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私の話?

「よしっ!」


 朝、鏡を見た私は、思わずガッツポーズを決めた。


 昨日の墨で書いたような隈はきれいに消え、そこには奥ゆかしい私の顔が映っている。なんたって、昨日の夜は熟睡できたからね! 睡眠は大事だぜ、全国の高校生!


「おかーさーん! 私、もう行くからねー?」

「はーい、気をつけてー!」


 私はぴょんと玄関の外に出て、大きく背伸びをした。いい天気! 気持ちも晴れる!


 昨日、家に帰ってから冷静になって考えてみたけど、そもそも「好きな人の鞄に入れておくだけで恋が叶う冊子」なんて、そんなこと絶対あり得ないじゃん。どうして私は、そんなのに振り回されて一喜一憂しなくちゃいけなかったんだろう。今思うと本当に馬鹿馬鹿しい。人間の心理状態って、ときどきよく分からないね。


 だから今日は、とってもすがすがしい気持ちなんだ。もともとあの冊子にお金はかかってないし、後は篠原くんが適当に処理してくれればいいだけの話。何かしらの使い道はあるはず、なければ何か考えて、篠原くん!


「りり、おはよ!」


 生徒玄関に続く桜並木を歩いている途中で、ハルカと合流した。ハルカとは、だいたいいつもこの桜並木で会うんだ。


「おはよ! 昨日はありがとね。めんどくさかったでしょ?」

「ううん、友達としてできることをしただけだよ。でも、元に戻ってくれて良かった」

「昨日の私、どうかしてたみたい。今は全然大丈夫だから!」


 他愛ない話をしながら桜並木を歩く、私とハルカ。


「あれっ?」


 さりげなしに辺りを見渡すと、なにやら言い争っている男子生徒が二人、目に入った。私たちから彼らまでの距離は、だいたい10mくらいだろうか。あの男の子は確か……


「あれって、ヒロシくんだよね?」

「あ、ほんとだ」

「もう一人は……」


 もう一人は、篠原くんだ。篠原くんとヒロシくんは、仲がいいのか悪いのか、よく分からない時がある。ヒロシくんは友達だって言い張ってるらしいけど、本当のところはどうなんだろう。


「なーんか熱く語り合ってるなぁ、二人とも。朝から元気いーねー」


 呆れたように二人を眺めながら、ハルカが呟いた。


「なんの話してるんだろ? 聞こえる?」


 気になる人が何か話をしていると、ついつい内容を知りたくなってしまう。だけど私には、他の生徒の話し声が混ざったりとか、そもそも遠いとかで、よく聞こえない。


「あたしもよく聞こえないんだけど……。なんかヒロシ、ウザがられてる気がする……」


 そう言われると確かに、篠原くんはヒロシくんを振り払おうとしているようにも見える。


「どうせろくな話じゃないでしょ。さ、行こう?」

「そうだね」


 篠原くんがいたから少し気になっちゃったけど、きっと私が聞いても面白くもない話なんだろうな。そう思うことにした私は、ハルカと一緒にその場を離れようとしたんだけど……。


「い……もと……りり」

「えっ……!?」


 立ち去ろうとしたその瞬間に、私はバッと彼らの方へ向き直った。


「どうしたの?」

「今、わたしの……」


 もう一度私は、目をつむって耳を澄ませてみる。


「ははは、……んじゃ……いそ……とだった……お前……になっても……くない……俺は……する! ……れよ!」


 よく聞こえない。でも確かに、さっき私の名前が出てきた。あの二人、もしかして私のこと話してる……? それとも、自意識過剰になってるだけかなぁ……。


「もういこ……って、うわっ!」

「うわぁ……!!」


 よっぽど酷いことをヒロシくんに言われたのか、それはわからない。


 とにかく篠原くんは、ヒロシくんにおもいっきり跳び蹴りしていた。思わず口を手で塞いでしまう私とハルカ……。周りには人だかりができ始め、近くにいた先生が慌てて駆けつけた。


「なんか乱暴だよね、篠原って。ヒロシも悪いのかもしれないけどさ。あとでヒロシに色々聞いておこーっと。ねぇ、もういこうよりり!」

「うん……」


 さっきの会話、私には……。私には、「私をけなすヒロシくん」と、「私を弁護する篠原くん」の構図に見えてしまった。そうじゃないのかな。でも、ヒロシくんは私のことを茶化していたように見えたし、篠原くんはその直後に跳び蹴りしているように見えた。


 もぉ! 私のために喧嘩しないで、二人ともっ! ……なんてね。全部、私の都合のいい解釈なのかもしれない。だけど……


「……私の話をしてたの?」


 先生に連れて行かれる二人をぼーっと眺めながら、私は独り言のように小さく呟いた。その直後、ほんの一瞬だけ、篠原くんと目が合ったような気がした。……これも、私がそう感じただけなのかな?


「りーりー! いつまでそこにいるわけ? 先いっちゃうからね!!」


 ハルカの、ちょっとイライラが混じった声を聞いた私は、慌てて生徒玄関へ向かって走った。


 ……この期に及んで、まだそんなこと言ってるのかって話だけど。


 ひょっとしたら、冊子の効果って……じわじわと出てくるんじゃないのかな。すぐに告白とか、そういうんじゃなくて。


 さっきの二人のやりとりを見ていた私は、そんなことを考えてしまった。本当におめでたい人間だと、自分でも思う。だけど、もしそうだとすれば……


 まだ、希望はあるってことじゃん。


 まったく、人っていうのは滑稽な生き物だね。都合が悪いと信じないくせに、風向きが良くなってくると途端に態度を翻すんだから。


 まぁ、占いなんかは「自分に都合のいいことだけを信じればいい」っていうし、ポジティブなことだけを受け入れる姿勢も、悪くはないのかもしれない。


 だから。


 私はもう少し、冊子の力を信じてみることにした。あんまり期待しないようにしてね。また裏切られたとしても、今度はこの前ほどはへこまないんじゃないかな。

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