02 無実の罪
まだ仕事が残っているというボブに別れを告げ、厨房で食事を貰い、自室に戻って食べる。
食べ終わったら自室にこもって本を読む。部屋の外をぶらつくと忌々しい家族とエンカウントする確率が上がるので、俺はいつも引き籠りがちだった。王城の端も端にある俺の部屋をわざわざ訪ねてくる王族などいた試しが無いが、それでも余計な好奇心や無駄な用事でふらふら近くまでやってくる王族がいないわけでもない。
読む本は最新の歴史書だ。歴史家が世界の出来事を書き綴ったもので、なかなかためになる。読んでいると眠くなるのが難点だが、この狭い部屋にいるのは俺一人。居眠りして怒る教師はいない。
神が世界を創ったとか、神が与えた王権こそが真の王の証なのだとか、ドラゴンを手懐けた勇者の話とか、おとぎ話が大真面目に書き綴られている。
正直ウソ臭い。が、本当らしい。
この世界には自称:神が統治する国家があり、その自称:神が神である事に誰も疑問を挟んでいない。たぶん、本物なのだろう。よくわからんが。
真の王の証、王権についても近年まで存在が怪しまれていたが、最近遺跡から次々と発見され大陸に戦乱を巻き起こしている。ウチのザヴィアー王国も王権を巡る戦乱の余波だけで滅びそうだ。
ドラゴンも猫が鼠を狩るように人間を狩るとされている最強の魔獣なのだが、昨日厨房の片隅で猫が鼠を尻尾であやしてやっているのを見てしまったからそういう事もあるのかなと思える。
歴史と神話を混同してしまうのはよくある事で、この歴史書がどこまで本当なのか分からない。
歴史を読んで過去を知るより、今王国が戦争に参加もしていないのに勝手に腐敗して自滅しかけているこの現状をなんとかする方が先な気もする。
そう。この現状をなんとかする……
なんとか……できないよなぁ。
俺は前世で小学校の時にクラス委員長やってクラスの皆が全然言う事聞いてくれなかった経歴を持つ男だぞ。1クラスもまとめられないのに国をまとめられるわけないだろ。
なんか亡国の姫君が亡命してきて、バッタリ俺に会って一目惚れとかそういう美味しい事件起きないかな。逆に俺が亡命して隣国の姫君に見初められるとかでもOKだ。
ぼんやり空想に耽りながらページを捲っていると、読み終わってしまった。
次の本を読もうと机の上に手を伸ばすが、借りてきた本は全て読み終わってしまっている。
仕方ない。図書室に行くか。
俺は十数冊の本を抱えて部屋を出て、図書室に向かった。
歴史あるザヴィアー城には400年の歴史文化芸術が詰まった立派な図書室があり、主に本棚の影で王族や奸臣が度を越したいちゃいちゃをするために使われている。みんな物凄く苦しんでのたうち回って欲しい。三時間ぐらい。
人目を気にしつつコソコソ図書室に向かうと、入り口でばったり四番目の姉豚とエンカウントした。姉上のドレスは乱れ、後ろには蒼褪め悲壮な顔をしたイケメン貴族がいる。名前は知らない。
わあ……なんというか……わあ……
目礼だけして顔を逸らしすれ違おうとしたのだが、姉上のヒステリックな金切り声の方が早かった。
「ギルバード! 今、わたくしをいやらしい目で見たでしょう!」
「えっ!? 見ていません! 今もこれまでもこれからも、一度も!」
無茶を言いなさる。姉上に欲情するより机に欲情する方が簡単だ。
俺が心から嘘偽りの無い真摯な全否定をすると、姉上はますますヒートアップした。
なんだ? ウチの家系は不安定な情緒のまま安定してしまったヤツしかいないのか。
「ウソ! あなた、わたくしのジョニーと同じ目をしていたわ! けだもの! 衛兵! 衛兵! ギルバードを、このいやらしい獣を牢に入れて! 一番深い牢に!」
後ろのイケメン、推定ジョニーくんが姉上に見えない角度で必死に首を横に振っているのを見ながら、俺は風のように駆け付けた衛兵に引きずられていった。
もう好きにしてくれ。
姉上の衛兵は金と女でガッツリ懐柔されていて、正論も王国法も聞きはしない。そもそも王自身が王国法を破り、妾に王印を渡してしまったり、裁判をすっとばして気軽に死刑を乱発するような国だ。上もヤバけりゃ下もヤバい。
仮にも王族を同じ王族がこんなクソガバな理由で牢にぶち込めるあたり気が狂っている。ありえないだろ。なぜまだ国が崩壊していないのか不思議だ。
無抵抗で城の地下へ引きずられていった俺は、衛兵に一番最下層の牢に放り込まれた。
「いって! もう少し優しく入れてくれよ」
「…………」
文句を言ったが、衛兵はまるで興味が無さそうに無言で金属の格子戸を閉め立ち去った。なんて奴らだ。
