06 頑張った自分への御褒美
俺が命じた美少女招集令は全国民に速やかに布告された。トリシャの「声明発表」を使って。
『国家の王権』七つの能力の一つ、「声明発表」は全国民に国王の声を届ける力だ。この力で国民の声を国王が聞く事はできない。一方通行の通信能力。
だがその効果は絶対的で、寝ていても耳が聞こえなくても昏睡していても老人でも赤ん坊でも遮音魔法を張っていても一切の例外なく声を届ける事ができる。
使用コストはかからない。俺がトリシャの傍で念じて喋るだけでいつでも何度でも使える。
国家運営にこの上なく役立つスーパーパワーを超個人的モチベーションアップのために使う俺をトリシャは一切咎めなかった。それどころか美男子も集めますか? と確認するサポートぶりだ。
男はいらないです。どうして美少女を取り合うライバルを増やさねばならんのか。
ただ。今ザヴィアー王国は困窮の極みにある。それが問題だった。
顔も名前も知らない美少女達だが、彼女達の生活もきっと苦しいだろう。一家の働き手だろうし、家族がいて、生活がある。
仕事や勉学、家族からも家からも引き剥がし王城に呼びつけるわけだから実利心情両面で反発は必至。
俺は笑顔が可愛い美少女を侍らせたいのであって、死んだ目をして憎悪を押し殺した美少女を傍に置いて命を狙われたい訳ではない。納得して喜んで王城に来てもらいたい。
そういう訳で俺は美少女招集令と同時に全国民に七日分の食料を配給するよう地方の政務官に命じた。加えて王城まで旅をしてくる美少女達に旅費と護衛を手配するよう取り計らった。
女の子達もお腹空かせてるところにご飯をくれた王様なら「わあいごはん! 好き! 抱いて!」ってなるに違いない。
最初は臨時給付金を出そうと考えたのだが、ガバガバ国税帳を苦労して読み解いた所、金をばら撒いても根本的に物がないためあまり意味がないと判明したのだ。金塊があってもパン一つ買えないならパンそのものを配ってしまった方がいい。
配給する食料は国の食料保管庫をひっくり返し、各地からの輸送を停止する事で賄った。
王族を中心とした王城に巣食う豚の群れの暴食を支えるために国中から運び込まれていた食料は莫大だ。奴らは一人で三人分食べる上にお腹いっぱいになったら吐いてまた食うとかいう頭のおかしい食道楽をしていた。
更に王城の常軌を逸した食道楽を止める事で、食料だけでなく食料を運んでいた荷駄隊を支えるための食料も浮く。
それでも足りない食料は隣国のクァシィ=ダゥナェ大公国に王城のあらゆる場所から引っぺがした美術品と交易してもらって工面した。
おかげで絵画も像も花瓶もカーペットも玉座すら王城から消え去った。
いっそ王城を丸ごと売れたら売ったのだが、残念ながら王城は運搬できなかった。惜しい。
なお、王城の備品を他国に売るなんてけしからん! 国の威厳がどうの! 歴史と伝統がどうの! と反対した官僚の声は無視した。
見栄張って体面取り繕う段階はとっくに過ぎてんだよ。そりゃあ確かに、長い目で見れば見栄も必要なのだろう。だが一年後のために見栄張ってたら明日死ぬぞ。
そして臨時食料配給はいくらかの騒動と小さな事件を生みながらも奇跡的に上手く施行された。俺は民から万雷の喝采を受け、官僚から苦情の嵐を受ける事になった。
この国難の時に一体何を考えておられるのか!? なんて諫言を四方八方から百回ぐらい聞いたが、そりゃ美少女の事考えてるに決まってんだろ。可愛い子が来るといいな。
飢えた国民に食料支援をして恩を売り、国中の美少女達に気持ちよく王城に来てもらう。
言葉にすればそれだけの事に一ヵ月かかった。
上層部が丸ごと死に絶え混迷を極める国の中で一ヵ月で済ませられたのは、トリシャの能力と親類縁者を皆殺しにして玉座に着いた冷酷苛烈な王だという恐怖の噂が大いに役立ったのは言うまでもない。
