呼び出された私
篠原くんに告白するって決めたのはいいものの、一体どうやって、そんなシチュエーションにもって行けばいいんだろ。登校中に色々考えてはみたんだけど、何もいい案が浮かばなかった。
教室で告白なんかしたらみんなにからかわれること必至だし、放課後呼び出すなんてとても勇気がでない。呼び出しの段階で断られたら、告白もへったくれもないし……。
登下校中に待ち伏せする? ……でも、ハルカに捕まりそう、そして邪魔されそう。ハルカにその気がなくても、あの子、変なところで空回りするからなぁ……。
そんなこんなで行動できずにいたら、もうお昼休みになってしまった。今のところ進展なし。相変わらず今日も篠原くんの視線は感じるんだけど、昨日みたいにバッチリ目が合うこともないし……。
(……やっぱり、止めようか)
お弁当箱の蓋を開けながら、そんなことを思う。冷静に考えたら、こんな私に告白されて、喜んでくれる男子なんているわけない。
(恋って、なんでこんなに面倒なんだろ……)
ため息を吐いた後、おかずの卵焼きを箸でつまんで、口に放り込んだ。ほんのり甘めの味付けが嬉しい、私の大好物。恥ずかしながら私は、料理が絶望的にできない。だから、このお弁当はほとんどお母さんの手作りなんだ。いつか私も、こんなお弁当を作れるようになりたいんだけど、果たしていつになることやら……。
(篠原くんは、どんなお弁当を食べてるんかな)
一緒に食べようって誘ってみようとは思ったんだけど、……実は私、食べるのがめちゃくちゃ遅いんだ。他の人と一緒に食べると、なんだかすごく急かされている気がしてきちゃって、全然美味しく食べられない。だから、普段は仲良くしてるハルカですら、食事を共にしたことはないんだよね……。
篠原くんなんて、絶対食べるの速いだろうし。私のこの壮絶に遅い摂食速度を目の当たりにしたら、イライラを通り越して呆れ果てそう。……うん、やっぱり一緒にご飯食べるのは無理だ。
それにしても。どうしようか、本当に。どう考えても「恋を叶える草紙」なんて非現実的だし、告白したら私が傷つくだけとしか思えなくなってきた。あーあ、なんかどうでもよくなってきちゃったな。
お弁当箱の端っこに押し込められている、缶詰のコーンを箸で一つつまむ。「篠原くんは、私のことが好き」。……そう願いを込めて口の中へ。すぐに次の一粒をつまみ、今度は「篠原くんは、私のことが嫌い」、そして口へ。「好き」、「嫌い」、「好き」、「嫌い」……
「……好き」
コーンは、全部なくなった。
(……はぁ、バカみたい)
すぐに現実へ引き戻されて、ため息を吐く。なに夢見る少女みたいなことをやっちゃってるんだろ、私。こういうのは、清楚で笑顔が素敵な、天使みたいな子がやらないと可愛くないんだよ! 私みたいな地味山ジミ子じゃ、気持ち悪いだけなんだから!
ようやく空になったお弁当箱を小風呂敷で丁寧に包み、鞄の中へ放り込む。もう嫌だ、自分いじめにも疲れた。小説読んで、リラックスしよう。
……と思ったその時。
『ガッターン!!!!!!』
ものすごい音が響いて、私は『ビクゥン!!』と肩をすくませた。
一体何事かと辺りを見渡すと、篠原くんと、彼の机が……並んで床に転がっているではないですか。
……これは、どういう状況だろう。机に躓いて転けちゃったのかな? ……うん、きっとそう。篠原くんって、たまにドジだよね。
それはそうと、これはチャンスかもしれない。困ったクラスメイトがいたら、話しかけるのは当然の責務。相手が異性だろうが同性だろうが、好きだろうが嫌いだろうが関係ないぜ! べっ、別に、篠原くんのことが好きってわけじゃないんだからね!? ……すみません、調子こきました。
「だ……大丈夫?」
うつ伏せになって横たわる彼のもとまで小走りで移動し、勇気を出して声を掛けてみる。ここまではナチュラルな流れなはず。特に不自然なところはないと思うけど、どうかな。
「い……いそ……も……」
篠原くんは、手足をピクピクさせながらも寝返りを打つように仰向けになり、チャーミングな私の瞳に目を合わせてくれた。……こんな至近距離で顔を見られたのは、初めてかもしれない。やだ私、ニキビとかできてないよね!? 恥ずかしいけど、今目をそらしたらいけない気がする!
