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07.『夏バテかしら』

読む自己で。

「……なにしに来たのよ」


 翌日の早朝、私は平柳さんの家に訪れていた。

 が、一応は出てくれたものの、こちらを見る目は仄暗く顔は冷たく。


「平柳さんをいまから誘拐してもいい?」


 それでもこちらも負ける気はないから普通に誘った。


「誘……拐?」

「言い方は悪くなるけど、あなたの家に住もうとするから問題になると思うの。だからさ、あなたを私の家に連れて行っちゃおうと思って」

「あ……あなたがもう終わらせるって……」


 彼女にしては珍しく動揺している。

 悪いとは思いつつも積極的に攻めていくだけだ。


「んー、でもこのままだともやもやしてしょうがないからさ、だめかな?」

「……あなたのご両親に迷惑をかけるじゃない」

「その点は大丈夫! 寧ろ連れてこいって言われているから!」


 私は彼女の腕を掴んで笑ってみせた。


「……従わなかったら?」

「今回はそういうのいらない、私が純粋にあなたを連れ出したいの」


 なんでこのことに早く気づかなかったのだろうかって、わざわざ言ったりはしないけど。恐らくでもなんでもなく私は拒絶されることを恐れていたのだろう。

「2度と言わないで」と言われたことが強く影響し、いまのいままでずっと言えずにいたのだ。


「璃沙は優しいしもう友達のつもりだけど、あなたが1番最初の友達……なんだから」

「……私からは条件があるわ」

「うん」

「名前を呼び捨てにしなさい。私もあなたを芽衣って呼ぶから」

「うん」

「あと次……本当に離れたら、あなたを殺して私も死ぬわ」

「こ、怖いなあ……でも、あの家にいれば離れることなんて絶対ないからいいよ」

「約束よ? 破ったら今度は本当にするわよ?」

「うん、大丈夫」


 未琴はうなずいて家の中へ入っていった。

 それから30分くらいして彼女が出てくる。大きめなバッグを持っていることから、本をたくさん持ってきたのだということがわかった。


「い、行きましょ」

「うん、行こっか」


 外で待っていた時間とは裏腹に、家へはすぐに着いた。

 彼女が広美さんに挨拶をしている間、私のベッドで爆睡している璃沙を起こすことにする。


「璃沙ー」

「……んん……? あ……おはよー」

「うん、おはよっ。ちゃんと連れてきたよ、未琴を」

「あ、良かったね! でもそうなるとこのベッドで寝られなくなるのかぁ……」

「べつにいいんじゃない? 交代交代とかにすればさ」


 夏だし私が床に寝たっていい。

 ベッドに寝転んだって布団はお腹にしかかけていないわけだし、特に不都合はない……かどうかは置いておくとして、お客さんにばかり床で寝かせるわけにはいかないのだ。


「し、失礼するわ……」

「ごめんね未琴、あなたの家や部屋ほどは広くなくて……」

「……私は別にめ、芽衣や璃沙がいればいいわよ」


 なんて可愛らしいことを言ってくれるんだろうか。

 これで「あなたを殺して私も死ぬ」がなければもっといいんだけど。


「今日からここがあなたの家及び部屋だから、ゆっくりしてね!」

「寝る場所はどうすればいいの?」

「いま璃沙にも言ったんだけど、ベッドに交代交代かな」


 さすがに3人分寝転ぶスペースはないわけだし仕方がない。

 なんなら私がずっと床でもいい。誘ったのは私なのだからそれくらいはしなければならないだろう。


「やっぱりふたりがベッドで寝てくれればいいよ。ちょっと広美さんと話をしてくるね」


 1階に行くと広美さんはテレビを見ているようだったが、私は横に座って母の体を抱きしめる。母はなにも言わずに頭を撫でてくれた。


「お母さんたちに負担をかけちゃうけど……」

「大丈夫っ、娘が3人になって寧ろ嬉しいよ」

「誰が1番好き?」

「それはめーちゃんに決まってるでしょっ? ただまあ、夏休み中に変わるかもしれないけどっ」


 私ももっとあのふたりと仲良くなりたい。

 特に仲良くなりたいのは璃沙ではあるが、未琴ともゆっくりと仲を深めたいと考えている。いま広美さんが言ったように時間が経った後、どうなっているのかなんて誰にもわからないのだ。 


「ひーちゃん、ちょっと外に出てくるね」

「はーい、気をつけてねりーちゃん」


 璃沙は私に小さく手を振ってから外に出ていったわけだけど……。


「ちょ、ちょっと待って! なんか仲良くなりすぎてない?」


 そんなまるで友達みたいに、しかも自分よりも仲良くしていたら複雑だ。


「ふっふっふ、女子高校生を攻略中よ!」

「だ、だめだよっ」

「めーちゃんはみーちゃんの相手をしてあげて」

「……うん、行ってくるね」


 部屋に戻ると彼女はベッドの端に腰掛け本を読んでいるようだった。

 窓から入り込む生ぬるい風がなぜだか酷く心地がいい。

 私は彼女の横に座って一緒に本を読んでいる雰囲気を出して。

 風で小さく揺れる彼女の横髪をいじったりもした。


「……ぐすっ」

「また悲しいの?」


 これまた彼女は小さくうなずく。

 一体、どんな本なんだろうか。

 思わず感情移入して泣いてしまうくらいの内容って。

 少しでも和らいでくれればいいと願い、彼女の頭を撫でる。

 さらさらな手触り、まるで手が意思を持ったかのように離れはしない。

 だからゆっくりと撫で続けて、これにも心地良さを感じて目を閉じて。

 急に腕を掴まれて目を開けると、至近距離で瑠璃色の瞳と目が合った。


「……ごめんなさい」

「……うん」


 ごめん、か。

 謝らなければならないのは自分のほうだと思うけど。


「……何度も言うけれど、あなたといられないと苦しくなるのよ」


 またこの流れ……。

 それでも、今度こそ失敗しない。


「私もね、昨日ここに帰ってきたとき、このままじゃいけないって思ったんだ。璃沙が抱きしめてくれて暖かったはずなのに、なんか心配でどうしようもなくてさ。だから今日、さっき未琴に会いに行ったの」


