってたけど九歳とは。人種によっては普通にこれぐらいの身長と顔で成人したりしているし、童顔の大人かと思っていた。
彼女を抱っこして元は親父が使っていた王の私室に連れていきながら詳しい話を聞く。今日の政務は全部キャンセルだ。
彼女は一部のメイドから「スー」と呼ばれていたそうで、それに倣ってそう呼ぶ事にした。
やはり外国出身らしく、親と一緒に大陸に渦巻く戦火を避けザヴィアー王国へ亡命してきたところを今の主人に拾われたという。
親は拾われてすぐに病に倒れ帰らぬ人となり、残されたスーちゃんは知らない国の流儀を教えてくれる親切な者もなく。ずっと言葉に不自由でひ弱な女の子として雑用をさせられていた。
そこに美少女招集令が発令され、身分も無く子供で言葉も怪しいが美少女には違いない、と王城に送り込まれてきたようだ。スーちゃんがご主人様から王様宛にと預かっていた手紙を受け取って読むと、ややこしい美辞麗句に修飾された言葉で「身代金期待してます」と書かれていた。
…………。
酷い呼び名で呼ばれていた事から、スーちゃんがどんな境遇で生活していたかは容易に想像できる。
奴隷の身分を取り消し、正式な市民権を王の名の元に与えるよう手配しておく事にした。
身代金は知らん。無視だ。腹立つから。美少女虐待してんじゃねーぞ!
王の私室に連れ込み、使用人にスーちゃん用のちゃんとした服を用意するように命じる。
大粛清前から俺を支持してくれていた使用人達は士気が極限まで高く熱狂的忠実さで、内政が壊滅した王城が辛うじてとはいえ機能しているのは彼らの働きによるところが大きい。ありがてぇ。今はロクに褒賞も休息も与えてやれないが、どうにかして国が落ち着いたら報いてやりたいところだ。
服を待つ間、椅子に座って足をぱたぱたさせているスーちゃんに何かしたい事や好きな事がないか聞くと、ちょっと考えて答えた。
「あたたかいみず、あびる、すき。です」
「なんだそれ? おしっこでもかけられ……いや違うか。風呂か? 風呂だな」
「風呂。です。あと、もじみる。も、すきです」
「文字見る。絵本かな? あとで図書室から本を持って来させよう。風呂が好きなら服が来る前に入って体を綺麗にしようか」
王城には温泉大浴場があるが、それとは別に王の私室にも浴室が備え付けられている。
俺の部屋になる前の浴室はガラス張りで、ヌルヌルした液体が入ったボトルとマットが置いてあった。趣味の良さは認めるところだが、親父が使っていたと思うと吐き気がするので今は備品を全撤去してある。
使用人は服を取りに行かせているため不在で、部屋には俺とトリシャとスーちゃんの三人しかいない。部屋の扉のすぐ外には護衛の兵士が立っているがカウントしなくていいだろう。
……ふむ。
名案を思い付いたぞ。
「トリシャ」
「はい、ギルバード様」
「スーちゃんを風呂に入れてやれ」
「かしこまりました」
「お前も入ってやれ」
「ギルバード様。お気遣いは大変嬉しいのですが、王権は自浄機能がついておりますので不要です」
「それは前に聞いた。だから風呂に入らんのだろ。スーちゃんの身体を洗ってやれという話だ。初めての風呂で勝手がわからんだろうしな」
「なるほど。そういう事なら」
トリシャは得心がいった様子で頷いた。
よし!!!!!!!!!!
