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22/22

あなたとの再会

 私は、近くの喫茶店で友達のハルカと待ち合わせをしていた。


「久しぶり! 元気だった? ……お腹、大きくなってきたね」


 ハルカは去年、2年間付き合っていた彼と結婚して、今、小さな命をその身に宿している。思い返せばいつも、ハルカは私の一歩先を歩いていた。


「まさか、結婚まで先にされちゃうなんてね」

「ほんと、驚いたよ。九年間も付き合ったのに、簡単に別れちゃってさ」


 ……そう。私にもちゃんと、結婚を意識していた恋人はいたんだ。高校の時のクラスメイトで、とりわけかっこいいわけでも頭がいいわけでもないんだけど、根は優しくて、色々と共感できることが多かった彼。


 私は彼のことが大好きで、結婚するなら彼しかいないと思ってた。……だけどあの日……


『俺は、リリのことが大好きだ。でも、リリの気持ちが離れてしまったのだとしたら、……別れても、いいんだぞ?』


 彼のこんな言葉に、私はどうすることもできず……。


『……ごめんなさい。どうしても私……無理なの。また、連絡するから』


 彼とのデートの約束を、直前でドタキャンしてしまった。


 ちゃんとした理由はあったんだ。実は私、会社の健康診断に引っかかっていて、その日、再検査を受けなくちゃいけなかった。どうせ大したことないと思ってはいたけど、この検査をどこかで予言されていたような気がして恐くなった私は、素直に再検査を受けることにしたんだ。


 ……彼には、秘密で。


 何事もなければ、「実はあの日健康診断の再検査があったんだ。だけどなんともなかったから、心配しないでね。デート、行けなくてごめんね」……って、謝ればいいと思ってた。


 それがまさか……


「だけど、しょうがないか。確かにガンなんて言われちゃったら、別れたくなる気持ちも分かるよ」


 アイスティーをストローで一口すすってから、ハルカが呟いた。


 そう、再検査の結果判明した私の病名は、「早期のガン」。


 そんな覚悟なんて全くできていなかった私は、パニックになってしまった。担当の先生は「必ず治りますよ」って励ましてくれたんだけど、どうしても自信が持てなくて。考え抜いた末に私は、彼と別れる決意をしたんだ。


 ……別れたのは、もし万が一私が助からなかった時のための保険だった。彼の目の前で死ぬなんて、考えただけでも辛いもの……。死ぬのなら、誰にも看取られずに一人で死にたかった。


 それに……。なぜか私には、一旦彼と離ればなれになったとしても、いつか必ずやり直せる……という、自信があった。


 その彼……篠原拓哉くんと。


「……無理だと思うよ」


 そんな私の自信を、ハルカは一蹴した。


「五年間も音信不通で……顔も合わせてないんでしょ? 待ってるわけないじゃん、そんなの。男って弱いから、すぐ新しい相手見つけちゃうよ」


 それが、ハルカの言い分だった。実はハルカも、高校からずっと付き合っていた彼と突然別れ、今の旦那と結婚している。……彼女も彼女で、色々苦労したみたい。


「やっぱり、そうかな……」

「そうだよ。それに、あたしら今年で31だよ? 20代のときみたいな魅力もない。はっきりいって、篠原が戻ってくる可能性は0だね」

「うぅ……」

「もうさ、過去のこと引っ張るのはやめようよ。年上の彼だったらまだまだ全然あり得るし、新しい一歩を踏み出そう?」


 今日で、ガンの治療を終えてからちょうど5年。午後の検査で問題がなければ、ガン卒業の診断が下されることになっていた。


 確かに私は、新しい一歩を踏み出す。だけど……


 もしたっちゃんとやり直すことができなかったら、私……何のために生き延びたんだろう。たっちゃんとやり直せなきゃ、意味ないんだよ。ううん、もうお付き合いはしなくていい。たっちゃんさえいいって言ってくれれば、私はすぐにでも……結婚したいと思ってる。


