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01 灰かぶりの第十八王子

 現代日本では「王族」という言葉はほとんどゲームや漫画の専門用語だった。

 日本にも皇族がいるし、外国には王様がいるらしいという話は聞いているが、王族と聞いてイメージするコテコテの王族とはなんか違う。

 王族というのはなんかキラキラした服を着て、美女と美少女を侍らせて、めちゃめちゃ長いテーブルに座ってやたら品数が多くて量の少ない難しい名前の料理を毎日食べて、玉座でダルそうに座って「うむ」「よきに計らえ」「検討しよう」「褒美をとらす」とか言うイメージだ。

 21世紀にそんなベッタベタの王族がいったい何人いるだろうか。石油王はべたべたなイメージだけど、あれは王クラスの権力と金を持ってるだけで別に高貴な血筋というわけではないし領土も国民もない。


 だから漫画や映画で王族が偉そうに玉座でふんぞり返ってると「わあ、王族~!」という感じでちょっとした感動を覚えたものだ。

 ――――自分が王族になるまでは。


 しがない日本のサラリーマンだった俺は、火事で焼け死に異世界の王族に生まれ変わった。

 たぶん異世界だと思う。魔法あるし。ドラゴンとかいるし。


 言葉をなんとなく覚え、ハイハイを卒業して歩けるようになって来た頃、俺は王族もピンキリだという事を思い知った。

 俺が生まれた国はザヴィアー王国といい、ザヴィアー王家が400年に渡り統治している由緒正しい国だ。王族は首都ザヴィアーのザヴィアー城に住んでいる。国名も首都名も王族も全部ザヴィアーというのは分かりやすくていい。歴史や地名を学ぶ学生諸君もニッコリだ。


 ザヴィアー王家は古式ゆかしい壮麗な石造りのザヴィアー城にまとめて住んでいるわけだが、どこに住むかは王族の中の立場によって格差がある。

 400年前に築城された城は広々としていて、噴水付きの庭園や劇場ホール、教会、使用人達の宿舎がまとめて城壁内にゆったり収まるほどの規模を持つ。山から流れて来る渓流の水を引き込んだ冷たく澄んだ水を湛えた堀には優雅に魚が泳ぎ、跳ね橋を抱える城門に刻まれた古代の王の見事なレリーフは見る者全てを圧倒する。


 が、どこもかしこも煌びやかという訳ではない。

 ザヴィアー王家は数代に渡る浪費と無能によって衰退していた。

 使用人の宿舎は元々三棟あったものが経費削減のため取り潰され一棟に。

 王城内に敷かれた赤い絨毯は魔獣の毛皮を織ったものだが、あまり使われない廊下のものは微妙に異臭がする染料で染めた安物に取り換えられている。

 後宮の中でも利便性が低い端の方は補修費がケチられ、隙間風が入ってくる。

 宝物庫の中身は奸臣によって売り払われ贋作にすり替えられハリボテ状態。

 特にここ数年は大陸に戦乱の嵐が吹き荒れ、その余波で軍事支出が増えますます状況は悪化している。


 王位継承権第三十位、第十八王子ギルバード・ザヴィアー……つまり俺が住むのもそういう割を喰ったしょぼくれ区画なのだ。何しろ元々掃除用具置き場だった狭い部屋を改装して住んでいる。酷いとかそういうレベルではない。

 親父、つまり現国王がばかすか子供を作るから王城には部屋が足りなくなっていた。俺より権力や権威がある王子や王女、親父の寵姫達が良い部屋を全部取ってしまっている。部屋を整理するとか改装するとか増築するとか手はありそうなものだが、王城の色々な設備を維持するだけでも使用人の数が足りていない。仕事を増やしたら過労死者が出る。

 外国に対しては見栄を張り取り繕っているが、取り繕いきれていない感が否めない。特に他国からの使者がここ数年露骨にナメているのが見て取れて辛い。


 王族とはいっても継承権三十位ともなると一般人と変わらない。

 十歳になった時に乳母を外されてから五年間、専属使用人がついた事はない。

 自分の部屋は自分で掃除する。

 洗濯も自分でやる。

 服が破れたら自分で繕う。

 勉強は本を読んで自学自習。

 パーティーには当然呼ばれないし、祝い事でもなければ食事も厨房にトレーを持って貰いに行って自室で一人で食べる。


 ほとんどいないも同然の扱いだ。

 何もしなくても全部使用人がやってくれて、勉強しなくても将来が約束されている大兄上や大姉上が羨まし過ぎて何度枕を涙で濡らしたか。働かないで食べる飯は美味いんだろうなあ……俺も毎日遊んで働かずに飯を食べたい。