 苦しくなるとまでは言えないけど、私の中にも似たような感情があるのかもしれない。そうでもなければあのままでいいと割り切っていたことだろう。


「璃沙と同じで怖い顔や冷たい顔をされると怖くなるんだ」

「ええ」

「で、未琴がそうだったから……家に誘うのもできなくて同じ失敗を繰り返しちゃった。意識を失って起きたとき怖かったっ」

「……ごめんなさい」

「ううんっ、私だって悪いんだから! ごめん……未琴」


 被害者ぶっている場合ではない。

 謝らなければならないのは私のほうだ。


「……芽衣、抱きしめてもいいかしら?」

「……どうして?」

「あの悪い印象の状態のままでは嫌なのよ」

「うん……いいよ?」


 私たちはお互いに立ち上がり、私は抱きしめられるのを待つ。

 するとすぐに優しく柔らかく未琴が抱きしめてくれた。


「あ……」

「え?」

「……前までは怖かったんだけど、いまの未琴からは暖かさしか伝わってこないから」

「そうなの? よくわからないけれど……」


 なんだろう、単純すぎやしないだろうか。

 それとも未琴が私のことを少しは信用してくれたってことなのかな?


「未琴ってさ、ちょっと体温が低いよね」

「そう?」

「うん、夏なのにちょっと冷たいから気持ちいい」


 あと、全面のふたつのお山とか。

 これはまだ揉むことができていないけど、仲を深めれば許してくれるだろうか。


「そういえば日焼けは? 大丈夫?」

「ええ、結局見ているだけにしたのよ。陽射しとか水とかあまり得意ではなくて」

「え、じゃあどうして行ったの?」

「璃沙が行きたいって言ったからよ」


 そこでなぜだか心がぽかぽかとしはじめて、


「もういい?」

「ええ、ありがと」


 解放してもらった私はベッドに寝転ぶ。

 こちらを微笑を浮かべながら見下ろす未琴。

 でもなんか私は見られなくて、枕で顔を覆った。


「どうしたの? 顔が赤いけれど……」

「うん……なんかよくわからないんだ」


 何回もその瑠璃色の瞳とかを目にしてきたというのになんでだろう。


「夏バテ……かしら」

「ちょっと広美さんを呼んできてくれない?」

「分かったわ」


 数十秒後、広美さんは部屋にやって来た。


「夏バテなの?」

「ううん、なんかわからないんだ。顔がかあと熱くなって、どうしようもなくて」

「顔が熱くなる? それってなにをしてそうなったの?」

「普通に未琴と話していただけだけど……」

「ふむふむ、とりあえず様子を見ましょうか。分からないんじゃ仕方ないしね」

「うん……わざわざごめんね。未琴もありがと」


 いろいろと疲れがやってきたのかもしれない。

 期末テストだったり未琴とのゴタゴタだったり、結構忙しかったもんなあ。


「……私のせいよね?」

「ううんっ、全然そんなことないよ!」

「でも……」

「大丈夫だって! だけどもし風邪とかだったりしたら移しても嫌だし、広美さんといてくれる?」

「……ええ、それじゃあ1階に行っているわね」


 扉が閉じられひとりになる。

 ひとりになったら手鏡で顔を確認。


「うわ……なんでこんな蕩けているんだろう……」


 自分でもわかるくらいなんだから、他人様が見たら一目瞭然だろう。

 私は単純に、人に優しくできる未琴のことをいいなと思っただけだ。

 それだというのにぽかぽかからかあと全身が熱くなり、顔が見られなくなり、一緒にいづらいから出ていってもらった。恋ではないと断言できるが……。


「たっだいま~!」

「あ、璃沙おかえりー」

「うわぁ!? な、なんかえ、えっちな顔をしてるよ?」


 これはえっちな顔らしい。

 なんかまるで発情しているみたいだからやめてほしいものだ。


「璃沙……」

「や、やめっ、その感じが近づかれるとドキドキしちゃうよ」

「ふふふ、りさぁ」

「だ、だめだから! わたしたちは同性なんだから……」


 人差し指をツンツンと合わせ、こちらを見たり見なかったり。

 灰色の瞳からは不安が伝わってくるが、少しの興味もあるような感じがした。


「璃沙、抱きしめてもいい?」

「えっ? ちょ、いまは――あ……」


 彼女を抱きしめてから私は小悪魔になった気分になった。

 けれど、小悪魔系でいられるのはカワイイ子限定ではないだろうか。


「ごめんね、調子に乗っちゃって」

「……ううん、べつに迷惑ってわけじゃないし……」

「なら、いいけどさ」


 そのまま5分くらい柔らかい感触に包まれてから私は離したのだった。

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