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未来からの警告

 ハッと目を覚ますと、土曜日のお昼過ぎだった。最高にテンションの下がる休日の迎え方だよ、これ。しかも、ものすごく辛くて、苦しい夢を見ていた気がするんだ。内容は覚えてないんだけど、とっても気分が悪い。お昼まで寝てると、本当にロクなことがないね……。


「……はぁ、もう十月六日かぁ」


 カレンダーを見ながら、ため息をつく。一週間がぽっかり抜けていたような気がする。それもこれも、全部あの冊子のせいなんだよ、くそぅ。


 私はまだ半分眠っている頭を抱えながら、冊子を手に取った。先週は躊躇してしまったけど、やっぱり、やっぱりどうしても気になる。


 これを使えば、私も……未来の自分と話せるのか……ってことが。


 好奇心に負けて、恐る恐るペンを手に取った。そして、ページをめくる。出てきた白紙のページの真ん中に、とうとう私は、書き込んでしまった。


『私も、別れたくないよ』


 未来のたっちゃんでも、未来の私でもいい。とにかく、この気持ちを伝えたかった。どんなに辛いことがあっても、諦めないで一緒にい続けて欲しいという、この気持ちを。


 その後私は、冊子に何か変化が起こるのか、ずっと見つめ続けた。ずっと、ずっと見つめ続けていると……。


「……えっ? うそ、なにこれ!? どうなってるの!?」


 私が書いた文字の下には、黒い小さな点のようなものがポツポツと現れている。その点は徐々に大きく、そして伸びてゆき、隣の点とくっついて……。まるであぶり出されてゆくかのように、そこに文字が現れた。


【こんにちは!】


 目の前で起きた非日常的事態に、すこぶるテンションが上がる私。だって、何もないところから文字が浮き出してきたんだよ!? もう、わけわかめじゃん! 私は、今のこの舞い上がる気持ちを、早速冊子に書き記した。


『えっ、なにこれ! どうなってるの!?』


 するとすぐに、さっきと同じような現象が起きて、文字が現れた。


【これは、未来の自分と会話できる冊子です。私は、未来のあなたです】


 やだ、やっぱりこの冊子、未来の自分と会話できる機能がついてたんだ!! たっちゃんのいたずらでも、自作自演でもなく! どうなってるのかは知らないけど、すごすぎる!!


『えっ、本当にそんなことができるんだ、これ! たっちゃんの自作自演かと思った』

【本当です。今日は二○二八年、十月六日。ちょうど十年後です】


 私は再びカレンダーを眺めた。確かに今日は、十月六日だ。年は二○一八年だけど。


 ……でも、未来の情報が本当だったということは、将来たっちゃんと別れるっていう情報もまた、本当だってことになる。だったら、この機会に洗いざらい聞いてしまおう。これですっきりできるかな。


 とにかく知りたいのは、私は振られるのか振るのか。私が振るっていうのは考えにくいから、きっとたっちゃんに振られるんだと思う。……よし。


『そっか、本当なんだ。じゃあ私、いつかたっちゃんにフられちゃうんだね』

【残念だけど、その通りだよ。だから、今のうちに別れておいたほうがいいよ】

『えっ? いやだよそんなの』


 なんなのこの返事。私は別れなくて済む方法を聞きたいのに、どうせ別れるんだから早く別れろって……正気? そういうことじゃないんだけど。未来の私、頭大丈夫かな。


【今は幸せかもしれないけど、いずれ大変な不幸に巻き込まれてしまうよ。だから、今すぐ別れようね】


 ホント何? イライラしてきた。大変な不幸って、なんなのさ。今すぐ別れようね? 冗談じゃないんだから。どんなに大変なことがあっても、受け止めて二人で乗り越えるつもりだから、私は。


『いやだ。私は、絶対別れたくない』

【ダメだ、あいつは最低なんだよ。君はとても苦しむことになる】


 …………。


 変だ。いくらなんでも、たっちゃんのことを「あいつは最低」だなんて言うはずない。これ、本当に私なのかな。しゃべり方も変だし。怪しすぎる。


 もしかして。


 この人、たっちゃんなんじゃないの? それか、私とたっちゃんの間を引き裂こうとしている第三者? 少なくても、未来の私じゃないことだけは確かだと思う。ここは一つ、試してみようか。


『あのさ、もしかして。今私に返事を書いてくれてるの、未来のたっちゃんでしょ?』


 さすがに、これで「はい、そうです」とはならないだろうけど、何かしらの動揺はするはず。


【正解だ。どうして分かった?】


 ……。認めちゃうんかい。


 やけにあっさり正体をばらしてきたのは気になるけど、……私の勘はあたったでしょ? もぉ、だったら最初から、未来のたっちゃんって言えばいいのに。


『どうしてって、あれで私を演じてたつもり? いくら未来の私だって、たっちゃんのこと「あいつ」とか「最低」とか、言うわけないじゃん。しゃべり方もおかしかったし。バレバレだよ』

【君にはかなわないな。完全に俺の負けだ】


 そりゃどうも、とでも書き込んであげようかと思ったら、すぐにまた返事が届いた。


【ところで、一つ聞いていいか?】

『うん、いいよ? 私も聞きたいことたくさんあるし』

【リリは、この冊子をどこで見つけた?】


 げっ、そういえばそうだ。未来のたっちゃんはきっと、冊子を過去のたっちゃんが持ってると思ってるはずだもんね。……ん? じゃあどうして、今書き込みをしているのが私だって分かったんだろう。……まぁ、いっか。