これでどさくさに紛れてトリシャのホニャホニャが拝める。
可哀そうな少女の世話をするという全く完璧に正当でいやらしさの欠片もない人道的な理由でトリシャが自発的に脱いで、偶然同じ部屋にいる俺の目に入ってしまうのはもう事故だ。
咎められる理由も罰せられる理由もない。
「ほら、スーちゃん様。ばんざーいして下さい。お召し物を脱がせて差し上げます」
「ばんざーい?」
「こうです。人間は風呂に入る時、服を脱ぐのですよ。ギルバード様もいつも入浴時には脱いでいらっしゃいます」
不思議そうに首を傾げたスーちゃんだが、俺をちらっと見ると大人しくトリシャの真似をしてばんざーいした。
トリシャは多少もたつきながらスーちゃんを裸に剥いていく。
なんか前世で甥っ子を風呂に入れた時の事を思いだすな。面白がってぎゃあぎゃあ騒ぎながら俺の股間を蹴ろうとしてくるものだから脱衣所で服を脱がせるだけで疲れ果てた。
それに比べてスーちゃんは大人しい。されるがままどころかトリシャに協力的ですらある。
あっという間に裸になったスーちゃんは寒そうに縮こまってしまった。体を手で隠し、ぷるぷる震えくしゃみを一つ。可愛い。
が、衣を脱いだせいで浮き出た肋骨が痛々しく強調されてしまい興奮するどころではない。九歳だしな。
女子二人は純真で、椅子に座り本を広げて読んでいるフリをしながらチラチラ盗み見している紳士の存在に全く疑問を挟まなかった。キャー覗きよエッチーとかそんな反応は皆無だ。
それはそれでどーなんだと思うが好都合。
十五歳の青年の身体の性欲はね、正直持て余しますよ。
さあスーちゃんは脱いだ。
次はトリシャだ。へへっ。
……と思ったのだが、トリシャはスーちゃんの脇の下に手を入れてひょいと持ち上げ、服を着たまま浴槽にじゃぶんと入ってしまった。
そのまま当然のような顔をしてスーちゃんの髪にシャワーをかけ、洗い始める。スーちゃんは温かいお湯を浴びてふにゃふにゃ相好を崩した。
おい。
なんで?
トリシャも脱げよ!!!!!!!!!!
なんのためにスーちゃんと一緒に風呂に……
…………。
いや。
「トリシャ」
「はい、王様」
「お前『分かってる』な」
「はい?」
髪から水を滴らせ首を傾げるトリシャの神官風ローブは濡れて透けていた。体にぴったり生地が張り付いて暴力的な体のラインを際立たせている。
ふ、ふーん? どすけべえっちじゃん。
き、きみ何歳? いつもなにやってんの? え? 宰相? その体で宰相は無理だろ!
あーだめだめだめ。
だめですえっちすぎます。
これは反省してもらわないとな。
君の王様はね、十五歳なの。
精神は転生したおじさんで、肉体は性欲の塊の男子中学生なの。
おじさん中学生という地獄の融合生命体なの。
分かる?
王様にそのどすけべえっちな体を晒したらどうなるか思い知る必要があるようだね。
俺は一行も読んでいない本を閉じ、椅子からベッドに移動して手招きした
「トリシャ、スーちゃんに目隠ししてこっちに来い」
「目隠しを? かしこまりました。でもなぜ?」
「スーちゃんの教育に悪いエロい事するために決まってるだろ!」
「……え? ギルバード様は王権に欲情を!?」
トリシャは顔色を変え、言われるがままスーちゃんに目隠しタオルを巻こうとしていた手を止め凍り付いた。
「欲情するさ。当たり前だろ」
「あ、当たり前ですか」
トリシャは恐れおののき、ゴクリと息を呑んだ。
「なんだよ」
「いえ……」
珍しく言い淀んでいる。
どうした? 美少女にムラムラするのは男の遺伝子に刻まれた本能だ。何もおかしな事なんて……いや待てよ?
絶句しているトリシャを見て気付いた。
俺はトリシャが男を狂わせるどすけべえっちな美貌の美少女にしか見えないが、トリシャは自分を美少女というより王権だと思っている。
そう。
トリシャ視点だと俺は王冠や王杓に発情しているド変態に見えるのだ。
うわあ……それは引くわ。特殊性癖ってレベルじゃねーぞ!
「ト、トリシャはどんなギルバード様でも受け入れます。だ、大丈夫です」
受け入れきれてないじゃん。声震えてるしさ。
さっきまで普通だったのに全身に拒否が出て身を引いてしまっている。
女の子を強引に押し倒すのは好きだが、これは「強引」ではなく「無理やり」だ。
そう思った途端にスゥっと頭が冷めてしまった。もうヤッちゃおうという気になれない。
あーあ!
