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10.『アホそうな顔』

読む自己で。

 どうして? 私は内心で彼女に聞いた。

 それはこちらを抱きしめたくせにガチガチに体を強張らせているからだ。


「ごめん……」

「どうして麻倉先輩が謝るんですか?」


 べつに先輩が私に暴力を振るってきたわけではないし、そんなに緊張したうえに謝罪する必要はないと思うんだけど。


「あの子……幼馴染なんだ。最近はめっきり関わることがなくなっていたんだけど泣いて帰っている途中で見つかっちゃってさ、無理やり吐かされて……」

「へえ、そうなんですね。でも私は大丈夫ですよ? へっちゃらです」


 意識を失うことに比べれば多少の暴力くらいなんてことはない。

 ふーん、というかあの幼馴染さんは璃沙のために動いたってことか。

 やっぱり優しい人の周りには音がいい人が集まるんだなと私は思った。


「……嘘つき、さっきだって『怖い』って言ってたじゃんか」

「うっ……そ、そりゃいきなり蹴られたら怖い……ですよ」


 男の子とは全然関わってこなかったし、おかげで男の子=怖いになってしまったけど、やはり私の想像は間違っていなかったようだ。


「やっぱり麻倉先輩はいい人です! 魅力的です、素敵です!」

「や、やめてぇ……違うからぁ……」

「私、あなたが認めるまで延々と言い続けますからね!」


 マイナス思考をしても仕方がない。


「……というかやめてよ……ちゃんと敬語をやめて名前呼びに戻してよ」

「それなら麻倉先輩もきちんと平柳さんに集中すると言ってください。そうしてくれたら戻しますよ」


 ま、その場合は戻しても意味はないんだけど。


「……それはできないよ」

「なんでですか!」

「だって未琴ちゃんじゃない人が気になってるんだもん」

「誰ですかっ?」

「……秘密」


 はぁ……ワガママ黒髪ヘアー先輩め!


