気になる視線
やっぱり私、見られてる。
登校時にヒロシくんを保健室送りにしてしまった篠原くんは、一時限目と二時限目の間の休み時間に戻ってきた。教室に来たってことは、謹慎処分にはならなかったみたい。ちょっとだけ安心した。篠原くんが謹慎処分になったら、私の楽しみもなくなっちゃうもの。
そんな篠原くんなんだけど、さっきからチラチラと、私の方を見ているような気がしてしょうがない。せっかく新しい小説を買ったのに、ちっとも集中できなくて、ずーっと同じところばっかり読み返してるのは内緒。
……どうしよう。本当に私のことを見てるのかな? もしかしたら、私の斜め上に貼ってある『目指せ皆勤!』っていうクラス目標を見てるんじゃないのかな? うん、きっとそう。
……いやでも、このクラス目標そんなに気になる? 字体が好きとか? えっと、これは誰が書いたんだっけ? 見とれるほどきれいな字かなぁ? でも、人によっては……
いやいや違うって! 違うよ! 認めろ、認めるんだ! 篠原くんは今、私を見ている! 地味でメガネで三つ編みで前髪ぱっつんで色気のない地味なメガネの私を! 絶対そう!
振り向け私っ! 恐れずに篠原くんの方を見てみろよ!
内なる私に背中を押され、私は篠原くんのほうへその顔を向けた。ばっと、不意を打つように勢いをつけて。
「……っ!!」
目が合った。今のは絶対に目が合った。目が合った。目が合った!!
やっぱり私は、篠原くんに見られてたんだ! つまり篠原くんは、私のことを気にしてくれている! これはひょっとしなくてもひょっとするとひょっとして……!?
「りり、大丈夫!?」
……。しまった、また顔に出ていたみたい。
変な妄想をしていると、いつもハルカに見つかってしまうんだけど、ハルカはもしかして私のこと常に監視しているんだろうか。それとも、私のことが好きなのかな?
「なんでもないから気にしないでそっとしといてお願い」
私は早口でそう言いながら、真っ赤になった顔を隠すように俯いた。もちろん、ハルカが何かに勘づいたようににやっと笑ったのも知っています。
「新しい恋、見つけちゃったんだね……?」
違うよ、相手はずっと一緒なんだよっ! ……と、心の中で訴えかける。そういえば私、ハルカの中では振られたことになっていたんだっけ。
「頑張ってね、応援してる! 良かったら、後で相手も教えてよ?」
ハルカは、上機嫌そうに「ふんふんふ~ん」と鼻歌を歌いながら、何処へともなく消えていってしまった。一体何がしたかったんだろう。まぁいいか、ハルカのああいう謎なところ、嫌いじゃないし。
だけど結局、彼と目が合ったのはその一度だけだった。その後の篠原くんはなんとなく私を避けているような気がして、いつも以上に壁を感じた。確かに見られてはいたけど、「好き」っていう意味じゃなかったのかな。
ダメダメ、弱気になるな。こんなんじゃ、またハルカに心配される。実際は男の子に話しかけてすらいないのに、この短期間で二人に連続で振られたことになっちゃうじゃない!
このままじゃ、「とにかく彼氏が欲しくて告白しまくっているけど、誰一人振り向いてもらえない残念☆女子高生」というレッテルが、ハルカによって貼られてしまうのも時間の問題。そんなの嫌だよ!
よし、前向きに考えよう。篠原くんはちょーすーぱーツンデレキャラで、好きだって勘づかれるのを極端に嫌がる……って設定はどうでしょう。「俺、磯本のことなんか好きじゃないんだからねっ!」的な。
だけどもしそうだったとしたら、困ったことになる。だってそれじゃあ、いつになっても告白されないじゃん。
「んー……」
私は腕を組んで考えた。確か、「恋を叶える草紙」の説明欄には、『ただし、最終的に恋を叶えるのはあなた自身であることをお忘れ無く』という一文があった。
それってもしかして、「相手があなたに好意を寄せるところまでは持って行くけど、最終的に告白するのはあなたです」って意味なのかな。「告白すれば絶対OKされるけど、告白はされない」みたいな?
……だけどそれって、ある意味安全かも。だって、「告白するほう」だったら、「罰ゲーム」って可能性はないもんね。そっか、そうだよ! 私から告白しちゃえばいいんだ! こんな悶々と苦しんでないで、行動に出ちゃえば良かったんだよ! もぉ、なんでこんなことに気づかなかったんだろう、私。
決めたっ! 私は明日、篠原くんに告白するっ!