今までずっともしも王様になったら毎日酒池肉林の饗宴しよう、なんて妄想をしてきたがいざ王になると理想が高くなる。
男は面倒臭い生き物だから、「好きです」「すごいです」「もっとお話聞きたいです」「どんな貴方でも愛しています」とヨイショされるのは大好きだがゴマ擦りだと分かると深く傷つくのだ。俺も例外ではない。
やっぱり女の子を無理やり手籠めにするより、尊敬され好きになって貰った上でにゃんにゃんしたいぜ。地道に好感度を上げていこう。
俺がベッドの予定を撤回すると、トリシャはホッとした様子で頭を下げ畏まり、今までの畏怖とは別種の畏怖を混ぜた目で俺を見てきた。そうだぞ。性癖上級者を崇めろ。
風呂を上がると丁度使用人が服を持ってきて、スーちゃんは白地に黒のフリルと刺繍がたっぷりついた可愛らしい上品なドレスに着替えた。不揃いだった髪はミディアムで切りそろえられ、羽根を模した髪留めも付けて小ざっぱりとする。
垢ぬけない村娘から一転、病弱で痩せ衰えた儚げな貴族令嬢といった風情だ。
可愛くて眼福なのだが、使用人が十数着持ってきた服を着せ替えさせてはこれでもないあれでもないとどうでもいい細部にこだわるのを見守っている内に眠くなってしまった。
女子のこういうテンションにはついていけない。これ可愛い! これ着よう! じゃアカンのか。
「おうさま。絵本みてしゃべる、してください」
「あー……王様はちょっと眠くてな」
服と併せて使用人が持ってきた絵本の山から一冊抜き出し、スーちゃんが本を胸に両手で抱え見上げておねだりしてくる。困った。
可愛い女の子のわがままは聞いてあげたいところだがガチで眠い。ここ一ヵ月でかわいい女の子を眺めながらじっと椅子に座って頭と体を休める機会など一度もなかった。一度休むと疲れを思い出してしまい、もう眠くてしょうがない。
「トリシャ、スーちゃんのおねむまで付き合ってやれ」
「かしこまりました」
トリシャに命じ、俺は久しぶりにゆっくりとした就寝に入った。
明日の夜にまた時間を作ってスーちゃんにたくさん絵本を読んであげよう。
おやすみ、また明日。
翌朝、俺は紙を捲る音と共に目を覚ました。
上半身を起こし、大きく伸びをしてあくびをする。
久しぶりによく寝た。昨日は……そうだ、スーちゃんをお出迎えしたんだったか。やっぱり部屋の美少女密度が高まると眠りの質が違うな。
背中を掻きながら、ベッドから降りふと横を見ると、身長より高く積み上げられた本の塔が七つ出来上がっていた。
「……なんだこりゃ?」
一番左端の本の塔から一冊手に取る。俺も幼少時にお世話になった、神様から魔法を教わる少年の絵本だ。
その右の塔に目を移すと、挿絵たっぷりの図鑑や画集が積まれている。
そのもう一つ右の塔はその横が王侯貴族の子女向けに書かれた軽い読み物。絵本から絵を無くして内容を掘り下げた童話だとか伝説だとか。
更に右の塔は教科書や見聞録。
本の塔は右に行くにつれて段々と高度になっていて、最後の塔は俺もタイトルと最初の1ページでお腹いっぱいになる難解な書物だった。
なんぞこれ。本で積み木遊びでもしてたのか?
本だけじゃなくて積み木とか人形とかおままごとセットとかそういうやつも用意させておくべきだったか。女の子だもんな。
またパラパラと紙を捲る音がしたので塔の陰を覗き込むと、両手で二冊の本を同時に捲っていたスーちゃんが手元に落ちた影に気付いて顔を上げた。
俺と目が合うと真剣な表情を崩し、目元にかかった青髪を手で整え照れくさそうにはにかんだ。かわいい。
「おはよう、スーちゃん。ずっと起きてたのか? トリシャは?」
「えっと。おはようございます、王様。トリシャ様はいま私のために次の本を取りに行って下さっています。あっ聞いて下さい! 私、物覚えが早いとトリシャ様に褒められたんですよ!」
「!?」
スー、ちゃん?
君、一晩でめちゃクソ喋り方流暢になってない???