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09.『ねえねえねえ』

読む自己で。

 8月25日。

 明日夏休みが終了というところまでやってきた。

 私が夏休みにやったことと言えば会話、課題、食事、入浴、睡眠、この5つだけしかない。どこかに出かけるということもしなかったし、べつに夏休みだからって出かける義務はないので割り切っていたのだが。


「……ふたりとも出ていっちゃったんだよね」


 13日の午後14時くらいだっただろうか。

 璃沙が「迷惑かけちゃうから泊まるのやめるね」そう言ってから未琴も便乗し、すぐに家から消えてしまったのだ。

 だからずっと不貞腐れていて、私はほぼこの部屋、ベッドの上で寝転んでいた。


「迷惑かけちゃうからって……単純に私が邪魔なだけじゃんか」


 べつに私は邪魔をしようとなんて思っていなかった。

 だからこそ「やめてくれ」って言ったんじゃないか。

 なのに勝手に邪推して出ていって、本当にやっていられない。

 だからせめて願うのだ。


「仲良くやれよばかやろー!」


 それから私は夏休み最後の1日をいつもどおりに過ごした。




 翌日。


「――というわけでまた頑張れよー」

 

 始業式が終わり、HRも終わり、今日はお昼前に終了となった。

 あのふたりは出ていってしまっているわけだから、会うという用事もない私はひとり、学校をあとにした。

 最初は会う、会わないであれだけ揉めていたというのにこの変わりようには正直苦い笑みがこぼれる。


「ま、待って芽衣ちゃん!」


 実に13日ぶりの彼女の声、姿。

 よく追いついてこれたなと私は内心で笑った。


「ひ、久しぶりっ」

「お久しぶりです、麻倉先輩」


 以前のように戻したことに反応したのか、いつもの作り笑いを浮かべる璃沙。


「それで、どうしたんですか?」


 あの本好きさんは今日もあの空間にいることだろう。

 だったらどうしてこっちを追ってくる?


「げ、元気だった?」

「はい。そちらはどうでした?」

「……未琴ちゃんの家に泊まらせてもらったんだ。だからずっと楽しく元気でいられたよわたしは」

「そうですか、良かったですね」


 こっちだって夏休みを落ち着いて過ごせて楽しかった。

 ……未琴の家に泊まったという情報はいらなかったが。


「えと、なんでそんな堅苦しくなってるの?」

「本来は先輩には敬語を使うべきですよね?」

「そ、そうだけど、わたしがいいって言ったんだから……いいよ」


 そのもじもじする感じは可愛らしいが、


「いえ、必要ないじゃないですか」


 そんなのはもっと仲のいい子に見せてあげればいい。

 瑠璃色姫とか正にそういう対象になることだろう。

 ちなみに、「ひ、必要ない?」と彼女は困惑していた。


「……こっちの話です。終わりですか?」

「……今日さ、あの喫茶店に行かない?」

「平柳さんもですか?」

「う、ううんっ、わたしとあなた……で」


 そんなことをしたらまた嫉妬されて目の前でキスされる羽目になる。

 どうしてわからないんだろうか、彼女は。


「だ、だよね……わたしとなんて嫌だよね」


 なにも答えずにいたら勝手に変な解釈をされた。

 いい人だけど、ここまでマイナス思考になられると正直複雑というかうざい。


「ご、ごめんねっ、帰る――」

「そういうのやめてくれませんか?」

「え……?」

「勝手にマイナスな方向に考えるのやめてくれませんか?」


 完全完璧なブーメランだった。

 私の口撃は私の心を切りつけていくがこの人のためだ、やめられない。


「どうして自己評価が低いのかは知らないですけど、そのまま言い続けていたら周りにも本当に駄目だって言われてしまいますよ? そうなる前にやめたほうがいいと思いますけどね」


 私が平気でいられているのは自分のことを駄目だとは思っていないからだ。

 時々、考えることはあっても、心の底からそう言っているわけではない。

 で、璃沙のそれは究極的な構ってちゃんみたいなものだ。

 あなたはいい子だよって言ってくれるのを待ってる、そうではなくて本当に自己肯定感が低いのだとしても、周囲からすればそのように捉えられてもおかしくないわけだ。


「……それこそやめてよ、私が優しくて魅力的な子って言ってるんだから否定するのはさ。……失礼します」

「待ってってば!」


 だからね、こうして手を掴まれて一緒にいたりするとさあ……。


「璃沙やめなさい、芽衣が困っているじゃない」


 ほらあ! こうして瑠璃色姫が現れるんだってば!

 というか本を読むのをやめてまで璃沙を追ってくるとか健気やん……。


「未琴ちゃん……」

「いいじゃない、本人が望んでいるなら」

「でもわたしは……」

「璃沙、あなた芽衣と仲良くしたいの?」

「……うん」


 かわいいっ! この流れじゃなかったら抱きついているところだ。

 だが、本妻がいる前でそんなことができるはずもなく、私はただ固まるのみ。


「ふぅん、それはどうして?」


 そう! ナイス質問!


「……気になるんだもん、それじゃだめ?」

「かわいい……」

「ふぇっ!?」

 

 ……冷たい瑠璃色の瞳がこちらを貫く。

 なにを考えているのかはわからないが、こちらにいい気持ちを抱いていないことは確かだとわかる。


「別にいいわよ、好きにしなさい」

「うぇ?」

「どうしたのよ?」

「だ、だって麻倉先輩が私に近づいたら……」

「近づいたら?」


 取られるかもしれないよ、は自惚れすぎる。

 これはあれか、私如きに取れるわけがないという考えからくる余裕か。


「あ、あくまで友達としているだけだから!」

「え、そうでしょう? なにを考えていたの?」

「あ、あははっ……」

「私はこれで帰るわ、あまり遅くならない内に帰ってきなさい璃沙」

「うん、またね!」


 って、夏休みが終わってもなお、まだお泊りを続けてるというのか?