連行されながら道中ですれ違った何人かの使用人に目くばせしておいたから、二、三日経ってほとぼりが冷めた頃に誰か助けにきてくれるだろう。それぐらいすれば姉上も俺を牢に入れた事を忘れている。
姉上が馬鹿がゆえに閉じ込められ、姉上が馬鹿がゆえに脱出できる。馬鹿みたいな話だ。
まあ今日はまだ軽い方で良かった。骨は無事だし、服もちゃんと着れている。誰も死んでいない。四番目の姉上は俺を除く王族の中でも一番マトモなのだ。悲しい事に。
最下層の牢獄というだけあって、他に虜囚は誰もいなかった。もっと浅い牢には囚人が収監されていたのを通りがかりに見たのだが。
衛兵が去ると同時にカンテラの灯りも消えたので、牢は真っ暗で何も見えなかった。地下水が滴り落ちる水音だけが規則的に聞こえてくる。暗闇の中で床を触ると、石材の感触は湿っぽかった。寝心地抜群とはいかなさそうだ。
何をするにしても真っ暗ではどうしようもない。俺は呪文を唱え、指先に灯りを灯した。ロウソク程度の頼りない白い灯りが指先で揺らめき、狭い牢屋に影を投げかける。魔法を覚えていて良かった。危うく数日真っ暗闇を手探りで過ごすところだ。
家庭魔法は最下級の魔法の総称で、個人・家庭規模の魔法だ。灯りを付けたり着火したり油汚れを綺麗にしたりしゃっくりを止めたり、家庭的な用途で使われる事が多い。
牢にぶち込まれてもこんなに落ち着けているのは色々感覚が麻痺しているからだろう、と冷静に考えるだけの余裕がある。
要するにアレだ。「アンタなんて事したの! 押し入れの中で反省しなさい!」と同じだ。押し入れが牢に変わっただけで。
どうせ閉じ込められるなら女の子とえっちな事しないと出られない部屋が良かったな。それならこれは脱出するためだから仕方ないんだって大義名分でえっちな事できたのに。
牢屋にはトイレ用らしい古い壺とこれがお前に相応しいベッドだと言わんばかりのボロ布があり、ボロ布は拾い上げるとボロボロ崩れた。他には何もない。何十年、いや何百年使われてないんだよこの牢屋。なかなかこうはならんぞ。
助けが来るまでやる事も無いので牢屋を調べてみる。これだけ古い牢なら牢がガタついてたりしないかな、と金属の格子に手を触れた途端、指先に灯していた灯りが消えた。
「ん?」
再び暗闇の帳が降りるが、もう一度呪文を唱えるとちゃんと灯りがついた。
そっと指先の灯りを格子に近づけると、また灯りが消える。
……この格子、鉄じゃない。錆びず朽ちない不朽の銀の光沢と魔法を打ち消すこの性質。間違いない。ミスリルだ。
並の魔法を無効化し、鉄の数十倍の強度を誇り羽より軽い、月の光でのみ鍛えられる最強の魔法金属。まさか生まれて初めて見るミスリルが牢屋の格子とは。珍しい物を見た。
しかしアレだな。ガチで要人を閉じ込める用の牢だこれ。自力で脱獄するのは無理そう。
俄然、興味が湧いてきた。こんな牢屋があるなんて歴史書に書かれていなかった。一体誰を――――あるいは「何」を閉じ込めるための牢だったのだろう?
儚い灯りを頼りに牢屋を調べていると、格子と反対側の石壁に文字が彫られていた。
読めるが、文字の形態が随分古めかしい。こんなに古臭い文字には図書室の建国記でしかお目にかかった事がない。指でなぞって読み上げる。
「えーと、『血を捧げよ』か? ……血を捧げよ?」
え?
こわっ!
錯乱した囚人の呪いの言葉?
きゅ、急にホラーになるじゃんかよぉ。やめろよ。
……いや待て待て落ち着け。冷静になれ。
血を捧げよなんて物騒な言葉が彫ってある割に文字は綺麗に整っている。血の跡は無いし骸骨が転がっていたりもしない。なんなら既に崩れてしまったが毛布は隅っこに畳んで置かれていた。
うーん……? 正気で書いたのか? 正気で血を捧げさせようとするのヤバくね。
献血? 血液検査とか? まあヤバくない用途もあるか。
悪魔復活のトリガーとか、呪い発動の鍵になるとか、ヤバそうな用途も思いつくが。
可愛い吸血鬼の女の子が長い眠りから目覚める可能性もワンチャン?
孤独な地下牢で数時間色々考えたが、分かったのは好奇心と暇は人を殺すという事だ。
絶対に手を出さない方が賢い。でも退屈には勝てない。
俺は家庭魔法で小指の爪をイバラの棘のように尖らせ、手の甲をちょっと切って文字に擦り付けた。
何かが起きる可能性50%。起きない可能性50%。うむ。簡単な計算だ。
何も起きなかった時の自分への言い訳を考える間もなく、効果は表れた。
彫られた文字が深紅に光り、重々しい音を立て壁が横にずれていく。
現れたのは城の最下層最奥の牢の更に地下へ続く秘密の階段だった。




