表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/11

11 交渉

 たっぷり数秒かけて最悪の報告を脳にしみ込ませた。

 この城が大公国の軍に包囲された? よりにもよってクーデターの真っ最中に?

 あああああ腹が痛い! 胃がひっくり返って口からゲロといっしょに出そうだ。


 落ち着け、冷静になれ。

 まず報告は本当なのか? これもクーデターの一環なんじゃあないだろうな。王を混乱させ攪乱する作戦なのでは。

 俺は声の震えを抑えながら慎重に聞いた。


「どういう事だ? 大公国の軍が国境を越えたという話は聞いていないが。突然この首都に湧いて出たという訳ではあるまい?」

「はい、彼らは国境を越え村々を略奪しながら進軍してきました。国境を越えた時点でお伝えしようとしたのですが、奴らは我々伝令と同じ速さで進軍してきたのです」

「そんな事ある???」


 思わず素が出た。

 馬鹿言うなや。伝令はどいつもこいつも足の速さで選ばれた韋駄天達だ。鍛え上げられた瞬足に加え魔法でブーストしたその速度は他の追随を許さない。人間スポーツカーみたいなものだ。

 その伝令と同じ速度で、王城を包囲するほどの大軍が攻めて来る?

 そんな事できたらもうなんでもアリだぞ。


「信じがたいと思われますが、事実です。ご覧下さい」


 伝令に言われ、半壊した廊下の瓦礫の山に登って外を見ると、王城の城壁の周りを整然と並んだ黒い鎧の騎士達が埋め尽くしていた。絶句する。

 完璧な地獄の包囲網を敷く黒い騎士達は全員、誰一人として、微動だにしない。ハリボテの人形のようだ。

 しかし彼らが置物ではない事は騎士達がラッパ音と共に波打つように抜剣した事ではっきりした。


 やっべぇええええええええええええええええ!!!!!

 機動力、規模、統率! 全部ぶっ飛んだ大軍に完全包囲された!

 死ぬゥ!!!


「どっどどどどどどうする? なあおいどうしろってんだ?」

「ひとまずはこちらの軍が城壁上に展開し睨み合いになっているようです。では私はこれで。妻と子供を逃がさなければならないので」


 伝令くんは自分の役目は終わりだとばかりに頭を下げ、全力ダッシュで疾風の如く逃げていった。

 君、この国終わったなって思ってるじゃん。

 俺もだよ!


 取り残されて頭を抱える。

 完全包囲されただけでまだ攻め落とされず済んでいるのは、伝令くんの言う通り城壁にザヴィアー王国軍がびっしりと展開しているからだ。完全防御を敷いた城壁を一気呵成に攻め落とすのは無理があると判断したと見える。

 本来これほどの数の兵は王城に駐屯していない。パルタ将軍がクーデターのために兵力を各地からかき集めていたからこそ成立した奇跡の水際防衛だ。

 不幸(クーデター)中の不幸(首都包囲)の中の幸い(防衛)って感じだ。もうわけわかんねぇよ。めちゃくちゃヤバいって事だけは分かるが。


「おい! 封印を解けば俺が全て片付けてやるぞ!」

「パルタ将軍」


 半泣きで髪を掻きむしっていると、絶賛封印中の筋肉ダルマくんが何かほざいた。


「王国を踏み荒らすカス共は生きて返さん! 喜べ、王ッ! ザヴィアー王国の強さを見せつける好機だ!」

「いやそれは……」


 ガッチガチに封印されて魔法陣の上に転がされた状態で言っても説得力はない。

 だがこれほどの窮地で強気なのは素直に頼もしい。この脳筋野郎は虚勢じゃなくてマジで強いからな。まさかのワンチャン大逆転があるのではと思えてくる。


 ここから大逆転なんて無謀もいいところ。

 しかし大逆転しないと王国滅亡。

 選択肢無くない?


「……そうだな。それしかない」


 俺は意気軒高の猛獣の魔法陣に触れ、封印を解いた。

 結界拘束系の魔法の一般論として、内側から破るのが難しい封印ほど外側からの干渉に弱い。

 国家魔法(ナショナルマギ)クラスの将軍を封じる超強力な魔法封印は、逆説的に外側からなら最下級の家庭魔法(ホームマギ)で破れるほど脆い。あるいは【恩赦】なら内側からでも一発なのだろうが。


 縛めを解かれ自由になった将軍は城を震わせる野獣じみた歓喜の雄たけびを上げた。暴力的な魔力を帯びた咆哮にアテられ、瓦礫の間をちょろちょろ逃げようとしていたネズミが白目を剥いてひっくり返る。

 冷や汗が流れた。こえーよ。お前本当に人間か?


