いつも通り
お恥ずかしい話ですが……。昨晩私、ウキウキしすぎて眠れませんでした。あんなに疑っていたくせに期待している自分も図々しいけど、これで本当に篠原くんが私に告白してきたりしたら、私、人生初の彼氏ができちゃうんですよ? ウキウキしないわけないじゃんウフフフ!
「……りり、どうしたの?」
変なテンションになっていたのは心の中だけのつもりだったのに、どうも顔に表れていたみたい。ハルカにバレて、むやみに心配されてしまった。これはこれで恥ずかしすぎる……。
「隈作った顔でニヤニヤしちゃって……。なんか恐いよ、マッドだよ」
「……傷つくから、止めて?」
「ただでさえ地味なのに、腐女子顔負けのオーラ出てたよ」
「傷つくから止めてっていってるじゃんっ!」
悲しみに耐えられなくなった私は、がばっと机に突っ伏した。
「ごめん、冗談」
「冗談には聞こえなかった」
「ごめん」
「謝るんだったら、初めから言わないでよ(棒)」
「そ……それよりさ、りり! 結局、あの冊子は買ったの!?」
はっきりと隈の出た目で、私はそう言ってきたハルカをジト見した。「余計なことを聞くんじゃない」――そんな思いを、心一杯に込めて。
「ご……ごめん」
「分かればいいの」
「昨日確認してみたら、もうウェブページ自体が無くなってたから……。やっぱり、買えなかったんだ」
「買うつもりなんてなかったもん」
ハルカのせいでこんな残念隈フェイスになってるなんて、とても言えないよ。明日に遠足を控えた小学生のごとくウキウキして眠れなかった……なんて、とても、とても言えないよっ!
「はぁ、もぉ……」
ハルカを追い返した後、手鏡で改めて自分の顔を眺めた私の口から、深いため息がこぼれた。……こんな顔じゃあ、仮令告白しに来てくれたとしても、まともに目も合わせられないじゃん。……ふふ、どうしよ。
篠原くんが告白してくれるに違いないと心のどこかで決め込んでいた私は、また一人でにやけてしまう。……危ない危ない。
……だけど、そんな私の期待とは裏腹に。
篠原くんには、なんの変化も無かった。いつも通りひとりぼっちだし、いつも通り休み時間は寝ている。いつも通り一人でご飯を食べ、いつも通り一人で教室から出て行ってしまった。
そしてあっという間に放課後。
いつか声を掛けられるんじゃないかとずっと待っていたのに、気がつけば教室にいるのは私だけ。……むなしすぎる。
「やっぱり、あり得ないよね……」
本当、なに一人で舞い上がっていたんだろうな、私。こんなに哀れで痛い人間が、他にいるのかな。そう思ったらすごく悲しくなってきて、私は誰もいない教室で一人、両手を顔に当ててしくしくと泣き出してしまった。
「……りり? 大丈夫?」
どのくらい時間が経ってからだっただろう。気がついたら私の後ろに、ハルカがいた。
「わたし、ほんと……ざんねんでかわいそうな人間だな……って。そうおもったら、かなしくなっちゃって」
「そんなこと、ないよ。りりはステキだよ」
「それは、はげまし?」
「ううん、本当にそう思う」
「ありがと。ダイスキだよ、ハルカ……」
私は顔を上げて、涙を拭いた。
「振られたの?」
「……うん、そんなところ……かな」
「そっか……。誰だったのかは、言わなくていいよ。でもきっと、りりを好きになってくれる人はいるはずだから、自信持とう?」
「いるのかな、本当に」
「いるよ。あたしが男子だったら、りりのこと……好きになっちゃうかも」
「ちょっと複雑、それ」
ふふっと、私の口から笑みがこぼれた。ハルカもつられて微笑んだ。
「ありがと。なんか吹っ切れた気がする」
「うん、よかった。りりが泣いてると、あたしまで不安になるよ。いつも元気だから」
「そうかな? 私ってそんなに元気?」
「元気だよ! りりは明るいし前向きだし、ステキだよ。絶対に需要はあるから、がんばろ!!」
「私だって頑張りたいけどさ、今までが今までだったから……」
「男子の見る目がないだけだって。かっこばっかり気にしちゃってさ、幼稚なんだよね。もっと精神的に大人な人をターゲットにしてみたらいいんじゃない?」
「幼稚……かぁ……」
私はふと窓の外を眺めながら、思った。篠原くんも、容姿で人を選んだりするのかな。やっぱり、私なんかじゃ心に響かないのかな……。
「……ハルカ、帰ろっか」
彼がどんな人なのか、私はあまり知らない。ただ私となんとなく似てる気がする、そう思っているだけなんだ。もしかしたら、私が勝手に美化しているだけかもしれないんだよね。
別に、面と向かって振られたわけではないはずなのに。私は彼のことを、諦めることができそうな気がした。
……今日は、よく眠れそうだな。