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02.『喜びの溜め息』

読む自己で。

 梅雨の季節がやってきた。

 少しだけ複雑な気分になるそんな毎日。

 が、そんな気分になるのは私だけのようで、周りの子は友達と「雨だるいねー」なんて口にしつつも楽しそうにしている。だるいを楽しむことができるのは、素直に羨ましい能力だなと私は思った(まる)


「だって雨だと外に行けないしなあ」


 屋上で食べることもできない。

 そして周りは他の子とワイワイ昼食を取っており、残酷な時間となる――なんてことはなく、大人しく教室で広美さんが作ってくれたお弁当を食べた。

 食べ終えたら適当に散策して、予鈴が鳴れば教室に戻り待機。授業、休み、授業を乗り越えれば私の1日は終了するというわけ。

 そう、問題なのは友達がいないことだが、私にとってはあまり問題ではないというのが、なんとも問題なところなのだ。語彙力ない……。


「図書室に行くべきなのかどうか……」


 教室から出てすぐに廊下の壁にひたいをくっつけ、私は悩んでいた。

 どうせ雨でも例外なく平柳さんはあの空間にいることだろう。が、そこに行ったところで素気なく対応され終わることが容易に想像できた。


「向坂さん」

「ん? ああ、前の……」


 偉そうだけど自分と同じ普通の子だ。だからこそ落ち着くとも言えるけれども。


「平柳さんが寂しがってたよ?」

「え?」


 ついつい反応が冷たい感じになった。

 そんなわけがないだろう、もしそうだったらお昼とかだって一緒にごはんを食べてる。またあの小さなお弁当を蓋の上に作って、むりやりあげているところだ。


「あー、平柳さんってさ、あそこに登校しているんだよ。だから向坂さんが探しても見つからなかったというわけなんだ」

「あそこに登校って……」


 ずっと入り浸るにしては寂しい場所だ。

 というかひとりが平気だったのでは? べつに友達がいない人くらい他にもいるんだし、いちいち気にしなくていいのに……。


「私、嫌われているみたいなんだ。あなたが行ってあげたらいいんじゃない?」


 何度も冷たい反応をされたくない。進んで怒られようとする人間はいない。べつに友達がいなくても全然普通にやれているし、私はあの子と違って強いんだから問題はない。あんな密室にこもっているから人への対応がヘタクソになるんだ。


「嫌われてる? そんなことないと思うけどなあ」

「あのさ、それだけ事情を知っているのならあなたがいてあげればいいでしょ?」

「それはむりだよ」

「ど、どうして?」

「理由は言えない。まあ、向坂さんがどうしようとあなたの自由だからね」


 彼女はゆっくりと歩いていった。

 自分は昇降口に移動して靴に履き替える。


「どうせ行って言っても届かない、あの子はひとりが好きなんだよ」


 決めつけて私は学校をあとにしたのだった。




 7月。

 もうすぐで期末テストのため私は図書室で勉強をしていた。

 友達は依然としてひとりもいないが、それがいまはちょうど良かった。

 1時間くらい集中してやってからひとつ伸びをして、ひとつ息をついて。

 なんともなしにあの扉の方へと視線を向ける。


「平柳さんのことが気になるのですか?」


 それは前、私を彼女を案内してくれた女の人の声。

 この空間には彼女と私だけしかいない。

 ワイワイ勉強をやりたいから図書室という場所を選ぶことはしないのだろうか?


「いえ、だって私は嫌われているようですし」

「嫌われている、ですか?」

「はい」


 ある意味あの扉が、嫌なことを閉じ込める蓋みたいなものだ。

 開けてしまえばあるのは冷たさだけ、なのに進んで行くわけがない。


「そうでしょうか、平柳さんはあなたのことを待っているようですけど」

「そうでしょうか」

「あなた、友達がいないでしょう」

「そうですね、そのとおりですけど」


 いきなり毒を吐かれたことに驚きつつも、7月になっても友達0人だからなんだよ? と内心で吐いた。さすがに言う勇気は存在していなかった。


「あの、あなたが行ってあげたらいいんじゃないですか?」


 あの扉を一切躊躇なくノックすることなく開けられるのなら彼女の問題はないだろう。いきなり開けられて困惑するの平柳さんだしね。


「あの子が求めているのはあなたです」

「ちょっと待ってくださいよ」


 そもそもどうして私とあの子の情報が漏れているんだろう。


「あの、平柳さんがあそこに登校しているって本当ですか? はじめて会ったときは普通に屋上にいましたけど」

「流石にそれは違いますね。HRまでの時間、お昼休み、そして放課後に利用しているだけですよ」

「で、ですよね」


 それは良かった。


「行ってあげてください」

「うぅ、嫌われているんですよ?」

「先程のと同じであなたが勘違いしているだけではないですか?」


 うーん、そうなのかな? 家に住めと言い続ける私が嫌なだけでそれ以外はべつに普通なのかな? ……気になるのは確かだし、行ってもいいか。

 私は荷物を置いたままあの扉の前まで移動した。それからひとつ深呼吸をして、一応ノックをしてからドアノブをひねってから手前に引く。

 部屋の真ん中には相変わらず瑠璃色ロングヘアーの女の子が椅子に座って本を読んでいた。


「ぐっ……ぐすっ……」


 ただ、今日違ったのは本を読みながらボロボロと涙を流していることだろうか。

 嗚咽を漏らし泣いている彼女を見て、きゅっと胸が締め付けられる感覚がした。


「……平柳さん」


 話しかけても返事がない。悲しいくせにそれでも本から視線を外さない。

 本を読んで泣いたことがないから、なぜだか新鮮で素敵だと思って。

 私は邪魔をしたくないから今日も椅子に座って眺めることにした。

 鼻水をすすったり、前のページに戻してみたり、あれだけ愛される本が羨ましいと感じた。それだけ感動してくれたり、興味深そうにしてくれれば作者さんも嬉しいことだろう。

 でも、やっぱり私は退屈だ。だから向こうへ戻ろうとしたときだった。

 椅子に足が当たりキィと音が響く。そこでやっとパッと振り向く彼女。

 彼女はまたもや目を大きく見張る。そして片目からつつつと涙をこぼす。

 それが女優みたいだなとか思って、だけど泣いてほしくないから近づいて涙を拭った。


「ごめんね、邪魔しちゃって」


 運動能力とかがポンコツだからなあ……。フラグ立てが得意な人間でもある。


「本の内容が悲しかったの?」

 

