表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/22

二人の進路

 私はリビングの食品棚をあさり、チャック付きのパウチを取り出してテーブルの上に置いた。小さい頃、お父さんが旅行のお土産で買ってきてくれた思い出の飲み物。それ以来、私が大好きな飲み物。


 スプーンで袋の中から粉末をとりだし、マグカップに入れてお湯で溶く。この香りがたまらないんだ。たっちゃんにも、是非好きになって欲しい。そんな気持ちを込めて、2杯分の「昆布茶」を丁寧に作った。


(ハルカには不評だったけど。たっちゃんなら喜んでくれるかな?)


 以前、ハルカにこれを出したら、壮絶に酷評された。でも私は挫けない。マグカップをお盆にのせて、たっちゃんの待つ自分の部屋へと戻るのみ!


「お待たせ! 寒くなってきたから、温かい飲み物がいいと思って!」


 この季節に昆布茶。このチョイスは絶対に正しいはず。私は自信満々に昆布茶をたっちゃんの前に置いた。マグカップからは、白い湯気がほわほわと湧き出している。


「う……うん、この時期はやっぱ昆布茶だよな! 頭も冴えるしな! ちょうど、俺も飲みたいと思ってたところなんだ!」


 ほらぁ! ね!? たっちゃんなら絶対、喜んでくれると思ったんだ!


「えっ、やっぱりたっちゃんもそう思う? 嬉しい! 前に友達にこれ出したら、シチュエーションが合ってない! って怒られちゃって……」

「ひ……酷いな、それは。サイコーなのにな、昆布茶!」


 私は嬉しくなって、昆布茶をすすりながらにっこり笑った。ハルカ、見なさい! 私は間違ってなかったのよ!


 その後、私たちは今日の目的だった「中間対策の勉強」を始めた。


 部屋にあるちゃぶ台は小さいから、向き合う形で座るとお互いの距離がかなり近くなる。それこそ、ちょっと前のめりになれば、たっちゃんの頭に私のおでこがコツンと当たるレベル。吐息だって感じちゃう。頭から湯気が出るほどドキドキしちゃった私は、しばらく顔を上げられなかった。勉強っていう名目じゃなかったら、耐えられなかったかも……。

 

 たっちゃんは、私が思っていたよりも勉強ができる人だった。文系の科目は弱いみたいだけど、数学とか理科については本当に何でも知っていて、とてもわかりやすく教えてくれた。


「ところで……」


 しばらく勉強した後、冷めてぬるま湯程度になってしまった昆布茶にようやく口をつけながら、たっちゃんが呟いた。


「リリは卒業後の進路、もう考えてるのか? もしかして、就職するつもり?」


 ……進路かぁ。確かに、中間テスト後に面談するっていってたし、そろそろ考えなくちゃいけないよね。


「私としては、早く就職して……お母さんを助けたいんだけど、お母さんは大学に行けって言ってくれてるんだ。お父さんも、それを望んでるからって。だけど、一人暮らしするほどのお金はないから、進学するとしても県内の国立大学になるね」

「そうか……」


 そんなにハッキリと決まっていたわけではないものの、とりあえず今の私の考えを彼に伝えた。すると……


「……じゃあ、俺もそうしよう」


 ……たっちゃんはあっけらかんとした表情で、簡単にそう言ってのけた。少し混乱した私が、「そうしよう……って?」みたいな表情をすると、その気持ちを察してくれたのか彼は続けた。


「いや、進路の話。俺もリリと同じ国立大学を目指すことにした」


 えっ、こんなに簡単に決めちゃっていいの? そこまで私に合わせる必要なんてないのに。それに……


「だってたっちゃんは、二ツ橋大学に行きたかったんじゃ……」


 たっちゃんは以前、意気揚々と「俺、二ツ橋大学目指すぜ!」って言っていた気がする。そこと比べると、私が進学しようと考えている大学は大分レベルが低いと思うんだけど……。


「別にはっきりした野望があったわけでもないし。ブランドっつーか、深い考えもなかったし。この県の国立大学だって、レベルとしては十分だろ。それに……」


 途中で一息置いてから、彼は続けた。


「……リリとは別れたくないからな」


 その言葉を聞いた私は、自然と顔をほころばせた。こんな私と「別れたくない」って思ってくれる人が、この世にちゃんといたんだ。


「なにそれ。仮令違う大学になっちゃったとしても、別れたりしないよ?」


 でも、私に合わせてたっちゃんの人生を棒に振られても困るから、違う大学になったくらいじゃ心は離れないことを伝える。


「ありがとう。でも、いいんだ。俺はリリと一緒の大学に通いたいから」

「……そっか」


 だけど、たっちゃんは気持ちを変えなかった。これ以上しつこく反対して、逆に避けられてると勘違いされたら嫌だと思った私は、とりあえず笑顔で頷いておいた。


「そろそろお昼だね。お母さんが作ってくれた昼食があるから、一緒に食べよ? 私……食べるの遅いけど」

「……いいのか?」

「もちろん! だってたっちゃん、食べるものもってないでしょ?」

「そうだけど。……俺としては、リリの手作りが食べたかったな」

「えぇと……。それはまだちょっと……。私のせいでたっちゃんが死んじゃったら、立ち直れないから……」


 ……早く料理もマスターしなくちゃ。今年のバレンタインは、純正手作りチョコを渡したいしね! 彼のためなら、どんなことでもやれる気がする。もっと早く知り合って、充実した人生を送りたかったよ。


 今日のこの一日で、たっちゃんとはやっと恋人らしくなれたんじゃないかな。このままどんどん仲を深めていって……。


 いつの日か、たっちゃんと……結婚できたらいいのに……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