04 宰相ちゃん大活躍!
曰く、トリシャは国家運営に関係する七つの力を持っているという。
七つの力の一つ【恩赦】を使い、俺とトリシャは難攻不落のミスリルの檻をあっさり脱出した。
「【恩赦】は国内で刑罰により監禁されている者を解放する絶対的能力です。縛めは解けますし、檻も開きますし、看守も素通りできます」
「お、おう。すごいけどすっごいピンポイントだな」
「トリシャもなぜこんな限定的な力があるのかよくわかりません。でも早速ギルバード様のお役に立てて嬉しいです!」
トリシャはローブの裾を摘まんで礼儀正しく一礼した。その服でそんな事すると下着見えちゃうぞ。俺が淑女の油断から目を背ける紳士だと思ったら大間違いだ。目を背けるフリをして体面を取り繕いつつ全力でチラ見する。
俺は姉上の命によって投獄されている事になっている。いくら忘れっぽい姉上とテキトーな衛兵とはいえ、投獄から数時間で脱出したら流石に黙っていないだろう。
復讐するにせよ俺の自室に戻るにせよほとぼりが冷めるまで待った方がいいと言ったのだが、トリシャが大丈夫だと太鼓判を押すので押し切られ地上を目指す事にした。
相手が兄上や姉上ならいくらでもあしらって言いくるめてやるのだが、美少女に強く言われると強く出れない。
俺美少女に弱すぎな。
地上に上がるまでの間に浅層の牢に入れられた囚人達と看守の前を通ったのだが、俺を先導して静々と歩く聖女然とした銀髪美少女を彼らはぽけーっと見送った。薄暗くカビ臭いじっとりした地下牢獄とかけ離れた非現実的なまでの存在感に、涙を流して神への祝詞を唱え始めた奴もいた。
俺は神聖な雰囲気をぶち壊さないよう下心をそっと隠してノコノコついていった。
親父か兄上にトリシャの存在がバレたら絶対に目を付けられるな。あの好色な連中がトリシャの美貌に惹きつけられないわけがない。妾にされるか、娼婦まがいの扱いを強いられるか。姉上や側室の人達に見つかってもヤバそうだ。嫉妬で処刑か追放か……
王権だとバレてもマズいだろう。
遺跡から王権を発見した国は例外なく怒涛の勢いで周辺国を滅ぼし併呑し急激に版図を広げている。
国を削りやせ細らせながら怠惰と贅沢に耽る親父に野望の火を点けるだけの威光は十分ある。王権にかかれば誰の人生であっても大変化を遂げるに違いない。
俺は……
俺はどうしよう?
とりあえず牢から出て。
それから?
抑えつけられた人生の中で偶然出会った俺の事が好き(?)な銀髪美少女だ。一緒にいたい。引き離されたくない。離れたくない。離れたいと思う奴がいたら同性愛者か何かだ。
トリシャは俺の事をどう思っているんだろうか。どうして欲しいんだろう?
「なあ、トリシャは俺に王になって欲しいのか?」
「えーっと……なって欲しい、というよりギルバード様は王なのです。王たるべくして生まれ、王である。ギルバード様がどのように在っても王である事に変わりはありません。だからトリシャはギルバード様に、世界でただ一人ギルバード様だけにお仕えするのです」
「王にならなくていい?」
「どんなギルバード様でも王です。成したい事を成さって下さい。トリシャは精一杯支えます」
「……今から駆け落ちしようって言ったら?」
「もう王妃様がいらっしゃるのですか? いえ、もちろんお支えします!」
トリシャは一瞬表情を曇らせたが、すぐに胸の前で手を合わせ、元気よく言った。
違うんだよ、そうじゃないんだよ。恋人と駆け落ちするから使用人として着いてこいって命令するのヤバすぎだろ。
脈無し……か? いや会って一日も経っていない。まだだ。まだ分からんぞ。
【恩赦】能力のお陰なのか、牢獄区画を出るまでは誰にも止められず咎められず、不自然なほどに邪魔が入らなかった。
だが赤いカーペットが敷かれた広い廊下に出た途端に雰囲気が変わった。窓の無い地下牢より窓から陽光差し込む地上の方が明るいはずなのに、空気の全てが威圧的で壁に掛けられた絵画までじっとりと監視してきているように思える。
王城内に使用人以外味方はいない。衛兵も出入りの商人も貴族も王族も全員敵だ。いや、使用人だって分からない。俺の事は尊重してくれているが、ポッと出のトリシャまで大切にしてくれる保証はない。
折に触れて俺にハニートラップに引っかからないよう諫言してくるぐらいだ。ハニートラップを仕掛けてくる美少女がいたら逆にトラップにかけて取り込むから大丈夫だと再三説明しているのに信じて貰えた試しがない。俺に取り入ろうとする悪女だと決めつけ排除しにかかる可能性だってある。
地下牢と違って王城地上階は一本道ではない。先導をトリシャと変わって道順をよく知る俺が前に出る。
と、早速巡回の衛兵が数人鎧をガチャガチャ鳴らしやってきた。何やら慌ただしく兵舎の方から上階の方へ足早に向かっている。俺はトリシャの手を引いて石像の陰に隠れた。
狭い空間に身を押し込めているのでトリシャと距離が近い。ほとんど密着だ。なんかいい匂いがするんですが?
