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告白

 こんなに放課後が待ち遠しかったの、高校入学以来初めてじゃないかな。


 何しろ、ずっと気になっていた篠原くんから、「放課後中庭に来てくれ」なんてお言葉を頂いちゃったのだ。お父さんが死んだときとか、自殺を考えるほど落ち込んだこともあったけど、生きてて良かった。お父さん、私はこれからも、凜々しく生きていくわ! リリだけにね!


 私は、帰りのショートが終わると同時に教室を飛び出した。


 篠原くんとは同じクラスのくせに、「先に行って待ってる」なんて言っちゃったし、それにハルカからも逃げなきゃだから。彼女に捕まったら、一緒に中庭までついて行くとか言い出しかねない。いくらなんでもそれは嫌だよ。彼との時間は、私だけのものなのっ!


 いつもよりずっと長く感じる廊下を、私はただひたすら走った。大きな期待と、一抹の不安を抱えながら。


 今回は絶対、本物だと思う。篠原くんって友達とつるんで悪ふざけするような人じゃないし、そもそも友達いないし。


 ……だけど。もし……万が一、また罰ゲームだったらどうする?


 その時はもう……強引に彼女になってしまえ! 篠原くんがなんて言おうと、無理矢理彼女になって、呪縛霊のごとくずっと付きまとってやるんだから! ここまできたら、私だって後には引けない。


 ……じゃあ、告白以外の用事だったら?


 それはもうどうしようもないから、泣きわめいて家に帰ろう。そして、ハルカにひたすら愚痴ろう。で、慰めて貰おう。


 こうして、一通りのバックアッププランを想定し終えた私は、心置きなく中庭に向かった。


 放課後の中庭は、意外と物静かだった。日が短くなってきているせいもあって、もう空が赤く染まり始めている。まぁ、そろそろ10月だしね。なんだか寂しい季節になってきたな……。


 中庭の真ん中には、小さな噴水がある。それを囲むようにベンチが4つ配置されていて、噴水の両脇には大きなモミの木が2本、植わっていた。


 このモミの木は、学校が創立したとき記念に植えたものなんだそうだ。今年で創立85周年らしいから、このモミの木も85年、ここに植わっていることになる。


 ……もしかしたら、中庭で告白する男女を、今まで何度も見届けてきているのかもしれない。だとしたら、私たちは何組目なんだろう。


「……確か、お父さんとお母さんも……ここの卒業生なんだよね」


 両親に想いを馳せつつ、私はベンチに腰掛けて鞄から小説を取り出した。最近は篠原くんのことで頭がいっぱいで、全然集中して読めてない。買って4日も経つのに、未だにプロローグを抜け出せてないとか、ちょっと信じられないよね。


 今も結局、ちっとも集中できなくて。内容が少しも頭に入ってこないから、ホント困る。でも、他にやることもないので、そのまま小説を読み進めていった。


「お……おっす。お待たせ」


 篠原くんが中庭にやってきたのは、それから間もなくのことだった。なんだかとってもぎこちない感じで、この時点で私は、彼が告白しようとしてるんだ、ってことに確信を持てた。


「そうだねー、待ったのは……5分くらい、かな?」


 私はパタンと小説を閉じ、顎に人差し指を当てながら、あえて意地悪そうにそう答えてみた。気持ちに余裕が出てきて、ちょっとからかってみたくなっちゃったんだ。


「ご……ごめん」


 だけど篠原くんは、そんな私のいたずら心を本気にしてしまったみたい。やけに素直に謝られて、こっちが申し訳ない気持ちになってくる。


「えっ? うそうそ冗談! 別に気にしてないよ!」


 両手を体の前で振りながら、慌てて冗談だったことを伝える私。彼は少しだけ、ほっと表情を和ませた。


「意外と意地悪なんだな」

「篠原くんは、意外と素直だった!」


 その後の言葉がなかなか出てこなくて、お互いに見つめ合うこと数十秒。なんだかおかしくなってきちゃった私は、ついに、ぷっと吹き出した。


「あははは、笑っちゃうね! 何だろうね、この会話! 篠原くんもなんか言い返してよー!!」


 そう言うと、篠原くんもつられて笑い出した。初めて見る彼の笑顔はとってもステキで、とっても可愛らしかった。


「なぁ、磯本」


 そして。笑って乱れた呼吸を整えながら、篠原くんはとうとう……


「俺と、付き合ってくれないか?」


 私に、告白してくれた。もちろん私は……


「うん、いいよ」


 ……即答した。笑いすぎてこぼれた涙を、人差し指でぬぐいながら。いいって返事するしかないじゃない。断るなんて、あり得ないよ。


「いいのかよ!」

「いいよ!」

「よく見てみろ、この俺だぞ?」

「篠原くんこそよく見てよ! この私だよ?」


 また、お腹を抱えて二人で笑い合った。篠原くんって、こんなに笑う人だったんだ。それとも、私だけに見せてくれる笑顔なのかな?