待望の人生の癒しが到着する日も、俺は玉座の間で簡素な木製の椅子に座り、終わらない報告と指示の応酬をしていた。
人材が根こそぎ消えたのは元より、指示を出せる人間がいないため粛清から一ヵ月経った今も俺がほとんど全ての大臣を兼任している状態だ。忙しいなんてもんじゃない。指揮権を預けられる有能な人間は全員親父に疎まれ処刑されたか、処刑を恐れ国外に亡命してしまって二度と戻って来ない。
ああ全部放り出して逃げてぇ。
でも王様って肩書が無いと美少女招集もゴリ押せなかったしなあ。
ため息を吐いた俺は、開きっぱなしの大扉の向こうの長い廊下の奥から衛兵に引率されてやってくる少女たちの姿を見て無限に続く仕事を切り上げた。
巻物と書簡を抱えた官僚達を下がらせ、女の子達を迎え入れる。
やっと来たか! この日を首を長くして待って――――
「…………」
衛兵によって俺の前に整列させられていく二百余名の女の子達を見て、俺は言葉を失った。
彼女達は確かに美少女だった。
身長は様々。髪の色も様々。勝気そうな子もいれば、大人しそうな子もいる。年齢も十代前半から二十代後半と幅広い。その全員が美少女という顔面偏差値インフレ状態だ。
緊張しているようで俯いてしまっている者も少なくないが、何人かはぎこちなくも俺に微笑みかけてくれ、手を組んで俺に祈るようにしている子もいる。
だが。
彼女達はみんな恐ろしく痩せていた。
急いで体裁を取り繕うとしたのだろう。真新しい清潔な白い衣をまとい、髪には香油が塗られているようだ。それでも隠しきれていない。
頬はこけ、目は落ちくぼみ、ゆったりとした衣の端から覗く手足は痩せ細って骨が浮き出ている。それが全員だ。それほどになってまでも美少女だと思えるほどの可愛らしさ・美しさ・可憐さの残影が逆に痛々しい。
おおもう……
「ギルバード様。寝室の御用意は済んでおります」
トリシャが気を利かせておきました! というドヤ顔で何か言っている。
うん。
一分前まで俺も寝床に連れ込む気満々だった。手配ありがとう。
でも彼女達を見てもそれ言う?
色欲なんて吹っ飛んだよ。もう保護欲しかない。
美少女が、国の第一の宝がこうまでなるなんて。いま過去一でザヴィアー王家の罪の重さを思い知ったぞ。
「……寝室はやめだ。食堂に行こう」
「食堂でなさるのですか!?」
「いや飯だよ」
俺は女の子達を引率して大食堂へ向かった。
かつて王侯貴族が栄華を極めそして大粛清の凄惨な現場となった大食堂は、今は城で働く全ての者達に一般開放されている。イメージは社員食堂だ。
怯えたカルガモのように俺についてきた女の子達は食堂が近づき美味しそうな匂いが漂い始めると困惑しはじめ、到着するとバケット山盛りのパンや料理人がよそっている肉入りスープに目を輝かせた。
俺と顔合わせた時より嬉しそうじゃん。色気より食い気かあ……
いやいいけどね。たんと食べなさい。おかわりもいいぞ。
俺が好きなだけ食べていい、と言うと、半分ぐらいは言い終わらない内に走っていき、もう半分は俺にお礼を言ったり何度も頭を下げたりしてからその後を追った。
喉を詰まらせながらパンを口に詰め込み、心配したメイドに背中をさすられていたり。
一口スープを飲むたびにぼろぼろ泣いて、全然スープの量が減らなかったり。
よかったねぇ、よかったねぇ、と一匹の焼き魚を大切に分け合って食べている姉妹もいた。
食堂に居合わせた官僚達は俺と一緒に彼女達を微笑ましく見ていた。
しかしトリシャは不満そうだ。
「ギルバード様のお好みに文句を言うわけではありませんが、彼女達には教育が必要なようですね。寵愛を頂く身分であるというのに、ギルバード様を置いて食事に夢中になるなど許せません」
「お、おい。内閣総辞職は使うなよ。絶対使うなよ。フリじゃないからな」
彼女達が皆殺しにされたら俺ショック死しちゃうぞ。この国の価値が九割なくなる。