 国賊の凶獣を葬る千載一遇の機会を逃した気がしなくも無いが、選択の余地はない。

 選択肢が無いなりに、足掻いて、足掻いて、足掻き抜こう。

 王権(レガリア)を手に入れる前と比べればずっとマシだ。やれるだけやろう。

 それでも駄目だったら大人しく涙と鼻水撒き散らして縋りついて命乞いしよう。

 命乞いしても駄目なら尻尾まいて逃げればいい。

 決定!










 王城を完全包囲した黒鎧の騎士達の中に、一際華麗で、荘厳で、巨大な黒鎧の騎士がいた。

 遠近感が狂ったかのような巨体で、巨漢のパルタ将軍を縦に二人積んでやっと肩に届くほど。禍々しい二本角の兜で顔は完全に隠れ、尋常ではない漆黒のオーラを纏う巨大剣を地面に突き刺し、柄に手を乗せ王城を睥睨している。

 その堂々たる威容は大王か大悪魔か。


 見れば分かる。アレが敵の大将――――大公国の王権(レガリア)使いだ。


 俺は将軍を引き連れて敵将の前に向かった。

 王権(レガリア)……トリシャは連れていないが、王冠と王杓とマントは身に着けている。外見で王である事が意図通り伝わったのか、それとも後ろで殺意を滾らせ睨みを聞かせているパルタ将軍に怖気づいたのか、とにかく邪魔はされなかった。

 黒騎士達が完璧に統率された動きで左右に割れ作った道を精一杯の虚勢で堂々と歩く。


 帰りてぇー!

 いや帰りたいなんて贅沢はこの際言わないからせめてパルタ将軍の背中に隠れてコソコソ行きたい。でも最後の賭けを成立させるためには、俺が前を歩いて主導権を握り、敵のボスとの交渉を纏めないといけない。無限につらい。


 やがて聳え立つ敵将の前に辿りついた俺は、漆黒の悪魔的将軍を思いっきり見上げ兜を見て名乗った。


「俺がザヴィアー王国国王、ギルバード・ザヴィアーだ。貴方は公国軍の将軍だとお見受けするが?」


 俺が名乗ると、巨体が動き俺を見おろし、腹の底に響く重低音で礼儀正しく答えた。


「いかにも。吾輩はクァシィ=ダゥナェ大公国将軍、ガミジン=ガギソン=ガデルテル侯爵である」

「ガミジン=ギガソン……失礼、もう一度伺っても?」

「ガッさんだ」

「ガッさん」

「うむ。名前が長く分かりにくいからと、妹につけてもらった。覚えやすかろう」


 悪魔的将軍(ガッさん)は重々しく頷いた。

 なんでちょっと親しみやすくしてくるの?

 そういうのやめろよガッさん! これから罠にかけるのにやりにくくなるだろ!


「ガッさん。こちらとしては大公国の方々を歓迎したいところだが、些か装いが物騒だ。民草も怯えている。服装を改めて出直して頂きたい」

「無論そういう訳にはいかん、我々は征服に来たのだからな。話が通っていないのか? 先だって最後通告の使者を送ったはずだが?」

「最後通告の使者? いや、そんな覚えは……」


 否定しようとして、内閣総辞職直後のゴタゴタで大公国の使者を誤って追い返してしまったという報告が上がっていたのを思い出した。

 アレかーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!!!!


 来てた! 使者来てたわ! これ奇襲戦争じゃなかった。正式に宣戦布告されてたのに気づかなかっただけだ! ウチの国の外交どんだけカスなんだよ!

 クソッ! でもアレは仕方ねぇよ死ぬほど国内がゴタついてた時期だったんだから。せめてもう少し早く思い出していれば……いや、今更悔やんでも無意味だ。今は今できる最善を。


「……覚えはあるな。仮にここで私が全面降伏した場合、貴方がたはザヴィアー王国をどうする?」


 一応確認しておく。後ろで血に飢えた猛獣が殺気立つ気配がしたが構うものか。

 全面降伏も条件次第では全然アリだ。国民と俺とトリシャとスーちゃんを幸せにしてくれるなら、別に王座なんて譲り渡しても全然――――


「うむ。クァシィ=ダゥナェ大公国は寛大である。全面降伏すれば貴国が所有する王権(レガリア)を受け取った後、全土を占領し、王国民は全員奴隷とする。兵士、王族、貴族、平民、全て分け隔てなく。降伏しなければ兵士を皆殺しにしたのち、同様とする」


 ――――全然譲り渡せねぇなそれは。

 ウチの国は家畜牧場じゃねーんだぞ。自分に首輪つけて鎖の持ち手を差し出すなんてできるか馬鹿! そういうSMプレイでもない限り。


 ガッさんは首を傾げ、意外そうに聞いてきた。


「降伏するか? 王権(レガリア)も持たずたった一人の近衛を連れやってくるという事はそういう事と見てよいのか」

「いや、戦う。だが条件がある」

「ほう。拝聴しよう」


 ガッさんは頷いた。

 この人……人? スゲー話聞いてくれるな。最後通告終わってるんだからあとはもう殺し合うだけのはずなのにめっちゃ紳士的だ。ウチの将軍と交換してくんねーかな。ダメ? ダメかあ。