 彼女はこくりと小さく頷く。

 感受性豊かな子なのかもしれない。


「そっか」

「……それだけではないの」

「そうなの?」

「……ええ、あなたに嫌われたと考えたら悲しくなって」


 私だって嫌われたと思って来ていなかったのに……。


「私も……嫌われたと思ったから……」

「え……どうして?」


 どうしてって……鈍感さんなのかな?


「最後のとき怖い顔をしていたし……」

「あれは……あのままだと甘えてしまいそうだったからよ。え、怖い顔をしていたの?」

「うん、思わずぺたりと座りこみそうなくらいには……」


 ちょっと大袈裟すぎたが、まあ怖かったのは本当のことだし嘘ではない。


「それは……ごめんなさい」

「ううん、私も勝手にひとりでいるのを好む子とか決めちゃったし」

「……友達なのに全然会えなくて寂しくてどうしようもなくて……」


 あ、一応友達ではいてくれていたみたい。


「私、他にまだ友達がひとりもいないんだ」

「えっ? そ、そうなのっ?」

「うん、あははっ、お恥ずかしながら」


 だからテスト勉強をひとりでしていたのだと説明する。

 ただ、これについては恥ずかしいことではない。……それでも他の子とわいわい盛り上がりつつやる勉強も楽しいだろうなとか考えちゃうけど。


「……向坂さん、よければ一緒に勉強を……」

「あ、うん! やろっ?」

「向こうは人いないの?」

「うん、図書委員の人だけだよ?」

「それならそちらでやりましょう」


 それから私たちは1時間半くらい集中してやった。

 ちょうど休憩をしようとしたタイミングで閉めるということだったので、荷物を持ってふたりで出て。


「ふふふ、ちょっと平柳さんと帰るのって新鮮だなあ」


 学校を出た後も別れることはなく、私たちは一緒に下校をしていて。


「向坂さんの家はどの辺りなの?」

「このまま真っ直ぐ進んだ場所だよ?」

「……いまはいるわよね?」

「そうだね、もう帰ってきてると思うよ?」


 来づらいよね、そりゃ怒るわけだ。

 普通に遊びに行くだけでも緊張するというのに住むってなったら平静ではいられない。おまけに言えば大して仲の良くない女の家にだぞ……考えなしだった……。


「向坂さんの家には門限とかある?」

「ううん、全然ないよそういうのは」


 よければだけど――私は誘われてすぐに了承をした。




「はえー……大きいね」


 数分後、私は彼女の家のリビングに立っていた。

 許可をもらってからソファにも座らせてもらって、その柔らかさに頬が緩む。

 私の家のリビングが9.5畳くらいで、ここは14畳くらいの広さだろうか。


「どうぞ」

「ありがと」


 わざわざ紅茶を入れてくれたようだ。カップに口をつけると温かく甘い液体が体内を流れていった。


「でも、ちょっと寂しいね……」


 部屋から出てここに来ても誰もいないというのは。

 誰もいなければ電気だって点いているわけがないし、その度に寂しい思いに襲われそうだなと考える。


「……そうでもないけれど」

「無理しなくていいんだよ? 私しかいないんだから、べつに馬鹿にしたりはしないしさ」

「……寂しいけれど、その度に悲しんでいても仕方ないでしょう? だから慣れるために空いた時間をあそこで過ごしているのよ。賑やかな生活に慣れてしまったらふと気がついたときに泣いてしまうから……」

「でも今日は……」

「……あれは単純に本の内容が悲しかったのが大きかったの」


 いまの自分の環境と似ていたからと教えてくれた。


「ねっ、平柳さんが良ければなんだけど、私が住んでもいい!?」


 広美さんと瀞人さんがいて緊張するなら、私が彼女の家に住めばいい。

 で、慣れてきたらお互いの家を行ったり来たりすればいいのではないだろうか。

 ひとりに慣れる必要なんかない。こんなの聞いたらひとりになんかさせない。

 ひとりでいるつもりなら強くなければ駄目だ。

 は? 全然問題ないんですけど、と開き直れるくらいの生き方ができる人間でないと続かない。それこそ泣いているようでは話にもならないから。


「え……?」

「はい決定! 私も今日からここの住人ねー!」

「そ、そんなこと――」

「えと、そうと決まれば荷物をまとめてこないと! ちょっと一旦帰るね!」

「あ、あなたなに――」


 私は無視して平柳家を飛び出して。

 家に着いたら広美さんと瀞人さんに事情を説明して。

 部屋に行き大きめなバッグに必要な物を突っ込んで。


「どうも初めまして、向坂瀞人です」「どうも初めまして、向坂広美です」

「こ、向坂さんなんで……」

「「「そこにあなたがいたからです!」」」


 なぜか3人で平柳家に訪れていた。

 とはいえ、ふたりは挨拶をしたり困ったら頼って的なことを言うだけで満足し、すぐに出ていった。


「あなたっ」

「ひゃぅ!?」

「はぁ……」


 だ、大丈夫、これはきっと喜びの溜め息だよ。

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