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01.『女子高校生活』

読む自己で。

「え……」


 私、向坂芽衣こうさかめいは、食べようと掴んだ卵焼きを思わず落としてしまうくらいには驚いた。

 いま私を驚かしてくれた平柳未琴ひらやなぎみことさんは、瑠璃色の瞳でこちらを捉えつつも口はきゅっと結んだままでいる。


「お母さんとお父さん、どこかに行っちゃったの?」

「ええ、お金だけは振り込む的なことを書いた紙は置いてあったけれど」

「あ、あれだけ仲が良かったのに?」


 彼女はこちらから視線を逸らして、「終わりなんてそんなものよ」と吐く。


「でもさ、お家にひとりで寂しいよね」

「そう? 私はひとりでも寂しくないわよ」


 なのにこうして付き合ってくれるのかも、どうしてそんなに苦しそうな笑みを浮かべるのかも、私にはわからなくて。


「う、家に来なよ!」


 わからないから、わからないままで終わらせたくないから、そんなことを言っていた。


「お母さんもお父さんもきっと許してくれるだろうしさ!」

「あなた……よく会話してから3分くらいしか経っていない相手にそんなことを言えるわね」


 そう、私もひとりで屋上で食べていたら先客、平柳ちゃんがいたというだけだ。

 仲良かったのだとわかったのも、入学式の日に目にしたからでしかない。

 というか、3分くらいしか経っていない相手によくそんな重いことを言えたものだと思う。


「いいわ、迷惑をかけてしまうもの」

「えぇ……」

「ふふ、早くお弁当を食べちゃいなさい」

「これあげる!」

「……私に?」


 そりゃ虚空に差し出しているわけでもないし当たり前のことだ。

 だっておにぎりひとつじゃ足りないだろう。だから私はお弁当箱の蓋に小さなお弁当を作って手渡した。内容は白米、ウインナー、卵焼きとなっている。


「ありがと」

「うん!」


 しっかり栄養を摂ってくれないとせっかくの美しいボディが台無しになってしまう。見ているだけで目の保養になるんだ、その美ボディを保ってほしい。


「ごちそうさま。なにかお礼がしたいわ」

「じゃあその肺辺りのものを揉ませていただければ!」


 たわわに実ったふたつの果実。

 それに触れられれば友達0という現実とも戦える気がするんだ。


「肺辺りのもの? ……あ、胸?」

「う、ううんっ、冗談だから! 頭を撫でてもいい?」

「いいけれど……それだとお返しにならないわ」


 瞳と同じで瑠璃色の髪を撫でていく。

「く、くすぐったいわ……」と口にした彼女の声がなんかえっちくて、……とにかく無心で撫でた。


「ありがとう! これで辛い現実とも戦えるよ!」

「辛いの?」

「うん……入学したのに友達0人でさ」


 世間一般的に見れば辛いことだよね? 友達がいない=辛いという認識になっていることが間違いじゃないよね?


「それならそれをお礼にするわ。私……でいいならだけれど」

「え、お友達になってくれるの!? ありがとっ!」

「ええ、こちらこそありがと」


 予鈴が鳴って私たちは別れた。

 うきうきらんらん気分で教室に戻って、席に座って。

 5時間目の授業が始まるまで上がったテンションが落ち着くことはなかった。

 



 1ヶ月経過した――いや、してしまった。

 友達になってくれた割には来てくれるということはなかったため、ひとりでの生活が続いていた。

 元からあの子が存在しない――架空の子なんじゃないかと心配になりつつも、初めての中間テストに臨み、無事に終えて。

 5月20日、我慢できなくなった私は平柳さんを探す努力を始めた。

 が、見つからない。瑠璃色の髪で長い子なんて彼女ぐらいしかいないと思うんだけど……。


「あのー、向坂さん、だよね?」

「えっ!?」


 諦めて屋上でひとり鉄柵の向こう側を見つめていたら急に声をかけられて困惑。


「向坂さん?」

「あ、う、うん! 向坂芽衣だよ!」

「良かったー! 人違いだったら大変だもんねっ」


 大変? 間違えたら殺害されるとか? 殺伐とした世界になったものだなあ。

 ……冗談はともかく、その子は何度も「良かった」と口にしている。


「あのね? 平柳未琴さんって知ってるかな?」

「知ってる! 平柳さんがどうしたのっ!?」

「あなたに全然会えないから困ってるって、会いたいって言ってたよ?」


 えぇ……私のほうがずっと会えなくて困っていたんだけど……。

 どうやらいつも図書室に入り浸っているみたい。 

 灯台下暗しっていうのかな? ちょっと違うか。

 名前も知らないその子にお礼を言って屋上をあとにする。

 走ると怒られるので早く歩いて図書室へ。


「平柳さん!」

「図書室では静かにしてください」

「あ、す、すみません……」


 この高校に入って初めて怒られてしまった……。

 うーんでも、平柳さんはいないようだけど……。


「あの、平柳さんという人は来ていませんか?」

「ひらやなぎ……ああ、未琴さんですか? 奥の方にいると思いますけど」

「お、奥?」


 受付の人は立ち上がって「付いてきてください」と言って歩きだした。

 慌てて付いていくと扉があって、そこを遠慮なく開け放つ。


「未琴さん、お客さんですよ」


 碓かに彼女はいたけど全く反応する気配がない。

 ただ静かに本を読んでいるだけだ。


「すみません、待てば気づくと思うので」

「あ、ありがとうございました」


 簡単に言えば空き教室みたいな空間に椅子が数個だけ置いてあって、そのひとつに座り平柳さんが座って本を読んでいるということになる。私はなるべく静かに椅子に座って、その後姿を眺めることにした。