女の子達のフォークとスプーン、あるいは手が止まった頃、一人がおずおずと果物を摘まんでいた俺の前にやってきた。
「あ、あの。王様、と……王権様?」
「トリシャに敬語は不要です。その分の敬意はギルバード様に」
「あ、はい」
声をかけてきたきり、食べかすのついた白い衣の端をぎゅっと握りしめ黙りこんでしまう。何度も何かをいいかけては口を閉じる。
俺は優しく促した。
「どんな無礼でも許そう。何か言いたい事があるんだろう?」
「は、はい。王様、あの、実は私には許婚がいるのです。他の事はなんでもします、だからどうか清い身でいさせて下さいませんか」
「は?」
「っ! 申し訳ありません! なんでもありません!」
女の子は震え上がり、すぐに引き攣り媚びた笑みを浮かべ謝った。
可哀そうに完全に委縮してしまっている。俺はちょっと要望を言ったぐらいで罰したりはしないんだけど。目が合っただけで処刑する王族の治世が長かったからかな……
「許婚なんて――――」
許婚なんて捨てて俺の女になれよ、と言いかけて、口が動かなくなる。
怯え切って泣きそうな女の子の顔を見て、声は口元で止まってしまった。
そもそも家族から引き離して王城に呼びつけたのだから全て承知の上だ。
許婚がなんだ。彼氏がどうした。恋人なんて知るか。
俺は可愛い子に囲まれて暮らしたいんだ。
しかし彼女の悲壮な顔が俺の野望に冷水をかける。
「――――いや。許婚がいるなら郷里に帰るといい。残念だが引き留めはしない。本当に。うむ。あー、呼びつけて悪かった。帰りの馬車も手配しよう。土産も持って行くといい」
近くの官僚を手招きして呼び、細かい事を任せ頷いて見せると、女の子は心底安心した様子で何度も頭を下げながら遠巻きに怖々見守っていた他の女の子の輪に戻った。
俺は笑顔の下に絶叫を隠した。
あ゛ーッ!
どうしてカッコつけちゃったかな!
せっかく呼んだのに帰らせるなんて俺はバカか? バカなのか?
いやまあね、こんなに可愛い女の子なんだから男が放っておかないだろう。
事情があるだろう、大切な人がいるだろう。
しかし人の事情を気にし過ぎると自分のしたい事を何もできなくなる。やりたい事やって後は流れで、と軽く考えていたが、どうやらこれは流れが悪そうだ。
だって帰郷を許された女の子を取り囲んで話を聞いてる女の子達が地獄の底で蜘蛛の糸を見つけたような顔で俺の方を伺ってるんだもんよぉ。
くそっ!
「……他にも許婚がいる者、愛する男がいる者は帰ってよい。咎めはしない。王に拝謁し国を代表する美貌を認められたのだと、郷里の者に自慢するといいだろう」
女の子達は一斉に顔を見合わせた。
最初の女の子が俺とトリシャの顔色を伺いながら肉食猛獣を前にした草食動物のようにそろりそろりと食堂の外へ向かったのを切っ掛けに、ぞろぞろと後に続いていく。三分の一があっという間にいなくなった。
「……あー、どういう噂を聞いたのか分からんが、残っても郷里に帰っても、どんな選択をしても一族郎党皆殺しにはしない。君達も、君達の大切な者も傷つかないと王権に誓おう。残ってくれるなら嬉しいが」
怯えた目で俺に卑屈に媚びへつらった痛々しい笑みを向けている女の子達に優しく言うと、また三分の一が薄情にもあっさりいなくなる。
なんで? 怖そうな王様だと思ってたけど優しいのね! 残りまーす! ってなるとこじゃないの? なんで素直に帰るんだよ。
そりゃあカラクリを知らなければ王権を手に入れた途端に親族皆殺しにして国を乗っ取った逆えば殺される系のサイコパスだけど。俺の悪名轟き過ぎでは。
「食べ物は好きなだけ持ち帰っていい」
残り三分の一の女の子も、大喜びでパンを両手一杯にかかえて出て行った。
…………。
俺は頭を抱えた。
みんな帰るじゃん。二百人の美少女が消えたんだが?