 そこまで仲良くてどうして私に興味なんか抱く?


「それでは」

「えっ!? い、行ってくれるんだよね?」

「え? いえ、行きませんけど」

「……ひどいっ、芽衣ちゃんのばか!」


 気になるってなにがだ?

 そうやって私のところに来るようですぐに去るじゃないか。

 未琴と仲良くやれているのなら問題はなにひとつとしてないのに。

 来られると複雑なんだよ、苦しくなるんだよ。

 どんなに頑張っても、どんなに笑ってくれても、意味がないということに。


「あんな泣きそうな顔にさせたいわけじゃないんだよ」


 だから来ないでくれ。

 べつにこっちはひとりで平気なんだよ。

 4月からずっと友達0でやってきているんだから。


「ただいま」

「おかえり」

「あ、瀞人さん。早いね今日は」

「まあな。広美は買い物に行ってるからいないぞ」

「もう、手伝ってあげてよっ」

「広美は一緒に行かせてくれないんだよ、次はちゃんと付いていくよ」


 とりあえず部屋に行って母が帰ってくるまで時間をつぶすことにした。

 とはいえ、制服から部屋着に着替えて、ベッドにゴロゴロリでしかないが。


「なんで無駄なことをするのかなあ」


 無駄なことはなにもないとか言うけど、そんなのは嘘だろ、思い込みだろ。

 少なくとも傷つく結果になるとわかっていたら、私だったらなかったことにして前に進む。

 あの先輩は真っ直ぐいられるときがあるくせに、たまに不器用すぎる。笑えないのに無理やり笑ってぎこちなくさせるし、おまけにあの自己評価の低さだ。


「私か頼ってしまったからか」


 あのひとの中になにかを芽生えさせてしまったんだ。

 なんでもかんでも自分のせいじゃないかと、内心で溜め息をつく。

 そもそも未琴と出会っていなかったら、あんなことにならずに済んだし先輩を頼らなくて良かったというのに。


「4月に戻りたいな」


 でもまあ、願ったところで戻れないのが現実で。

 数十分して帰ってきた広美さんの夕食作りを手伝ってごはんを食べた。




「あなた最低ね」


 翌日の朝、急にやって来た彼女にそう言われて驚いた。

 いままでこうしてクラスに来ることはなかったので、そういう意味での驚きも強かったが、どうしていきなり罵られているんだろうかというのが1番だった。


「璃沙が泣いていたわよ」

「私はただ誘いを断っただけだよ?」

「どうして断ったのよ?」


 どうしてって、あなたがそれを言うんかい……。


「そもそもさ、私と麻倉先輩がきこちなくなったのは平柳さんのせいだからね?」

「どうして私のせいみたいに言うの?」

「目の前でキスしてくれたでしょうが!」


 既に登校していた生徒がざわつく。

 そりゃそうだ、だって教室では私は空気みたいな存在だもん。そんな人間がいきなり叫べば誰だって気になる。


「キスしたからってどうして璃沙とぎこちなくなるのよ?」


 ……気になる人で彼女の名前を挙げたの全然聞いてなかったのかな。

 このままでは平行線のように感じたので、悪かったと認めておいた。


「あなたがそのままのつもりでいるのなら、もう璃沙に近づくのはやめてちょうだい」


 ど、どこまで勝手な人なんだよ彼女は……。

 邪魔がしたいのか眼中にすらないのか、わからなくて突っ伏した。




「美味しい」


 今日も今日とて昼食を取る場所は屋上の1番端だ。

 そこで広美さん作の美味しいお弁当を食べながら、グラウンドで遊んでいる人たちを見下ろす。


「あいつじゃね?」

「そう! あの子だよ」

「あの子がリサリサを泣かせた子だね」


 あいつとは私のことだろうなと考えていたら3人の男女に実際取り囲まれた。


「おい、璃沙を泣かすんじゃねえよぼっち女が」


 って痛っ!? いきなり物理攻撃とか私じゃなければ泣いてるぞ……。


「ちょ、物理攻撃は駄目でしょ?」

「知らねえよ、人を泣かせたら自分も報いを受けなければならねえんだ、よっ」


 た、卵焼き――だけではなくお弁当箱を無理やり奪われ無造作に地面へと中身を捨てられた。

 物理攻撃は全然構わないがそれだけは堪えて、また蹴ろうとしてきたその人の足を掴み、噛み付いてみせた。


「ぎゃあ!?」


 と変な声をあげて大袈裟に痛がる2年男子さん。

 やられっぱなしというわけにはいかない。私にだってプライドくらいあるんだ。


「ぺっ……まず……」

「てめえ!」

「なんですか?」

「うっ……な、なんでお前……笑ってるんだよ?」

「え? マジですか? 私……蹴られて笑ってる……あ、そうなんですよ! 私、Mなんでもっとやってくださいよ! ねえねえねえ!?」

「ひぃっ!? こいつは変態ぼっち女だぁ!」

「「「あ、こら逃げるなー!」」」


 なんか最後はふたりの女の先輩とシンクロしてしまったけれど。

 私は追わずにひとり残る。


「うぅ……怖い……じゃんか」


 いきなり物理攻撃とかやっぱり男の人は怖い。

 お弁当が粗末にされていなかったら泣き寝入りするしかできなかった。


「芽衣ちゃん」


 びくりと体を震わせる。

 どうしてここに、そう構えている内に抱きしめられたのだった。

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