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08.『足を引っ張る』

読む自己で。

 なにかがなくても時間だけは平等に経過していく。

 8月10日を越えどんどんと終わりが近づく中、私たちはと言うと、


「暑いぃ……課題やりたくないよぉ……」

「だよねぇ……芽衣ちゃんの言うとおりだよぉ……」


 そうでなくとも緩い毎日に心もだらだら、暑さに負けて汗がだらだら。


「しゃきっとしなさい、夏はいつもこんな感じでしょう?」

「「あの人おかしい……」」


 こっちなんて座っているだけで汗をかいているというのに、未琴は1番陽のあたりがいい場所で本を読んで平然としていた。


「わ、私たちは新陳代謝がいいのか」

「なら未琴ちゃんは悪いのかな?」

「いいことじゃない、新陳代謝がいいのなら」


 碓かに体のことを考えればそのほうがいいのかもしれないけど、あくまで単純にいまだけを見ればこれはマイナスでしかないと言える。

 だって汗でべたべたして気持ちが悪いんだ。髪や服が張り付いたりするし、もしかしたら他人を不快にさせるかもしれないし。


「璃沙、私、くさくない?」

「うん、大丈夫だよ」

「うぅ……でも、どこか行ったら余計に暑いよね」

「んー、かき氷でも食べに行く? ひーちゃんも誘って」


 広美さんも暇しているだろうし暑いだろうからそれはいい提案だけど、


「余計なお金を使うべきではないわよ。家の中にいれば十分涼しいじゃない」


 すっかり調子を取り戻した彼女により反対される。


「とにかく課題は終わりでいいや。うへぇ……」

「だよね……」

「あなたたちそんなのでいいの? 私はもう終わったわよ? 終わり頃になって泣きついてきても知らないわよ?」

「「きょ、今日はいいもん……」」


 彼女はこちらに冷たい視線を向けてきていたが、すぐに「知らないわよ」と溜め息をついて本に意識を戻した。


「ねえ璃沙、璃沙は好きな人とかいないの?」

「えっ、えー? な、なんで急に?」

「いや、璃沙みたいな子だったらモテそうだなって、男女問わず」


 そう、私が一切関わらないだけで男の子だって在籍しているわけだ。

 女子校というわけではないのだから当たり前なことではあるが、それでも少し怖いと思うのは実に人慣れしていない女の思考として間違っていないと思う。とかく高校デビューが失敗したいい例である。……華の女子高校生活がこんなのでいいのか? ……良くないと思っているのに8月まできてしまったぁ……。


「み、未琴ちゃんのほうがモテるよ! よく告白されて困ってるってメッセージを送ってくるもん!」


 そこでちょっと複雑な気持ちになる私の心。

 どうして璃沙には相談するのに私には言ってくれないんだろう。

「だってお前は恋愛経験ないだろ?」と言われたらそのとおりだが、大切な友達のために私だって少しは動きたいのに。


「み、未琴のことはいいからいまは璃沙のことだよー」

「うーん……わたしはほら、前にも言ったように人に好かれないから……」

「そんなことないよっ、こんなに優しくて魅力的なのに!」


 大して仲も良くない子に優しくできる強さがある。

 私がそれをそう思っているんだから否定はやめてほしいものだ。


「えー違うって、わたしは魅力的なんかじゃないもん」

「そうだってっ」

「違うよ」

「だからそうだ――」

「違うよ! わたしは魅力的なんかじゃない!」


 なんでだよ……そんなに必死に否定することでもないのに。

 だって馬鹿にしているわけではないんだ。あなたはこんなにも素敵なんですよって言っているようなものなのに……。


「どうしたのよ叫んで」

「う、ううんっ、ちょっとみーちゃんとお話ししてくるね!」


 ……なにも逃げなくてもいいのに。

 いまいち状況が飲み込めていない瑠璃色姫に流れを説明しておいた。


「それは芽衣が悪いわね、後で謝っておきなさい」

「ちょちょっ、ちょっと待ってよ! 私はべつに悪口を言ったわけじゃないんだけど!?」

「踏み込まれるのがまだ嫌だということよ、あなたはそういうところが分からない生き物よね」

「なっ!?」


 じゃあ私はまだ信用されていないということじゃないか。

 でもそうか、瑠璃色姫はともかくとして璃沙と会ったのは最近なんだし。

 それとも単純に、私に踏み込まれるのがみんな嫌なの、か。


「……まあいいや。未琴はどうなの? 好きな人とかいないの?」

「私の読書頻度から分かると思うけれど」

「それこそ璃沙とか?」

「璃沙は碓かにいい子ね、私にも優しくしてくれるわけだし」

「そう! だからさっきはそう言ったんだけどなあ」


 友達0ということはなにか悪いことがあるということ。

 そしてそんな人間に優しくしてくれる彼女が悪いわけがないのだ。

 寧ろ文句を言う人がいたら、私のこの手でぶっ飛ばしたいくらいだった。


「あなた……は違うわよね……」

「えっ、し、失礼な反応しないでよ!」

「……でも、あなたがいないと嫌なのよね」

「うーん、私が友達だからじゃない?」


 どちらかと言えば私は喧嘩別れしたまま関係の消滅が嫌だっただけで、未琴がいてくれないと嫌だとは思わない、胸が苦しくなったりもしない。

 そう言ってくれるのは嬉しいけど、申し訳ない気持ちも大きかった。一方通行なのは寂しい、悲しいと知っているからだ。


「というか、それを聞いてどうするの? なにかあなたにメリットがあるの?」


 はぁ、女子高校生と言ったら恋バナで盛り上がる生き物たちではないのか? だというのにこの子ときたら……枯れているというか本が恋人というか……。


「もうだめだよそんなんじゃ! あなたに恋に生きるという生き方を教えてあげるから学んでよ!?」

「恋に生きる生き方って言うけれど、あなたは非モテじゃない」

「あぐっ!? ……い、いちゃい……心がいちゃいぃ……」


 非モテどころか友達すらいない私がおこがましかったんだ! うわーん!