バレないようにそっと息を吸っていると、トリシャは石像の陰から顔だけ出して真剣に背を向け遠ざかっていく衛兵の様子を伺った。
真面目じゃん……キモいムーブしてごめんな。俺ももう少しちゃんとしよう。
そうだな。まずは見つかったら終わる状態をなんとかしよう。
トリシャは存在感があり過ぎる。一目見ただけで露骨に只者じゃないと分かってしまう。
「トリシャ、布か何か見つけて顔を隠そうか。ボブに言えば丁度いいやつを出して貰えると思う」
「……ギルバード様は、私の顔はお嫌いですか」
「え? いや違う違う違う!」
泣きそうになったトリシャに慌てて言い繕う。
「トリシャは何も悪くない。大丈夫だ。ただ、こう、世を忍ぶ仮の姿みたいな。必要なんだよ。無駄に敵を作りたくない」
「そうですか……?」
「そうなんです」
釈然としない様子のトリシャの手を引き、使用人の宿舎へ向かう。今は昼時。ボブは宿舎にいるはずだ。
道中で顔を真っ青にした使用人や帯剣を忘れるほど慌てた様子の衛兵達と遠巻きにすれ違いつつ裏庭の植え込みを腰をかがめて横切り宿舎に辿り着く。
ところが宿舎は妙に静まり返っていて、窓から中を覗いても誰もいなかった。湯気の立つ鍋が竈にかけられたまま湯だっていて、盛り付け途中の賄いがテーブルに並んでいる。
妙だ。昼食の準備の途中で急に人がいなくなったらしい。
胸騒ぎがする。何か悪い事が起きたんじゃないか?
顔色の悪い衛兵と尋常ではない様子だった衛兵達を想いだす。見つからないように距離を取っていたから何が起きたか何を話していたかまでは分からない。
火事か? 災害か? 使用人達は、ボブは無事だろうか。
「トリシャ、城で何かが起きてるみたいだ。様子を見に行こう」
「はい、ギルバード様。何かとは何でしょうか?」
「分からん、それを確かめに行くんだよ。連れ回してごめんな」
「いいえ! ギルバード様の行く所が私の行く所です」
「ありがとう。急ごう」
暗殺者が暴れているとかだったら逃げた方がいいが、火災だったら消火活動に人手がいるかも知れない。逃げるかどうかの判断のためにも何が起きているか知る必要がある。
また人目を避けつつ移動する。行先は城の上階だ。使用人も衛兵もみんなそっちへ行っていた。
皆がどこに集まっているかはざわめきと悲鳴、悲嘆、興奮した話し声ですぐに分かった。どうやら城中の人間が大食堂に集まっているようだった。
大食堂では連日豪勢な宴会が行われている。王族、高位貴族、大臣といった国の中枢人物達――――つまり国の恥部が一同に会する豚さんパーティーだ。
大扉の前に人だかりができ、扉の奥からもぎゃあぎゃあ切羽詰まった声が聞こえてくる。
なんだなんだ。誰か毒でも盛られて倒れたのか? 薄々いつか誰かがやると思っていましたよ。
話し声を聞き取ろうとじりじり近づいていくと、野次馬の一人に見つかった。その一人が隣の使用人の脇腹を小突き、目配せが連鎖し、沈黙が沈黙を呼んであっという間に静まり返った。
え、こわ……どうした君達。
十秒前まであんなに煩かったのに、今は針を落とした音も分かる静けさだ。
俺が気まずくなって隠れるのをやめ全身を見せると、ざあっとと人垣が割れて道を作った。全員神妙な顔で緊張していて、俺の背後から何事かと顔を出したトリシャを見てもちょっと目を見開いただけで何も言わない。
何十もの目に見つめられ怯んでしまう。
前世含めても今までこんなに注目を集めた事はない。視線が物理的な圧力を伴って押し潰そうとしているようだ。
なんかよく分からんけど帰っていいっすか?