「いいから早くっ」

「はぁ……だってすぐにどっか行くじゃん璃沙は」

「め、芽衣ちゃんのせいでしょ!」


 私のせいなのか……。

 まあそういう結論を私の中でも出していたので、困惑は大してしないが。

 彼女から離れて鉄柵に背を預ける。

 見上げてみると、9月の空も実に綺麗な青色だった。


「それに誤解しているようだけど、べつにキスはしてないからね?」

「はぁ?」

「か、顔っ」

「璃沙の頭って鳥頭だったの?」

「う、ううんっ、本当にしてないんだよっ?」


 じゃああれだけ照れていたのはなんでだよ。

 碓かに私の方からではキスしたようにしか見えなかったけれど。


「あれは……わたしが未琴ちゃんに頼んだの」

「はぁ?」

「だから顔っ!? はぁ……ちょっと理由があってさ」


 それなら一概に私が悪いとは言えなくなってくる。

 璃沙が変なことしたせいで拗れただけじゃないか。


「全部璃沙のせいじゃん……自分が悪いとか思って損したー」

「う、うんっ、だからね!? 喫茶店に行こうよ! 奢ってあげるよっ?」

「奢ったり奢られたりは良くないと思うんだけど……まあ、いいか」

「やった! え、本当に来てくれるんだよね?」


 無邪気にはしゃぐなよ璃沙さんよ。

 そんなに気持ちのいい笑顔を浮かべられると、私は困っちまうよ。

 ――それから午後の授業を受け終えて、あの喫茶店に向かった。

 一応未琴がいないかどうかを確認してから席に座る。

 うん、マスターさんの顔が凄く変な人を見る視線だったけど、気にしない。

 私は一切遠慮なくジャンボパフェを頼ませてもらった。

 いちごとかチョコとかアイスとかストローみたいなお菓子とか、全部が一皿に盛られており、正に至高のような存在である。


「んー美味しい!」

「あ、あはは……な、なら良かったべさ……」

「ん? あ! はい、あーん」

「えっ!? あ、あむ…………美味しい」


 なぜだか水しか飲んでいなかったので半分くらい提供した。

 なんでだろうか、3000円くらいすること以外は問題ないのに。


「ふぅ……まんぞくぅ……」

「それは良かった! 食べてるときの芽衣ちゃんはすっごく可愛かったよ! あ、い、いつも可愛いけど……」

「お世辞はよせやい璃沙坊」

「ううん、本当に可愛いもん」


 ……真剣な顔で言われると照れてしまう。

 でも勘違いはしない。私みたいな人間を発見すると放っておけないんだろう。


「ありがとね、帰ったら払うから」

「……芽衣ちゃんと一緒にいたい」

「え、それってどういう……」

「離れたくないの、だめかな?」


 わざわざ私の手を握って真面目な顔で……。

 どうして今日はこんなにも積極的なんだろうか。


「だ、だって未琴の家に帰るんじゃ?」

「わたしもう言っておいたから、芽衣ちゃんの家に泊まるねって」

「と、泊まるの?」

「うん、1500円分は返してもらうよ」


 とりあえず返すために彼女を家へと連れてった。

 どうやら広美さんは出かけているらしく家にはふたりきりとなる。

 リビングで待たせて、私は部屋の貯金箱を開けてお札と500円を持って戻る。


「1500円でいいよね?」

「あははっ、わかってないな~芽衣ちゃんは」

「え?」

「お金で返してくれなんて言ってないでしょ?」

「じゃあどう返せばいいの? ……って、抱きつくな……」


 そういうので1500円分返済はどれくらいされていればいいんだろうか。


「手を繋ぐのが10秒100円かなあ」

「なら……抱きつくのは?」

「1分100円かなあ」

「ちょ、えっ!? 手を繋ぐほうが価値があるってこと?」

「ちなみに、キスだと1秒で1500円だよ?」


 まあ最後のは妥当のような気もするけど、私のファーストキスが1500円というのも複雑な感じがした。他の子の価値を換算すると何円なんだろう。


「っていうかキスなんてできるわけないじゃん。手を繋ぐので返していくよ」

「うん、わかった」


 抱きしめられている状態なのでこちらも抱きしめつつ手も握る。

 こうすれば変なレートだったとしても無駄にならないからだ。


「……未琴に怒られない?」

「一緒にいてもあの子は本ばかり読んでるからね、その点で言えば芽衣ちゃんのほうが頼ってくれるし嬉しいんだ」

「頼らなかったら未琴のほうがいいんだ」


 ついつい拗ねたような言い方になってしまった。

 でも、その点だけはマシみたいな言い方をされたら誰だって気になるだろう。

 あと、いろいろ考えたり会話をしつつもカウントは忘れない。

 気になる人がいるのなら他の人間と、例え同性でもするべきではないからだ。


「えぇ……べつにそんなこと言ってないでしょ」


 いま彼女はどんな顔をしているんだろうか。

 こいつ面倒くさいなって呆れた顔になってなければいいんだけど。


「もう1分は経ったかな? 早いなあ……」