 ……自分で別れといて、自分勝手……過ぎるよね。


「相談に乗ってくれてありがと、ハルカ。じゃあ、そろそろ時間だから、私、行くね」

「うん。いい結果になることを祈ってる」


 私は喫茶店を出て、近くにある国立大学付属病院へ向かった。


「大丈夫です、磯本さん。問題ありませんよ。5年間、無事再発せずに過ごすことができました。もう、再発の心配はないといって良いでしょう」


 検査は無事に終了した。再発は、していなかった。


「良かったのか、悪かったのか……」


 私は、スマホの画面を見ながら小さく呟いた。彼の……たっちゃんの連絡先は、まだこのスマホに登録してある。でも、メールは通じなかった。アドレスを変えられちゃったみたい。


 たっちゃんと別れて一ヶ月、私が治療のために入院していた頃……、たっちゃんからは、しょっちゅうメールや電話が入った。「やり直したい」、「俺が悪かった」、どれもそんな内容だった。


 だけど。本当のことを言えなかった私は、涙をのんで全て無視するしかなかった。……そしてそのうちに、彼からの連絡は一切来なくなった。


 ……たっちゃんとは、それっきりだ。


 ……メールは通じなかったけど、電話なら……通じるかもしれない。今日は土曜日だから、たっちゃんもきっと、お休みのはず。電話をかけたら、出てくれるかな……。


 ……でも。


 出てくれたとして、なんて言えばいい? もし、たっちゃんに新しい彼女ができてたら? もし、結婚……していたら?


 それこそ、彼を……苦しめるだけだ。


 私は、スマホをポーチにしまった。……帰ろう。


 ガンは治ったけど、その代わりに……。命以外の全てが、吹き飛んでしまった。もちろん、貯金もない。


 たった一人でこの先、どうやって生きていけばいいんだろう。ハルカに言われた通り、過去を断ち切って……新しい人生を歩み始めたほうがいいのかな。……でも、どうやって?


 そんなことを悶々と考えながら歩いていたとき。きぃーんと、耳鳴りのような超音波のような、そんな音が聞こえた気がして、私は辺りを見回した。


 なんで見回そうと思ったのか、自分でもよく分からない。そして、何かに引き寄せられるように、とある方向へ焦点が集中した。


 そこは、病院の談話室だった。丸い机1つと腰掛けのある椅子4つ、そんなセットが6つくらいあって、隅には自販機、斜め上には液晶テレビが取り付けてある。


 その、自販機の前に。見覚えのある男性が一人、立っていた。


「たっ……ちゃん?」


 見えたのは、ぎりぎり横顔が確認できる程度の角度。だけど、私にはハッキリ分かった。


「たっちゃんだよね?」


 その男性は、自販機のボタンを押すポーズのまま、こちらに顔だけを向けた。それは確かに、懐かしい彼の顔。


「やっぱりたっちゃんだ! 久しぶりっ!」


 私の思った通り。自販機の前にいたその男性は、篠原拓哉くんその人だった。私は込み上がる気持ちを抑えきれなくて、彼がどう思うのかなんて何も考えずに彼の元へ駆け寄った。


 ……だけど。


 彼は松葉杖をつき、右腕・左足にはギブスをはめ、頭には包帯を巻いていた。どう見たって、ただ事じゃない。


 たっちゃんは何かを言いたげに口を開きかけていたけど、私は彼の怪我が心配で、それどころじゃなかった。


「ってかたっちゃん、どうしたのそれ!? 酷い怪我!! 何があったの!?」


 思わず、険しい表情で捲し立ててしまう私。


「あ、いや、その……。階段から落ちた……って感じ?」


 彼は上目遣いでそう言った。


「なんで!? 気をつけなくちゃダメじゃん!!」

「はい……」

「だいたいたっちゃんは、いつもツメが甘いところがあっ……ひぅっ!?」


 お説教を続けようとしたら。たっちゃんに肩をつかまれて、強引にぐいっと引き寄せられてしまった。そんな彼は、泣き出しそうな表情をしながら……


「お前……今までどこに……!?」


 ……そう、私に尋ねてきた。


 彼の悲壮に満ちた面持ちを見て、今までの自分の軽率な行為を責めた。こんな思いをさせてしまうくらいなら、病気だってことを打ち明けて一緒に頑張れば良かったんだ。……本当に、勝手なことをしたと思う。