じりじり後ろに下がろうとすると、人垣から立派な白のマントと勲章を付けた衛兵が出てきて俺に張り詰めた声で言った。
「もしや、ギルバード様ですか?」
「あ、ああ。そうだが」
「まさか御無事だった方が……一人だけ……?」
彼は幽霊を見たように俺を畏怖の目で見て来た。
な、なんだよ。第十八王子は今日も御無事ですが。悪いかよ。
「どうした? この騒ぎはなんだ。中で何があったんだ?」
「っ! それは……いえ。見て頂いた方が早いでしょう。どうぞこちらへ」
「それはできない。父上に大食堂への立ち入りを禁じられているんだ。入れば罰せられてしまう」
「問題ありません。どうぞ中へ」
「いやどうぞではなくだな」
「とにかく見て頂きたいのです。全責任は私が持ちます」
衛兵は中へ入ってくれの一点張りだ。
言い負かされたというより彼が持っている槍の鋭く尖った切っ先が怖くて、俺は不承不承中へ歩を進めた。衛兵が本気になれば俺なんて槍の一突きでザクーのグェーだ。そして俺は何か理由があればいつそうされてもおかしくない、王族の末端も末端に過ぎない。
大食堂に入った俺は悲鳴を上げた。
「ひっ!」
そこには夥しい人がいた。壁沿いに鈴なりに並んで息を潜めた使用人達。メイドに料理人、掃除婦。蒼褪めた衛兵達。
そして彼らに囲まれ倒れ伏し床を埋め尽くす王侯貴族達!
血の気の引いた白い顔と空虚に見開かれた瞳は何も映していない。誰も床に転がったまま動かず、ぴくりともしない。血だまりや荒らされた様子もない。いくつかの椅子が倒れ、スプーンやフォークが転がっているだけだ。
惨状と乖離した美味しそうな肉料理の匂いを嗅いでいると宴会の途中で寝てしまっただけとすら思いそうになる。
だが。
「し、死んでる……! みんな……!」
親父に姉上、兄上も。新人をいびり殺していた衛兵長も。
名だたる国のトップ達が物言わぬ骸に成り果てている。
足が震え息が詰まる。脂汗が止まらない。
なんだこれは?
一体何が起きたというんだ!?
恐れおののく俺と対照的にトリシャは平然としていて、それどころかニッコリ笑って言った。
「はい、ギルバード様。やり返したいと仰っていたので殺っておきました」
「……は?」
「私の七つの力の一つ、【内閣総辞職】で王族と汚職官僚を全員排除。すっきりしましたね、ギルバード様!」
「う、うわあああああああああああああああああああああああ!!!」
あああああああああ!
あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!
粛清ってレベルじゃねーぞ!!!!!
【復讐リスト】
[済]国王・アーサー=キングス=ザヴィアー十三世
[済]王妃・ソエモノ=ザヴィアー
[済]側室・ドクフ
[済]側室・ムダヅッカイ
[済]側室・ホウトゥ
[済]側室・ヤリタイ=ホーダイ
[済]側室・カオダケー
[済]側室・イ=ロジカケ
[済]第一王子・ソクオチ=ザヴィアー
[済]第二王子・マケマシター=ザヴィアー
[済]第三王子・ボロマッケ=ザヴィアー
[済]第四王子・ヤナーヤツ=ザヴィアー
[済]第五王子・ゴウモン=ザヴィアー
[済]第六王子・ウラギーリ=ザヴィアー
[済]第七王子・アークニン=ザヴィアー
[済]第八王子・ワルイヤッツ=ザヴィアー
[済]第九王子・イヤガラッセ=ザヴィアー
[済]第十王子・サツジンキィ=ザヴィアー
[済]第十一王子・ダマシウチ=ザヴィアー
[済]第十二王子・ドロボゥ=ザヴィアー
[済]第十三王子・ズルッコ=ザヴィアー
[済]第十四王子・ネトッチャル=ザヴィアー
[済]第十五王子・ナンモデキネ=ザヴィアー
[済]第十六王子・アシヒッパルゥ=ザヴィアー
[済]第十七王子・ゼンブダイナシン=ザヴィアー
[済]第一王女・アクヤック=ザヴィアー
[済]第二王女・タカビシャー=ザヴィアー
[済]第三王女・ワガマーマ=ザヴィアー
[済]第四王女・フーリン=ザヴィアー
[済]第五王女・ウワキィ=ザヴィアー
[済]第六王女・ショウワール=ザヴィアー
[済]第七王女・イヤミッタラシー=ザヴィアー
[済]第八王女・モーダメ=ザヴィアー
[済]第九王女・ゼンブダメ=ザヴィアー
[済]第十王女・ウソバッカ=ザヴィアー
[済]第十一王女・チンパン=ザヴィアー
[済]第十二王女・アノヨイキ=ザヴィアー
[済]宰相・バイコク=ド
[済]国務大臣・ムノゥ=ワルモノ
[済]財政大臣・ワイ=ロー
[済]交易大臣・チャク=フック
[済]司法大臣・トリアエズ=シケー
[済]文化大臣・ラクシテ=サボル
[済]将軍・クー=デター
[済]その他・妾と愛人と汚職官僚100余名