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家に来る?

「……で、風邪は治ったの?」


 呆れた表情で見つめてくるハルカに向かって、ゴホゴホとマスク越しに咳き込みながら、小さく頷く私。


 あの後私は、メールに夢中になりすぎて、気がついたらパジャマを着ないまま寝ちゃっていた。その結果見事に体調を崩した私は、翌朝教室でハルカに根掘り葉掘り事情を聞かれる羽目に。その日からさらに数日が経過して、だいぶ体調は回復してきたけれど、まだ喉は痛かった。


「うん、だいたいね……」

「ホントバカだよね。この季節にさ、布団もかけないで下着だけで寝るなんて。いくらメールに夢中で寝落ちしたからって、そんな……」

「もう、ヤメテ」


 私のライフはゼロなの、ハルカ。そもそも、こんな話をハルカにするつもりはなかったんだから……。


「……で、うまくいってるの?」

「いってるよ! ハルカとは、恋愛に対するモチベーションが違うんだ!」


 そんなハルカは最近ヒロシくんと別れ、バイトで知り合った別の高校の子とお付き合いしてるみたい。そんなにコロコロ相手を変えるなんて、私にはとても無理。やりたくてもできないよ。


「まさかりり、このまま篠原と結婚……とか考えてたりするわけ?」

「そうだとしたら、なにか問題?」

「いやいやいや、それはないよ! あたしらまだ高2だよ? 高校生の恋なんて、所詮は恋だって。結婚なんてむりむり。りりもある程度篠原と付き合ったら、違う子探しなよ。ヒロシとか、結構お勧めだけど」

「だから、違うの! 私はハルカとは違うのっ! だいたい……」


 私は少し俯いてから、続けた。


「まだたっちゃんと、恋人らしいことなんにもしてないし……」


 ……そうなんだ。私もたっちゃんも、何もかもが初めて過ぎて、どうすれば「ただのクラスメイト」から脱出できるのか、それすら分からなかった。いつもメールはするし、たまにはお昼も一緒に食べるんだけど、なんかこう……恋人、って感じがしなくて。


「恋人らしいことって? セックスとか?」


 ……。一瞬、思考が止まった。


「ちっ……ちが……!!」


 私は秒速で、ナシからリンゴ並みに顔の色を変化させたと思う。ハルカって、なんでこう全部直球で投げてくるのかなぁ!?


「違うの?」

「違うよっ! そんな展開じゃなくてっ! もっと普通の! 日常的な話っ!」

「ふぅーん。まずセックスしちゃえばいいのに。どうせ二人とも未経験なんでしょ? 処女捨てるチャンスじゃん」

「そういうの、私気にしてないから! 私の初めては、結婚までとっておくの! そもそも、万が一妊娠しちゃったらどうするの!? 新しい命が宿っちゃうんだよ!? 一人の人間の一生を左右するかもしれないんだよ!?」

「あーはいはい、わかったわかった。そんなに捲し立てないでよ。ゆうてあたしも未経験だし」

「はぁ!?」

「いや、りりをそそのかして、後で感想聞こうと思って。なんだかんだいっても、最初は色々恐いからね。あははは」

「は……はるかぁぁぁぁああーっ!! 私は人柱かぁぁああっ!!」


 ほとんど半泣きの状態で、私はハルカの両肩をぶんぶん揺すった。


「あーごめんごめん。そーだなー、じゃありりの家にでも誘ってみれば? てかりり、そろそろ首もげそうだから止めない?」

「……あ、それいいかも」


 確かに言われてみれば、部屋で二人っきりっていうのは、なんか恋人っぽい。揺すっていた手を急に止めたら、ハルカの首から「グキッ」って変な音がして、彼女無言で悶えてたけど、別にいっか。


「ハルカ、ありがとう! 早速今日誘ってみるよ!」

「う……うん、……ちか…らになれて……、よか……った」


 そうと決まれば、早めに行動しなくちゃ! でも、直接誘う勇気はまだなかったので、その日の夜にメールをしてみた。


[そろそろ中間テストだね。今度の土曜日、私の家で一緒に勉強しない? お母さんにも紹介するよ、たっちゃんのこと]


 うん、我ながら完璧! 中間テストの勉強、ってところがミソだよね。別にエッチが目的とか、そういうんじゃないから! ……ってことを暗に示しておくのは、大切だと思うんだ。