「ちょっと……ね。おっきな病気しちゃって。たっちゃんに知られたくなかったから、雲隠れしてた……」


 なるべく心配をかけないようにと変に明るくしたせいで、なんだかおかしな振る舞いになっていたかもしれない。


「おっきな……病気?」

「うん。あ、でも今はもう全然大丈夫! 発見が早かったから、完全に治ったよ! 先生がね、あと一年遅かったら、命の保証はなかった……なんて恐いこと言ってたけど。今日の定期検診でも全然問題なかったから、安心して! 心配掛けてごめんね!」


 元気よく、何事もなかったかのように私は答えた。すると彼は、「無事で良かった……」そう呟きながら、ぐったりと自販機によりかかってしまった。


「ちょっと大丈夫!? 無理しないで……」

「リリ!!」


 私が慌てて彼を支えようとしたら、大きめな声で呼び止められて……。びくっと、肩をすくめてしまう。


「幸せになれよ」


 ……放たれたその一言は、すごく切なかった。皮肉にも、それは愛情ではなく哀情に満ち溢れていた。そんな言葉で、私が幸せになれるはずもない。


「無理だよ」

「……え?」

「たっちゃんがいなくちゃ、幸せになんかなれないよ」


 ……たっちゃんは複雑な表情をしながら、答えた。


「だってもう、俺のことなんか……好きじゃないんだろ……?」

「……好きだよ。私はずっと、たっちゃんのことが大好きだったよ。たっちゃんは違うの?」

「俺だってずっと……」


 そうだよね、あなただってずっと……!! 私の目から、涙が溢れ出した。でもその表情は、笑顔だったと思う。


「私、分かってた。いつか絶対、たっちゃんと仲直りできるって。たっちゃんが、私のところに戻ってきてくれるって。根拠はないけど、なぜか自信があった」


 たっちゃんの目からも、涙が溢れていた。


「当たり前だろ、俺にはリリしかいないんだから!」

「そのセリフも、なんか聞いたことある気がする!」

「うるせぇよっ! 恥ずかしいからヤメロ!」

 

 私は改めてたっちゃんの目を見つめた。たっちゃんも、私の目を見つめ返してくれた。


「リリ、もう一度やり直そう」

「ううん、たっちゃん。もう、やり直す必要なんか、ないでしょ?」


 そう言ってウインクする私に、ふっとたっちゃんは微笑んだ。私たちはもう、十分すぎるくらいたくさんお付き合いしたもんね。


「……だな。じゃあ、言うぞ? 覚悟はできてるんだよな?」

「待って! せーの、で一緒に言おう? せぇのぉ!!」


 私とたっちゃんは大きく息を吸い込み、大きな声でそれぞれの想いを口にした。


「「たっちゃん、私と結婚してください!/リリ、俺と結婚してくれ!」」


 その直後に私は、片腕が使えないたっちゃんのことを、一方的に強く抱きしめた。強く強く、今までの分を全て取り返すように。


 周囲から拍手と口笛が響いたのを聞いて、ここが談話室だったということに気づいた私たちは、照れくさくなってはにかんだ。


 これからは……。どんなことがあっても、彼を離さないから。

ひとまずこれで、小説の執筆から退きます。

つむりカルテットはしばらく旅にでますので、誰か探してください。万が一感想が書き込まれたら、帰ってきます。

( ̄^ ̄)ゞ

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