「お似合いだな!」

「お似合いだね!」


 クラス一地味な私と、クラス一孤立している篠原くんという、本当にお似合いなカップルが、今ここに誕生した。


「じゃあ……」


 篠原くんの告白も済んだことだし。少し余裕のある笑顔を彼に見せながら、私はそっとベンチから立ち上がった。


「……もうこれで、用事は済んだってことでいいかな? 駅まで、一緒に帰ろっか」


 私のこの言葉に、篠原くんはちょっと驚いたみたい。


「……もしかしてお前、俺が告白しようとしてるってことに気づいてたのか?」

「さすがに私もそこまで鈍感じゃないよ? 篠原くん、最近いつも、私のこと見てた」

「……やっぱり、バレてたんだ」


 本当のところは、最後の最後まで「告白されるかどうか」は不安だったんだけど、篠原くんには弱気な私を見せたくなかった。


「気づいちゃうよ、見られたら。私、男の子から見られたりすることほとんどないから。モテない女は、敏感なんだよ?」

「はは、そんなお前に同情するよ……」

「それと! もうお前とか磯本とか、そんな呼び方止めて欲しいな。リリって呼んでよ、たっちゃん!」

「たっちゃん!?」

「そ、たっちゃん! いいじゃん、たっちゃん!」

「いやいや、たっちゃんはないだろ、さすがに……」

「えー、ぜんぜんありだよー! たっちゃんたっちゃんたっちゃんたっちゃん!」

「わかったわかった! 好きに呼べよ。……っておい!」


 何やらごちゃごちゃ言ってるたっちゃんの手を引っ張って、私は走り出す。


「急がないと、電車行っちゃうよ? ほら、たっちゃんも走って!」

「ち……待てって! また転けるだろ!?」


 彼氏になったら、篠原くんのことを「たっちゃん」って呼ぼうと、前々から決めていたんだ。普段はむすっとしてちょっととっつきにくい彼を、「ちゃん」付けで呼ぶなんて、彼女にしかできないことだと思ったから。


「駅に着いたら、メールアドレス教えてね」


 走りながら、たっちゃんにそうお願いした。男の子のメールアドレスなんて、私のスマホには一件も登録されてない。何もかもが初めてで、何もかもが新鮮な気持ちで、心が高揚して、自然と笑顔になれる。


 恋って、すごいな。面倒だと思っていたのは自分が恋愛できなかったからで、いわゆる酸っぱいブドウ理論だったみたい。今は本当に幸せだ。ずっとこんな気持ちが続くわけじゃないのかもしれないけど、でも、今は幸せ。とりあえずいいじゃない、それで。


(彼氏……! 私に、私に、私にっ……! 私に彼氏ができた! 一生できないと思ってたのに、絶対無理だと思ってたのに、できた! やった! やったやったやったやった! やったぁぁぁああっ!!)


 帰りの電車の中で、私はトントン足踏みをしながら、一人舞い上がってしまった。ぜんぜん人目を気にしてなかったけど、端から見たら謎の変テコ女子高生だっただろうな。……だけど、私のこの幸せな気持ちだけは、伝わっていたかもね。


「たっだいまぁー!」


 今日は珍しく、家の灯がついていた。お母さん、仕事が早く終わったみたい。家に飛び込んで、足早にお母さんの姿を探した。そして。


「お母さん、私、彼氏できた!」

「えっ!?」


 早速、報告。お母さんはちょっと驚いてたけど、すぐに笑顔で「良かったね」と言ってくれた。お父さんはどうかな。たっちゃんに嫉妬してたりして。ううん、娘がこんなに喜んでるんだもの。お父さんだってきっと、喜んでくれてると思う。


 部屋に入った私は、さっさと制服を脱ぎ捨て、布団を敷き、パジャマを着るのも忘れてそこへ寝転んだ。


 今日はたっくさん、たっちゃんとメールしようっと!

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