「あの、今日の放課後……って、暇?」
……うん?
今なんて? 今日の放課後暇か、ですって? えっ? 何この展開。えっえっ? わ……私今、篠原くんに予定聞かれてる?
「えっ? あ……、うん。特に用事はないけど」
突然の展開について行けず、きょとんとしてしまう私。
「じゃあ、今日の放課後……中庭にきてほしい」
…………。
えっ?
えええぇぇぇぇぇえええっ!?
嘘でしょ!? 急に!? 放課後中庭……って、もうアレじゃん!! それだよね!? これ、期待していいやつだよね私!! うわぁぁああ!!
……って、まてまて。だめだめ。
もっと大人の余裕を見せつけてあげなくちゃ。あからさまに喜んで返事して、万が一違ったりしたらもう立ち直れない。「荷物運ぶの手伝って欲しいんだけど」とかだったら、「むしろ私を地獄まで運んでください」なんて意味不明なことを言い残して泣きながら走り出しかねない。ハルカに慰められても無理な気がする。ここは落ち着いて、すっと返事しよう。
「ん、いいよ。先に行って待ってるね」
私がそう答えた瞬間。篠原くんの顔が、ぱぁっと明るくなった。いや、ホントですって。自意識過剰じゃないってば。
「お……おう。えっ? 来てくれるのか?」
「来て欲しいんでしょ?」
「そうだけど……」
まさか、いいよって言われるとは思ってなかった……的な雰囲気が、とてもよく伝わってくる。篠原くんも、きっと緊張してたんだ。
その後彼は無言で立ち上がり、パタパタと膝を叩いた後に机を起こした。手伝ってあげたかったけど、半ば放心状態になっていた私には、彼を見つめることしかできなかった。
「ねぇ」
……そんな彼に。私は、ほとんど絞り尽くされた勇気をさらに振り絞って、声を掛けてみた。ここからはもう、クラスメイトを心配する磯本理々じゃなくて。……好きな人を気にする、乙女な磯本理々として。
「もうちょっと話そうよ。まだ、授業始まらないしさ」
篠原くんは、凍り付いたように固まっていた。でも、私にはわかった。彼も、ドキドキしてるんだって。嫌われてるわけじゃないんだって。嫌いな人を、放課後呼び出したりするばずないものね。
「話そうよ。ね? ほら、ここ座って」
「いや、あの……、はい」
たった今篠原くんが起こした机の椅子を、私はポンポン叩いた。篠原くんったら、「はい」とか言っちゃって。結構可愛いんだね。
「すごくおもいっきり転んでたけど、大丈夫? 怪我してない?」
「そのことはもう、忘れてくれ。できれば、脳内のシュレッダーで粉砕して欲しい」
「なにそれ! 篠原くんって面白いこと言う!」
やっぱり彼、ユーモアのセンスがある。思わず笑ってしまった。
「えっ、そうか? そんなこと初めて言われた。ところで磯本は……いつも一人で何読んでるんだ?」
「ん? あ、えーと。小説! 『君の内臓をなめたい』ってやつ。知ってる?」
「あー、聞いたことあるかも。最近有名になってきたヤツだろ? 面白いのか?」
話題は、いつも私が読んでいる小説へ。やっぱり篠原くん、私のこと見ててくれてたんじゃない。勘違いじゃなくてよかった。それにしても、男の子とこうやって自然なおしゃべりしたの……何年ぶりなんだろ。なんだかスゴく、新鮮な気持ち。
ちなみに私は、面白いとか面白くないとか、そんなことは小説に求めてない。私が好きなのは、作者の心情を探ること。それと、色々な人の価値観を平均的に取り入れること。創作物って、それができるから面白い。内容がいいか悪いかなんて、正直どうでもいいんだ。
そんな話を彼にしてあげていたら、お昼休み終了5分前になっていた。
「あ、そろそろお昼休み終わっちゃう! じゃあ、放課後中庭でね!」
慌てて自分の席へと戻った私は、嬉しくて顔の前でぎゅっと手を握った。どうしよう、午後の授業は……集中できそうにないや……。