 そして今日も一人寂しく狭い部屋で起床する。部屋の一番奥に置いた小さなベッドは去年から足がはみ出すようになってしまった。

 夜の冷え込みで冷たくなった足をさすりながら虚しい笑いが出る。これで王族だというのだから笑える。生まれ変わる前とどっちが悪いのか甲乙つけがたい。


 顔を洗い、着替え、朝食を貰いに廊下を歩いていると、十三番目の兄上にばったり会った。

 俺と同じザヴィアー王家の血が濃く出た金髪紅眼。そして俺と正反対のデブデブのデブだ。転がった方が早く移動できる体型してるのに、なぜ二足歩行しているのか理解に苦しむ。

 兄上はカーペットに蹲った壮年の男――――使用人のボブを杖でしこたま叩き喚いていた。


「この無能が! 無能め! 死んで許しを乞え!」

「お、お許し下さい!」

「だまれ! 耳ざわりだ!」


 興奮してボブを更にぶん殴ろうとした手を止める。

 俺にむっちりした腕を掴まれた兄上はきょとんとした。まさか自分のやる事を邪魔する奴がいるとは考えもしていなかった、という顔だ。


「どうしました、兄上」

「なんだギルバードか。はなせ、無礼者め!」

「失礼、兄上。それで何があったんです?」


 手を離して改めて尋ねると、兄上は使用人を杖でつついて憤慨した。


「この無能に罰を与えていたのだ」

「なるほど。彼が何をしたのかは分かりませんが、使用人への罰則は監督官に一任されています。例外もありますが、原則的には――――」

「わけのわからん事を言うな!」


 兄上は躊躇なく俺を杖で殴った。いってぇ。

 兄上と話すのは半年ぶりだが、成長どころか悪化してる気がするぞ。

 まーたバブバブ兄上ちゃんを上手くあやして帰らせる作業が始まるのか。

 ……そういえば兄姉でまともな会話が成立した記憶ねぇな。ウッ、吐き気が。


「兄上。彼が何をしたのか教えて下さいませんか?」

「なにをしたのか? おれは死ぬまではたらけといった。だがおれは見たのだ。こやつは休んでいたのだ!」


 兄上の顔を見つめたが、冗談だ、という言葉は出て来なかった。

 視線を移すとボブは死相とクマがはっきり出た青白い顔で震えている。

 ……なるほど?


「兄上、早急に豚の丸焼きになって彼の滋養になるのが最良の策かと」

「なんだ? むずかしい言葉を使えば頭がよく見えるとでも思っているのか? 俺には通じないぞ、おろか者め!」

「失礼、兄上。あー、なんと言えばいいのでしょうか。えーと、実は人は死ぬまで働かせると死ぬのですよ。休むのは当然で――――」

「うるさい! 口答えするな!」

「い゛っっって!」


 今度は脇腹を殴られた。てめー朝飯食べた後だったら吐いてたぞ! 骨を折られないだけ七番目の兄上や十二番目の姉上よりマシだが。

 殴り返して肉を叩いて柔らかくして美味しいステーキにしてやりたくなるがグッとこらえる。ここでぶちのめしたら衛兵が来てしまう。

 そこが俺と兄上姉上の差だ。俺と同じく継承権の低い彼らは、使用人を死ぬまで絞り上げたり、親父や継承権上位の兄姉に媚びてすり寄ったりして権勢を確保している。

 俺も使用人を顎で使ったりえっちな命令をしたりは是非したいのだが、目を合わせてくれなくなったり声をかけただけで青ざめられたりしたらショックだから兄姉の真似はできない。