王権(レガリア)の強力さはお互い骨身に染みているだろう。ぶつかり合えばお互い無事では済まない。だから提案する。王権(レガリア)無しでこちらの将軍とそちらが選んだ一人が戦う。死ぬまで戦う必要はない、先に一撃を入れた方の勝ちにしよう。勝った方がお互いの王権(レガリア)を含め両国の全ての権利を手に入れる。どうだろうか」

「ふむ」


 俺が条件を言うと、ガッさんは手を顎に当てて考え込んだ。


 めちゃめちゃ王国側に都合の良い提案だが、通るかどうかは五分五分だというのがこの作戦の立案者であるスーちゃんの見解だ。


 スーちゃん曰く。

 俺が大公国の王権(レガリア)の詳細を知らないように、大公国も俺の王権(レガリア)を知らないはずだ。完全な奇襲に失敗し攻めを躊躇っているのはそれが理由だろう。王権(レガリア)は条件が揃えば内政特化能力のトリシャでさえ問答無用即死技を打てる。警戒して当然。

 だからその無知につけ込む。内政系王権(レガリア)だとバレたらダメだ。謎めいた、もしかしたら攻撃系かもしれない未知の王権(レガリア)と思わせておく必要がある。攻めを躊躇わせる必要がある。

 だからトリシャは王城奥深くに避難しておいてもらい、俺単身で出向き交渉する。

 こっちの王権(レガリア)は見せない。せいぜい虚像にビビってくれ。


 ガッさんの口ぶりからして侵略の目的の半分か半分以上は王権(レガリア)と思われる。

 これはいわば核戦争回避提案だ。核を撃つのはお互いやめましょう、という提案は一定の魅力と説得力がある。

 言え……その提案呑みますって言え……!


 俺が涼しい顔を取り繕いながら全力で祈っていると、ガッさんは思慮深げに言った。


「ふむ。面白い提案だが、攻め込まれているのは貴国だ。我が国の王権(レガリア)と国権を賭ける理由は無いな」

「なるほど、確かにそうだ。ではこちらが勝てばそちらは軍を引き、五年、いや一年は再侵攻しない。これでどうだろうか? 私は流血を避けたいだけなんだ。例え勝つとしても大軍をぶつけあい王権(レガリア)を振るって双方に屍山血河を築くのはそちらも本意ではあるまい?」



 俺は大人しく条件を引き下げた。ガッさんがケチをつけてくるのは読めていた。

 譲歩的依頼法ドア・イン・ザ・フェイスというやつだ。最初に無茶な要求をして、相手が渋ったら要求を引き下げる。相手は譲歩して貰ったと思うが、実は予定通りという基礎的交渉テクニック。

 さあどうだ?


 見守っていると、やがてガッさんは頷いた。


「国難にあって民や己のみならず兵の流血まで最小限に抑えんとするその慈愛、感服した。クァシィ=ダゥナェ大公国貴族として、貴殿の下々への責任ある決断に敬意を示そう。その決闘、謹んで受けさせて頂く」

「ぉあ? あ、うむ」


 ガッさんは巨体の腰を折り、空が降ってくるような威風堂々としたお辞儀をした。

 別に全然そーいうわけじゃないんだけどそれでいいや。

 感動してるとこ悪いけど、俺は将軍が負けたら約束破って全力で逃げるからな? 慈愛だの責任だのより命が大事だ。奴隷になんてなりたくないし死にたくないしトリシャも渡したくない。


「ではパルタ将軍、頼んだ」

「やっとか!!! フハハハハハハ、叩き殺してくれる!」


 俺が後ろに下がると、代わりにパルタ将軍が威勢よく前に出た。ガッさんは傍らの騎士に異様なオーラを放つ露骨にヤバそうな大剣を預け、普通の銀色の剣を抜いて前に出る。

 一撃を入れた方が勝ち! なんて条件の決闘を呑んだのだから、王権(レガリア)なしでも腕に覚えがあるのだろう。

 しかしウチのゴリラも負けちゃいねぇぞ。


 やったれ将軍! ぶちのめせ!

 いやほんとお願いしますよお願いお願い頼むから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ギルバードたそが生き延びる為にめちゃくそ必死になってるのがよく伝わってきます。 [一言] 生存本能を振り切っていけ。
[気になる点] 罠にはめるって言っちゃってるじゃん…… 絶対将軍が勝って万歳みたいなありきたりなオチじゃないじゃん…… これだからクロルさんの作品読むの止められないっすわ。 続きが気になってしょうがな…
[良い点] 他の黒留さんが書かれた作品もそうですが、人の内面の描写が臨場感に溢れていて感情移入しやすく物語に没頭出来る点 [一言] 何時も応援しています
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