[まじで!? 行く行く!! リリのお母さんに気に入ってもらえるかどうか心配だけど……]


 おぉ、意外とあっさり話がまとまりました! 大丈夫、お母さんはいつも私の味方だから。私が選んだたっちゃんを、受け入れてくれないわけがない。


「お母さん、土曜日に彼氏連れてくる!」

「はいはい。じゃあ、家の中片さなくちゃだね」


 私は鼻歌を歌いながら自分の部屋を掃除して、ついでに玄関の下駄箱の上に、一輪挿しの花瓶に刺した造花を飾った。前からちょっと殺風景だと思ってたんだよね。コレで少しは華やかになったかな?


 ふふふ、私の部屋に、男の子が来ちゃうんだ。この部屋でたっちゃんと二人で勉強して、それで……。あー、早く土曜日にならないかな!


 それからの日々は、とにかく長かった。毎日寝付くのにも苦労して、羊を千五百二頭まで数えた夜もあったっけ。


 そしてついに……


「いらっしゃい! ちょっと寒くなってきたね。さ、上がって上がって!」


 その日はやってきた。今日の服は、控えめな灰色のニットとダークグリーンのロングスカート。休みの日はいつもスウェットなんだけど、今日は気合いを入れてオシャレしてみた! 気に入ってくれるといいんだけど……。


「わざわざ来てくれてありがとう。えっと、この子が……」


 お母さんも、初対面のたっちゃんを笑顔で迎えてくれた。 

 

「うん、私の彼氏だよ。篠原拓哉くん」

「し……篠原……です。よろしくお願いします」


 たっちゃんは、すごく緊張しちゃってカチカチだったけどね。まぁ、突然家に呼んじゃった上にお母さんまで登場したら、無理もないか。


「こちらこそ、よろしくね。真面目そうな子でよかったね、理々。じゃあ、お母さんはこれから仕事だから、後は任せるね」


 残念ながら、お母さんは今日も仕事。最近本当に大変そうだから、早く私も力になってあげたいんだけど……。


「……仕事?」


 お母さんが出て行ったあと、たっちゃんが遠慮気味に尋ねてきた。


「うん。たっちゃんは、私の彼氏だから……言うけど、うちね、私が中学2年生の時にお父さんが死んじゃって。結構家計が辛いんだ」

「えっ? そ……」


 たっちゃんに本当のことを伝えると、彼は少しの間黙り込んでしまった。


「ごめん、俺そんなこと全然知らなくて……」

「えっ? いいんだよ、私が黙ってたんだから。それに、私にはたっちゃんがいるから大丈夫! さ、こんなところで立ち話してないで、私の部屋に行こう?」


 お父さんの死は、その当時こそ自殺を考えるほど辛かったけど、今は前向きに頑張れてる。私はしめやかになりかけた空気を元に戻すように、明るい声で話しながら彼を部屋まで案内した。その途中……


「……そういうこと……」


 たっちゃんが、なにやら独り言のように呟いた。


「そういうこと?」


 気になった私が聞き返すと、彼は「はっ」となったように私の方を向いて……。


「えっ? いや、あの……、リリが地味だったのって、家計が大変だったからなんだ、と思ってさ!」


 ……こんなことを、平然と言ってきたんだ!


「えぇぇぇっ!? 急になに!?」


 確かに私は地味だけどさ、たっちゃんにまでそう言われちゃったら、逃げ場がないじゃん! ジミ子確定じゃん! てか、今日の私も地味ってことなのかな、ひょっとして!


「私、ちっちゃい頃からずっとこういう感じなんですけど!?」

「……悪い、今のは冗談だから!」

「いいよもぉ! どうせ私は地味ですよーだ。ここが私の部屋だけど、部屋も地味ですよーだ!」


 さっきの声のトーンは冗談じゃなかったし! もういいよ、地味なら地味で! そんな地味な私が好きなんだよね、たっちゃんは!


「何か飲み物持ってくるから、座って待っててね。……地味な飲み物しかないけど!」


 たっちゃんを部屋に招き入れた後、私は部屋の引き戸を閉めてリビングへ向かった。閉めるときに、ちょっと力がこもっちゃったのはご愛敬。


 何はともあれ、つまらないことで怒るのはやめよう。今日はこれから、二人で幸せな一日を過ごすんだから。

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