『見つけたっていうか、いつかうちで勉強会したときに、たっちゃんが忘れていったんだよ。返そうと思ったけど、内容が内容だったから、なかなか渡せなくて』


 さすがに、これはもともと私のなんだ……とは言えない。たっちゃんが忘れていったっていうのは本当だし、こんな感じでいいかな。……あんまり詮索されるとボロが出そうだから、早く本題に移ろう。


『そんなことよりさ。たっちゃんは、私と別れたいの? もう、別れちゃったの?』


 私が一番知りたいのはここなの。教えてくれるかどうかはわからないけど、このせいで一週間、気が気じゃなかったんだから。


【あぁ、たった今、別れた】


 私は、ペンを落っことしそうに、なった。


 やっぱり。やっぱりやっぱり。別れちゃうんだ、私たち。この10年以内に。


『なんで?』


 きっと教えてくれないんだろうけど、ダメ元で聞いてみる。知ったところで、どうにもできないのかもしれないけど。でも私は、知りたいんだ。


【リリが……死んだからだ】


 今度こそ本当に、私は、ペンを落っことしてしまった。


 別れるって、そういう意味……だったの? たった今ってことは、私が死ぬのは十年後の今日……? あと、残り……10年?


 残り十年で、人生終了しちゃうってこと……!?


『私、死ぬの?』


 そりゃ、人はみんな、いつか死ぬよ。だけど、十年後って私……27だよ? まだまだこれからじゃん。たっちゃんとの未来はどうなるわけ!?


【あぁ。これは噓じゃない。俺だって別れたくなかった。一方的にリリに死なれたんだ、それも、俺のせいで】

『たっちゃんのせい?』


 ますますわけがわからない。たっちゃんのせいで私が死ぬって、どういう状況? そんなことあり得るの? 事故とか? だからたっちゃんは最初、早く別れろって言ってきたの? ……もう、頭がおかしくなりそう。


【いいか、よく覚えとけよ。この冊子は、いつなくなるかわからないから、どこか別の場所にメモしておくんだ。二○二七年の七月十日、君は要精密検査の通知を受ける。だけどその日は、俺とデートする約束が先に入っていた。リリは俺とのデートを優先して、病気の発見が遅れた結果、死んだ。意味、わかるよな?】


 ……わかるけど、それ……たっちゃんのせい……なのかな?


【いいか、二○二七年の七月十日は、絶対に検査に行け。その日までは俺と付き合っていてもいい。だけど、俺にどんなことを言われても、俺に振られることになったとしても、その日は絶対に検査に行け! そこだけ、約束しろ! そこだけ約束してくれれば、今は別れなくてもいい】


 そんなこと……言われても……。振られたりしたら私、その場で死んじゃうよ。


『その検査にいったら、私はたっちゃんに振られちゃうの?』

【あの頃の俺はバカだから、もしかしたら、リリを振るかもしれない】

『そんなの嫌だ。だったら、検査なんか行きたくない』

【バカ言うな、検査に行かなきゃリリは死ぬんだぞ!? 検査に行けば助かるんだ!】

『死ぬより、たっちゃんと別れるほうが嫌だ!』

【お前に死なれる俺の身にもなってみろ! 今俺が……どんなに苦しんでることか!】


 気づくと、冊子の次のページがない。おかしいな、もっとたくさん、ページは残っていたはずなのに。もう最後のページなの? ……じゃあ、残り半ページ? 使い切ったらもう、未来との連絡は取れなくなっちゃうのかな。


【そうだ、検査のことを、俺に説明すればいい! そうすればきっと、俺も納得する!】

『私、たっちゃんに心配掛けるようなこと、話したくないよ!』

【話さなきゃ、振られるぞ!】

『振られるのも、嫌だよ! 私、どうすればいいの!?』


 ……あと、1/3ページくらいしかない。たっちゃんお願い、振らないって約束して……!!


【なによりも大切なのは、リリの命だ! とんかく検査には行け! 検査を最優先しろ!】

『じゃあ、振らないでよ! 内緒で病気も治すから、私のこと振らないで!』

【それは、今の俺にはどうにもできない! だけど!】


 たっちゃん、お願い! お願いだよ!! もう、あと1/4ページくらいしかないの。早く、振らないって約束をして……!!


【もし! もし俺がリリを振ったとしても、いずれ必ず戻ってくる! 絶対、リリのところに帰ってくる! だって、だって俺には】


 たっちゃん、お願い! もう……あと一行しか……


【俺には、リリしかいないんだから!】


 ……その直後。冊子の全てのページの真ん中に、赤い色の文字が出現した。


「ありがとうございます。本サービスはこれにて終了となります。この度は誠にありがとうございました。契約者 磯本理々 様」


 ……終わって……しまった。たっちゃんへ返す前に、私が……使い切ってしまった。


 これでもう、この世界の未来のたっちゃんは、この冊子を使えないってことだよね。……未来からの連絡がなかったら、たっちゃんも私に、告白してくれないのかな。そうしたら、今までの幸せも……なくなってしまうのかな。


【俺には、リリしかいないんだから!】


 私は、冊子に写る最後の一行を、じっと見つめた。


 本当に、たっちゃんには私しかいないの? もし一旦離ればなれになったとしても、戻ってきてくれるの?


 私、信じるよ? いいんだよね……?


 ――――


 ……この日の出来事と冊子の存在を、私は、なぜかよく覚えていない。

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