 ……なんて冗談はともかくとして、せっかく女の子に生まれてきたんだからもったいないと思うんだけどなあ。……人によって違うのだと、まざまざ教えられているような気がした。


「それなら可哀相だからあなたにも聞いてあげるわ。あなたは気になっている人とか好きな人とかいるの?」

「広美さんと瀞人さん!」

「家族はなしで」

「うーん、璃沙?」


 そこでなぜか未琴が体をビクリと震えさせた。

 ん、これは私が邪魔になるからか、そう分析する。


「だ、大丈夫大丈夫! 恋愛的な意味でじゃないからっ」


 優しくしてくれたから私も優しくしたい。

 なにかをしてくれたから私もなにかをしてあげたい。

 単純にそれだけ、そして向こうにとってはこちらがお荷物でしかないわけだ。

 故に結ばれるとかそういうことは一切ないし安心してもらいたかった。


「……別にいいじゃない素直になれば」

「いや、だって信用してくれてないんでしょ? 未琴風に言えばさ」


 信用してくれていない人間とどう付き合えと言うのだ。

 べつにいい、恋バナがしたいだけで恋がしたいわけじゃない。

 友達0の私が望むべきことではないとわかっている。


「だから――」

「そ、そういうことじゃないから!」


 ドバンッ、大きな音を立てつつ扉が開けられふたりで驚く。

 が、開けた張本人はどこ吹く風、「そういうことじゃないからね!」と重ねて。


「璃沙……?」

「わたしが純粋に自信がもてないってだけだから! ……芽衣ちゃんが言ってくれたのはすごく嬉しかったんだよ?」


 ……困ったときに浮かべるような笑みではないのは確かだ。

 無理しているときは表情に出る人なのでわかりやすい。


「だからわたしは――……え?」


 私も同じように驚いた。

 なんで璃沙に未琴が……してんの? って


「え、ちょ……え?」

「私は1階に行ってくるわ」


 なにも事情を説明せずにやり逃げ状態。

 璃沙は顔を真っ赤にし、依然として困惑状態。

 残された私は……もやもや複雑心と格闘状態。


「わたしいま……」


 璃沙は自分の唇に指で触れてさらに落ち着きなさを増加させる。

 こちらはそれが見たくなくてベッドに突っ伏して寝ることにした。

 璃沙が誰としようと自由なのに、なんでこんなに辛いんだろう……。


「えと……芽衣、ちゃん」

「……ん」

「と、とにかく嬉しかったから、ありがとねっ」


 その嬉しいはもう私だけに向けられたものじゃないでしょ、そう口にするのは簡単だ。でもできない、悲しませることになるから。


「あはは……どうしてだろうね、未琴ちゃんなにかあったのかな?」


 私にわかっていたことだ。そりゃそうだ、長く関わっているみたいだし、友達としての好きから特別な意味で好きになってもなんらおかしくはない。

 ということはあれか、私のそれが固まったままだった未琴の足を動かす燃料になったというわけか。


「……あんまり悪い気はしなかったけど、さ」


 聞きたくない。

 そんなの本人に言ってあげればいいんだ。

 こんな、可愛くもなければ可愛げもない、優しくなく魅力的でもない女に言ってどうするって話。


「あの柔らかさには驚いたけどね」


 柔らかさと言えば未琴の胸は凶暴だ。

 本人が怒ったときにだす雰囲気と同じくらいには。


「芽衣ちゃ――」

「璃沙、広美さんと話してきなよ、未琴もいるんだからさ」

「……ううん、だって芽衣ちゃんが心配だもん」

「心配?」

「体が震えてるよ?」


 体が震えてるってそんな事実はな――手は震えてるようだ。


「寒いわけじゃないよね……真夏なんだし。それならどうして……」


 彼女は私の手を握って「とまれー!」と一生懸命な表情で願っている。

 でも、握られたままでいるほど、虚しさというのが込み上げてくるもので。


「……やめて」

「とまっ……え?」

「……わ、私はいいからさっ、広美さんたちと過ごせばいいから! 私はあれだと思う、課題やって疲れちゃったんだよ」


 シャーペンを長時間握っていたからとか云々を説明し、とにかく相手が璃沙だからというのを悟らせない。


「……だからやめて」

「……ご、ごめんねっ、わたしを悲しませないように遠回しな言い方をしてくれたんだよね! ……1階に行ってるね!」

「あ、ちがっ――行っちゃった……」


 私が苦しくなるからって言ったほうが良かったのかな……。

 だけどそれだと璃沙の足を引っ張ることになるわけだし、言わなくて良かったのだとすぐに割り切った。

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