 ということは700円か。私の手の価値高すぎる。

 だけどキスは安い? のかな……よくわからないから困ってしまう。


「芽衣ちゃん、延長って有り?」

「有りなわけないじゃん」

「えー、でもわたしは3000円分の――」

「2898円ですけどね」

「それでも2198円分を要求する権利があるんだよ?」


 なんかお金のためにされてるって思うと複雑な気分になるな。

 そういう理由がなければしてこないんじゃないかってそういうの。


「……キス以外だったらなにしてもいいよ、寝込みを襲われても嫌だし」

「お、襲わないよ」


 それから30分ぐらい自由にされた。

 とはいえ抱きついたり手を繋いだり、同性なら普通にするような行為だ。


「ふぅ、満足した!」

「璃沙、18802円分返してよね」

「あ……あはは……どうすればいいの?」

「知らないよそんなの、自分で考えてよ」


 足が疲れたのでソファに座る。

 彼女も「んー」と悩みながらソファに座った。


「違法レートじゃない? 手を繋いで10秒で100円ってさ」

「璃沙が言ってきたんでしょ!」

「あ! 好きって言葉にはどれくらいの価値があるかな? ちなみに特別で」

「好き? んー、50000円くらい? で、キスは100000円くらいかな」

「えぇ、それはちょっと高く見積もりすぎじゃない?」

「し、失礼な! 私のは璃沙のと違って中古じゃないもん」

「わ、わたしのだって中古じゃないし……100000円くらいの価値あるもん」


 本当にこれだけの価値があるのか不安になってきた。

 こんな価値が云々とか言っている間は進展することもないだろう。

 というかそもそもの話として璃沙には気になる人がいるんだ、無理って話で。


「好き」

「友達としての好きはワンコインだよ」


 握ったままだった金色の硬貨を見せつける。


「好き」

「ま、まさか残り全てをそれで消費するつもりじゃないよね?」


 約37回言えば解消できると考えると、好きって言葉の威力はすごいと思う。


「好き好きす好き好き好き!」

「あはは、面倒くさくなってきたんだ」

「好き好き好き好き好き好き好き好き――大好き!」


 大好きは単純に2倍でいいんだろうか。

 これでもう8500円分は返されたことになる。


「……もう我慢できない」

「え? きゃっ――」


 私を押し倒し上から至近距離で見つめてくる璃沙。灰色の瞳から動揺は伝わってこない。


「……芽衣が悪いんだよ」

「ちょ、璃沙? え、んん……」

「ん……ふふ、これで返さなければならなくなったね」

「……いや、そんなこと……」

「だってさっきわたしが言ってた好きは特別な意味だったもん。自分が50000円分だって言ったんだよ? 950000円分になりまーす!」


 仮に私がアルバイトをはじめたとして、単純にお給料が月5~6万だとしても1年では届かない数字だ。


「む、むりっ、というか私だって100000円は請求できるし」

「……もうお金はいいよ。わたしがしたかっただけもん」

「えぇ……というかさ、気になる子がいるんじゃなかったの?」

「うん、いるよ?」

「なのにキスとかしちゃっていいの?」

「うん、大丈夫」


 その子の気持ちはどうなるんだよ。

 もしかしたらその子は他の子が気になる、もしくは好きとかそういうのなのか?


「芽衣はさ、わたしのことが気になってるんでしょ?」

「……言っても意味ないでしょ、璃沙は他の子が気になってるんだし」

「いいから」

「……だって優しくて暖かいし」


 未琴ほど胸はないけど私よりは十分大きい。

 ってそうじゃなくて、全体的な意味で柔らかく暖かいのだ。


「うんっ、じゃあ付き合おう!」

「は?」

「あのさあ、わたしが誰にでもキスなんかすると思う? そういうことに関しては奥手なつもりだけどね」

「自分からキスしておいて?」


 奥手と言うのは相手のことが気になるけど素直になれない人間では? 私なんかのほうがよっぽどそうだと思う。


「だって全然気づいてくれないし、なんか抱きしめてたらいけない気持ちになってきてさ」

「いけない気持ちって?」

「……ちょっと……ムラムラと」

「変態じゃんか」


 いまだってこちらを見下ろしている顔は赤くて蕩けているし……。


「ほぼ100万円、わたしに返してよねっ」

「さ、最低だ……けど、まあ璃沙がそう言うなら付き合っても、いいよ?」

「あ、いまので全額お支払いされました」

「えぇ……まあいいや」


 これからもこうやって緩い会話や行動を続けていけばいい。

 こちらを見てアホそうな顔をしている彼女を見て、私はそう思ったのだった。

ここで終了。


読んでくれてありがとう。

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