 5月のなんとも言えない風がカーテンを揺らし、そして緩く彼女の瑠璃色の髪を揺らしている。

 温かいような少し暑いようなそんな曖昧な気温を前に、なにもしていない私は船を漕ぎはじめて――ガシャンと椅子ごと床に倒れてしまったのだ。

 そこでバッと彼女が振り向き、彼女は大きく目を見張る。そのままこちらを見つめていた。


「あ、あはは……邪魔をしてごめん……」

「こ、向坂さん……よね?」

「うん、向坂芽衣です」


 今日は名前を聞かれる日なのかな、そう考えながら椅子を戻して座り直す。

 私が立ち上がったままの平柳さんを見つめていたら彼女ははっとしたかのように座り直して、「よ、良かったわ」と呟いた。


「良かった?」

「え、ええ……私の願望から現れた存在かと思ったのよ。だって全然会えなかったから……」

「私も思ってた、だってずっと会えなかったから」


 そこで浮かべた笑みは本当に魅力的で、もっと見たいなと思うほどのもので。


「両親は帰ってきた?」


 でも、そんなことを言われても困らせるだけだろうから、あれを聞く。

「いえ……ひとりよ」と答えてくれたのはいいものの、また苦しそうな笑み。


「ねえ、家に来なよ」


 もう既にこっちの両親には話してあるし、いいと認めてくれてあるので、あとは平柳さん次第だ。


「できるわけないじゃない、そんなこと」


 なんでできないんだろう。

 私とは全然仲良くないから? それともなんでもっと早くに見つけなかったんだって、怒っているから?


「2度とそんなこと言わないで」

「……あはは、うん、じゃあ言わないよ」

「あ……そろそろ帰りなさい、あなたには友達だってできたでしょう? もう1ヶ月も経ったのだから」

「……うん、じゃあ帰るね。邪魔して……ごめんなさい」


 謎の部屋、図書室、学校をあとにしてひとり帰路に就く。


「友達、いないんだよなあ」


 あの様子だと平柳さんのはノーカウントになっているんだろうし、そう考えても友達は0なんだよ平柳さん、しくしく……。


「ただいまー」

「おかえり」

「ただいま。広美さんは?」

「そうだな、広美さんは買い物じゃないか?」


 お父さんは優しいけど、そういうところがちょっと足りない。休みなら手伝ってあげればいいのになあ。ちなみに、広美さんとは私のお母さんだ。


「めー、そろそろ友達くらいできたよな?」

「残念ながら20日現在も0人ですっ」

「おいおい……あ、前に言ってた平柳って子は?」

「あ……多分友達じゃないんじゃない?」


 父は「なんだそれ……」と苦笑し、興味をなくしたのか缶ビールをちびちびと飲み始めた。


「お父さん、お酒を飲めば余裕ができるかな?」

「は? 酔わないと友達になってくれって言えないのか?」


 そういうわけではないけどなんかうまくいかないし、そういうパワーに頼れれば冷たい顔をされても負けないで済むと思うんだ。


「ただいま~」

「あ、お母さんおかえりー」

「めーちゃん、そろそろお友達できた?」

「0人ですっ」

「あらら……あ、前に言ってた未琴ちゃんは?」

「はは……友達かどうかわからないんだ」


 ゲームみたいに好感度がわかれば苦労しないのに。


「って、こらあああ! いまからお酒を飲んでいるんじゃないよぉ!」

「ひぇぇ!? べ、別にいいだろっ? 大人の楽しみだろこれは……」

「……ごはんを食べた後にふたりでゆっくり飲もうと思ったのに……瀞人きよひとさんのバカ……」

「あ、悪い広美……」


 うーん、ふたりはずっと仲良しでいいなあ。

 平柳さんのご両親はどうして出ていっちゃったんだろう。

 ふたりで出ていくということは仲がいいということだけど、それならなんで彼女だけを置いて家から去るなんて……。


「めーちゃん?」

「お母さん、私も一緒に飲みたい。あ、コーラでいいから……」

「え、私はこの人とふたりきりで……」

「そうだよね、ごめんね! ごはんができるまで部屋にいるね!」


 部屋に入ったらベッドにダイブしてゆっくりとする。

 残念ながら家に帰ったら連絡できる友がいる! なんてことはなく。

 中学時代にいた友達とは全員縁が切れてしまっているので、ひとりだ。

 だから広美さんと父、瀞人さんが仲良くしていると結構、堪える。


「べつにあんな怖い顔をしなくていいのになあ」


 嬉しかった的なことを言っていたのはあれか、自分が妄想をするような、幻覚を見てしまうような人間ではなくて良かったということだ。

 だからそれ以外のことに関してはどうでもいいということ。探しているようには思えなかったし、ただの気まぐれで出会った変なやつという扱い。

 ま、いきなり家に来なよとか口にした私も悪い。襲われるかもとか考えたんだろうなあ……。

 はじめてのGWも広美さんと過ごすだけで終わってしまったし、女子高校生活がうまくいくとはとてもじゃないが思えなかった。

両親が仲がいいといいね。

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