 俺は鈍痛が走る脇腹を押さえながら笑顔を取り繕った。


「では兄上、こうしましょう。この使用人はこのギルバード・ザヴィアーの名においてしっかり働かせます。死んだら兄上の元に首を送りましょう。いかがです?」

「ほう……わるくないな」

「そうでしょう、しょうでしょう。さあ兄上、そろそろ朝食の時間では?」

「ん? ああ、そうだったな。お前もくるか? いや、お前は食事の席にもよんでもらえん負け犬だったか。ブハッハッハッハッハ!」


 兄上は俺の頭をぺしぺし叩き、耳障りな馬鹿笑いをしながら機嫌よく去っていった。

 その姿が廊下の曲がり角に消えたのを確かめてから作り笑いを消し、ボブの手を取って助け起こす。


「災難だったな、ボブ」

「ありがとうございます、ギルバード様」


 ボブは痛みをこらえぎこちなさそうにしながらも、禿げあがった頭を深々と下げた。

 彼は使用人の中でも年かさで、長年の苦労と加齢で頭髪戦線は見るたびに撤退を繰り返しているようだった。

 ボブは何一つ悪くないし、被害者そのものであり、王城を支えてくれている影の功労者なのだが、正直こうやって助けるなら美少女メイドが良かったな、という欲はある。

 こう、小さな頃からずっと一緒の幼馴染の美少女メイドで、普段は立場を気にして敬語で一線引いたそっけない態度なんだけど、二人きりになると無邪気に距離をつめてきて小さな頃と変わらない無防備な距離感でドキドキしちゃう……みたいな。

 あ~いい。王位継承権一位とか二位だったらそんなメイドいたんですかね。悲しい。


 俺が虚しい空想に耽ってぼんやりしていると、ボブはまた頭を下げた。


「御名の名誉まで賭け助けて頂き感謝の言葉もなく。これからはギルバード様の名を汚さぬよう、身命を賭し働かせて頂きます」

「いや本気にするな、俺の名前なんて大したもんじゃない。首もとらん。適当に休んで働け。今度は見つからないようにな」

「は……ご厚情、ありがたく……!」


 ボブの声は少し震えていた。お前泣きそうじゃん。

 打ち首になりかかってたんだし、泣いても見ないフリぐらいはするけどおっさんに胸は貸さんぞ。


「ああ。あと兄上はどうせ明日になれば全部忘れてる。……いや、冗談じゃないぞ。兄上なら本当に忘れる」


 ボブは苦笑して答えなかったが、代わりに俺の耳元に口を寄せ声を潜めて言った。


「……ここだけの話ですが。ギルバード様が王位を目指すおつもりなら、使用人一同命を賭ける覚悟がございます」

「馬鹿、命賭けて負けたら死ぬだろうが。賭けるならご飯のおかず一品とかそれぐらいにしとけ」

「私共は本気です。ギルバード様が戴冠して下さったらどんなに良い事か」

「それ、兄上や姉上達の前では絶対に言うなよ」


 古今東西、地球でもこの世界でもクーデターは死刑と相場が決まっている。


「御忠告、ありがたく。しかし偽らざる本心です」

「あー、覚えておこう。ところで俺は朝食を取りに行く途中でな」

「おお、そのような雑事。傍付きの者を置かせていただければやらせて頂きますのに」

「お前達の仕事をこれ以上増やしたら働き過ぎで死ぬだろう」

「ギルバード様のお世話を喜ばない者がこの王城におりましょうか。問題ありません」


 ボブはふらふらっとよろめきながら誇らしげに答えた。

 問題しかないんだよなあ。休めや。


 本音を言えばめんどくさい事は全部丸投げしたい。ボブではなく美少女メイドにお世話させて下さい、と熱心に売り込まれたらお世話して貰っちゃおうかなへへへ、と言ったかも知れない。

 でも王城に美少女使用人いないんだよなあ。

 王族の腐敗は既に市井に知れ渡っている。見目麗しい男女は無理やり妾か愛人にされるか、あるいは弄ばれ捨てられるという根も葉もバッチリある噂が広がっている。そりゃ美少女使用人が消えてハゲが増えるわけだよ。

 ハゲでもボブは良い奴だが、この世の理不尽を感じずにはいられなかった。

とりあえず十日分はストックあるので毎日更新します(´・ω・)

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[良い点] あらすじで一族郎党皆殺ししてるの草です。 [一言] 三話後くらいにギルバードが高笑いしながら周辺各国に宣戦布告する光景を幻視する調教されたなろう読者です。
[良い点] 約束された屠殺の脳味噌ギトギトデブ
[良い点] 面白そう!
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