そりゃあ帰っていいと言ったのは俺だけど、王城暮らしだぞ?
装飾品全部取っ払ってクッソ殺風景だとしても、立派なお城だ。王侯貴族の暮らしに惹かれる子はいないのか。
美少女はみんな他の男のお手付きだっていうのかよ。
ひどい。めちゃくちゃ可愛いけど男の影が無い無垢な美少女がいたっていいじゃんか!
我、王様ぞ? 王様と結婚するぅ! って言ってくれる可愛い女の子いないの? 俺の魅力ってそんなもん?
あんまりだ。こんな事ってあるかよぉ!
「ちくしょう。なにキャッチ&リリースしてんだよ俺はよぉ……カッコつけて善人ぶるからこんな事に……美少女呼び集めた意味は一体……何人か無理やりにでも残らせれば良かった……」
ぶつぶつ悔やんでいるとトリシャがしまった、という顔をした。
「申し訳ありません、全員残らせた方が良かったのですね。今からそのように法令を定めます」
「いや待て待て待てそこまではしなくていい。落ち着け。ステイ。待て。殺すな。あの子達に手を出すな何もするな。頼むからお願いだから」
「は、はい。かしこまりました」
縋りついて頼み込むとトリシャは目を白黒させた。
いやトリシャの忠義は疑ってないよ? 能力も疑ってない。
でもよかれと思ってこの王国を政治的に内部爆散させた経歴があるから怖くて仕方ない。もっと普通の女の子だったら気軽に下着見せろって命令できたのに……
「ではギルバード様。あの子は後宮に入れておきますね」
「ん?」
「一人残っているあの子です」
言われて手の平を横にして示された方を見ると、白い衣を食べかすで汚した小柄な女の子がぽつんと残っていた。
艶の消え失せた青い髪は肩で不揃いに切りそろえられ、顔色は悪い。髪だけでなく瞳まで青いのはザヴィアー王国では滅多に見ない特徴だ。他国の血を引いているのだろう。
顔つきは大人びて知的に見えるのに栄養失調なのか身長も体つきも痩せた子供にしか見えない。年齢はよく分からない。だが可愛い。
結論、美少女! はいかわいい。
俺が手招きすると、所在なげに俺の様子を伺っていた青髪の女の子はパッと顔を輝かせ、てってこ駆け寄ってきた。
「よばれまして、きました、おうさま」
舌ったらずに報告してくれる声まで可愛らしい。最強無敵生物か?
俺はしゃがんで視線を合わせて念のため確認した。
「君は残ってくれるのか?」
「はい。のこる、ます」
「おお! よっしゃ! ……いや失礼、本音が出た」
俺はなあ! 今女の子に餓えてるんだよ!
人間の三大欲求は食欲、睡眠欲、性欲! 神が男よ女の子をエロい目で見ろと定められているのだ!
残ってくれるというなら遠慮はいるまい。部屋に連れて行って、え、え、え、えっちな事しちゃうもんね!
……いやその前にもうちょっと肉付けて貰わないと可愛いより可哀そうが先に来てしまうな。
でもゆくゆくは。
へへっ。
気持ち悪いニヤつきを必死に抑え込んで威厳ある王様の顔を貼り付けていると、女の子は俺の耳元に口を近づけ、必死に回らない口を動かし一生懸命訴えた。こそばゆいぞ。でもかわいい。もう全部可愛い。
「おうさま。わたし、おうさまと、いっしょがいるがしたい、です。おうさま、すき、です」
「え、俺のこと好きなの? 俺も好きだ。なあトリシャ、この子嫁にするわ」
「かしこまりました」
ウオオーッ!
やったぜ美少女と両想い結婚ゴールイン!
完ッ!
※まだ話は続きます